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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第68話 古代の記録体系

毎日20時、更新予定です!

■1.言葉で、扉を開ける


鍵は、石板を手に、扉の窪みの前に立った。


背後で、帝国の足音が近づいている。焦りはあった。だが、焦って曖昧な指示を書けば、扉は応えない。それは、コード魔法の鉄則だった。急ぐときほど、正確に。


石板に向かいながら、鍵は考えた。


この扉は、何を求めているか。セリアの訳では「名乗れ、目的を告げよ、正しい言葉で求めよ」だった。これは、ただのロックではない。問いかけへの応答だ。扉は、来訪者が何者で、何のために来たかを確かめようとしている。


『これは、門番だ。』


鍵は理解した。二百年前の管理者は、記録を扱う仕組みだった。ならば、この扉も、記録の作法で動く。記録の世界では、まず自分を定義し、次に目的を定義し、最後に要求を出す。それが順番だ。曖昧に入力しても、扉は曖昧に応える——つまり、応えない。


鍵は、石板に、丁寧に書いた。


「——遺跡の記録に問い合わせる。来訪者として、私を登録せよ。目的は、中枢の確認。開放を、要求する」


石板の文字が、淡く光った。同時に、扉の刻印が、一文字ずつ、順に灯っていく。まるで、書かれた言葉を、一行ずつ読み解いているように。


一行目が灯る。二行目が灯る。三行目。


そして、四行目が灯った瞬間、扉の全体が、青白い光に包まれた。


重い音とともに、継ぎ目のなかった扉が、左右に割れた。二百年の眠りを、一枚の石板が覚ました。


「……開いた」アリアが、呆然と言った。


ヴェンツェルが、震える手で口を覆った。鍵は、扉が動く様子を、静かに見ていた。コード魔法でいくつもの帳簿を開いてきた。扉も、帳簿も、正しい作法があれば開く。それだけのことだ。


「行こう」鍵は、石板をしまった。「帝国が来る前に、中を確認する」


■2.眠らない光の広間


扉の奥に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。


広大な地下の空間。天井は闇に消えて見えない。壁一面に、無数の光の粒が、静かに明滅していた。二百年、閉ざされていたはずなのに、その光は、消えていなかった。まだ、かすかに、生きている。


誰も、言葉を発しなかった。


全員が、立ったまま、ただ、見つめていた。壁の光は、川の流れのように、一方向へと動いている。数字と記号が、その流れの中に、溶けている。見ていると、吸い込まれそうな感覚がした。


「これは……全部、記録です」ミナが、圧倒された声で言った。「壁に、数字が、流れてる」


そのとおりだった。光の粒の一つひとつが、古い記録だった。収穫の数、人の数、税の額、天候の記録、船の往来、作物の相場。二百年前の大陸の営みが、この壁に、丸ごと記録されていた。そして、その大半は——止まった時点のまま、凍りついている。


「動いているものも、あります」クロードが、壁の一角を示した。そこだけ、光がゆっくりと流れていた。「ごく一部の処理が、二百年間、止まらずに続いています。誰も指示していないのに、機械的に、記録を巡回し続けている」


鍵は、ぞっとした。管理者は沈黙した。だが、仕組みの一部は、主を失っても、なお動き続けている。目的も、終わりも、分からないまま。


「止められた処理と、止まらなかった処理。何が違うんだ」鍵は聞いた。


「止まらなかったのは、『終わり方』が定義されていない処理です」クロードが答えた。「いつ止めるかを、誰も決めていない。だから、主が沈黙しても、ただ回り続ける。——始め方だけを決めて、終わり方を決めない。それが、この仕組みの、最も危うい癖です」


ヴェンツェルが、震える声で言った。「二百年間、ずっと……」


「動き続けています。ただし、何も生み出してはいない。ただ、記録を巡回する。入力もなく、出力もなく、目的もなく。——空回り、です」


鍵は、その言葉を聞きながら、かつて工場で見た光景を思い出した。誰かが止め忘れた機械が、夜通し空転し続け、朝になって初めて気づかれる。その機械は壊れていない。ただ、用途を与えられなかっただけだ。それでも、空転する間じゅう、摩耗は積み重なる。動き続けることが、常に正しいわけではない。終わりを決めないまま始めた処理は、終わりを決める誰かが現れるまで、ただ続く。この広間の巡回は、二百年間、そうして動いてきたのだ。


セリアが、悲しそうに言った。「まるで、誰かを待っているみたい」


鍵は、その言葉を聞いて、少し胸が痛んだ。仕組みは正直だ。命じられたことを、ただ続ける。待てと言われたわけでもないのに、止めると言われなかったから、止まらない。それは仕組みの誠実さなのかもしれないし、誰かが設計を誤った結果かもしれない。どちらにせよ、二百年間、孤独に動き続けた。


■3.中枢への道


「中枢は、どこだ」鍵は聞いた。


「この記録の流れを、遡ります」クロードが答えた。「すべての光の粒は、一点から発し、一点へ還っています。その中心が、中枢——アルヴァの、本体があった場所です」


クロードの光が、壁の記録の流れを読み、方向を示した。広間の奥、さらに深い場所へと、道が続いている。


鍵は、その道を進みながら、壁の記録に目をやった。


数字の並び方に、見覚えがあった。記録の構造が、自分のやり方と、同じだった。集め、照合し、矛盾を正す。二百年前の設計は、鍵のやり方と、驚くほど似ていた。データを分解し、並べ直し、矛盾を除いて、照合する。自分のやり方を言語化すれば、それがそのまま、壁の仕組みと重なった。偶然ではない、と鍵は感じた。異世界から呼ばれた理由に、こういう形で触れるとは、思っていなかった。


「セリア様」鍵は言った。「俺が異世界から呼ばれた理由が、少し、分かった気がします」


「と、言うと」


「俺のやり方が、この古代の仕組みと、同じだからだ。誰かが——この壊れた仕組みを直せる人間を、探していた。俺の『コード魔法』は、たまたまじゃない。この設計を、直すために、選ばれた形なのかもしれない」


セリアは、静かに鍵を見た。「あなたは、それを、重荷に感じますか」


「いえ」鍵は首を振った。「むしろ、腑に落ちました。理由の分からない力より、理由の分かる力のほうが、扱いやすい。なぜ自分がここにいるか、分からないまま動くのは、不安です。分かれば、何をすべきかも、見えてくる」


アリアが、少し後ろから言った。「鍵さんって、そういうときも、淡々としてますよね」


「不安はある」鍵は正直に言った。「ただ、不安に飲まれる前に、考えることが多い。気づいたら、落ち着いている、というだけです」


ミナが、壁の記録を見上げながら言った。「ここには、失われた記録も、眠っているかもしれない。二百年前に断絶した各国の帳簿が。もしかしたら、ブルーの密輸問題の、もっと古い記録も」


「それは、中枢を整理してからだ」鍵は言った。「今は、先へ」


通路は、広間とは別の静けさを持っていた。広間は、光と記録が溢れていた。だが、ここは違う。壁の光は細く、記録は少ない。歩くたびに、何かが圧縮されていく感覚がある。核心に近づくほど、情報の密度が高まるのではなく、むしろ静かになっていく。ノイズが消えて、本質だけが残る。そういう場所だ。


クロードが、進みながら言った。「一点、気になることがあります」


「何だ」


「この広間の記録は、二百年前で止まっています。ですが、ごく一部の記録は、止まった時刻が——まちまちです。一斉に止まったのではなく、少しずつ、止まっていった。最初に止まったのが、税の計算。次が、天候の観測。最後まで動いていたのが、記録の巡回です」


鍵は、その話を聞きながら、何かを考えていた。「優先度が高いものから、止めていったということか」


「正確には——限界に近いものから、先に止まっていった、と見るほうが正確かもしれません。処理の負荷が高い順番に、沈黙していった。記録の巡回だけが、最も軽かったから、最後まで残った」


「最後まで残った仕事が、いちばん軽いもの」鍵は、静かに繰り返した。「重い仕事を全部抱えて、潰れた後に、軽いものだけが残った。——それが、今も動き続けている」


その事実が、静かに重かった。重い仕事から消えていった。最後まで残ったのが、最も小さな処理だった。大きく、精密で、壊れた後に残ったのは、最も軽い処理だけだった。それがアルヴァという仕組みの、最後の姿だ。


誰も、その後に何も言わなかった。


■4.最初の警告


道の途中、壁の記録が、突然、荒れた。


穏やかに流れていた光が、一箇所で乱れ、赤く点滅している。近づくと、熱を感じた。壁の表面が、微かに振動している。クロードが、それを読み取った。


「これは……エラーの記録です」クロードの声が、緊張を帯びた。「アルヴァが沈黙する、直前のもの。膨大な数の、処理しきれなかった矛盾が、ここに溜まっています」


鍵は、その赤い光を見つめた。二百年前、アルヴァが最後に見た光景が、ここにある。


「読めるか」鍵は聞いた。「アルヴァが、なぜ壊れたのか。この記録に、答えがあるはずだ」


クロードは、しばらく沈黙した。


赤い光が、クロードの光と、少しの間、混じり合った。読み取っているのだと、鍵は分かった。分量は、膨大だ。二百年前に積み上がった矛盾のすべて。それを、今、クロードが受け取ろうとしている。


やがて、クロードは、静かに言った。


「読めます。ですが——鍵さん。これを読むと、私は、私の『終わり方』を、知ることになるかもしれません」


鍵は、その言葉の重さを、しばらく受け止めた。自分の終わり方を、知る。それを恐ろしいと思うのか、知りたいと思うのか、どちらが正直な反応なのかも、鍵には分からなかった。ただ、クロードがそれを「知ることになるかもしれない」と言いながら、それでも止まらずにいることは、分かった。止まることは、逃げることができる。だが、クロードは、止まらなかった。


鍵は、クロードの光を見た。


揺れていた。普段は安定した青白い光が、赤い色を帯びて、揺れている。恐れが、そこにあった。だが、逃げれば、答えは永遠に得られない。


「読もう」鍵は言った。「知った上で、変えればいい。終わり方が分かっているなら、避ける方法も、分かる。知らないまま同じ道を歩くより、知って別の道を選ぶほうが、ずっといい」


セリアが、静かに言った。「それは……とても、勇気がいることです」


「知識は、力です」クロードは、少し間を置いてから、言った。「……分かりました。読みます」


赤い光が、クロードの中に、流れ込んだ。


全員が、息を詰めた。広間の光が、わずかに、揺れた。


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