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『聖痕の系譜』  作者: 逢華 (最後の挑戦)


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7/11

試験当日、宝物庫にて

王の前に立っている間、ユイルは無意識に体に力を入れていた。

視線を外さないように、言葉を間違えないように、ただそれだけのことに意識を割いていたはずなのに、呼吸は浅くなっていた。


王の間を出る直前になって、ようやくその緊張がほどける。

靴底にまとわりついていた重さが消え、石の床に響く足音が少しだけ軽くなる。

詰まっていた息も、胸の奥で引っかかることなく抜けていった。


背後から、低い声が落ちた。

「宝物庫を開ける。お前たち好きな武器や道具を選び、持っていくがいい」


振り返ると、王は肘掛けに体を預けたまま、静かにこちらを見ていた。

その姿は動かないが、言葉だけがまっすぐに届く。


「これから先は、お前自身で切り開け。そのために必要なものは、自分で選べ」


与えるのではない。任せる、という声音だった。


何を持ち、どう戦うか。

そのすべてを、自分で決めろということ。


選んだ瞬間、その結果もまた自分で引き受けることになる。


ミレアが息を吐き、肩を一度だけ回す。

力を抜く仕草に見せながら、その視線はわずかに細められていた。


「責任重大だねー」


軽口の形を取っているが、測っているのは王の意図と、自分が選ぶべき基準だ。


案内された宝物庫は、意外なほど質素だった。

石の壁。整然と並ぶ武器。余計な装飾はない。だが一歩踏み入れた瞬間、外と同じ空気を吸っているはずなのに、喉の奥にわずかな重さが残った。


ミレアは槍を手に取り、軽く回して重心を確かめる。

指先で柄の節をなぞり、振り抜いたあとの戻りを一度だけ見て、すぐに首を振った。


「悪くはないけど……決め手がない」


次に短剣へ視線を移す。迷っているように見えて、実際は候補から外しているだけだった。

彼女の中で、基準はすでに決まっている。


ユイルは入口に立ったまま、並んだ武器を見渡し刃の長さや装飾ではなく、自分の動きを邪魔しないものを探す。


並ぶ剣の中に、一振りだけ妙に印象の薄いものがあった。

目には入る。けれど、強さを誇るような気配も、扱いにくそうな癖も感じない。


その剣だけは余計な主張がない。だからこそ、ユイルの意識に静かに残った。


近づき、手に取る。軽い――だが頼りなさも浮つきもなく、ただ手の中に収まる。


刃を一度だけ走らせる。

音が遅れない。振ったあとに手応えが来るのではなく、通った瞬間に結果が出ている。


腕で振っている感覚が薄い。

刃の通るべき軌道が先にあり、それに腕が自然と追いついていく。


振らされていない。

合わせるだけで、最適な軌道に収まり、そのまま通る。


余計な主張も、癖もない。

ただ、動きを歪めない。


ユイルは剣を鞘に収めた。

「これにしよう」


背後で、気配が止まる。


振り返ると、騎士団長が立っていた。

ミレアの父であり、この国で最も多くの戦場を越えてきた男だ。


視線はユイルの手元から外れない。

評価を言葉にする前に、結論は出ているようだった。


「……それを取るか」


低い声が落ちる。

問いかけだが、軽くはない。選んだ理由まで見られている。


ユイルは短く答える。


「手に取ったとき、違和感がありませんでした」

一度剣を見る。


「振ってもズレない。力を入れた分だけ、そのまま通ります」


余計な言葉は足さない。


「だから、これにします」


騎士団長の眉がわずかに動き、次の瞬間、深く息が落ちた。

「なるほどな」


それだけで評価は終わる。


「その剣は、使い手に余計なことをさせない。振ろうとすれば鈍るが、合わせれば勝手に通る」


説明は短い。

だが、聞く側が理解するには十分な芯があった。


ミレアが横から覗き込む。


「……分かりにく」


「ミレアには合わん」


即座に返される。

ミレアは軽く笑ったが、否定はしなかった。自分の基準と噛み合っていないことを、きちんと理解している。


騎士団長は背を向けた。


「本来なら、俺が見るべきだが」


歩きながら、言葉を落とす。


「王都を空けるわけにはいかん」


そのまま視線を横へ流すと、控えていた二人が一歩前に出た。


空気がわずかに変わる。


女は立っているだけで、場の空気を引き締めていた。

呼吸は乱れず、視線は周囲を捉えながらも揺れない。

無駄な力が一切なく、隙が見当たらない。


男は力んだ様子もなく、ただ立っていた。

肩も足も余計な力が抜けているのに、姿勢はわずかも崩れていない。

重心は自然に中央へ収まり、どの方向にも偏っていない。構えているようには見えない。

それでも、そのまま戦える立ち方だった。


「今回の試験官だ」


騎士団長が短く告げる。


女が口を開いた。


「最悪の安全だけは、私たちが保証します」


温度のない声だった。

脅しではない。事実だけを置くような響きがある。


男が肩を鳴らした。


「怖いならやめてもいいんだぞ」


軽い口調だが、勧めているわけではない。

ただ、逃げ道として提示しているだけだった。


ミレアが小さく笑う。


「どんな内容かわからないけど、合格しますから」


騎士団長が最後にミレアを見る。

ほんの一瞬だけ表情が変わり、父親としての色が混じる。けれど、それはすぐに消えた。


「死ぬな」


それだけだった。


ミレアは肩をすくめる。

軽く返そうとしたが、わずかに息が詰まった。


「……分かってる」


言葉はいつも通りだった。

それでも、指先には力が残っていた。


その横で、ユイルは一度だけ視線を落とす。

握った剣の感触を確かめるように、指がわずかに動いた。


ほんの一瞬の間。

それから顔を上げる。


「死なせない」


短い一言だった。

それだけなのに、空気がわずかに止まる。


ミレアが横目で見る。

何も言わない。けれど、その視線だけで十分だった。


騎士団長は何も返さない。

ただ、ほんのわずかに頷いた。


それでいいと、認めるように。


「行け」


短い命令。

その一言で、すべてが動き出した。

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