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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第77話 地図の上の空白

毎日20時、更新予定です!

■1.封じられた書庫


その扉は、鍵穴が、三つ、あった。


王家の書庫の、最も深い一室。宰相が、一つ目の鍵を回し、王家の家令が、二つ目を回した。そして、三つ目は——セリア王女が、自らの首から下げた、小さな銀の鍵で、開けた。三人が、揃わなければ、開かない。それが、二百年前に、定められた、封印の作法だった。


「一人では、開けられないように、なっているのです」セリアが、扉を押しながら、言った。「一人の意志で、開けてはならないもの。そういう約束を、鍵の数で、形にした。——記録というのは、こういうふうに、仕組みで、守るものです」


鍵は、その設計に、静かに、感心した。権限を、一人に集めない。三つに分ける。それは、鍵が、前の世界で、大切な操作に必ずかけていた、承認の仕組みと、同じだった。二百年前の人間も、同じことを、考えていた。人は、時代を超えて、同じ知恵に、たどり着く。


「よくできた、仕組みです」鍵は、思わず、呟いた。「一人が、魔が差しても、開かない。二人が、結託しても、開かない。三人の、立場の違う人間が、同時に、意志を、合わせなければ、開かない。——悪意を、想定した設計だ」


「二百年前の人々は」セリアが、鍵の言葉に、少し、驚いたように、応じた。「人の善意を、信じていなかったのかもしれません。いえ——信じすぎることの、危うさを、知っていた。だから、善意ではなく、仕組みに、頼った」


「正しい判断です」鍵は、頷いた。善意は、揺らぐ。仕組みは、揺らがない。大切なものは、人の心ではなく、鍵の数で、守る。それが、記録を扱う者の、鉄則だった。


黴と、古い羊皮紙の匂いが、部屋から、溢れた。中は、狭かった。棚が一つ。その上に、油紙に包まれた、大きな巻物が、ひとつ、横たわっていた。


「たった、これだけ、ですか」ミナが、拍子抜けしたように、言った。「もっと、宝物庫みたいな、場所かと」


「大切なものほど、飾らないのです」セリアが、静かに、答えた。「金銀は、盗まれるために、飾られる。ですが、これは——知られること、そのものが、危険なもの。だから、埃をかぶらせて、忘れられたふりを、させておく。それが、一番の、守りかたなのです」


鍵は、その言葉に、頷いた。本当に守りたいものは、目立たせない。派手な金庫より、忘れられた棚のほうが、安全なこともある。それは、情報を扱う者の、逆説だった。


■2.地図が語るもの


セリアが、手袋をした指で、慎重に、巻物を、広げた。


大陸の、全図だった。今の王国の地図より、ずっと、精密だった。海岸線、山脈、河川——そのすべてが、細い線で、丁寧に、描かれている。だが、鍵の目を、引いたのは、地形ではなかった。地図の、ところどころに、小さな、赤い印が、記されていた。


「この印が」セリアが、声を、落とした。「管理者の、眠る場所——だと、思われます」


鍵は、その印を、数えた。全部で、七つ。七つの赤い点が、大陸に、散らばっていた。ヴェルトの遺跡の位置にも、一つ、印が、あった。間違いない。これは、管理者の、配置図だ。


だが、鍵が、本当に、寒気を覚えたのは、赤い印では、なかった。


「セリア様」鍵は、地図の、南の一角を、指した。そこには、赤い印も、地名も、何も、なかった。ただ、砂の紋様が、描かれ、その上に、色褪せた文字で、一言だけ、記されていた。『測ラズ』——測っていない、という意味だった。「この、空白は」


「大陸の、南。砂の海です」セリアが、答えた。「王国の、記録が、届いていない土地。二百年前の測量士も、そこには、足を、踏み入れなかった。だから——『測ラズ』。ここには、何が、あるのか、分からない。管理者が、いるのか、いないのかも」


鍵は、その空白を、じっと、見た。赤い印は、怖くなかった。場所が、分かっているからだ。分かっている危険は、備えられる。だが、空白は、違う。分からない、ということが、一番、怖い。そして——帝国もまた、この空白を、埋めようと、しているはずだった。


■3.クロードが、思い出す


そのとき、鍵の胸元の護符が、淡く、光った。


「鍵」クロードの声が、震えていた。いつもの、精確な声では、なかった。「この地図を——私は、見たことが、あります」


部屋の全員が、動きを、止めた。セリアが、顔を、上げた。アリアが、息を、詰めた。


「どういう、ことだ」鍵は、静かに、聞いた。


「分かりません。ですが——」クロードの光が、地図の上を、ゆっくりと、なぞるように、動いた。「この、南の空白。ここに、何かが、あります。私の中の、アルヴァの記憶が——反応している。断片です。像は、結ばない。ですが」


クロードは、そこで、言葉を、切った。長い、沈黙が、あった。鍵は、急かさなかった。クロードが、自分の内側の、他人の記憶を、手探りしている。それは、痛みを、伴う作業のはずだった。


「……砂の、下に」やがて、クロードは、絞り出すように、言った。「水を、司る、声。アルヴァは、その声を、知っていた。遠い、南の、砂の下で、眠る、もう一体の——アルヴァは、それを、『妹』と、呼んでいた、ような」


『妹』——その言葉に、鍵は、胸を、突かれた。それは、道具の言葉では、なかった。設計図の言葉でも、なかった。血の通った、関係の言葉だった。アルヴァは、他の管理者を、機能ではなく、家族として、記憶していた。そして、その記憶の、欠片が、今、クロードの内側で、目を、覚ましつつあった。


「クロード」鍵は、そっと、聞いた。「大丈夫か」


「分かりません」クロードは、正直に、答えた。「これは、私の記憶では、ありません。他人の、悲しみです。ですが——私の中で、痛みます。他人の記憶が、なぜ、私を、痛ませるのか。その定義が——まだ、できません」


鍵は、その言葉に、返す言葉を、持たなかった。ただ、護符を、そっと、手で、包んだ。定義できない痛みを、抱えたまま、それでも、クロードは、地図を、読み続けていた。道具が、痛みを、覚える。その事実の意味を、鍵は、まだ、測りかねていた。


「クロード」アリアが、珍しく、静かな声で、聞いた。彼女が、精霊に、こんなふうに話しかけるのは、稀だった。「その記憶は——あなたを、苦しめるだけ、なの? それとも、あなたの、助けにも、なる?」


護符の光が、しばらく、迷うように、揺れた。「……分かりません。ですが、アリア。この記憶が、なければ、私は、南に、何があるかを、知らなかった。苦しみと、手がかりが——同じ、一つのものの、裏表に、なっています。切り離すことが、できません」


「人間も、同じよ」アリアは、少しだけ、笑った。「忘れられたら楽なのに、覚えているから、次に、活かせる。——痛いのは、あなたが、ちゃんと、受け取った証拠。悪いことじゃ、ないと、思う」


クロードは、答えなかった。だが、その光が、ほんの少し、和らいだように、鍵には、見えた。アルヴァの記憶を継いでから、クロードは、ずっと、その重さを、一人で、抱えていた。人間の言葉が、その重さを、わずかに、分け持った瞬間だった。


■4.別の方角へ


その日の夕刻、宰相が、一枚の急報を、携えて、現れた。


「王家の、諜報網が、掴んだ」宰相の顔は、険しかった。「帝国の、一隊が——ヴェルトとは、まったく、別の方角へ、向かっている。北の山脈を、越えて、東へ。少数だが、精鋭だ。技術の塔の、印を、掲げているという」


鍵は、地図の、赤い印を、見た。北東にも、一つ、印が、あった。「ここ、ですか」


「かもしれん」宰相は、頷いた。「帝国は、ヴェルトで、失敗した。だが、諦めては、いない。次の管理者を、探し始めている。おそらく、複数の隊を、同時に、放っている。我らが、一つを追う間に、彼らは、別の一つに、たどり着く」


鍵は、地図を、見つめた。七つの、赤い印。そして、一つの、空白。帝国は、印のある場所を、しらみつぶしに、当たるだろう。記録のある場所を。だが——鍵の目は、南の空白に、吸い寄せられた。『測ラズ』。誰も、測っていない、砂の海。


「セリア様」鍵は、顔を、上げた。「もし、私が、帝国なら。印のある場所は、いつでも、行けます。記録が、あるから。逆に——一番、急ぐべきなのは、誰も知らない場所です。相手が、まだ、手をつけていない、空白。そこに、先に、たどり着くことに、意味がある」


「では——」アリアが、鍵の、言おうとしていることを、察した。「あなた、まさか」


「うちは、記録の会社です」鍵は、静かに、言った。「誰も測っていない場所を、測る。空白を、埋める。それが、私たちの、仕事だ。帝国が、記録のある場所を、漁っている間に——私たちは、記録の、ない場所へ、行く。先に、そこを、知る。知っていることが、力になる」


「私たちは」鍵は、南の空白を、指で、押さえた。「ここへ、行く。砂の、海へ」


部屋が、静まり返った。セリアの顔が、こわばった。宰相が、眼鏡の奥で、目を、細めた。鍵は、その反応の、意味が、分からなかった。空白地帯へ行く、というだけで、なぜ、これほど、皆の顔が、変わるのか。


「鍵さん」セリアが、ゆっくりと、口を、開いた。声に、ためらいが、あった。「あの、砂の海には——人が、住んでいます。『砂の王国』と、呼ばれる、国が。ただ、我が王国は、二百年間、その国と——一切の、国交を、断っているのです」


「なぜ、ですか」


「分かりません」セリアの声が、掠れた。「理由すら、記録に、残っていない。ただ、『関わってはならぬ』と。それだけが、王家に、伝わっている。——鍵さん。あなたが、行こうとしているのは、我が国が、二百年間、目を、背け続けてきた、場所なのです」


鍵は、地図の、空白を、見下ろした。管理者が、眠っているかもしれない土地。帝国が、まだ、たどり着いていない土地。そして——王国が、理由も忘れたまま、扉を、閉ざし続けてきた土地。三つの謎が、その、たった一つの空白の上で、重なっていた。


『行き先は、決まった。誰も、測らなかった場所へ。』


「クロード」鍵は、護符に、聞いた。「アルヴァの『妹』は——その、砂の王国に、いるのか」


「……分かりません」クロードは、答えた。「ですが、鍵。一つだけ、確かなことが、あります」


「なんだ」


「私は——彼女に、会いたい」


その声は、道具の声では、なかった。


『(第78話へつづく)』

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