↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/48

第12話 魔法使いギルドが動きます

■1.市場からの知らせ


テオが帰ってきたのは、昼過ぎだった。


「大変です。市場でやばい話を聞きました」


扉を開けるなり声を上げたので、アリアが棚の在庫帳簿から顔を上げた。鍵はテーブルの端でクロードと一緒に軍の物資管理報告書の確認をしていたところだった。


「やばい、の定義は」鍵は顔を上げずに聞いた。


「コード魔法が、禁止されるかもしれないって話です」


今度は鍵も手を止めた。


テオは革バッグを床に置きながら続ける。食材の買い付けに王都の中央市場へ行ったとき、馴染みの薬草商から聞いたという。魔法使いギルドの長、ガルドが国王に直訴した。コード魔法は制御不能で危険だ、禁じるべきだ——という内容だった。


「それ、誰から聞いた話ですか」


鍵の最初の言葉はそれだった。


「ダニエル薬草商から。彼の息子がギルドの下働きをしていて——」


「ひとを介した話が二段階、ですね」


テオが「そうです、けど……」と口ごもる。横でアリアが立ち上がっていた。


「本当ですか、それ!」


「ですから、ソースが」


「待って」アリアはテーブルに両手をついた。「ギルド長のガルドが動いているなら、これは本当の話です。あの人は軽率に王宮へ行くような人じゃない」


「アリアはガルドを知ってるんですか」


「顔を見たことがある程度ですが、評判は聞いています。魔法使いギルドを五十年仕切っている人で、この国の魔法体系を作った人です。あの人が動議を出すとなれば、議会は無視できない」


鍵は報告書を脇に置いた。


「でも今の段階では、市場の噂話です」


「放置できません」


アリアの声は、いつもより少し高かった。営業先の交渉で追い詰められたときでも崩れないあの落ち着きが、今日は微妙にずれていた。


『珍しい。アリアがこれだけ即座に反応するのは』


「確認しましょう」鍵は立ち上がった。「一番確度が高い情報源は何ですか」


アリアがすぐに答える。「宰相のエドワード様」


「なら、そこへ行きます」


■2.エドワードの言葉


王宮への来客通路は、三度目になると慣れてきた。


衛兵に顔を覚えられていたのか、案内の手続きが前より早い。エドワード宰相はちょうど午後の執務を終えたころで、応接の間に通された。


「来ると思っていました」


エドワードは椅子に腰かけたまま、茶の入った杯を手に言った。五十代で細身、物事を測るような目は今日も変わらない。


「市場で噂が流れているようですが」鍵は座りながら言った。「事実ですか」


「本質的には、そうです」


エドワードは杯を置いた。


「ガルド卿が先週、陛下への謁見を求めました。内容は私も把握しています。コード魔法を危険な異種魔法として規制する、あるいは禁止するよう求める上奏でした」


アリアが小さく息を吸う音がした。


「陛下は」


「受け取りました。ただし即断はされていない。ガルド卿は次の臨時議会で正式に動議を提出する予定です」


「臨時議会は」


「今月の末、二十七日です」


鍵は少し計算した。三週間ほどある。


「エドワード殿は、どうお考えですか」


宰相は少し間を置いた。これは考えているのではなく、言い方を選んでいる間だと鍵にはわかった。


「私個人は、AIカンパニーの仕事ぶりを評価しています。軍の物資管理も、今のところ問題は出ていない。ただ」


「止められない、と」


エドワードが目を細めた。「察しが早い」


「議会は多数決です。ガルド卿の影響力を考えると、発議が通る可能性がある。私の一存でどうこうできる話ではありません」


アリアが「止めていただけないんですか」と言いかけるのを、鍵が手で制した。宰相を責めても意味がない。


「ガルド卿の主張は、具体的にどういう内容ですか」


「日本語という未知の言語で操る魔法は制御が難しく、何が実行されているか第三者が確認できない。魔法使いギルドの審査基準を満たさない。加えて——」エドワードは言葉を選んだ。「言語による自動化は、魔法の本質を損なうという哲学的な主張もあります」


「哲学的」


「ガルド卿にとって、それは技術論より重要なようです」


鍵はそこで黙った。


外が風で窓を揺らす音がした。アリアが唇を引き結んでいるのが視界に入った。


「ありがとうございます」鍵は立ち上がった。「状況はわかりました」


「AIカンパニーとしては、どうされますか」


「まだ決めていません。ただ、動く前にもう少し情報を集めます」


エドワードが小さく頷く。「慎重なのはいいことです。……ただ時間はそう多くない」


廊下に出てから、アリアが口を開いた。「急がないんですか」


鍵は前を向いたまま答えた。「急ぐのと焦るのは違います」


■3.ガルドという人物


オフィスに戻ってから、鍵はテーブルにノートを広げた。


「ガルドについて調べましょう」


クロードが静かに答える。「調査の範囲を定義してください」


「公開情報でいい。ギルドの記録、過去の発言、業績。あと人柄がわかるエピソードがあれば」


「承知しました。王都文書館の資料と、ギルドの公式記録から当たります。少し時間をください」


クロードが情報の整理を始める間、アリアが椅子に腰かけて足を組んだ。珍しく、何も言わなかった。


三十分後、クロードが整理した内容が書面にまとまった。


ガルド=ラントス。七十二歳。魔法使いギルド長、在任歴三十一年。その前は王立魔法研究院の主任研究官として二十年。通算で五十年以上、この国の魔法行政の中心にいた人物だ。


業績は具体的だった。かつてバラバラだった各地の魔法使いの流派を統合し、王国標準魔法体系を整備したのがガルドだという。現在の魔法教育課程も彼の設計によるもので、ギルドに登録されている魔法使いはみな、ガルドが作った基準で審査を受けている。


「功績のある人ですね」テオが言った。


「これだけの実績を作った人が、なぜコード魔法を禁じようとしているのかが問題です」


鍵はクロードのまとめた記録の続きを読んだ。


そこに一文があった。


四十年前、ギルドの年次報告書に収録された寄稿文から引用されていた。


『魔法は人の感性が形を取るものである。術者の意志と理解が、魔力に意味を与える。それなくして発動する力は、魔法ではなく機械だ。』


「機械、か」鍵は声に出した。


「言語による自動化は魔法の死だ、という言葉が最近の記録にも出てきます」クロードが続けた。「ギルドの内部資料ではなく、弟子への指導記録です。非公式ですが、複数の弟子が同じ言葉を聞いている」


「つまり本気で言っている、ということですね」アリアが静かに言った。


「そうです」


テオが首をかしげた。「でも、コード魔法で迷惑をかけた事案は今のところゼロですよね。具体的な被害がないのに禁止するのはおかしくないですか」


鍵はしばらく考えた。


「具体的な被害があってから動く人と、原理的に危険だと判断したら動く人がいます。ガルドは後者に見える」


「どっちが正しいんですか」


「どっちも正しい局面がある」


答えながら、鍵は記録をもう一度読み返した。七十年以上かけて積み上げた魔法への信念がある。自動化された指示が魔法と呼べるのか、という問い。それはガルドにとって、運用上の問題ではなく根本的な問いなのだ。


『怠惰な人ではない。信じているものがあって、それと相容れないと判断している。それだけのことだ。』


「アリア」


「なんですか」


「ガルドはどんな見た目の人ですか。実際に見たことがあると言っていたので」


アリアが少し考える顔をした。


「背が高くて、白い髭を整えていました。立ち姿が、こう——真っ直ぐで。場に緊張感をもたらす人でした。声は低くて落ち着いていて、でも通る声でした」


「怒っていましたか」


「いいえ。怒っている感じはなかった。ただ、何かを確信している人の顔でした」


鍵はノートに短く書いた。


「信念がある人。感情で動いているわけじゃない」


■4.どう動くか


夕方になった。


オフィスの窓から王都の街並みが見える。日が傾いて、石造りの建物が橙に染まっていた。


「で」アリアが言った。「どうするんですか」


鍵はノートを閉じた。


「ガルドに会いに行きます」


沈黙があった。


テオが「え」と言い、アリアが目を細めた。


「ギルドが門前払いしますよ」アリアはきっぱり言った。「ガルドはAIカンパニーを潰そうとしている側です。そこへ乗り込んでも追い返されるだけじゃないですか」


「それはそうかもしれない」


「じゃあなぜ」


「禁止令に正面から抵抗しても意味がありません」鍵はテーブルに肘をついた。「議会で数を集めて対抗する? 影響力のある人に根回しをする? どれも今の私たちにはリソースがない。それより」


「それより?」


「相手が何を問題にしているかを、ちゃんと聞きたい」


アリアが押し黙った。


テオが「でも向こうは禁止しようとしているんですよね」と言う。


「そうです。だから聞きにいく。なぜ禁止しようとしているのか。どういう条件なら禁止する必要がないと思うのか。そこを確認せずに動いても、空振りになります」


窓の外で鳥が鳴いた。


クロードが静かに口を開いた。


「補足すると」


全員が精霊の方を向いた。


「相手の定義を理解する前に反論することは、非効率です。ガルドが懸念しているのは運用の問題なのか、原理的な問題なのかによって、対処は変わります。同じ問題に見えても、出発点が違えば解決策も変わる。まず定義を確認することが必要です」


「……確認する方法がないと言っているんですが」アリアがクロードを見た。


「扉を叩くことはできます。開くかどうかは別の問題です。でも叩かなければ開く可能性はゼロです」


沈黙が続いた。


アリアが息をついた。「……わかりました。私も行きます」


「助かります」


「ただし」アリアは人差し指を立てた。「追い返されたときの次の手も、並行して考えておいてください。最悪の場合、議会前に手が打てなくなる」


「そうしましょう」


鍵はノートに書き足した。


ガルドへのアポイントメント。ギルド訪問の可否確認。並行して議会筋の情報収集。


やることは多い。時間は三週間ない。


『でも今日、動けることは増えた。昨日より情報が増えた。それで充分だ。』


窓の外の空が、暗くなり始めていた。


「明日の朝、ギルドへ行きます」


それだけ言って、鍵はペンを置いた。


『(第13話へつづく)』


面白いと思ったらブックマーク・評価をいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。