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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第53話 また「古代の遺物」

毎日20時、更新予定です!

■1.品目を並べ替える


消えた荷が「帝国方面行き」に偏っている。それは分かった。だが鍵は、まだ足りないと思った。


「方面だけじゃ弱い」鍵は会所の机に帳簿を広げた。「消えた荷が、何だったのか。品目で並べ替えてくれ」


クロードが欠落記録の品目を抽出し、多い順に並べた。処理には少し時間がかかった。セルカ周辺の複数の村から集めた記録を、品目ごとに集計しているためだ。鍵は待ちながら、窓の外を見た。会所の窓から、セルカの石畳が見える。朝の光が斜めに差し込んで、石の上に短い影を作っている。


「結果が出ました」


光の板に、品目の一覧が並んだ。穀物、塩、織物、革製品——ありふれた交易品が続く。


穀物と塩と織物は、数字の欠落はあっても、行き先が比較的追いやすい。大量の穀物が消えれば、誰かが食べる。誰かの腹を満たすための荷だ。だが一覧の下のほうに差し掛かったとき、鍵の目を止める一行があった。数量の単位が「個」ではなく「件」になっていて、取引の形がほかの品目と明らかに異なっていた。


「『古代の遺物』」


鍵は思わず声に出した。アリアが顔を上げる。


「それ、ブルーで見た項目です」


そうだった。海洋都市ブルーで密輸の痕跡を追ったとき、消えた取引のなかに繰り返し出てきた品目。買い手の記録がどこにもなく、帝国方面へ向かう船と重なっていた——あの「古代の遺物」だ。鍵はあのときの光の板を思い出した。「古代の遺物」という言葉だけが浮かんでいて、前後の記録はすべて消えていた。一行だけ、不自然に浮いていた。


「ブルーで消えた取引の中に出てきた品目ですね。帝国方面へ向かう船と重なっていた」アリアが確認した。


「そうだ」鍵は答えた。「あのとき、買い手の記録がどこにもなかった。荷が存在するのに、受け取った人間の記録がない。不思議だとは思ったが、一つの都市の話だと考えていた」


「でも今、同じ項目が陸路でも出てきた」ミナが地図を指でなぞりながら言った。「海路と陸路、両方を使っている」


「あのときは、ブルー一都市の話だと思っていました」アリアが言った。「密輸業者が、古い骨董でも捌いているんだろうと」


「俺もそう思ってた」鍵は答えた。「でも、同じ品目が、海を越えた東の国境でも出てくる。しかも、どちらも記録が消されている。偶然で片付けるには、揃いすぎている」


「ブルーとセルカは、直線距離でどれだけ離れていますか」ミナが地図を広げながら聞いた。


「陸路で二週間以上」アリアが答えた。「船を使えば一週間ほど」


「その距離の先で、同じ品目が同じ形で消えている」鍵はノートに書き込んだ。「どちらも帝国方面に向かっている。組織的なルートだ」


「クロード。ブルーで記録した密輸データと、この東境の欠落データを繋げられるか」


「可能です。ルナ支社長がブルーの記録を統一フォーマットで保存しています。呼び出します」


■2.二つの都市が繋がる


クロードの光が広がり、遠いブルーの記録が呼び出された。


三支社体制になってから、各拠点のデータをクロードが横断できるようになっている。以前は、ブルーの記録はブルーにしかなく、セルカの役人がそれを参照することはできなかった。各都市が自分の担当範囲だけを管理し、境界をまたぐ視点を誰も持てなかった。だが今は、クロードがハブになって、離れた拠点の記録を束ねることができる。この機能が、いま効いた。


海のブルー。陸の東境セルカ。地図の上では遠く離れた二つの都市の記録が、光の板の上で重なっていく。


「一致する取引が、十一件あります」クロードが言った。「ブルーの港から『古代の遺物』として積み出された荷の一部が、東境セルカを経由して、帝国領へ抜けています。海路と陸路が、途中で繋がっています」


鍵は板の上の数字を追った。ブルーで積み出され、中継点でいったん記録から消え、セルカに現れる。そこでまた記録が消え、帝国領へと消えていく。消えながら進んでいる荷だ。存在しないことになっている荷が、大陸を横断している。


取引番号と日付を合わせると、荷の流れがより明確になった。ブルーで港から積み出された荷が、どの経路を通ってセルカに現れ、そして帝国領へ消えているか——そのタイムラインが初めて見えてくる。積み出しから帝国領への到達まで、速い場合で十日ほど。遅い場合で三週間。荷を多段階に分けて運んでいる。一度に大量に動かさず、少しずつ、複数の経路から流している。


「慎重にやってる」鍵は言った。「まとめて動かせば、誰かが気づく。小分けにして、複数の荷に紛れさせる。一つひとつは目立たない量だ」


アリアが息を吐いた。「密輸のルートが、一本の線になった」


「しかも」クロードが続けた。「このルート上では、どの拠点でも同じ手口で記録が消されています。荷が通った事実そのものが、後から抹消されている」


鍵はノートに、ブルーからセルカ、そして帝国へ抜ける線を描いた。点だった密輸が、大陸を横断する一本の管に見えてきた。


「一都市ずつ見ていたら、絶対に気づけなかった」鍵は言った。「ブルーの担当はブルーしか見ない。セルカの役人はセルカしか見ない。管轄が分かれているせいで、ルート全体を誰も見通せなかった」


「でも、クロードが繋いだ」ミナが言った。


「三支社のデータを一つに束ねられるようになって初めて、その境目が見えるようになった」鍵は板を改めて眺めた。「これはブルーで学んだことと同じだ。悪意は、組織の『境目』に隠れる。誰の担当でもない場所で、記録は途切れ、そこに不正が滑り込む」


『これはもう、単なる脱税じゃない。』


誰かが、大陸の端から端まで「古代の遺物」を運び、その痕跡を組織的に消している。それができるのは、金と、記録の技術と、複数の都市に手を伸ばせる力を持つ相手だけだ。村の帳簿を番号ごと書き直せる技術を持ち、港の記録を書き換え、複数の荷運び業者を動かせる——これは個人ではなく、組織だ。


ミナが地図を見ながら言った。「帝国まで届いているなら、受け取る側が帝国にいる。誰かが待っている」


「品物を待っているだけじゃない」鍵は答えた。「集めている。一つ、一つ、集めている」


■3.遺物とは何か


「そもそも」ミナが遠慮がちに口を開いた。「『古代の遺物』って、何なんでしょう」


いい問いだ、と鍵は思った。ずっと項目名だけを追ってきたが、中身を誰も見ていない。数字の異常を追うことに集中しすぎて、「何が運ばれているか」という問いを後回しにしていた。


「クロード、遺物の記録に、大きさや重さの情報はあるか」


「断片的にあります。記録に残っている記述を統合すると——小さく、硬く、金属に近い密度。表面に文様がある、という記述が複数の帳簿に共通します。重さは一個あたり、人の手のひらに乗るほど」


「文様?」


「はい。ある商人の覚書に、写しがありました」


クロードが光の板に、その文様を再現した。細い線が規則正しく折れ曲がり、格子のように並んでいる。装飾ではない。何かの秩序を持った、記号の連なりだ。線の向きが変わるたびに、何かを分岐させているような構造がある。


鍵はそれを見た瞬間、背筋が冷えた。


見覚えがある。自分がコード魔法を書くとき、石板に並べる指示の構造——条件と分岐と繰り返し。その形に、この文様はよく似ていた。


もう少し細かく見た。条件があり、分岐があり、同じ形が繰り返される。意味は読めない。だが「構造」は、明らかに何かを命令するための形をしていた。飾りにこんな秩序はいらない。飾りなら、もっと自由に曲線を使う。だがこれは、直線の組み合わせで、内側に論理を持っている。読まれ、実行されるために刻まれた記号だ。


「クロード、拡大できるか」


光の板の文様が大きく広がった。細部がより鮮明になる。線と線の交差部分に、わずかに異なる刻み方があった。ある箇所は深く、ある箇所は浅い。深い線が「実行」を意味し、浅い線が「条件」を意味しているように見えた。だとすれば、この文様は動かすことを前提に設計されている。飾りではなく、命令だ。


「アリア」鍵は低い声で言った。「これ、俺の書くコードに似てないか」


アリアが板を覗き込み、そして黙った。ミナも言葉を失っている。


クロードだけが、静かにその文様を見つめていた。いつもより長い、沈黙だった。コード魔法を走査するときのようなリズムではなく、もっと深いところを探るような、静止だ。


「クロード。お前、これが読めるのか」


クロードの光が、かすかに揺れた。


「……一部が、理解できます。理由は、分かりません」


アリアがゆっくりと顔を上げた。「理由が分からないのに、理解できる?」


「はい。自然にそう感じます。見覚えがある、というより——知っている、という感覚に近い」


部屋が静まった。窓の外で、風が石壁を回る音がした。会所の灯りが、わずかに揺れた。


鍵はノートを開き、その文様を写し取った。手が少し、震えていた。コード魔法は、召喚された自分だけが使えるはずだった。世界に一人の技術だと思っていた。だが、この文様は——誰かがすでに、同じ言語で何かを刻んでいる。それも、古い時代に。


アリアが板の前で腕を組んだまま、じっとその文様を見つめていた。「なぜクロードが読めるのか」という問いを、繰り返しているようだった。クロードは「理由は分からない」と言った。だが鍵には、その言葉の奥に、答えが半分だけ見えているような気がしてならなかった。クロードが「知っている」と感じるなら、その知識はどこから来たのか。召喚された自分と、光の記録を持つクロードと——二つの間には、何かが共有されているのかもしれない。それは不安というより、すこし暗い安堵の感触だった。


ミナが小声で「クロードは……何から生まれたものなんですか」と言った。問いの答えを持っている者は、この部屋に誰もいなかった。


「この遺物を、持っている者が誰かいないか確認しよう」鍵は立ち上がった。「実物が見たい」


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