↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/58

第52話 記録が消える村

毎日20時、更新予定です!

■1.消えた家の跡


翌朝、鍵たちは噂の村へ向かった。


セルカから馬で半日。谷あいの小さな農村だった。道は舗装されておらず、馬の蹄が土を踏むたびに乾いた音がした。谷を挟んで向こう側に麦畑が広がっているが、人の姿がない。刈り入れの時期には遠いはずなのに、畑の中に誰も動いていなかった。


「農作業の季節じゃないですか」アリアが首を傾けた。


「今は草取りの時期です」ミナが答えた。「この時期は毎日、畑に出るはずです」


村に入ると、子どもが一人、家の陰から顔を出した。鍵たちを見ると、すぐに引っ込んだ。村長は最初、余所者を警戒したが、アリアが二言三言かわすと表情をゆるめた。人の警戒を溶かすのは、相変わらずアリアの得意技だ。


村長が案内したのは、村はずれの一軒の家だった。


「ここに、誰かが住んでいたはずなんです」村長は困惑した顔で言った。「でも、誰だったか思い出せない。家族が何人いたかも。子どもがいたような気もするし、一人暮らしだったような気もする」


家は空だった。荒れてはいない。ついこの前まで人が暮らしていたように、竈には灰が残り、棚には器が並んでいる。鍋が一つ、台の端にかかっていた。椅子が三脚、食卓の周りに置かれたままだ。三人分——家族がいたのかもしれない。ただ、住んでいた人間の痕跡——名前を書いた札も、税の記録も、何もなかった。


アリアが食卓の椅子の一つを引いた。座面に、布のへこみがある。長い時間、誰かが座り続けた跡だ。三脚のうち一脚だけ、ほかよりわずかに低い。子どもの体格に合わせた高さだ。食事のたびに三人が並んで座っていた——そのままの配置が、今も残っている。


「子どもがいたんですね」アリアが静かに言った。


鍵はその椅子を見た。子どもがいたなら、近隣の村との往来記録にも名前があるはずだ。学校の台帳にも残る。だが村長は「誰だったか思い出せない」と言った。名前どころか、存在そのものが薄れている。


「盗賊なら、家財を持っていく」鍵は室内を見回した。「でも家財は残っている。消えたのは、人と、人の記録だけだ」


ミナが棚の器をそっと手に取った。ほこりが薄い。使われなくなってから、まだ日が浅い。器の底に、所有者の名前を示すような刻み印がある。だが何と読むか分からない——そもそも、この家の人間の名前を誰も覚えていないのだ。


「不思議です」ミナが言った。「物を盗むより、人の記録を消すほうが、ずっと手間がかかります。わざわざ面倒な方を選んでいる。ということは——記録を消すこと自体に、意味があるってことですよね」


いい着眼だ、と鍵は思った。「続けて」


「記録が残っていたら、後から証明できる。この人間がここにいた、この荷を運んだ、あの人と取引した——全部、記録があれば辿れる。でも、記録ごと消えてしまったら、辿る糸がなくなる」


「犯人にとって、金目のものより『記録が残らないこと』の方が価値がある」鍵は続けた。「消された人間が『いなかったことにしたい』何かに関わっていた、ということだ」


鍵はあたりをもう一度、じっくりと見回した。天井の梁に、ロープをかけた跡がある。荷を吊るしていたのかもしれない。窓の桟には外側から釘が打ってあった。雨風を防ぐための、工夫の跡だ。暮らしに手をかけていた家だということが、細かい箇所から伝わってくる。誰かがここで、きちんと生活していた。それだけは確かだった。


『なのに、その人間がいなくなった。物を奪うより難しいことを、誰かがやった。目的があって。』


「荷運び、でしょうか」アリアが言った。


鍵はノートに「証人を消す」と書いた。書いてから、その言葉をもう一度見た。証人——ということは、何かを「見た」人間が消えている。荷を運んだなら、運んだ先を知っている。受け渡した相手の顔を知っている。そういう人間が、記録ごと存在を消される。


■2.欠落のパターン


鍵は村の記録をすべて出させた。


住民登録、収穫の割り当て、税の納入記録。この村では、まだ手書きの台帳しかない。紙と羊皮紙が混在した、分厚い冊子だ。複数の筆跡が混じっていて、書き継がれた時代の差がある。


「クロード、この台帳を写し取って、欠落を探してくれ」


クロードの光が台帳の上を滑る。ページをめくるたびに光が走り、数字と名前を読み取っていく。しばらくして、光の板に結果が並んだ。


「住民登録から、三世帯分が抜けています。ただし、抜き方が不自然です」


「どういう意味だ」


「普通、人が減れば、行が空くか、線で消されます。あるいは余白に『転出』『死亡』という注記が入る。ですがこの三世帯は、最初から存在しなかったかのように、前後の行が詰められています。番号の振り直しまで行われています」


アリアが眉をひそめた。「消しただけじゃない。消したことを隠している」


「そうです」クロードが答えた。「台帳の総数を数えると、正確に合います。ですが、名前の並び順と番号の連番を細かく見ると、わずかに不自然な跳びがある。表面上は整合しているのに、内部に矛盾が生じています」


鍵はその手口に、静かな悪意を感じた。線で消せば、消したことが分かる。だが番号を振り直して行を詰めれば、後から数えても総数が合ってしまう。監査を通り抜けるための消し方だ。誰かが、記録を「検算されても矛盾しないように」改ざんしている。


「これをやった人間は、帳簿の作法を知り尽くしている」鍵は言った。「数を合わせながら、中身だけを抜く。番号を振り直すなんて手間まできっちりかける。慣れている。単なる農村の住人にはできない仕事だ」


しかも、一度きりではない。クロードが処理した記録を見ると、こうした改ざんが最初に現れるのは五年以上前のことだ。毎年、秋の査定のあとに同じパターンが繰り返されている。査定役人が帰った直後に、帳簿に手が加えられている。


「査定のたびに書き直しているんですか」アリアが信じられない、という顔で言った。


「そうだ。毎年、確認のたびに。五年以上続けて」


五年。その数字の重みを、鍵は改めて感じた。一度きりの改ざんではなく、周期的な書き換え。それをこなせる相手は、この村を定期的に訪れ、帳簿を確認する機会を持ち、かつ書き換えの技術がある。行商人が年に何度も村を訪れるというのは不自然ではない。だが、訪れるたびに帳簿を修正するとなれば、話は別だ。


「そして、消された三世帯には共通点があります」クロードが続けた。「全員、東への荷運びに関わっていた家です。収穫後に荷馬車で東へ向かう、という記録が、他の記録との突き合わせで確認できます」


鍵はノートに線を引いた。セルカで見た「帝国方面の荷の欠落」。この村で消えた「荷運びに関わる家」。二つの点が、同じ方向を指している。


村長が、椅子の肘掛けを握りながら言った。「消された三世帯の人たちは……どこへ行ったんでしょう」


誰も答えなかった。鍵はその沈黙が、答えのひとつかもしれないと思った。


■3.誰が書き換えられるのか


『記録を、これだけ綺麗に書き換えられる人間は限られている。』


鍵は心の中で条件を絞った。台帳の様式を知っていて、番号の振り直しまでできる。つまり、記録の作法を熟知した人間だ。村の住民だけでは難しい。しかし、外から来る人間が村の台帳に触れる機会は、どれだけあるか。


「村長」鍵は聞いた。「この村の台帳を、村の外の人間が触ることはありますか」


村長は少し考えて、答えた。


「……税の査定のとき、王都から役人が来ます。年に一度、秋に。あとは、たまに行商人が。組合の記録と照らし合わせたいと言って、台帳を見せてくれと」


「行商人が、台帳を?」


「ええ。荷の受け渡しを確認したいと言うので、断る理由もなく」


鍵とアリアは目を合わせた。荷を運ぶふりをして、記録に触れる人間がいる。しかもその人間は、帝国方面の荷にだけ手を加えている。


「その行商人の名前は」


村長は記憶をたどり、ぽつりと言った。


「サイラス、と名乗っていました。よく来ていました。愛想のいい人で、子どもたちにも飴を配っていた。誰も怪しまなかった」


鍵はその名をノートに書いた。書いた瞬間、妙な引っかかりがあった。行商人が、なぜ記録の消し方まで知っているのか。ただの盗人が、なぜ足跡まで消せるのか。愛想がよく、子どもに飴を配り、台帳を見せてくれと言う——その動きは、計算されている。


「何年前から来るようになったか、覚えていますか」


村長がまた記憶をたどった。「五年か、六年か。いつのまにか、毎年秋に来るようになっていました。最初は荷が少なかったのに、だんだん扱う量が増えていって」


五年前から。帳簿の改ざんが始まった時期と重なる。


ミナが小さく言った。「毎年秋に来て、台帳を見て、帰ったあとに書き換えが入る。タイミングが一致しています」


「一致している」鍵は答えた。「村に何日くらい滞在しますか」


「三日から四日は。なんやかやと用事を作って、ゆっくりしていくんです」


ゆっくりと滞在し、台帳を確認し、書き換えの機会を作る。それだけの時間が毎年あった。


「村長。荷運びに関わっていた家は、消えた三世帯のほかにもありますか」


村長は指を折って数えた。「あと、二軒ほど」


「その二軒は、今も無事ですか」


村長の顔が、みるみる青くなった。「……そういえば、しばらく顔を見ていません」


「何日くらい」


「三日……いや、もっとかもしれない。誰かが気にしていれば分かりますが、最近、みんなどこか人を数えるのが怖くなっていて」


まだ消されていない家がある。だが、時間の問題かもしれない。犯人は、荷運びに関わった者を一軒ずつ「記録ごと」消している。次の標的が、すでに決まっている可能性がある。


「この村だけじゃないな」鍵はつぶやいた。「東の村を、全部当たろう。同じパターンが出るはずだ」


アリアが立ち上がりかけたとき、クロードの光が静かに揺れた。


「照合の範囲を広げます。——ただし、鍵さん。ひとつ、気になることが」


「なんだ」


「私たちが台帳を写した記録が、さっき、外部から一度参照された痕跡があります」


鍵は動きを止めた。部屋の温度が、少し下がったような気がした。


「いつだ」


「この会話の最中です。台帳の欠落を特定した直後に、その結果を参照している」


誰かが、こちらの調べていることを、見ている。それも、リアルタイムで。鍵は村長に視線を向けた。だが村長はただ困惑した顔で座っている。クロードの光が何を言っているか、分かっていない様子だ。


問題は、外部の誰かだ。


「クロード、その参照、どこからだ」


「特定が困難です。ですが——コード魔法の記録を参照するための構文が使われています。私たちと同じ、書き方をしています」


鍵は息を呑んだ。コード魔法を使える人間は、この世界で自分一人だと思っていた。


面白いと思ったらブックマーク・評価をいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。