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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第54話|先回りする影

毎日20時、更新予定です!

■1.先を越されている


古代の遺物のルートを潰すには、荷の集積地を押さえるのが早い。鍵はそう判断した。


ルートの構造が見えてきた以上、次の手は集積地の特定だ。荷は港から入り、中間拠点を経て、帝国へ抜けていく。その中継点に荷があれば、証拠として確保できる。証人として誰かを捕まえられるかもしれない。


クロードにルートを解析させ、荷が最も集まる中継の倉庫を三つに絞った。解析には半日かかった。通行記録の欠落パターン、村の消えた記録、ブルーの積み出しデータ——三つの情報を突き合わせ、荷が最も重なるポイントを割り出した。翌朝、会所の役人と共に一つ目の倉庫へ向かう。


だが、倉庫は空だった。


扉は開いていた。中に入ると、木の棚が並んでいるだけで、荷は一つもない。かすかに麻袋の繊維が床に残っていた。最近まで何かが積まれていた痕跡だ。


「昨日まで荷があったんです」倉庫番が青ざめて言った。「夜のうちに、全部運び出されて。朝来たら、こうなっていて」


「いつ気づいた」


「今朝、開けたときです。鍵は壊されていませんでした。鍵を持っている人間がやった、ということです」


鍵はしゃがんで床を見た。重い物を引きずった跡が、埃の中に筋を作っている。複数の方向から引きずられていた。急いでいたが、乱暴ではない。跡を完全に消す余裕はなかったが、荷を並べ直すほどの時間があった——荷を出したのは深夜か、夜明けの直前だ。


二つ目も同じだった。こちらは倉庫番すらいなかった。建物の前に馬が一頭、繋がれたまま置いていかれていた。中に入ると、やはり空。棚の埃の跡だけが、昨日まで荷があったことを示していた。


ミナが壁際で何かを見つけた。紙の切れ端だ。荷を束ねるときに使う荷札の端くずで、荷主の名前の一部が残っている。「……イラス」という文字列だけだった。


「サイラスですか」ミナが言った。


「かもしれない」鍵はその切れ端を丁寧に折り、ノートに挟んだ。確定ではない。だが名前の断片が出てきた。証拠として小さくとも、意味はある。


三つ目に着いたときには、扉に鍵すらかかっていなかった。もぬけの殻。まるで、鍵たちが来ることを知っていたかのように。


三か所全部がからだ。鍵は空っぽの倉庫の中で、しばらく立ったままでいた。何かが間違っているとは思わない。倉庫を三つに絞ったプロセスは正しかった。だが正しかったとしても、相手は先にいた。昨夜のうちに、こちらの解析結果を知った誰かが動いた。それだけのことだ。腹が立つかといえば——むしろ、相手の速さが気になった。


『先回りされている。』


鍵は胸の奥がざわつくのを感じた。偶然ではない。三つの倉庫を絞り込んだのは、昨夜のことだ。その情報が、なぜ外に漏れている。


「たまたま、同じ日に運び出しただけかもしれません」ミナが言った。


「三つ全部を、同じ夜に?」鍵は首を振った。「一つなら偶然だ。三つ揃えば、それはもう偶然じゃない。俺たちが候補を三つに絞ったこと自体を、相手は知っていた」


アリアの表情がこわばった。「私たちの、考えていることが、筒抜けってこと?」


鍵はしばらく空っぽの倉庫の中を見回した。棚の木が軋む音だけがする。床には馬の沓跡が残っていた。急いで荷を出したのだろう、土が踏み荒らされている。


■2.誰が見ているのか


会所に戻り、鍵はクロードに問うた。


「昨日、俺たちがこの三つの倉庫を候補に挙げた。その記録に、外部からのアクセスはあったか」


「確認します」クロードの光が過去の処理履歴をたどる。「……ありました。昨夜、私たちが倉庫を絞り込んだ直後、その解析結果が一度だけ外部から参照されています」


「どこから」


「特定できません。ですが、参照の作法が、通常のコード魔法の呼び出しと同じ構造をしています」


鍵は眉を寄せた。「同じ構造?」


「はい。誰かが、私たちのやり方をよく知った上で、記録を覗いています。素人ではありません。コード魔法に近い技術を、相手も持っている可能性があります」


部屋が静まった。アリアが低い声で言った。


「私たちのやることが、全部読まれているってこと?」


「読まれているというより」鍵は考えながら言った。「盗み見られている。俺たちが調べた結果を、そのまま横から持っていってる」


「コード魔法の記録に、鍵をかけることはできないのか」


「現在は難しい状況です」クロードは慎重に答えた。「記録を保護する構文を追加することは可能です。ですが、相手が同じ構造を理解しているなら、保護をどう解除するかも分かってしまう可能性があります。鍵と鍵穴が、同じ設計図から作られているようなものです」


鍵は椅子の背に手を置いた。それは思っていた以上に根が深い問題だった。記録を守るための仕組みを、守りたい相手が理解している。


製造現場でも似たことがあった。改善案が、まとまる前に外に漏れる。犯人はたいてい、情報の流れを知っている内側の人間だ。だが今回、内側にいるのはアリアとミナとクロードだけ。裏切りではない。とすれば——記録そのものに、穴が開いている。


「クロード」鍵は聞いた。「お前が処理した結果は、どこに残る」


「魔力の記録として、私の中に保持されます。ですが」クロードは少し間を置いた。「コード魔法の記録は、原理上、同じ構文を知る者からは参照が可能です。鍵さんが石板に書いた指示も、私が返した結果も、『言葉』である以上、読もうとすれば読めてしまう」


「鍵をかけられないのか」


「これまで、その必要がありませんでした。コード魔法を使える人間は、鍵さんのほかにいなかったからです。鍵のかけ方を考えなかった、とも言えます」


鍵は椅子の背に手を置いた。世界に自分しか使い手がいないと思っていた技術。だが、それを覗ける相手が、現れた。


「誰がコード魔法を知っているんだ」鍵はつぶやいた。「俺以外に」


誰も答えなかった。だが、前日に見た「古代の遺物」の文様が、頭の中に浮かんだ。クロードが「理由は分からないが理解できる」と言った、あの記号の並びが。条件と分岐と繰り返し——コード魔法の構造と同じ形をした、金属に刻まれた古い記号。


「誰かが、ずっと前から、同じ技術を持っていた」鍵は静かに言った。「あるいは——持とうとしていた」


■3.罠を仕掛ける


「逆に使えるな」鍵はふと言った。


「どういう意味ですか」アリアが聞く。


「相手が俺たちの解析結果を見ているなら、見せたいものだけを見せればいい」


アリアが少し考えてから、目を開いた。「だます、ということですか」


「だます、というより——釣る。相手が必ず反応する餌を混ぜて、反応を見る」


鍵はクロードに指示した。四つ目の倉庫——実在しない、架空の集積地を、あたかも本命であるかのように解析結果に混ぜ込む。もし相手がそれを見て動けば、影の正体が姿を現す。


「囮ですね」ミナが目を輝かせた。「存在しない倉庫に、相手が食いつくかどうか」


「そうだ。本物なら、荷を運び出しに来る。誰も来なければ、こっちの読み違いだ」


やり方は、製品検査で使う手と同じだった。工程に細工がないか確かめたいとき、あえて既知の不良品を紛れ込ませ、それが検査で弾かれるかを見る。仕掛けた側だけが正解を知っている。だから、反応を見れば嘘がわかる。相手が「見ている」なら、その目を利用する。


「鍵さん」ミナが言った。「もし相手が来なかったら——食いつかなかった場合、どうしますか」


「その場合、相手はこっちが囮を仕掛けたことまで見抜いている、ということだ。それはそれで、相手の解析能力を計る情報になる。どちらに転んでも、情報が手に入る」


クロードが淡々と言った。「一点、確認します。架空の記録を混ぜることで、私たちの記録の信頼性が下がります。事後に、囮であったことを明示的に記録し直す必要があります」


「分かってる。証拠は汚さない。囮は囮として、後で消す」


「承知しました。設定します」


その夜、鍵たちは架空の倉庫の近くに潜んだ。実際には「東の廃農小屋」と記録した、村はずれの空き建物だ。近くに見張りに向いた岩陰があった。月のない、暗い夜だった。


夜が深まるにつれて、三人の間に緊張が広がった。アリアは一度も座らなかった。ミナは最初のうち石を指先で数えていたが、途中でやめた。鍵は岩陰に背を預けながら、ノートを膝に広げていた。何かを書いているわけではない。ただ手に持っていると、考えがまとまりやすかった。


風が止んだ。星が多く、空が明るかった。その明るさが逆に、地上の暗さを際立てていた。目が慣れると、廃農小屋の輪郭が闇の中に浮かんでいる。扉は閉まっている。中に何もないのを、自分たちは知っている。だが相手は知らない。


「鍵さん」ミナがひそひそと言った。「もし来なかったら、どうしますか」


「その場合は、諦めてこっちで別の手を考える」鍵は答えた。「でも、今夜だと思う。相手はリアルタイムで俺たちの記録を見ていた。動くなら早い。ここまで先手を打ってきた相手が、確認しないはずがない」


「あえて鍵をかけなかったんですね、今夜は」アリアが言った。


「本物らしく見せるために。保護してしまうと、かえって怪しまれる」


ミナが膝を抱えて岩陰にしゃがんでいる。アリアは立ったまま、暗がりに目を凝らしている。クロードは石板の中で、静かに待機している。


真夜中を過ぎた頃。


倉庫の方角に、小さな灯りが一つ、揺れながら近づいてきた。


アリアが息を呑む。ミナが鍵の袖をつかんだ。


鍵は息を殺した。三か所の倉庫を空振りにした翌日、こうして手を打てたのは、クロードの処理が早かったからだ。囮を仕込み、見張りを配置し、退路を塞いだ。その準備のすべてを、誰かが今夜も見ているなら——だが、灯りを持って近づいてくる者は、そのことをまだ知らない。こちらが仕掛けた「罠」も、知らない。


灯りは、確かに——誰もいないはずの、架空の倉庫を目指していた。

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