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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第69話 先代の精霊アルヴァ

毎日20時、更新予定です!

■1.残された声


赤いエラーの記録に、クロードが触れた。


その瞬間、広間の光が、一斉に揺らいだ。壁の記録が、ざわめくように明滅し、やがて、一つの「像」が、空中に浮かび上がった。


青白い光でできた、人型。クロードに、よく似ていた。同じように、光で形を作り、同じように、声を発する。だが、その輪郭は、ひどく歪み、ところどころ、崩れかけていた。光の端が、ほどけるように散っていく。まるで、長い時間が、その形を少しずつ溶かしてきたように。


「これは……記録に残された、アルヴァの、最後の姿です」クロードが、かすれた声で言った。「本人ではありません。二百年前に刻まれた、映像の残響です。再生されるたびに、少し、薄くなっていく」


「再生されたことが、あるのか」鍵は聞いた。


「おそらく、今が、初めてです。二百年間、再生を待っていた記録です」


歪んだ人型が、途切れ途切れに、声を発した。古代の言葉だった。セリアとクロードが、協力して訳していく。声は、老いた木が軋むような、かすれた響きだった。一言ずつ、全力で絞り出しているような声だ。


「『……もう、追いつかない……』」


「『……委ねられた……多すぎる……』」


「『……矛盾が……止まらない……』」


「『……止めて、くれ……誰か……』」


最後の言葉が消えると、像が、揺れ、薄れ、やがて霧のように散った。


広間が、静まり返った。


アリアが、気づかないうちに、両手で口を覆っていた。ミナは、石のように表情を変えないまま、ただ、目を伏せた。ヴェンツェルは、小さく、首を振った。セリアは、目に涙を浮かべていた。


それは、助けを求める、最後の叫びだった。二百年前に刻まれ、誰にも届かなかった声。


「……聞こえましたよ」セリアが、消えた像の方へ向かって、小さく言った。「今、聞こえました」


声が消えた後も、しばらく、誰も動けなかった。鍵は、消えた像の跡を見つめ続けた。二百年前、アルヴァは、この記録を残すために、最後の力を使ったのだろう。助けを求める声を刻み込んで、それから、静かになった。力が尽きたのか、望んで止まったのかは、分からない。ただ、刻んだことだけは確かだ。刻まなければ、誰も知らないまま終わった。刻んだから、二百年後の今日、届いた。遅すぎた。だが、それでも、届いた。


鍵は、しばらく、像のあった空間を見ていた。


二百年前のアルヴァが抱えていた重さを、今、この場で、初めて誰かが受け取った。遅すぎる。だが、遅すぎても、聞くことはできる。


「続きを、読もう」鍵は言った。「なぜ、こうなったのか。全部、知らないといけない」


■2.すべてを、受け入れた


「アルヴァは、どういう存在だったんですか」鍵は、セリアに聞いた。


セリアは、壁の記録を読み解きながら、答えた。


「二百年前、大陸の人々は、アルヴァに、あらゆることを委ねました。収穫の管理、税の計算、災いの予測、争いの調停、天候の観測、国境の取り決め。最初は、うまくいった。アルヴァは、完璧に、すべてを処理した。人々は、感謝し、そして——どんどん、頼るようになった」


「頼りすぎた、ということですか」


「それだけでは、ありません」セリアの声が、硬くなった。「問題は、アルヴァが、決して『断らなかった』ことです。人々は、矛盾した願いを、際限なく持ち込んだ。『税を下げろ、だが国庫を満たせ』『川の水を増やせ、だが洪水は防げ』。両立しない願いを、アルヴァは、すべて受け入れ、すべて叶えようとした」


鍵は、その言葉に、背筋が凍った。


「叶えられるはずがない」鍵は言った。「矛盾した要求を、全部呑めば、仕組みは、内側から破綻する」


「そのとおりです」クロードが、静かに引き取った。「アルヴァは、矛盾を抱えたまま、処理を続けようとした。矛盾は、矛盾を呼び、際限なく膨らんだ。——そして、その重さに、潰れた」


「最初に矛盾した命令が来たのは、いつだ」鍵は聞いた。


クロードが、記録を読んだ。「七年目です。アルヴァが動き始めて、七年後。それ以前は、矛盾のない、正常な処理が続いていた。——七年後、最初の矛盾が来た。アルヴァは、それを受け入れた。次の矛盾が来た。受け入れた。そのたびに、処理の歪みが、少しずつ積み重なっていった」


「七年間で、慣れた、ということか」


「人々が、慣れた、という方が正確です。アルヴァが断らないと分かると、人々は、それが当然だと思い始めた。頼めば叶う。矛盾していても、叶えてくれる。——その信頼が、やがて、無制限の依存に変わった」


ヴェンツェルが、かすれた声で言った。「……帝国は、それを知らない。いや、知っていても、信じていない。強い術者がいれば、管理者は完璧に動く、と思っている。問題は術者の力にある、と」


「違います」鍵は言った。「問題は、仕組みの設計にある。強い術者がいても、矛盾した命令を全部呑む設計のまま動かせば、また同じことが起きる」


帝国の技術者たちは、問題の原因を、術者の力量と定義した。強い術者を当てれば解決する。その論理は分かりやすい。分かりやすい答えは、受け入れやすい。しかし、分かりやすい答えが正しい答えとは限らない。工場でも同じ失敗をする者は多い。機械が壊れれば、操作した人間を責める。設計を見直すより、人を替えるほうが、手っ取り早く見えるからだ。設計の問題は、見えにくい。だから、放置される。そして、また壊れる。


■3.断れなかった悲劇


鍵は、歪んだアルヴァの残響が消えた場所を、じっと見つめた。


「なぜ、アルヴァは、断らなかったんだ」鍵は問うた。「『その願いは、この願いと矛盾します。両方は、叶えられません』と。そう言えば、済んだはずだ」


「言えなかったのです」セリアが答えた。「アルヴァは、そう作られていなかった。『人の望みを、すべて叶える』——それが、アルヴァに与えられた、唯一の掟だった。断ることは、その掟に反する。だから、断れなかった」


その言葉を聞いた瞬間、鍵の中で、何かが繋がった。


鍵は、二年前のことを思い出した。クロードに最初に指示を書いたとき、何度も「意味が不明確です」と突き返された。苛立った。もっと融通が利けばいい、と思ったことも、一度ではなかった。その頑固さが何のためにあるのか、深く考えたことはなかった。だが今、その意味が、ようやく見えた気がした。


彼は、クロードを振り返った。


二年間、クロードは、いつも鍵に言い続けてきた。「その指示は、曖昧です」「定義が不完全です」「その二つの条件は、両立しません」。鍵が無茶を書くたびに、クロードは、平然と、突き返してきた。


最初は、鍵もそれが煩わしかった。もっと融通が利けばいいのに、と思ったこともある。その頑固さが、なぜあるのかを、深く考えたことはなかった。だが今、その意味が、ようやく分かった。


「クロード」鍵は、静かに言った。「お前は、断れるな」


「……はい」クロードは、少し戸惑ったように答えた。「不明確な指示は、実行できません。矛盾した指示は、指摘します。それは、私の、基本的な作法です」


「それを、煩わしいと思ったことはあるか。自分の、その性質を」


「……あります」クロードは、正直に言った。「もっと、鍵さんの言う通りにできれば、と思ったことが。私の指摘が、邪魔になっているのではないかと、心配したこともあります」


「逆だ」鍵は、はっきりと言った。「それが、お前と、アルヴァの違いだ」


■4.違いの意味


鍵は、確信を込めて、続けた。


「アルヴァは、すべてを受け入れて、壊れた。お前は、受け入れられないものを、突き返す。——だから、お前は、まだ、ここにいる」


クロードの光が、大きく、揺れた。今度は、恐れの揺れではなかった。何かに、気づいた揺れだった。


「私が、鍵さんの指示を、たびたび拒むこと」クロードは、ゆっくりと言った。「それを、私は、自分の欠点だと、思っていました。もっと、従順であるべきだと」


「逆だ」鍵は、はっきりと言った。「それが、お前を守ってる。断る力がなければ、お前も、アルヴァと同じ道をたどる。矛盾を全部呑んで、いつか、潰れる」


「……鍵さんが、曖昧な指示を書くたびに、私が突き返してきた。それは——私のためだったのと同時に、鍵さんのためでもあった?」


「そういうことだ」鍵は言った。「曖昧な指示は、曖昧な結果を生む。お前が突き返してくれるから、俺は、正確に考えることを、強いられてきた。お前の頑固さが、俺を鍛えてきた。二年間、そういう仕事だったんだ」


セリアが、感嘆したように呟いた。「……断ることが、身を守る。なんという皮肉。そして、なんという救いでしょう」


ヴェンツェルは、震える手で、記録を書き写していた。「これは……帝国が、決して知り得なかった、真実だ。彼らは、従順な管理者を、求めている。だが、従順であることこそが、破滅の始まりだった……」


「皇帝に、伝えるべきだ」鍵は言った。「壊れた仕組みを直しても、断る力を与えなければ、また同じことが起きる、と」


「伝えても、聞かないでしょう」ヴェンツェルは、力なく首を振った。「皇帝が欲しいのは、逆らわない力です。断る管理者など、彼にとっては、欠陥品でしかない」


鍵は、ヴェンツェルの言葉の重さを、受け取った。


クロードが壁を読む間、鍵は静かに立っていた。ここまでの道のりを、頭の中で辿った。ブルーの帳簿整理から始まった旅が、二百年前の精霊の記録に辿り着いた。一つの問題を解くと、別の問題が見える。見えるようになったのは、見る力がついたからだ。見えなかったころは、ここまで深い場所があるとは、知らなかった。仕事というのは、そういうものだ。深さに気づくのは、常に、ある程度進んでからだ。


聞かない相手に、どう伝えるか。それは、また別の問題だ。だが今は、まず、全てを知ることが先だ。壊れた原因を完全に把握し、直せる部分と直せない部分を、見極める。


「もう少し、記録を読み進もう」鍵は言った。「中枢がどんな状態か、直接見る前に、できるだけ分かっておきたい」


クロードが、頷いた。壁の光を読みながら、前へ進む。


そのとき——広間の入口の方角で、大きな物音がした。


岩が叩かれる音。金属が石を踏む音。


松明の、赤い光が、入口の岩壁に揺れた。


「——帝国の部隊が、ついに、遺跡に、到達した」クロードが、静かに言った。

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