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『聖痕の系譜』  作者: 最後の挑戦


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8/11

いざ森の中へ、試験開始

王都の外に出た瞬間、空気が変わったと分かった。

壁の内側に溜まっていた重さが消え、風がそのまま肌を抜けていく。


遠くに見える森は穏やかだった。

だが、その奥へ入るのだと考えた瞬間、足の運びがわずかに鈍る。


前を歩く女の試験官アーミーが振り返った。

視線だけで距離と立ち位置を測り、そのまま評価するように目を細める。


軽装の鎧に、細身の剣。

無駄のない装備と動きだが、構えに遊びがない。一歩踏み違えれば斬る。そう思わせる硬さが残っていた。


「今回の試験は、二人で小型モンスターを十匹討伐することだ。簡単に終わるだろうがな」


簡潔な説明だった。

だが、余計な補足がないぶんだけ、甘く見るなという圧があった。


男の試験官ダットが周囲に目を走らせる。

草の倒れ方、地面の掘り返し、残された足跡を拾いながら口を開いた。


「この辺りは一度狩られている。数が薄い。奥に入るぞ」


ミレアが小さく息を吐く。

軽く肩を回しながら、視線だけを森へ向けた。


「簡単って言われるやつほど、あとで面倒になるんだよね」


軽口に聞こえるが、足取りは崩れていない。

緊張を逃がすための言葉だと分かる。


「……気は抜くな」


ユイルは短く返し、そのまま森の奥へ視線を固定した。


一歩踏み入れた瞬間、空気が落ちた。

日差しが遮られ、温度が下がる。落ち葉が足音を吸い込み、気配だけが残る。


進むほどに、外の空気が遠ざかっていった。


やがて、茂みの奥で何かが動く。

低い唸り声とともに、四足の影が滲み出た。


ユイルは間合いに入った瞬間、迷いなく踏み込んだ。

視界に入った一体へ、最短の軌道で刃を振り下ろす。


牙が届くより早く、剣が喉元を裂いた。

骨に触れる感触が腕に返り、そのまま振り抜く。


一体目は、それで終わった。

倒れる音を待たず、ユイルはすでに次へ意識を向けている。


刃を引き抜いた、その直後。

横から空気を裂くような圧が迫った。


二体目。


モンスターがユイルの喉元を狙って跳びかかる。

一直線に迫る牙に対し、ユイルは半歩だけ横へ体をずらした。


噛みつきが空を切り、モンスターの体が前へ流れる。

勢いのまま頭が突き出し、横が無防備になる。


その側面へ、ミレアが踏み込んだ。

横から振り抜いた刃が牙にぶつかり、衝撃が腕を打つ。


乾いた音が森に響く。


ユイルは踏み直す。

弾かれて崩れた首筋へ、そのまま剣を差し込んだ。


二体目が崩れ落ちる。


「二体目、やったぞ……!」


息を整えながら、ユイルが短く告げる。

視線はすでに次を捉えている。


「ナイスタイミング!」


ミレアが軽く笑いながらも、次の動きに備えていた。


その間にも、三体目が跳びかかってくる。

ユイルは再び半歩横へ体をずらし、噛みつきを外した。


正面を失ったモンスターの横へ、ミレアが踏み込む。

挟み込む形で、二人は同時に間合いへ入る。


視線は交わらない。

それでも、次に何をするかは分かっていた。


ユイルが前足を斬る。

体勢が崩れたその一瞬に、ミレアの刃が喉を断った。


「今っ――!」


ミレアの声に、ユイルはすでに動いている。

呼吸を合わせる必要もない。ただ流れのままに重なる。


四体目。五体目。


数は減っているはずなのに、敵の動きがどこかおかしい。ユイルはわずかに眉を寄せる。

視線が合わない。敵は一瞬だけ、森の奥を見ている。


「……ねえ、これ、変じゃない?」


小さく呟く声に、ミレアも同じ違和感を感じ取っていた。


「うん……こいつら、こっちをちゃんと見てない」


二人の視線が、同時に森の奥へ向く。


こちらに向かっているんじゃない。

奥から何かに追われて、押し出されている。


その瞬間、森の奥で枝が軋む音が響いた。

空気が、変わる。


さっきまでの戦いとは明らかに違う圧が、ゆっくりと迫ってくる。


ユイルは剣を握り直す。

ミレアは足の位置をわずかに変えた。

奥から、何かが来ている。


七体目を倒した直後だった。

森の奥から遠吠えが響く。


地面がわずかに震え、空気が重くなる。

さっきまでの獣とは違う、はっきりした“強さ”の気配だった。


試験官の女が顔を上げる。

視線が一瞬で奥を捉え、表情がわずかに引き締まった。


「……嫌な鳴き方ね。強いのが来る」


男もすぐに反応する。

周囲を一度見て、迷いなく判断した。


「奥を確認する。二人はここで待機」


それだけ言い残し、二人は森の奥へ走り去る。

足音が遠ざかり、辺りは急に静かになった。


ミレアが小さく舌打ちする。

視線は奥から外さない。


「これ、絶対やばいやつでしょ……」


ユイルはすぐには答えない。

代わりに、残っている敵と周囲の気配を冷静に見ていた。


まだ三体いる。

だが、それだけで終わる感じがしない。


ユイルは剣を構え直す。


「先にこいつらを片付けよう。足止めされたくない」


「だね。ここで時間かけたくない」


ミレアもすぐに動きを合わせる。


残っていたモンスターが、弱々しく唸りながら近づいてくる。

足を引きずり、呼吸も荒い。動きは明らかに鈍っていた。


だが、牙だけはしっかりとこちらを狙っている。

油断すれば、一瞬で噛みつかれる距離だ。


ミレアはユイルより前に出た。

構えを作らず、ただ距離だけを詰める。

モンスターが低く唸り、喉元を狙って跳ぶ。

ミレアは退かない。踏み込みで間合いを潰す。


ぶつかる直前、刃を斜めに当てる。

牙を真正面で受けず、力を流して軌道を逸らした。


弾かれた勢いで頭が持ち上がる。

その隙に懐へ入り、首筋へ刃を差し込む。


モンスターは力を失い、その場に崩れ落ちた。

間を置かず、次が来る気配がある。

ミレアは体を低く落とし、頭上を通る噛みつきをくぐり抜けた。


立ち上がりざま、下から斬り上げる。

喉を裂き、勢いのまま体を回して刃を引き抜く。

二体目も、崩れ落ちた。


最後の一体。

足を引きずりながらも、牙だけは真っ直ぐ狙ってくる。


ミレアは一瞬だけ間を取る。

狙いを見切るための、短い溜め。


踏み込む足に合わせ、前足の関節へ刃を走らせた。

支えを失った体が前に崩れる。


倒れ込みに合わせて間合いを詰め、首元へ一撃。

動きはそこで止まった。


呼吸は乱れないまま、ユイルに視線を向けた。

「思ったより早く終わっちゃったね」


ミレアは剣を軽く振り、刃に付いた血を払い落とした。飛び散った赤が地面に吸い込まれていくのを一瞬だけ見届けてから、ゆっくりと顔を上げる。


完全に気を抜いているわけでもない。

まだ見えない森の深いところへと伸びていく。


ユイルも同じように剣先を下ろしていた。

構えを解いたように見えて、足の位置も重心も崩していない。次に何か来たとしても、すぐに動ける位置に収まっている。


周囲には、もう動く気配はない。

倒れたモンスターの荒い呼吸も、やがて途切れて、森には妙な静けさだけが残った。


「試験官、戻ってこないね」


冗談めかした言い方だが、視線は笑っていない。

奥から目を離さず、気配を追っている。


「倒すのに時間がかかってるのかも」

ユイルが一歩前に出る。


ミレアも自然に横へ並んだ。

「……どうする?」


軽く聞いたようで、実際は選択の確認だった。

ここで引くか、進むか。


ユイルは息を吐いたそのときだった。


奥から、異質な足音が混じる。

草を無理やりかき分けるような、重い音。


現れたのはダットだったが、その姿はすでに戦う者の形を保っていなかった。砕けた鎧の隙間から血が流れ、片腕は力なく垂れ下がり、地面に赤い筋を残している。


倒れかけながらも足を前に出し、崩れそうな体を無理やり支えていた。その動きはぎこちなく、それでも「ここで止まれば終わる」と理解している者の執念だけが残っている。


「お前たち……逃げろ」


かすれた声だった。空気に溶けるような小さな一言だったが、その重さは十分すぎるほど伝わる。何が起きたのか、どれだけ危険なのか、説明などなくても理解できてしまう声だった。


ミレアの表情から軽さが消える。さっきまでの余裕は一瞬で消え、目の奥に緊張だけが残ったまま、視線が男の向こうへと向く。


「アーミーさんは……?」


問いかけは短いが、その中に含まれる意味は重い。だが返事はない。男は口を開こうともしないし、開ける余裕もないのかもしれない。ただ一瞬だけ視線が揺れ、その沈黙が答えだった。


ミレアの指先に力が入る。剣を握る手がわずかに震えたが、それを抑え込むように力を込め直す。そのとき、森が大きく揺れた。


葉の擦れる音ではない。もっと鈍く、重い何かが空気ごと押し動かしているような違和感。耳で聞くより先に、肌で感じる圧があった。


何かが来る。


一直線にこちらへ近づいてくるのがわかる。隠れる様子も、警戒する様子もなく、ただ真っ直ぐに踏み込んでくるその動きは、むしろこちらの存在を意に介していないようにも見えた。


空気が押され、胸の奥がわずかに詰まる。呼吸が浅くなるのは、酸素が足りないからではない。ただ、本能が危険を理解しているからだ。


次の瞬間、木が根元から折れた。音が鳴るよりも先に、視界の中で幹が歪み、そのまま横へと倒れ込む。まるで見えない力で押し潰されたような、不自然な壊れ方だった。


その奥から、影が現れる。


それを見た瞬間、ユイルの呼吸が止まった。視線が固定され、体が一瞬だけ動きを忘れる。それほどまでに、目の前に現れた存在は異質だった。


中型のモンスターは、人間の倍以上の体躯をしていた。四足でありながら、前脚だけが異様に太く、地面を叩き潰すように踏みしめている。

目の前にあるものを“壊す”ためだけに動いているかのように見えた。


さっきまで相手にしていた小型とは、比較にならない。体躯の大きさだけではなく、そこに詰まっている“重さ”そのものが違う。立っているだけで空気を圧し、周囲の空間を支配している。


全身には無数の傷が刻まれている。どれも深く、確実に致命傷になり得たものばかりだが、不思議なことにどれ一つとして急所には届いていない。殺されかけて、それでも生き延びてきた跡が、そのまま体に残っている。


傷ばかりで塞がりきっていない肉が剥き出しになり、そこから滲む血が乾ききらずに残っている。それでも倒れない。それでも立っている。


二人が倒そうとしても倒せなかった証だ。


怒り。


理性のない、純粋な殺意だけが、その巨体の内側で渦巻いている。視線が合ったわけでもないのに、ただそこにいるだけで狙われていると分かるほどの圧があった。

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