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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第16話 ギルドとの公開討論

■1.前日の準備


「公開討論、だと」


鍵は手元の紙を三度読み直した。アリアが持ってきた通知書には、確かにそう書いてある。


〈ギルド連合との協議会について——国王陛下の御前にて公開形式にて執り行う〉


「当初は小会議室での話し合いのはずでしたが」アリアが眉根を寄せながら言った。「ガルド殿が『国民が注視すべき問題だ』と主張して、国王に直訴したようです」


「つまり、逃げ場がなくなった」


「そういうことです」


テオが椅子の背もたれに深くもたれた。今日は珍しく口数が少ない。


「鍵さん。国王の前で失言したら……首、ですか?」


「さすがにそこまでは」


「でも仕事は終わりになる可能性が」


「そうだな」


ミナが羊皮紙の束を机に置いた。ここ二日で書き上げたという想定問答リストで、見開きびっしりと質問と回答案が並んでいる。


「考えられる論点は四十三項目に分類しました。ガルド殿の過去の発言と、ギルド機関誌の論説を照らし合わせて、攻撃の軸は三つだと判断しています。自然魔法との相克、術者の主体性の喪失、そして制御不能リスクです」


「よくこれだけ」


「二日間、ほぼ眠っていません」ミナは静かに言った。「でも不安なら言います。鍵さんの仕事は正しいと思っているから作りました」


鍵はリストを受け取り、一ページ目を読んだ。


アリアが全員を見回した。


「役割分担を決めましょう。私が場の空気を読みます。テオは資料の管理と補足説明担当。ミナは数字の確認係。そして——」


アリアは鍵に視線を向けた。


「鍵さんはデータだけ話してください。言い訳も感情も不要です。実績の数字を、静かに、順番通りに」


「わかった」


「感情的になるほど、ガルド殿の土俵に乗ることになります」


その言葉に、鍵は少しだけ笑った。


『同じことを、かつて上司に言ったことがある。会議では感情でなく数字で話せ、と。今度は自分が言われる側か。』


クロードが静かに口を開いた。


「当日、私が発言する必要はありますか」


「……今回は黙っていてくれ」鍵は言った。「お前が喋ると余計に怖がられる」


「了解です。ただ、必要であれば随時データを補完できるよう待機しています」


「頼む」


部屋に沈黙が落ちた。翌日の正午、王城の大謁見室。それまでに残された時間は、あと十四時間だった。



■2.ガルドの主張


大謁見室は、見る者を無意識に小さくさせる構造をしていた。


天井は高く、壁には歴代国王の肖像画が並び、正面の玉座には現国王ルードが静かに座っている。その両脇に宰相ドーレンと将軍バルガーが立ち、傍聴席には貴族や商会の代表者たちが詰めていた。中央の演台を挟んで、鍵たちとガルドが向かい合う形になっている。


ギルドマスター、ガルド・ヴェストリオは六十代と思しき老人だった。白髪を後ろで束ね、深緑のローブをまとっている。目は鋭く、しかし落ち着いていた。怒った顔ではない。確信した顔だ、と鍵は思った。


「魔法師ギルドを代表して、まず基本的な立場を申し上げます」


ガルドの声は低く通った。謁見室の石壁に反響して、必要以上に重みを持って聞こえる。


「魔法とは、術者の感性と世界の応答が重なり合う、生きた技術です。風を呼ぶときには、大気の機嫌を読む。炎を操るには、今日の乾燥度と術者自身の体調が関係する。それは数百年かけて先人たちが積み上げた、経験と直感の集積です」


静かな語り口だった。


「コード魔法とはなんでしょうか。それは人工的に構築された言語によって、あらかじめ定義された手順を実行する技術です。融通が利かない。文脈を読まない。定義されていないことは動かない。自然の魔法が流れる水であるとすれば、コード魔法は水路に閉じ込められた水です」


傍聴席がざわめいた。


「私はコード魔法そのものを否定しているのではありません」ガルドは続けた。「しかし、この技術が王国の基幹業務に組み込まれるとき、問題が生じます。精霊が判断し、言語が実行し、人間は結果を受け取るだけになる。そのとき術者は何を失うか——答えは明らかです。技術への関与、判断の主体性、そして、経験を通じて育つはずだった感覚そのものを失います」


ガルドは一拍置いた。


「制御不能なものは、信頼できません。農村の収穫管理を機械に委ねたとき、異常気象が来たらどう対処するのか。軍の補給計算を自動化したとき、敵の奇策に対して誰が判断を下すのか。定義された言語で縛ることは、変化する世界への対応を自ら捨てることです」


最後の言葉は、ゆっくりとした速度で届いた。


「コード魔法の禁止を求めているのではありません。ただ——その普及は、段階的な検証と厳格な管理のもとに置かれるべきです。さもなければ、私たちは大事なものを失ってからそれに気がつく」


謁見室が静まり返った。


鍵はガルドを見た。


『この人は嘘をついていない。自分が正しいと本当に信じている。』



■3.鍵の応答


「では、これまでの実績をご報告します」


鍵の声は、ガルドより低くはなかった。


演台にミナが広げた資料は五枚。手書きの数字と簡素な図が並んでいる。鍵はその一枚目を手に取った。


「カルタ農村での作業管理を導入して、三ヶ月が経ちました。収穫期の人員配置を記録から最適化した結果、同じ人数で処理できる量が十七パーセント増加しています。この数字は、村長のホーレン氏が毎週手記録してくれたものです。コード魔法が動かしたのではない。農村の人たちが自分たちで判断した結果です」


「軍の補給業務について。将軍バルガー閣下のご許可を得て、東方三拠点の物資移送ルートを記録分析しました。移送の遅延は、大半が出発前の確認作業の重複から生じていました。確認手順を整理して記録に残した結果、平均遅延時間が四割減少しました。判断は将軍と兵站担当者が行っています。私たちは記録と整理を担当しただけです」


「王国全体の課題マップについては、宰相ドーレン閣下に先日ご覧いただいた通りです。どの地域でどんな問題が重なっているか。これまで個別に対処していたものを、横に並べて見えるようにしました」


鍵は二枚目の資料を置いた。


「ガルドさんのご指摘は、正しいと思います」


傍聴席で声が上がった。鍵は構わず続けた。


「コード魔法は、定義されたことしか動きません。文脈を自分で読むことはできない。異常気象に直面したとき、私の精霊は農村の人たちに代わって判断を下すことはできません。それは事実です」


ガルドが静かに鍵を見た。


「しかし、私が取り組んできたのはそこではありません。感覚でやっていたことを感覚のまま続けてほしいときには、私は関わっていない。うまくいかなかったこと、見えていなかったこと、記録されずに消えていった判断——そういうものを残す仕組みを作ってきました」


「農村の人たちは、今でも空を見て播種のタイミングを決めています。将軍は今でも戦況を読んで部隊を動かしています。私の仕事は、その感覚を否定することではなく、感覚の背後にあるデータを保存して、次の判断の材料にすることです」


謁見室は静かだった。


「コード魔法は感性を代替しない。感性が積み重ねた経験を、失わないようにするための補助です」



■4.根本的な問い


「一つだけ聞かせてほしい」


ガルドが口を開いた。討論の雰囲気が変わった、と鍵は感じた。これまでの議論は準備された論点だった。しかし今のガルドの声には、別の重みがある。


「お前の精霊が考え、お前の言語が動く。では人間は何をする」


謁見室の空気が締まった。


「物資の計算は精霊が担う。作業の手順は言語が定義する。記録は自動で積み重なる。農村の人間は数字を受け取り、兵士は指示を受け取る。それが続いたとき、十年後に彼らは何を考えるのか」


ガルドは演台を離れ、一歩前に出た。


「私が恐れているのは、制御不能になることではない。人間が考えることを止めることだ」


鍵は答えなかった。


すぐには。


謁見室が静止した。傍聴席の誰も動かない。国王ルードが静かに鍵を見ている。


『この問いは、かつて自分も受けたことがある。仕事を自動化する人間は、人の仕事を奪う人間か——同僚にそう言われた夜があった。』


鍵は息をゆっくり吸った。


「道具が人の代わりに考えるのではありません」


静かな声だった。謁見室の壁に吸い込まれるような、低い声。


「道具のおかげで、人がより大事なことを考える時間が生まれます」


ガルドが目を細めた。


「農村の人たちが収穫量の計算に費やしていた時間は、今は何に使われているか。農地の改善策を話し合うことに使われています。補給の確認作業を繰り返していた兵士の時間は、戦況の読み合いに使われるようになっています」


「道具は人を不要にしない。考えることが減ったのではなく、より難しいことを考える余地が生まれた。そういうことが、この三ヶ月で少しずつ起きています」


鍵はガルドを真っすぐに見た。


「あなたが言う通り、感性は大事です。経験は大事です。私はそれを否定していない。ただ、記録がなければ経験は消える。補助がなければ、人は瑣末なことに精神を使い続ける。私がやっていることは、人が考えることを止めさせるためではなく、人が考えるべきことに集中できるようにするためです」


言い切ったとき、謁見室に沈黙が落ちた。


ガルドは動かなかった。


何かを噛み締めているような顔だった。反論でも同意でもない。考えている顔だ、と鍵は思った。


その沈黙は、長かった。体感では一分ほど。しかし誰も遮らなかった。国王も、宰相も、傍聴席の誰も。


謁見室全体が、その静寂に耳を傾けていた。



■5.国王の裁定


「両者の意見は聞いた」


国王ルードが口を開いた。


低く、しかし明確な声だった。玉座から立ち上がることなく、ただ静かに前を向いたまま言葉を続ける。


「ガルド・ヴェストリオの懸念は、魔法師ギルドとして長年積み上げた知見に基づくものであり、軽視できない。自動化が人の判断を弱らせるという指摘は、十分に検討に値する」


ガルドが静かに頭を下げた。


「同時に——コード魔法の事業者が示した実績も、否定できるものではない。農村の改善、軍の効率化、王国全体の課題把握。いずれも数字で示されており、担当者の証言とも一致している」


国王の視線が鍵に移った。


「鍵。お前の仕事を、続けることを認める」


鍵は深く頭を下げた。


「ただし——」


国王の声が一段低くなった。


「ガルド・ヴェストリオの監視のもとに置く。ギルドが問題と判断した案件については、都度報告と協議の場を設けること。これは命令ではなく、条件だ」


「承りました」鍵は言った。「ガルドさんの視点は、私たちに必要なものです」


ガルドはその言葉に何も言わなかった。


謁見室が静かにざわめきはじめた。傍聴席の貴族たちが、小声で言葉を交わしている。宰相ドーレンが安堵の息をついた。将軍バルガーが腕を組んでうなずいた。


鍵はアリアを見た。アリアが小さく目線を返す。テオが「よかった」と口を動かす。ミナは資料をそっと束ねながら、こちらを見ずに微かに頷いた。


謁見室を辞するとき、廊下の角でガルドが鍵の横に並んだ。


足を止めることはなかった。ただ、すれ違う一瞬に、小声でこう言った。


「……お前の言葉、考えておく」


鍵は答えなかった。


ガルドはそのまま廊下の奥へ歩いていった。


アリアが小声で言った。「勝ちましたね」


「勝ち負けじゃないと思う」


鍵はガルドの背中が廊下の曲がり角に消えるのを見送った。


『あの人は間違っていない。ただ、見えている時代が違う。その違いを埋めるのに、どれだけ時間がかかるかはわからない。でも今日、少しだけ近づいた気がする。』


クロードが鍵の隣に静かに並んだ。


「お疲れ様でした」


「うん」


「次の案件の整理に入りますか」


「……少しだけ待ってくれ」


鍵は廊下の窓から外を見た。王城の中庭に、午後の光が斜めに差し込んでいた。農村の播種期には、まだ少し間がある。東の要塞の問題は、まだ解決していない。議会の動きも、ガルドの出方も、これから変わっていくはずだ。


やることは、山ほどある。


ただ、今日の一歩は確かなものだった。


「よし、戻ろう」


鍵は歩き出した。


『(第17話へつづく)』


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