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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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113/114

第113話 アリアのスピーチ

毎日20時、更新予定です!

■1.祝賀は、夕刻から始まった。


本社棟の一階に、大きな机が出された。


食事が並んでいた。ヴェルトから届いた秋の野菜。ブルーの港から運ばれた干し魚。エルムのパン。フォルスの林檎酒。四つの支社の名産が、一つの机の上に、揃っていた。


アリアが、全部、手配した。


テオが先に気づいた。机の端に置かれた小さな紙札に、各食材の出身地が書かれていた。字が細かく、丁寧だった。アリアの筆跡だった。


「本人が、書いたのか」と、テオが言った。


「当然だろう」と、カリンが答えた。「アリアはそういう人だ」


テオは、紙札を、もう一度見た。「エルム産 秋の根菜 農民組合記録書号二十七便より」と、書いてあった。番号まで、書いてある。


「細かい」と、テオは言った。


「細かいから、五年で、ここまで来た」と、カリンは言った。


アリア自身は、まだ、見当たらなかった。


準備の最終確認をしているのだろう、とカリンは思った。そういう人だということを、一年以上、一緒にいて知っていた。宴の主役が、宴の直前まで、裏側にいる。それがアリアだった。


ルナは、窓際に立っていた。


王都の夕空を見ながら、革袋を肩から下ろさなかった。


「ルナ、今日は荷物を置いていいんじゃないか」と、カリンが声をかけた。


「習慣です」と、ルナが言った。「会議が終わるまで、資料を手放さない」


「会議は終わった」


「帝国の件が、まだ残っています」


カリンは、そうか、と思った。ルナにとっては、まだ終わっていなかった。


鍵は、部屋の端の方に、立っていた。


クロードが、鍵の近くで、青白い光として浮いていた。会議室と違って、この部屋では、アリア以外の全員がいた。四人の支社長と、代表と、精霊。


「クロード」と、テオが呼んだ。「今日の会議で、記録した内容は、どこに残るんだ?」


青白い光が、わずかに揺れた。


「精霊の記憶の中に残ります」と、鍵が代わりに言った。「クロードの記録は、口頭で確認すれば引き出せます。文字に起こすのは、私が後でやります」


「お前がやるのか」


「そうだ」


テオは、少し、驚いた顔をした。でも、それが代表のやり方だ、と思って、何も言わなかった。


扉が、開いた。


アリアが、入ってきた。


エプロンを取っている途中だった。早足で入ってきて、机の上を一度確認して、食器の一つを、わずかに動かした。それから、四人の支社長を見て、言った。


「遅くなりました」


「何もしていない」と、カリンが言った。


「準備が終わってなかっただけです」と、アリアが答えた。「始めましょう。席に着いてください」


アリアが言うと、全員が動いた。それが、この会社の、五年間で出来上がった秩序だった。


■2.アリアが、壇上に立った。


壇上、と言っても、机から少し離れた、床の一角だった。特別な台があるわけではない。でも、アリアがそこに立つと、なぜか、全員の目が集まった。


アリアは、手に、何も持っていなかった。


紙も、原稿も、ない。


「話す前に、一つ、やることがあります」と、アリアが言った。


机の端に、小さな羊皮紙の束が、あった。アリアは、その束を取った。机の脇の壁に、木の板が立てかけてある。普段は告知用の掲示板として使っているものだった。


アリアは、羊皮紙の一枚を、板に貼った。


数字が、書いてあった。


「今年の、会社全体の売上です」と、アリアが言った。静かな声だった。


もう一枚を、貼った。「今年の、支払い済みの費用です」


もう一枚。「今年の、各支社への分配金です」


もう一枚。「今年の、外部への貢献件数です」


四枚が、並んだ。板の上に、四つの数字が、貼り出された。


アリアは、一歩、下がった。


「五年前に、最初に数字を見せたとき」と、アリアが言った。「使ったのは、木の板と、墨と、羊皮紙の切れ端でした。市場の売上が、一ヶ月でどう動いたか。それを、宰相府の方々の前に、貼り出した。たった、それだけのことでした」


アリアは、掲示板を、一度、見た。


「あの頃とは、全然、違います。支社が四つになり、農地も港も帝国も、数字で動くようになった。でも、やっていることは、同じです。数字を、貼る。誰かに見えるところに、置く。それだけです」


室内が、静かだった。


「この五年で、私が一番、変わったことと、一番、変わらなかったことが、両方、あります」と、アリアが続けた。「変わったのは、一人でやらなくていいことを、覚えたこと。変わらなかったのは、数字を貼ることの意味を、信じていること。見えないことは、動かせない。見えるようにするだけで、何かが変わる——その信念は、五年たっても、変わっていません」


アリアは、四人の支社長を、順に、見た。


「テオさん。エルムの収穫量が一・六倍になったのは、農民たちが数字を読めるようになったからです。リンさん。ヴェルトの水路が自動管理になったのは、農民が水量のデータを自分で見られるようになったからです。ルナさん。ブルーの港が三十ヶ国に通じているのは、言語と記録が整理されているからです。カリンさん。フォルスの七十世帯が暖かくなったのは、設計図が誰でも読めるように、貼り出されたからです」


それだけ言って、アリアは、静かに続けた。


「続けてください。続けてもらえると、うれしいです」


スピーチは、それで、終わった。


テオが、最初に、拍手をした。一回だった。でも、それが合図になって、他の三人も、続いた。大きな拍手ではなかった。静かな、拍手だった。


カリンは、拍手しながら、アリアが貼った数字を、見ていた。


木の板に、四枚の羊皮紙。


あれと同じだ、と思った。一年前——フォルス旧市街で、石守から引き継いだ管理所の壁に、カリンが暖房装置の設計図を貼った。村人に見えるように。誰でも読めるように。


場所も、内容も、違う。でも、板に、紙を、貼った。それだけは、同じだった。


『それだけのことが、続いていく』


カリンは、そう思った。大げさなことでは、なかった。でも、確かなことだった。


アリアは、席に戻った。席に着く前に、一度だけ、掲示板を見た。自分が貼った四枚の紙を。それから、目を前に戻した。


特別な表情では、なかった。いつものアリアの顔だった。


食事が始まった。


■3.宴の終わり、報告が届いた。


夜が深くなると、食事の皿が片付けられた。


林檎酒の入った杯が、まだ、各自の前にあった。蝋燭が、数本、灯っていた。話し声が、低くなった。


テオとリンは、隣に座って、小さな声で話していた。エルムとヴェルトは、農業地帯という共通点がある。記録の定着について、互いの経験を、交換していた。


ルナは、革袋をようやく肩から下ろして、窓際の椅子に座っていた。


カリンは、林檎酒を一口飲んで、アリアの隣に移動した。


「いいスピーチだった」と、カリンが言った。


「短すぎましたか」と、アリアが言った。


「ちょうどよかった」


アリアは、少し、考えた顔をした。「最初は、もっと長く書こうと思っていたんです。この五年でやってきたことを、順番に振り返って——でも、それは要らないと思って、やめました」


「なぜ」


「みんな、知っているから」と、アリアが言った。「振り返らなくても、覚えている。それよりも、今もやっていることを、一つ、見せた方がいいと思った」


カリンは、掲示板を見た。四枚の紙が、まだ、貼ってあった。


「あの動作のことか」


「そうです」と、アリアが言った。「五年前、最初に宰相府で数字を貼ったとき、誰も信じていなかった。でも、貼ることをやめなかった。それだけです」


カリンは、少し間を置いた。


「お前が最初に数字を貼った場所は、どこだった」と、カリンが聞いた。


「王都の宰相府の廊下です」と、アリアが答えた。「許可を取る前に、貼った。後で怒られた。でも、三日後には、宰相府の人間が、数字を見に来ていた」


カリンは、それを聞いて、少し笑った。


「許可を取る前に、か」


「必要なことは、待たなくていいと思っていました。あの頃は」と、アリアが言った。「今は、少し違います。手順が大事なことを、覚えたので。でも、数字を貼ること自体は——今でも、許可が出る前から、頭の中で貼っています」


「それは変わらないな」と、カリンが言った。


「変わらなくていいことは、変えなくていい、と代表に言われたことがあります」と、アリアが言った。


「いつ?」


「二年目の終わりに。大きな案件で失敗した後です。あのときは——」


アリアは、言葉を止めた。


「まあ、それは昔の話です」


カリンは、それ以上聞かなかった。アリアが話したくない顔をするときは、聞かない。五年でそれを覚えた。


扉を、ノックする音が、した。


全員が、振り向いた。


扉を開けたのは、本社棟の番人だった。手に、封蝋のついた筒を持っていた。


「セリア王女殿下から、急使が届いています。代表への、至急の書簡とのことです」


鍵が、立ち上がった。筒を受け取り、封蝋を割った。


室内が、静かになった。


鍵は、羊皮紙を、読んだ。


読み終えた後、少し間があった。


「セリアからだ」と、鍵が言った。「フォルスの地下に続く遺跡の調査が、進んだ、とのことだ。東境の調査団が、以前に封じた遺跡の別の入口を、発見した。書簡には、内部の記録が、フォルスの装置のものと、酷似している、と書いてある」


室内が、静まった。


「フォルスと、東境の遺跡が、繋がっているということか?」と、ルナが言った。


「繋がっているかどうかは、まだわからない」と、鍵が言った。「ただ、記録が酷似している、ということだ。セリアは、できるだけ早く確認に来てほしい、と書いている」


テオが、小さく言った。「今日決めた、限定的な調査——それと関係する、かもしれない」


「かもしれない」と、鍵が答えた。「明朝、ルナの帝国報告を聞いた後、この件も話し合う」


アリアが、杯を、机に置いた。


宴は、まだ終わっていなかった。蝋燭は、まだ燃えていた。林檎酒は、まだ、残っていた。


でも、部屋の空気が、わずかに変わっていた。


カリンは、掲示板を見た。アリアが貼った、四枚の数字が、まだ、そこにあった。


今日の話し合いで出た成果と、失敗と、決議と。そして、このセリアからの書簡。


五年分のことが、今夜、一つの部屋に集まった。


それが、次の一年の、始まりだった。


『(第114話へつづく)』

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