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『聖痕の系譜』  作者: 最後の挑戦


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9/11

生きるか死ぬか

巨体が一歩、前に出る。


それだけで地面が沈み、空気が押し潰される。森の音が消え、世界が一瞬だけ静まり返ったように感じられた。


逃げ場はない。


そう理解した瞬間、ユイルは無意識に剣を握り直していた。


震えが止まらない。


それでも、分かる。


背を向けた瞬間、終わる。


中型モンスターが、もう一歩踏み出す。

その瞬間、思考が切り替わった。


生きるために、戦うしかない。


巨体が一歩、前に出た。その動きは遅く見えるのに、踏み込んだ瞬間、地面が鈍く沈み込み、足元から土が押し出される。周囲の空気が重く歪み、ただ近づかれているだけなのに、逃げ場が削られていくような圧があった。


次の瞬間、前脚が振り下ろされる。

空気を叩き潰すような一撃に、ユイルは反射的に身を投げ出した。直後、さっきまで立っていた場所が抉れ、土と木片が弾け飛ぶ。受けていたら終わっていたと、遅れて理解が追いつく。


間を置かず、もう一撃。振り上げた前脚が、そのまま横へ薙がれる。逃げた先を潰すための動きだった。ユイルが体勢を立て直すより先に、ミレアが踏み込んでいる。


逃げない。真正面から刃を当て、叩きつけられる力を斜めに受け流す。衝撃が腕を貫き、骨が軋む感覚が走るが、それでも刃は逸らしきる。巨体の軌道がわずかに外れた、その一瞬を逃さない。


「ユイル!」


叫びと同時に、ミレアの刃が弾いた流れが生まれる。その僅かな空白へ、ユイルは迷わず踏み込んだ。狙いは前脚の関節。踏み込みに合わせて力が集まる、その一点へ刃を滑り込ませる。


浅い。だが確実に効いている。巨体の動きが鈍り、重心がわずかに崩れる。完全に止めるには足りないが、次につなげるには十分だった。


「もう一回!」


ミレアはすでに動いている。同じ箇所へ、躊躇なく刃を叩き込む。衝撃が重なり、巨体が沈み込む。しかし倒れない。むしろ止まったことで、次の一撃に向けた“溜め”が生まれてしまう。


嫌な静止だった。

空気が一瞬だけ固まり、次に来るものが分かってしまう。


「離れて!」


ユイルが叫ぶと同時に、横薙ぎが放たれる。直撃はしていない。それでも風圧だけで体が弾かれ、ミレアの体が地面を転がった。視界が揺れ、息が一瞬止まる。


ユイルは踏みとどまったが、完全には流しきれていない。わずかな遅れ。その一瞬の差を、巨体は逃さない。踏み込みが迫る。


間に合わない――そう思った瞬間、ユイルの体はすでに動いていた。


振り下ろしが来る。

受ければ砕ける。


だから、ずらす。


踏み込みの瞬間に生まれる力の流れを読み、その軌道に刃を添える。完全に受け止めるのではなく、ほんのわずかに方向を変える。それだけでいい。


逸れた。

巨体の腕がミレアの横をかすめ、地面を叩き潰す。


ユイルは息を整えきれないまま、倒れているミレアの腕を掴んで引き上げた。

そのまま動きを止めず、腰と背に腕を差し入れ、一息で抱え上げる。


地面が離れる。

ミレアの体は、自然とユイルの腕の中に収まっていた。


視線が一瞬だけ揺れる。


「ありがと……助かった」


ユイルは答えず、そのまま地面を蹴る。

巨体から距離を引き離すように、全速力で後方へ走る。


下がってようやく足を止めると、ミレアを静かに降ろした。


ミレアは小さく息を吐き、自分の足で立つ。

それでも一瞬だけ、ユイルの腕に体重を預けていた。

「もう動ける、大丈夫だよ」

今度は、はっきりとした言葉だった。


ユイルはわずかに目を細める。

安心したように、ほんの少しだけ力を抜く。


「絶対生き残るんだ。こんなところで死ねないし、ミレアも死なせない」


ミレアは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせて、それから小さく笑った。


「なにそれ、頼もしいじゃん」


ユイルとミレアは同時に地面を蹴った。

ユイルは正面から間合いを詰め、ミレアはわずかに外側へ位置をずらしながら、挟み込む形を取る。打ち合わせなどしていないのに、動きは自然と噛み合っていた。


中型モンスターは迷わずユイルへ踏み込む。

前脚が振り上がり、空気ごと叩き潰すような軌道で落ちてくる。距離もタイミングも、さっきまでより明らかに鋭い。


ユイルは逃げずに一歩踏み込んだ。

振り下ろしに合わせ、剣を斜めに当てて力を外へ流そうとする。真正面で受ければ折れると分かっているからこその選択だった。


だが、衝撃が想定を上回る。

刃は軌道をわずかに逸らしたものの、勢いまでは殺しきれない。押し込まれた反動で足が滑り、体勢が遅れる。


その一瞬を、中型モンスターは見逃さなかった。

踏み込みが続き、間髪入れずに次の一撃が振り下ろされる。逃げ場を潰すような連撃だった。


ミレアはその前に出る。

正面から剣を叩きつけ、衝撃の向きを変えるように刃を滑らせた。完全に止めるのではなく、逸らすことだけに集中している。


衝撃が腕を打ち抜く。

握力が一瞬緩み、体が弾かれる。そのまま後方へ転がり、肩を強く打ちつけた。


息が詰まる。

だがミレアはすぐに体を起こし、膝をついたまま剣を握り直した。完全に崩れてはいない。


その隙に、ユイルが踏み込む。

狙いは変えない。前脚の関節、さっき傷を入れた場所だけを見ている。


踏み込みと同時に刃を差し入れる。

今度は角度を変え、滑り込ませるように入れる。硬い皮膚の隙間を縫うように、奥へ。


確かな手応えが返る。

肉を裂き、関節の内側に届いた感触だった。巨体の動きが目に見えて鈍る。


「ミレア、重ねて!」


声が届く前に、ミレアは動いていた。

痛みを押し殺して踏み込み、同じ箇所へ刃を叩き込む。


衝撃が重なる。

関節が沈み、巨体のバランスが崩れる。初めて大きく傾いた。


それでも倒れない。

代わりに、その場で動きが止まる。力を溜めるための、嫌な静止だった。


空気が張り詰める。

次に来るものが分かるほどの圧が、周囲を覆う。


「来る……!」


ユイルの声が落ちた直後、横薙ぎが放たれる。

完全に避けるには遅い距離だった。


ユイルは迷わずミレアを突き飛ばした。

自分の体をその軌道へ入れる。


衝撃が走る。

直撃ではない。それでも風圧と余波で体が弾き飛ばされる。


地面に叩きつけられ、背中に鈍い痛みが広がる。

呼吸が途切れ、視界が白く揺れる。


立ち上がろうとした瞬間、胸の奥が熱を帯びた。

痛みとは違う。内側から何かが滲み出るような感覚だった。


ユイルは無意識に胸元を押さえる。

そこに刻まれた聖痕が、淡く光を帯びていた。


鼓動とは別の脈が、内側から響く。

一拍ごとに、感覚が研ぎ澄まされていく。


視界が変わる。

中型モンスターの動きが遅く見えるのではない。力の流れと軌道が、はっきりと理解できる。


ユイルはゆっくりと立ち上がった。

痛みは残っているが、体の動きはむしろ軽い。


「……いける」

小さく呟き、前へ出る。


ミレアもその変化に気づいていた。

驚きは一瞬だけで、すぐに目の奥が引き締まる。


中型モンスターが再び踏み込む。

だが、その動きはもう読めている。


振り下ろしの軌道に対して、ユイルはわずかに位置を変える。

避けるのではなく、当たらない場所へ立つ。


そのまま内側へ踏み込む。

巨体の懐、首元へ届く位置。


「ミレア!」


声をかける。

それだけで十分だった。


ユイルは前脚の奥へ刃をねじ込んだ。

硬い抵抗の奥で、ようやく関節に届いた手応えが返る。


その瞬間、巨体の軸が崩れた。

踏み込みに乗せていた力が抜け、体がわずかに沈む。


そこへ、ミレアが迷いなく踏み込んだ。

狙いは一つ。崩れた首元。


振り抜かれた刃が深く食い込み、骨をかすめる感触が伝わる。

重なった衝撃に、巨体が大きく揺れた。


一瞬、止まる。

それだけで十分だった。


次の瞬間、支えを失った巨体が崩れ落ちる。

地面が鈍く鳴り、森の空気が揺れた。


巨体が地面に沈んでも、ユイルはすぐには動けなかった。

剣を握ったまま、荒くなった呼吸だけが先に耳に入ってくる。視線は外せない。倒したはずの相手なのに、まだ動く気がしてならなかった。


遅れて、足に震えが来る。

力を抜いた瞬間に崩れそうになるのを、必死に踏みとどまる。今になってようやく、自分がどれだけ無理をしていたのかが分かる。


背後で、木が擦れるような音がした。

反射的に振り返ると、ダットが幹に体を預けるように立っている。


血が止まらない。片腕はだらりと垂れ、力が入っていない。

それでも、その目だけはまだ死んでいなかった。倒れた巨体を、まっすぐに見据えている。


唇がわずかに動く。

声は掠れていて、聞き取るのがやっとだった。


「……あいつが」


息が続かない。

喉の奥で音が潰れかける。


短く、それだけだった。

それ以上は、もう言葉にならない。


ユイルは何も返せなかった。

ただ、言われた意味を確かめるように、もう一度だけ巨体へ視線を戻す。


目に入るのは、様々な傷だった。

さっきまでは見えていなかった深さと数が、やけにはっきりと分かる。


新しくついたものだけじゃない。

古い傷の上に、さらに抉られたような跡が重なっている。


喉の奥が詰まる。


ダットの呼吸が、明らかに浅くなっていた。

さっきまで繋がっていた息が、途切れかけている。


ユイルは反射的に一歩近づく。

だが、どうすればいいのか分からない。


血が止まらない。

手を伸ばしても、何もできない。


「……俺のことはいい」


かすれた声だった。

それでも、はっきりと拒絶だった。


ダットは目を開ける。

焦点が、わずかに揺れている。


「アーミーのところへ……」


言い終わる前に、体が崩れる。

膝が落ち、支えていた力が抜けた。


「ダットさん!」


完全に意識を失っている。


ユイルは森の奥を見る。

ダットが示した先には、木々が不自然に折れた跡が続いていた。





ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


正直に言うと、ここまで書いていて感想やブックマークも無く、面白いと思われてないのではと自信がなくなってきました。


もし少しでも「続きを読みたい」と感じていただけたら、 ブックマークや評価で教えてもらえると嬉しいです。


感想も一言でも大歓迎です。

「ここよかった」「続き読みたい」だけでも、本当に力になります。


読んでもらえていると分かるだけで、

もう一歩先まで書こうと思えます。


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