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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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112/114

第112話 5周年会議

毎日20時、更新予定です!

■1.会議は、朝の鐘、三つで始まった。


王都の本社棟の、二階の会議室だった。


テオ、リン、ルナ、カリン。四人が、長机の周りに座った。机の端に、羊皮紙の束と、インク壺が置かれていた。窓から、秋の朝の光が差し込んでいた。


代表が、上座に立った。


鍵は、いつもと同じだった。特別なことを言う前の、静かな間があった。それから、口を開いた。


「五年、ありがとう」


一言だった。


それだけで、始まった。


クロードが、鍵の肩の近くで、青白い光として浮いていた。三人の支社長には見えなかったが、カリンには見えていた。クロードは、今日の会議の記録を取る役割を担っていた。羊皮紙に書き留める係ではない。全てを、その精霊としての記憶に、刻む係だった。


「まず各支社の状況を、数字で報告してほしい。その後、装置についての決議に入る」と、鍵が言った。「五周年の祝賀は、今日の夕刻から、アリアが準備している。会議は、午前中で終わらせたい」


テオが、手元の報告書を、広げた。


「エルム支社です。今年の収穫量は、五年前の一・六倍です。農地の記録定着率は、九十三パーセント。村ごとの記録様式が、統一されています。副長のオスカルが、引き継ぎを担当しています」


数字を読む声は、落ち着いていた。でも、読み終えた後、テオは少し、間を置いた。


「後ほど、追加で話したいことがあります」


鍵は、頷いた。


リンが、続いた。


「ヴェルト支社です。水路の自動管理による効率化で、収穫量は五年前の一・七倍です。農民の記録定着率は、八十八パーセント。北部の村が、若干低い。理由は、後ほど話します」


ルナが、次に口を開いた。


「ブルー支社、及び帝国連絡業務の報告です。港の貿易記録管理は、三世代目のスタッフが担当しています。三十ヶ国の記録様式は、現在も統一されて稼働中です。貿易量は五年前より増加しています。詳細は、報告書にまとめています」


革袋から、紙を取り出して、机の中央に置いた。


「帝国の件は、別途、詳しく報告したいと思っています」


最後に、カリンが言った。


「フォルス支社です。石守の管理所を引き継いだ後、地域の暖房普及率が上がりました。独自設計の簡易暖房装置が、現在、七十世帯に普及しています。地下の装置については、今朝も変化なしを確認しています。詳細は、この会議で」


四人の報告が、終わった。


鍵は、一度、クロードを見た。


クロードは、光のまま、静かに浮いていた。記録は、取れている、という意味だった。


「では、テオから、追加の報告を」と、鍵が言った。


■2.テオが最初に、手を挙げた。


「成果の数字は、お伝えしました」と、テオが言った。「でも、その数字には、入っていないことを、話したいと思います」


一同が、テオを見た。


「エルムの仕組みは、今、俺がいなくても動きます」


テオは、机の上の報告書を、指でなぞりながら言った。


「昨日、王都に出発する前、副長のオスカルに引き継ぎをしようとした。そうしたら、オスカルは、引き継ぎ書を既に手に持って、待っていました。明日の検品立ち合いは自分が対応する。南四村の収穫報告まとめも、期日通りに出す。北二村の水路清掃の日程調整も、すでに返書を送った。全部、俺が言う前に、把握していた」


テオは、少し、笑おうとして、やめた。


「それが、正しいことだと、わかっています。自分がいなくても回るのが、支社長の目標です。五年かけて、そこまで来た。喜ぶべきことです」


でも、と、テオが続けた。


「出発するとき、農民たちの方に振り返ったら、誰もこちらを見ていなかった。誰も、テオが今日出発することを、気にしていなかった。それが——正しいことだとわかっていながら、どこかで、胸が痛かった」


室内が、静かになった。


「支社長として、自分は何をすべきか、わからなくなっています」と、テオは言った。「仕組みは動いている。でも、俺は今、何のためにそこにいるのか」


鍵は、テオを見ていた。何も、言わなかった。


カリンも、リンも、ルナも、静かだった。


テオは、机の上の報告書から、目を上げた。


「批判ではありません。誰かを責めているわけでも、辞めたいわけでも、ない。ただ——この五年で、仕組みが完成したとき、自分の場所がどこにあるのか、それを、うまく見つけられていない。そのことを、正直に言いたかった」


窓の外で、鳥の声がした。


リンが、小さく息を吸った。


「わかる」と、リンが言った。声は、低かった。「私も、同じことを考えていた」


「同じ?」


「少し違うかもしれない。でも、似たことを」


テオは、リンを見た。


「後で話す」と、リンが言った。「私の方は、もう少し、具体的な失敗だから」


テオは、頷いた。それから、代表を見た。


「以上です」


鍵は、ゆっくりと頷いた。


「聞いた」と、鍵は言った。それだけだった。


テオには、それで十分だった。批評でも、解決策でも、なかった。ただ、聞いた、という返事。それが、この代表のやり方だと、テオは知っていた。


■3.リンは、走り書きを、読み上げた。


革袋から取り出した羊皮紙は、馬車の揺れで、文字が少し乱れていた。リンは、それを机の上に広げた。


「三ヶ月前に、ヴェルト北部の村で、起きたことです」


声が、少し、硬かった。


「記録係の若者が、怪我をしました。一ヶ月間、休みました。その一ヶ月で、その村の収穫記録が、止まりました」


止まった、と聞いて、カリンが眉をわずかに動かした。


「確認しに行ったとき、村人の方々は、言いました。『あなたが来てくれると思っていました』と」


リンは、走り書きから、目を上げた。


「私は、二年かけて、記録の仕方を教えました。様式を作り、道具を渡し、練習を重ねました。でも、記録係という役職に、記録の全てを預けていた。記録係が休めば、他の誰かが引き継ぐ、という設計に、なっていなかった」


「つまり」と、ルナが静かに言った。「依存先が、石守から記録係に変わった」


「そうです」と、リンが言った。「石守から、記録係に。記録係から、私に。私がいなければ、記録係を呼べばいい。記録係がいなければ、私が来てくれる。そのつもりは、なかったんですが——」


リンは、走り書きを、折りたたんだ。


「仕組みを作ったつもりが、依存の対象を変えただけだったかもしれない。それを、一ヶ月後にまで、気づかなかった。成果の数字は出ていたから」


テオが、ゆっくりと頷いた。


「その後、どうした?」


「記録係一人ではなく、三人で分担する体制に変えました。誰かが休んでも止まらないように。でも、それが本当の解決かどうか、まだわかりません。三人体制が崩れたとき、また止まらないか」


鍵が、静かに言った。


「記録係が三人になったことを、農民たちは知っているか?」


リンは、少し考えた。


「知っている、と思います。でも、確認はしていません」


「次に行ったとき、確かめてほしい」と、鍵が言った。「三人の名前と、それぞれの担当を、農民全員が言えるかどうか。言えれば、仕組みは伝わっている。言えなければ、まだ、誰かへの依存が残っている」


「わかりました」


リンは、走り書きを、鞄にしまった。


「報告書に書いていませんでした」と、リンが言った。「成果の数字だけ書いていた。失敗を書くのが、怖かったわけじゃないけど——正確に言えるか自信がなかった。でも、テオさんが先に話してくれたから、私も話せた」


テオは、何も言わなかった。でも、わずかに、表情が緩んだ。


カリンが、テオとリンを交互に見た。


『こんな話が出てくるとは、思っていなかった』


と、カリンは思った。成果の数字を出し合って、装置の話に入る——そう思っていた。でも、テオとリンが、こういうことを話す会議に、なっていた。


それは、代表が望んだ場だった。


「意見じゃなくて、正直な報告を」と、出発前に鍵が言っていた、とカリンは思い出した。


■4.ルナが、数字の一覧を、広げた。


「私も、似たことを、言います」と、ルナが言った。


革袋から、一枚の紙を取り出した。縦書きの表だった。


「ブルーの記録管理は、今、三世代目が動いています。私が最初に教えた者が、次の者を教え、その者が現在の担当を教えた。私が直接関わらなくても、港の日々の記録は回ります。それは、本当のことです」


ルナは、一度、その紙を置いた。


「でも、帝国の情報については——」


表の右側を、指で示した。


「帝国内の動向を読むには、八ヶ国語の文脈と、帝国の内政の歴史と、各地域の慣習の理解が、必要です。それを持っているのは、今のところ、私だけです。報告書を作るのに、私が関わらなければ、精度が落ちる。これは、私がいなければ回らない仕組みです」


カリンが、言った。「それは、専門性の問題じゃないか。誰でもできるようにする必要があることと、専門家が担うべきことは、別だろう」


「そうかもしれません」と、ルナが答えた。「でも、私には、区別がつかなくなってきています」


ルナは、立ったまま、机を、指でそっと叩いた。


「ブルーの日常業務は、私がいなくても動く。でも、帝国の情報解釈は、私がいないと崩れる。その二つが、私の中で混在しています。仕組みが自走した場所と、私しか動かせない場所が、並んでいる。どちらが本当の仕事なのか、わからなくなってきた」


「わからなくなった、というのは」と、リンが言った。


「帝国の仕事が自分にしかできない、ということが——もしかしたら、私が後継を育てていないからではないか、と思い始めたんです。でも、育てようとしたとき、この仕事に必要な八ヶ国語と歴史の素養を持つ人間が、組織の中に、今はいない。それを育てるのに、何年かかるか、わからない」


一同が、黙った。


テオが、小さな声で言った。


「専門性が高いほど、後継が作りにくい」


「そうです」と、ルナが言った。「そして、後継が作れないまま時間が経つと、ますます、私だけに依存する構造が固まっていく。それが、良いことか、悪いことか——今の私には、判断がつかない」


鍵が、言った。


「ルナ、今すぐ後継を作れとは言わない。でも、帝国の情報で、あなたが一番よく知っていることを、記録に残すことはできるか。あなた自身の判断の根拠を、文字にしておくことは」


「できます」と、ルナが答えた。「やっていなかっただけで」


「それを、次の一年でやってほしい。あなたが不在のときに、別の誰かが七割の精度で読めるようにするための、素材として」


ルナは、少し間を置いた。それから、頷いた。


「わかりました」


机の上の表を、静かに、しまった。


「あと一つ」と、ルナが言った。「帝国の報告書が、五日遅れています。それが気になっています。装置の議論の後、別途、時間をいただけますか」


鍵は、頷いた。


「わかった。装置の後に、聞く」


■5.決議は、分かれた。


昼の手前、会議室の光は、やや傾いた角度になっていた。


代表が、机の中央に、一枚の紙を置いた。三択が、書かれていた。


「放置・調査・封印。この三つについて、意見を聞く」


最初に言ったのは、テオだった。


「放置は、危ない」と、テオが言った。「昨夜も、カリンに言いました。わからないから放置する、というのは——石守が技術を独占したまま教えなかったのと、論理が似ている。知らないまま、見ないことにする、という選択です」


リンが、続いた。


「調査の方向は、わかります。でも——調査して、装置を動かしてしまったら、どうなるのか、それが怖い」


「動かす調査をする、とは限らない」と、カリンが言った。「記録を読む調査、外側から観察する調査が、先にあっていい」


「それは、できるか?」と、リンが聞いた。


「俺には、できない」と、カリンが答えた。「でも、クロードには——」


カリンは、視線を、鍵の近くに浮かぶ青白い光に向けた。


「できるか、わからない」と、鍵が言った。「クロードに、まず確認する必要がある」


ルナが、言った。「封印について聞きたいのですが、封印した場合、その記録は残るんでしょうか。封印した事実、封印の方法、封印した時期——そういう記録が、百年後にも残っているか」


「残せる」と、鍵が言った。「でも、百年後の者が、その記録を正しく読めるかは、保証できない」


「であれば、封印よりも、調査して記録を残す方が、将来に役立つ可能性がある」と、ルナが言った。「封印は、問題を先送りするだけかもしれない」


テオが、頷いた。「調査、に賛成です。ただし、慎重な調査を」


リンは、しばらく、黙っていた。


「リン」と、鍵が言った。


「私も……調査でいいと思います」と、リンが言った。「でも、誰が調査するのかを、明確にしてほしい。カリンだけに任せるのか、別の専門家を呼ぶのか」


「それは、調査の設計を決めてから」と、鍵が言った。「カリン、聞く」


カリンは、少し間を置いた。


「調査に、賛成です。ただ——装置が沈黙している理由が、わかってからでないと、調査の方法を決められない。最初のステップは、クロードに状態を確認させることでいいと思います。それが、安全かどうかは、やってみないとわからないが」


「やってみないとわからない調査を、やるのか」と、リンが言った。批判ではなく、確認だった。


「そうだ」と、カリンが言った。「でも、やらなければ、わからないままだ」


鍵が、一呼吸置いた。


「決議する。装置について、限定的な調査を行う。最初の調査は、クロードによる外部観測のみとする。装置に直接触れること、装置の動作を変えることは、しない。調査の結果によって、次の方針を再度決める。カリンが、現地での調査担当を担う」


四人が、順番に、頷いた。


鍵は、その頷きを、確認した。


「決まった」


それで、会議室は、静かになった。


決まった——でも、カリンの胸の中に、何かが、残っていた。


調査することは、正しいと思う。でも、外部観測だけで、本当のことがわかるか。あの沈黙が、本当に「止まっている」沈黙なのか、「待っている」沈黙なのか——外から見るだけでは、わからないかもしれない。


ルナが、立ち上がった。


「もう一つ、報告があります」と、ルナが言った。「帝国からの定期連絡が、五日遅れています。これが、装置の件と関係しているかどうか、まだわかりません。でも、五日の遅れは——このタイミングで、私は偶然だと思えない」


会議室が、少し、張り詰めた。


「明日、詳しく話す」と、ルナが言った。「今日の夕刻は、祝賀がある。でも、その後、あるいは明日の朝——」


「明日の朝、聞く」と、鍵が言った。


ルナは、頷いた。


窓の外で、昼の光が、明るさを増していた。


「では、夕刻まで、各自、準備を」と、鍵が言った。「アリアが、この五年分のことを、話す」


会議室が、静かに、解散した。


カリンは最後に立ち上がりながら、窓の外の空を、一度だけ見た。


晴れていた。


でも、何かが、その向こうにある気がした。まだ、見えていない何かが。


『(第113話へつづく)』

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