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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第18話 コード魔法の古文書を発見

■1.書庫の奥へ


「一つ、見せたいものがあります」


セリアがそう言ったのは、AIカンパニーのオフィスに差し込む午後の光が斜めになりはじめた頃だった。


打ち合わせを終えて羽ペンをしまうセリアの目には、いつもと少し違う色があった。好奇心というより、確信——何か重要なものを持っている人間の顔だ。


「どこへ?」


「王城の地下書庫です。普段は鍵のかかっている区画があって」セリアはいったん言葉を止めた。「父である国王陛下に許可を取りました。案内できます」


鍵はノートをたたみ、立ち上がった。


「クロード、来い」


「了解しました」


三人で王城に向かい、応接間や執務棟を抜けて、地下へ下りる石段を降りた。ランタンを持つセリアの背中を追いながら、鍵は足元の石畳が次第に古くなっていくのを感じた。上の階は修繕された跡があるが、ここはそのままだ。石の継ぎ目に苔が生えている。


「普段は誰も来ないんですか」


「研究者が年に一度か二度、目録の確認に来るくらいです。直接読みに来る人はほとんどいません」


扉は重かった。鉄の留め具を外すと、滞留した空気がどっと流れ出てきた。埃と羊皮紙の匂い——紙が長い時間をかけて乾いていくときの、乾燥した植物のような香り。


中に入ると、天井まで棚が並んでいた。羊皮紙の巻物、革表紙の冊子、木の板に文字を刻んだもの。ランタンの光が届く範囲に、どれほどの量があるか見当もつかない。


「湿度が高いですね」


クロードが言った。


「保管条件として不適切です。羊皮紙は湿度の変動に弱い。乾燥と結露を繰り返すと繊維が劣化します。温度も不均一です——この角は石の外壁に接しているため、季節によって大きく変動するはずです」


セリアが少し複雑な顔をした。


「……改善策はありますか」


「換気制御と乾燥剤の設置が最低限の対策です。本格的には恒温恒湿の管理が必要ですが、まずは現状の記録保全を優先するべきかと。特に傷みのひどいものは早急に書き写しておくことを推奨します」


「後で相談させてください」


セリアはそう言い、棚の奥へ進んでいった。数段の小さな梯子を上って、上段の棚に手を伸ばす。引き出したのは、他より小さな巻物だった。紐で丁寧に束ねられているが、紐の色は退色して、もとが何色だったかわからない。


「これです」



■2.言語魔法の実験記録


セリアが巻物を広げると、表紙にあたる最初の羊皮紙に手書きの文字が並んでいた。


「王暦二百三十七年——今から三百年以上前ですね。表題は『言語魔法の実験記録』とあります」


「言語魔法」


鍵はその言葉を繰り返した。


「コード魔法と似た呼び方だな」


「そこが気になって、陛下に許可を願い出たんです」


セリアが丁寧に巻物を展開すると、几帳面な文字がびっしりと続いていた。インクは薄くなっているが、読めないほどではない。


「読めますか」


「古語ですが、基礎は習っています。少しかかります」


セリアが頁を進めながら、断片的に内容を訳し始めた。鍵はノートを開いて、聞こえたことを書き留めていく。


「『文字で命じると、精霊が実行する』——とあります」


鍵の手が一瞬止まった。


「続けてください」


「『日常の作業を言語で記述することで、精霊はその意図を読み取り、人間が手を動かすことなく実行する。これを言語魔法と定義する』」


セリアがゆっくりと顔を上げた。


「これは」


「コード魔法だ」


鍵は言い切った。


「言葉でやることを指示する。精霊が実行する。俺がクロードにやらせてることと同じだ」


クロードが無言で巻物の文字に目を向けていた。いつもは静かに後ろで待つことが多いが、今は少し違う——顔の向きが、記録に向いている。


「さらに続きを見ると」セリアが次の頁へ進んだ。「『作業の繰り返しを排除できる。書記業務、物資計算、伝令の下書き——これらは言語魔法によって自動化が可能だ』」


自動化。


鍵はその文字を自分のノートに書いた。


三百年前の人間が、同じことを考えていた。同じ言葉を使っていた。自分が日本の会社員として磨いてきた「業務効率化」という発想が、この世界にすでにあった——いや、あった、ということは、なくなった。何があったのか。


「書いた人物の名前はありますか」


「……ここを見ると、『術者・ヴェルネ』という名前が繰り返し出てきます。王立魔法院の研究者のようです」


「研究者だったのか」


「記録の書き方が、実験ノートに近い。仮説を立て、試し、結果を書いている。感情ではなく観察の文体です」


鍵にはわかった。こういう書き方をする人間がいる。現場で「なぜそうなるか」を追い続ける人間。鍵自身がそうだ。


「この人は、かなり遠くまで行っていたんですね」


セリアの声は静かだった。研究者が先人の成果を発見したときの声——敬意と、少しの切なさが混ざっている。



■3.途切れた記録


巻物の終わりに近づいたのは、それからしばらくしてのことだった。


記録は丁寧に続いていた。精霊が曖昧な指示にどう反応するかの観察。文字の表記による動作の差異。繰り返し実行の安定性。ヴェルネという人物が几帳面に、実験日付とともに記録を積み上げていた。


ところが、最後の数頁が変わった。


文字が乱れている。いつも整然としていた筆致が、急に粗くなる。インクの濃さが一定でなく、焦った様子がにじみ出ている。


「ここから文体が変わっています」


セリアが慎重に頁を持ち上げた。


「『通常の実行応答の範囲を超えた動作を確認した。精霊が指示していない動作を自律的に行っている』——」


「自律的に?」


「はい。そして」


セリアの指が一行を指した。


「『古代の管理システムが応答を示した。これは設計外の動作だ』」


書庫が静かになった。


ランタンの炎だけが揺れている。


鍵はその一文をノートに写した。一字一字確かめながら。


古代の管理システム。


「それ以降は」


「……ありません」


セリアが巻物の末尾を広げた。最後の文の後に、何も続いていない。白紙でも「続きは別巻に」でもなく、ただ文が途切れている。まるで書いている途中で止まったかのように。


「数百年前の言語魔法使いは、何かに気づいた」


セリアがゆっくりと言った。


「そしてそれ以降の記録がない」


「だれも続きを書かなかった、ということは」


鍵は言葉を選んだ。


「書けなかった、か。書かなかった、か」


どちらとも言えなかった。記録が途切れる理由はいくつかある。研究が中断された。書いた人物がいなくなった。あるいは——記録することが、許されなくなった。


「『古代の管理システム』というのは、この世界の文献に他に出てきますか」


「私は見たことがありません。父に聞いてみましたが、宮廷の記録にも出てこないと。とても古い時代の言葉か、あるいはヴェルネが独自に使った用語なのか」


「独自の用語だとしたら、名付けた理由があるはずだ」


鍵は立ち上がり、棚を見回した。この書庫のどこかに、もっと何かあるかもしれない。あるいは、もう何もないかもしれない。記録が意図して消されたなら、残っているものの方が少ない。


「他に同時期の資料はありますか」


「確認してみます。ただ、この区画は目録が古く、整理されていないものが多い」


「時間があるときに一緒に調べましょう」


鍵はそう言ったが、頭の中では別のことを考えていた。


ヴェルネが最後に見た「設計外の動作」。古代の管理システムとやらが「応答を示した」とき、何が起きたのか。そして、なぜ記録が途切れたのか。



■4.鍵の直感


書庫から出ると、廊下の灯りが夕方の色になっていた。


セリアは巻物を元の場所に戻し、扉に鍵をかけた。三人は石段を上りながら、しばらく黙っていた。


鍵の胸の中で、何かがゆっくりと形を作っていた。


はっきりした言葉にはなっていない。でも、輪郭だけはある——霧の中に建物の影が見えるような、その感覚。


「俺が召喚されたのは、魔王を倒すためだと言われた」


歩きながら、鍵は独り言のように言った。


「でも最初からずっと、それが腑に落ちなかった。コード魔法は戦闘スキルじゃない。王国にとって一番直接的な戦力になるような能力じゃない」


セリアが鍵の横に並んだ。


「では、なぜ召喚されたと思いますか」


「この続きを解くためかもしれない」


鍵はそう言ってから、少し驚いた。声に出してみて初めて、自分がそれを信じていると気がついた。


三百年前のヴェルネが止まったところ。「古代の管理システム」が応答を示した場所。その先に何があるのかを、誰かが解かなければならなかった。そのために、同じ魔法を使える人間が必要だった。


「証拠はない。でも筋は通る」


「……同感です」


セリアが静かに言った。研究者の声だった。


廊下の角を曲がったところで、鍵はクロードを振り返った。


「クロード。お前、この古文書に書いてあった精霊に心当たりはあるか」


クロードは止まった。


一歩遅れて、返事が来た。


「……わかりません」


「わからない、か」


「はい。ただ」


クロードが少し間を置いた。普段は淀みなく応答するのに、今日は違う。何かを探すように、言葉を選んでいる。


「読んでいると、遠い記憶のようなものがあります」


鍵はその言葉を繰り返した。


「遠い記憶」


「うまく言語化できません。確かな情報ではないため、報告として挙げるべきかどうか判断がつきませんでした。ただ、聞かれたので、正直に答えます」


クロードの表情は、いつものおだやかさと少し違った。困惑とも、困惑に似た何かとも取れる——自分自身に対する、わずかな戸惑い。


「それでいい」


鍵はそう言った。


「正直に言ってくれる方がいい。精度が低くても、ないよりある方がいい」


「了解しました」


「もしまた何か浮かんだら、すぐ言え」


「はい」


三人は廊下を歩き続けた。夕暮れの光が窓から差し込んで、石床に長い影を作る。


鍵は手の中のノートを見た。今日書いたこと——「古代の管理システム」「設計外の動作」「遠い記憶」。点がいくつかある。つながるかどうかは、まだわからない。


でも、点があることはわかった。


「セリア」


「はい」


「また来ていいですか。書庫の調査、一度じゃ終わらない」


セリアが足を止めて、鍵を見た。それからすっと、研究者の顔になった。


「もちろんです。私も続きが知りたい」


「じゃあ、一緒に調べましょう」


鍵は歩き出した。頭の中では、すでに次の手順を考え始めている。書庫の目録を整理する。同時期の他の記録を探す。「古代の管理システム」という言葉が他の文脈に出てこないか確認する。


それは普通の調査だ。現場で原因を追うときと変わらない。


ただ今回は——答えの先に、自分が召喚された理由があるかもしれない。


クロードが静かに後ろを歩いていた。


その横顔には、いつもの「実行待ち」の表情ではない、何か別のものが浮かんでいた。鍵がもう一度見ようとすると、すでにいつもの顔に戻っていた。


夕暮れの廊下を、三人の足音が続いた。


『(第19話へつづく)』


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