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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第36話 魔石鉱山と農業の意外な関係

■1.鉱山への道


翌朝、空気がひんやりしていた。


農村の外れに広がる麦畑の向こうに、低い丘が連なっている。リンが昨日の夜に「魔石鉱山があるのはあの丘の向こうです」と言ったのを受けて、鍵は今朝から準備をしていた。


「歩いてどのくらいですか」


「二時間かからないと思います。昔、父に連れていってもらったことがあって」


リンが草の上に引いた簡単な地図を指でなぞる。彼女の指先には土がついていた。農村で暮らしてきた証だ。


「お父さんが鉱山で働いていたんですね」


「若い頃だけですけど。私が生まれる前の話です」リンは少し遠い目をした。「父は『あそこは稼げるが、土地が変わる』とよく言っていました。意味はよく分からなかったんですけど」


土地が変わる。


鍵はその言葉をノートの端に書き留めた。農村の人間が体感で知っていて、言語化できていないことは、たいてい何かを指している。


「クロード、この表現、記録しておいてくれ」


「承知しました」クロードが静かに答えた。「『土地が変わる』——現地住民による経験則。仮説の補強材料として保持します」


三人で丘道を登り始めた。道の両脇には背の高い草が生え、朝露が靴を濡らした。鍵は歩きながらリンに質問を続けた。鉱山がいつ開かれたのか、農村との距離感、水源との関係。リンは記憶を手繰りながら答えてくれた。


「ここ十年くらいで採掘量が増えた、という話は聞いたことがあります。魔石の需要が増えたせいだと」


「需要が増えた理由は?」


「魔法具の普及、じゃないでしょうか。城下町や商業都市で魔石を使った道具が広まったと聞きます」


文明の利便性が農業を圧迫している——もしそういう構図があるとしたら、農家も鉱山も、どちらも悪くない。制度の問題だ。


丘を越えると、山肌に黒い穴が見えた。坑道の入口がいくつか口を開けている。近づくにつれ、土の匂いに混じって、鉄と何か別のものの匂いがした。魔力の匂い、とリンが言った。鍵には分からなかったが、クロードが「魔力密度が周辺農村の約三倍、検知できます」と小声で教えてくれた。


■2.鉱山での調査


鉱山の入口そばに、木造の管理小屋があった。


扉を叩くと、中から短躯な男が出てきた。身の丈は鍵より頭ひとつ低いが、肩幅は倍ありそうだ。胸に作業用のベルトを締め、手には帳簿を持っている。眉が太く、顎の周りに短い髭が生えていた。


「何用だ」


愛想はない。ただ、敵意というより警戒の色が強かった。鍵はここで急かさない方がいいと判断した。


「カルドさんですか。農村の方に教えていただいて来ました。農業の調査をしているものです。少し時間をいただけますか」


「農業の調査? ここは鉱山だが」


「はい。農業データを分析していて、鉱山の採掘量との関係が気になる数字が出てきました。帳簿を見せていただけないか、と思いまして」


カルドは鍵を上から下まで眺めた。次にクロードを見た。それからリンを見た。


「リン、久しぶりだな」


「カルドさん、お久しぶりです。父がお世話になりました」


「……トーマスの娘か。入れ」


「ちなみに」と言いながら、カルドは坑道の入口を指した。「そっちの刻印を見たか。先代から『触るな』と言い伝えられている。誰が彫ったかも分からない」


鍵は振り返って坑道の奥壁を見た。岩肌に幾何学的な刻印が連なっている。風化しているが、意図的に刻まれたことは明らかだ。


「クロード」


「解析します」短い沈黙。「既知の言語体系とは異なります。ただ——コード魔法の構文に、非常に酷似した構造を持っています」


鍵は刻印を見つめた。誰かが、ここにも同じことをやっていた——そんな確信が、説明なく胸に浮かんだ。


管理小屋の中は狭かった。壁に棚が並び、年代順に帳簿が積まれている。カルドは棚から無造作に何冊かを引き抜いてテーブルに置いた。


「何年分が必要だ」


「過去十年分あれば、ありがたいです」


カルドが値踏みするような目で鍵を見た。「こんな数字、素人に何が分かる」と言いたそうな目だった。でも口には出さなかった。


鍵は帳簿を開いた。年度ごとの採掘量、使った人員数、坑道の延長距離。数字はきちんと管理されていた。現場のひとが自分の仕事に誠実であることは、こういうところに出る。


「この数字、農業データと照らし合わせてもいいですか」


「構わんが、何が分かる」


「それをこれから調べます」


鍵はノートを開き、クロードに合図した。農村で集めた三年分のデータと、今手元にある帳簿の数字を突き合わせる作業が始まった。カルドは腕を組んで壁際に立ち、黙って見ていた。


■3.データの重ね合わせ


採掘量のデータを年度ごとに並べると、明確な増加傾向が見えた。


十年前を1.0とすると、直近三年は平均で2.3倍。需要増に応じて採掘量が増えたというリンの話と一致する。次に、農村で記録した土地の魔力値と、収穫量データを同じ時間軸に乗せる。


「クロード、三軸で重ねてくれ。採掘量、土地魔力値、収穫量」


「処理します」


クロードが空中に淡い光の格子を展開した。縦軸に数値、横軸に年度。三本の線が時系列を走る。


採掘量は右肩上がり。土地の魔力値は波打ちながら、全体として下がっている。そして収穫量は——採掘量の増加から一年遅れて、下落している。


「……一年のラグがある」


鍵は呟いた。


「採掘が増えた翌年に収穫が落ちる、ということですか」リンが確認した。


「そう見える。クロード、相関係数と、平均的な収穫減少幅を出してくれ」


「計算します」少し間があった。「採掘量増加と翌年収穫量の負の相関係数は0.81。採掘量が顕著に増加した年の翌年、収穫量は平均22%減少しています」


22%。


鍵はその数字を見つめた。農家にとっての22%がどういう意味を持つか——蓄えが薄ければ、それは飢えに直結する。


「なぜ一年のラグが?」カルドが口を開いた。腕を組んだまま、でも明らかに数字を気にしていた。


「採掘で土地の魔力が減ると、すぐには発芽や生育に影響しない。でも一年かけて土地全体の魔力が枯渇してくると、翌年の作付けに出る、ということだと思います」


「……俺たちのせいだと言いたいのか」


カルドの声が低くなった。


鍵は少し間を置いた。ここが正念場だと分かっていた。感情的に反応させてしまったら、話は終わる。


「いいえ。数字が示しているのは相関関係です。鉱山が農業を壊しているという話ではない」


「同じことじゃないか」


「違います」鍵はカルドを真っ直ぐに見た。「あなたは需要があるから採掘した。農家は気候のせいだと思っていた。誰も悪意を持っていない。ただ、土地の魔力という資源が、鉱山と農業の両方に関わっていて、その分配に仕組みがなかった——それだけのことです」


カルドは黙っていた。


光の格子がまだ空中に浮かんでいる。三本の線が重なり、採掘と収穫の関係を静かに語り続けていた。


■4.カルドとの対話


沈黙が続いた。


カルドは腕を組んだまま、光の格子を見ていた。鍵はその視線を追わずに待った。急かすと人は閉じる。


「……俺は、農家に怨まれているとは思っていなかった」カルドがぽつりと言った。「豊作の年も凶作の年も、原因は空の神様の気まぐれだと、みんなそう言っていたから」


「農家もそう思っていたんだと思います。データを見るまでは」


「三年連続で読めない、と言い出した頃と、うちの採掘量が増えた時期が重なる」


「はい」


カルドは帳簿に目を落とした。自分で数字を確認するように。


「俺たちが採掘を減らせばいいのか」


「それだと鉱山が困りますよね」鍵は首を振った。「私が考えたいのは、そこじゃない」


「どこだ」


「農業サイクルと採掘スケジュールを合わせること、です」


鍵はノートを開き、ざっくりとした図を描いた。年間を四つの期間に分け、それぞれの時期に農業が土地の魔力をどの程度必要とするかを示す。


「発芽期と穂の成長期——この二つの時期に土地の魔力が必要です。逆に収穫後から冬の間は、農業の負荷が下がる。もし採掘を、この閑散期に集中させることができれば——」


「土地が回復する時間ができる、ということか」


「農業が使わない時期に採掘して、農業が必要な時期に土地が回復している。理論的にはそうです」


「……採掘量を減らさなくていいのか」


「総量を変えなくても、時期をずらすだけで両立できる可能性があります。ただ、これは仮説です。実際に試してみないと分からない部分もある」


カルドはしばらく考えた。帳簿をもう一度手に取り、ページをめくった。年間の採掘量の内訳を確認しているのだろう。


「冬場の採掘を増やせば、繁忙期を減らせる計算にはなる」独り言のように言った。「実際、冬は人手が余るからな」


リンが小さく声を上げた。「冬は農家も手が空きます。副業で鉱山に来てくれる人が増えるかもしれない」


「農家が鉱山を助けて、鉱山が農家を助ける」カルドは低い声でゆっくりと繰り返した。「……うまい話すぎる」


「うまい話ではなく、スケジュールの話です」鍵は言った。「資源の奪い合いを、資源の調整に変える。やってみなければ分からないことは多いですが、データは可能性を示しています」


カルドは腕を組み直した。


「俺一人で決められることじゃない。農家の代表とも話す必要がある」


「もちろんです。それが最初の一歩だと思います」


「……聞いてやってもいい」


それだけ言って、カルドは帳簿を棚に戻した。反論でも同意でもなく、でも確かに扉が開いた瞬間だった。


鍵はノートを閉じた。


これは農業の問題ではなかった。土地の魔力という資源をどう分配するか——制度の話であり、政策の話だ。農家と鉱山が話し合えば解決できる話でもない。これを正式に動かすには、ヴェルト王国の上層部が関わる必要がある。


「カルドさん、ありがとうございました」


「また来い。データを持って」


外に出ると、昼前の光が丘全体を照らしていた。麦畑の方から風が吹いて、草が揺れた。リンが「帰りましょう」と言い、三人で来た道を歩き始めた。


「クロード、今日の調査内容をまとめてくれ。採掘量と収穫量の相関データ、カルドとのやりとり、仮説と課題を整理して」


「進めます。レポートのフォーマットはどうしますか」


「王に報告できる形で」


クロードが少し間を置いた。「王への報告を想定するということは、政策提言として構成する、という理解でよろしいですか」


「そう。これは農家と鉱山の話じゃない。国が持つ魔力資源の管理方針の話だ」


リンが隣を歩きながら、静かに言った。「王様に報告するんですか」


「しなければいけない」鍵はまっすぐ前を見た。「採掘スケジュールを変えるには、鉱山の操業許可を持つ機関が動く必要がある。農家への補償の仕組みを作るにも、国の制度が要る。カルドひとりで決められることじゃないのと同じで、鍵ひとりでも動かせない」


「でも、王様は聞いてくださるでしょうか」


「データがある」


鍵は丘の向こうに広がる農村を眺めた。麦の穂が風に揺れている。三年連続で読めなかった収穫。農家たちが空の神様のせいだと信じてきた不運。その原因が、土地の下に眠っていたとは、誰も想像しなかった。


でも今、数字が答えを出している。


「王に報告してから来ます、とカルドに約束した。守らないといけない」


クロードが、後ろからついてきながら言った。「レポートの草稿、歩きながら整理します」


「頼む」


三人は丘を下りた。風が麦畑を渡り、遠くで農家の声がした。課題は農業を超えて、国の魔力資源管理という問題になった。問題が大きくなるのは、深く掘れた証拠だ。


鍵はノートの新しいページを開き、一行書いた。


『次のアクション:ヴェルト王への報告書作成』


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