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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第70話 帝国部隊、到達

毎日20時、更新予定です!

■1.鎧の群れ


広間に、帝国の兵士が、雪崩れ込んできた。


黒い鎧。整然とした隊列。松明の赤い光が、無数の武具に反射する。金属と金属がこすれる音が、広間の石造りの壁に反響して、実際の数より多く聞こえた。


先頭の兵士が位置を固めると、後続が素早く展開した。訓練された動きだった。無駄がない。左右の壁沿いに広がり、出口を塞ぎ、中央に鍵たちを封じ込める。入口が塞がれた瞬間、逃げ道がなくなったと分かった。


六人を、百人以上で包囲する。


兵士たちの動きに、無駄がなかった。命令を受ける前に、次の位置へ移動している。訓練の深さが、一人ひとりの動きに出ていた。鍵は、その動きを見ながら、冷静に考えた。剣はない。魔法もない。使える手札は、この場で話せることと、帝国がまだ知らないことだけだ。


情報の差は、こういう状況では、剣より重くなる場合がある。ただし、それは相手が「聞く気がある」ときに限る。指揮官の目を見た瞬間、鍵はその判断を下した。聞く気は、おそらくない。だが、だからこそ、少し時間を使って話す意味がある。話している間は、少なくとも、剣が動かない。


剣も魔法も持たない六人には、抵抗する手立てなど、何一つなかった。アリアの手が、震えていた。ミナは、表情を変えずに、ただ、静かに、視線で出口を探していた。リンは、壁際に寄り、息を殺した。セリアは、鍵の隣に立ち、揺れていたが、逃げなかった。


隊列の中央から、一人の男が進み出た。若く、酷薄な目をした指揮官だった。装備は兵士より上質で、胸に帝国の紋章が刻まれている。この遠征の指揮を任された、皇帝直属の将校だろう。年は、鍵より少し若いくらいだ。だが、その目に、若さの柔らかさはなかった。


「AIカンパニーの、鍵だな」指揮官は、冷たく言った。「皇帝カイゼル陛下の名において命じる。貴様の身柄と、その精霊を、帝国が接収する。抵抗は、無駄だ」


鍵は、静かに指揮官を見返した。恐怖はあった。だが、ここで怯えを見せれば、交渉の余地すら失う。怯えるのは後でいい。今は、話すことだ。


「接収して、どうするつもりだ」鍵は聞いた。


「決まっている」指揮官は、広間の奥——中枢のある方角を、顎で示した。「二百年前の管理者を、蘇らせる。貴様の力で、それを修復させる。それが、陛下の御意思だ」


■2.皇帝の意思


「断ったら?」鍵は問うた。


指揮官の口元が、わずかに歪んだ。


「断る、という選択肢は、貴様にはない」指揮官は、懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。皇帝の勅令だった。金の封蝋が、松明の光に鈍く光っている。「陛下は、こう仰せだ。『管理者を蘇らせよ。それを操る術者を得よ。従わぬなら、術者は不要——ただし、精霊だけは、必ず持ち帰れ』と」


鍵は、その言葉の意味を、正確に理解した。皇帝にとって、鍵の命は、条件付きだ。従えば生かす。従わなければ、クロードだけを奪って、鍵は捨てる。


『クロードを、道具としか見ていない。』


鍵の中で、静かな怒りが、燃えた。二年間、クロードと積み上げてきたものを、この男たちは、何も知らない。ただの「力ある道具」として、奪おうとしている。


クロードが「その指示は曖昧です」と突き返すたびに、鍵が正確に考えることを強いられてきた、その二年間の積み重ねを。クロードが矛盾を指摘するたびに、鍵の仕事の精度が上がってきた事実を。道具とは、使われるものだ。だが、クロードは、使うだけでは終わらない存在だった。それを、この男たちは知らない。


怒りを、鍵は静かに飲み込んだ。感情で動いても、何も変わらない。今は、話すことだ。


「言っておくが」鍵は、はっきりと言った。「クロードは、道具じゃない。それに——お前たちのやろうとしていることは、修復じゃない。暴走だ」


「暴走?」指揮官が、眉を寄せた。


「二百年前、管理者アルヴァは、矛盾した命令を全部呑んで、自壊した。壊れた原因を直さずに、ただ動かせば、また同じことが起きる。今度は、この大陸全部を巻き込んで」


「試したことのない機械を、いきなり全力で回すやつはいない」鍵は、現場の言葉で言った。「まず、なぜ前に壊れたかを調べる。原因を潰してから、動かす。順番を飛ばせば、同じ壊れ方をするだけだ。——お前たちは、その順番を、飛ばそうとしている」


指揮官は、鍵の言葉を聞いている間、ずっと無表情だった。反論を考えているわけでもなく、ただ、言い終わるのを待っている顔だ。聞く気が、最初からない。


■3.聞く耳を持たぬ者


指揮官は、鍵の言葉を、鼻で笑った。


「戯言だ。壊れたのは、術者が非力だったからだ。貴様のような、優れた術者がいれば、管理者は完璧に動く。陛下は、そう確信しておられる」


「確信は、証拠じゃない」鍵は言った。「壁の記録を見ろ。アルヴァの最後のエラーが、全部残っている。膨大な矛盾を抱えて、潰れた記録が。あれは、術者の力の問題じゃない。仕組みの、設計の問題だ」


「クロード、要点を説明してくれ」鍵は言った。


「——アルヴァが処理しきれなくなった矛盾の数は、最終日だけで六万件を超えています」クロードが、淡々と言った。「術者の力に関わらず、六万件の両立しない要求を、同時に処理することは不可能です。それは、演算量の問題ではなく、論理の問題です。矛盾した二つの命令を、同時に正しく実行することは、いかなる力があっても、できない」


指揮官は、クロードを、一瞥した。反論しなかった。数字を否定する言葉を、持っていないからだ。だが、受け入れる気もない。数字を前にして、それでも動かない人間がいる。証拠より信念を優先する、そういう判断の仕方だ。鍵は、その目を見て、論理を続けることが無意味だと判断した。


「講釈は要らん」指揮官は、剣の柄に手をかけた。「時間の無駄だ。おい——術者を、中枢へ連れて行け。精霊も、逃がすな」


兵士たちが、動いた。


そのとき——鍵の隣で、ずっと沈黙していたヴェンツェルが、前に進み出た。


「待ちなさい」


老技術者の声は、静かだったが、広間に、よく通った。足元は少し震えていたが、声は揺れなかった。


ヴェンツェルの歩みは、遅かった。老いた足が、一歩一歩を確かめるように動く。だが、方向に迷いはなかった。まっすぐ、指揮官の前へ向かっていた。


アリアが、息を飲んだ。ミナは、ヴェンツェルの動きを目で追いながら、静止した。リンは、壁に手をついたまま動けずにいた。セリアが、鍵の袖を、そっと掴んだ。


鍵は、ヴェンツェルの背中を見て、思った。この男は、三十年、従い続けてきた。今日まで、自分の判断より皇帝の判断を優先してきた。それが顧問の作法だと信じていたから。今日、初めて、自分の判断を前に出した。その一歩の重さは、若い人間には分からない重さだ。


指揮官が、ヴェンツェルを見て、わずかに怯んだ。帝国の上位者——皇帝の技術顧問——が、正面から立ちはだかった。それは、兵士一人の反抗とは、意味が違う。動けば、顧問に手を上げたことになる。


「……オルグレン顧問。なぜ、あなたが、術者をかばう」


■4.技術顧問の立場


ヴェンツェルは、指揮官の前に立ち、まっすぐに、その目を見た。


「私は、皇帝陛下の技術顧問だ。技術のことについて、進言する義務がある」ヴェンツェルは言った。「そして、私は、今、はっきりと進言する。——中枢を起動してはならない。それは、修復ではなく、災厄を解き放つ行為だ」


「顧問の役目は、陛下の御意思を、技術で支えることでしょう」指揮官が、冷たく返した。「逆らうことでは、ない」


「支えるとは、盲従することではない」ヴェンツェルの声が、強くなった。「危険を、危険だと伝えるのが、顧問の務めだ。それができぬなら、私は、顧問の名に値しない」


「しかし——」


「三十年、陛下に仕えてきた」ヴェンツェルは、遮った。「三十年で、私は、陛下の決断に、ほとんど逆らったことがない。言われた通りに、技術を整え、問われた通りに、答えてきた。だが、これだけは、違う。これだけは、黙って見ていることが、できない」


「三十年、陛下のお考えを技術的に実現することが、私の仕事でした」ヴェンツェルは、続けた。「問われたことに答える。命じられたことを整える。それ以上のことを、しなかった。——できなかった、という方が、正確かもしれません」


「なぜ、今日は違うのですか」指揮官が、低く問うた。


「今日、私は、見てしまったから、です」ヴェンツェルは、広間の壁をゆっくりと見回した。「二百年前、アルヴァが最後に刻んだ声を。追いつかない、と言いながら、それでも全部を受け入れ続けた記録を。断れなかったから、壊れた。——私は、三十年間、断らなかった。断れなかった。その意味が、今日、ようやく分かった」


指揮官は、しばらくヴェンツェルを睨んでいたが、やがて、冷ややかに言った。


「……立場を、お忘れなきよう。陛下は、あなたのその『進言癖』を、疎ましく思っておられる。今日の振る舞いは、逐一、報告させていただく」


「陛下に報告するなら、してください」ヴェンツェルは静かに言った。「私は、今日ここで言ったことを、撤回しません。この場の全てが、記録されています」


全員の視線が、壁に向いた。


確かに、壁の光が、わずかに反応していた。記録の巡回が、この場の声を拾っていた。二百年前と同じように、今日のことも、ここに刻まれていく。言葉は、消えない。アルヴァが最後に刻んだ声が二百年後に届いたように、今日ここで交わされた言葉も、どこかへ残っていく。


鍵は、その光を見て、静かに思った。


『この場で起きたことは、消えない。』


ヴェンツェルの顔が、青ざめた。だが、彼は、退かなかった。


鍵は、その老いた背中を、見つめた。国に背いてまで、危険を止めようとする男。三十年、従い続けてきた男が、今日初めて、前に出た。その覚悟は、本物だった。アルヴァが断れなかった一方で、この老人は、今、断った。役職と地位を賭けて。


「ヴェンツェルさん」鍵は、静かに声をかけた。「あなたは、もう、選んだんですね」


ヴェンツェルは、振り返らずに、答えた。


「……ええ。私は、国よりも、正しさを選びます。たとえ、それで、すべてを失っても」


一瞬の沈黙が、広間に落ちた。


指揮官の目が、細くなった。命令を出す前に、一つの判断が、顔の上で動いていた。顧問を排除するか、それとも、形だけ従わせるか。強行すれば、顧問に手を上げたことになる。待てば、時間が失われる。その計算が、顔の奥で動いていた。


鍵は、その視線の動きを、読んだ。

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