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いつか、いつか…  作者: うさぎさん⭐︎


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3/4

③甘い誘惑と、歪む世界


  4


 水晶洞で倒れてから、エリサはしばらく体調が悪かった。

 見てはいけないものを見てしまった。

 触れてはいけないものに触れそうになった。

 そんな気がしてならない。

(あれはなんだったんだろう……?)

 怖い。すべてが壊れてしまいそうな恐怖。

 なのに、とてもとても惹かれる。

 あの向こうに行ってみたい。

 ━━━━自由。

 そこには、それがある。


 まだ少しふらつく頭を抑え、エリサは教室を出る。 

 やっと……きょうの授業が終わった。

 しばらくマヤたちと廊下を歩くと、なんと、壁に背を当て、ヒサカが立っている。

 ヒサカはエリサを見ると壁から離れる。

 淡い笑みを浮かべて近づいてくる。

「やあ。体調悪そうだけど、大丈夫?」

 とても心地よい声で、ヒサカはそう言うと、エリサの瞳をのぞき込む。

「今度の休日は、空いてるかな?」


「ヒサカ先輩にデートに誘われた?」

 マヤとミーナが寮の部屋で声を荒げる。

「なんで? なんで急にそういう話になるの?」

 エリサにだってわからない。


 ヒサカはとてもかっこいい。

 背が高く、線が細い。服のセンスもいい。

 そんな人の隣りを歩くのは、嬉しいというより、落ち着かない。

 公園の大きな池の周りの遊歩道を並んで進みながら、エリサは正直困っていた。

「僕はね、」

 橋の欄干に手をつき、ヒサカは鯉を見下す。

「入学式のときから、君のこと、見ていたんだよ。

 君には、他の子とは違う何かがあるような気がして」

 ヒサカが振り向く。

「エリサ。僕のパートナーにならない?」

「ぱ、ぱーとなー??」

 エリサは舞い上がった。パートナー=恋人!

 落ち着いた様子で、ヒサカはエリサに手を伸ばす。

 差し出された右手。

「君は、満足しているかい? 今の自分に。自由のない、この世界に」

 ヒサカの瞳に深い何かが宿っている。

「君は、君でいいの?」


 ため息をつく。

 ヒサカの水色の瞳が頭から離れない。

 とても深い━━囚われてしまいそうな瞳。

 先輩は、何かを望んでいる━━、

 そして。

 何かに絶望している。……

「あんなに、なんでも持っていそうな人なのに」

 才能も。人望も。容姿もなにもかも。

 輝ける未来を約束された━━

 あこがれの先輩。

『君はここを卒業して、何をしたいの?

 怪我をした人を助けたい? 誰かの癒し手になりたい? 立派だね━━』

 だけど、目が言っていた。━━《《くだらない》》。

『それが君の望み?』

 《《嘘だろう》》?

『消去法でそれしかなかった。それにしかしがみつけなかった。

 或いは、周りに押しつけられた。選択肢がなかった。情報が少なすぎた。能力が追いつかなかった……なんでもいい。

 だけど、もし━━、』

 夢見るように、彼は笑った。

『もし、真になんでもできるとしたら?』


「エリサ! エリサ……」

 声に思考が途切れる。

「おまえ、何やつてんの」

 カズハの仏頂面。

 白い壁面。白い床。━━病院。

 治療の見学と実習日だった。

 エリサもカズハも、魔法による身体のケアや、心理面のケアのための講義を主に受けている。

 一概に魔法学園といっても、進路はいろいろだ。

 カズハはお年寄りに受けがいい。すぐに仲良くなってしまって、話し込んでいた。それは覚えている。

 だけど━━気づいたら、ヒサカのことが頭に浮かんで離れなくて……

「えぇと、あたし、何してた?」

「もういい。これ、洗ってこい」

 タオルを渡される。洗面所に向かう。

 鏡を見つめる。

 いつもどおりのエリサ。

「……あたしじゃない、あたし……」


 その日は失敗の連続だった。

 何もかもに集中できなかった。

 ただでさえ、ミスの多いエリサなのに。

 カズハに何度も怒られた。


「やあ」

 校門のところに、ヒサカが立っている。

「一緒に帰らない?」


「君が水晶洞で見たのは、ゲート。時空の歪み」

 寮までの送り道、ヒサカは語った。

「君にはそれを見る素質がある。時空の声が聞こえる。そうだろう?

 僕もなんだ。ゲートがあるのは、何もあそこだけじゃない。

 よく気をつけて見れば、案外いろんなところにあるんだ。見つけるのは大変だけどね。

 あの向こうに何があるか、君には想像できる?」

 ヒサカは笑んだ。無垢で皮肉で━━複雑な笑み。

「━━自由だよ。僕じゃない僕。君じゃない君。そうなれる、自由な世界。

 物質と、けがれた精神。夢の見られない現実。終わらない僕ら」 

 首を横に振る。髪が揺れる。

「解放されたくないかい?」

 慎重に言葉を選んで、エリサは言う。

 ━━引きづられそう。

「先輩が何をおっしゃっているのか、私にはよく……わかりません。

 先輩はきっと、疲れていらっしゃるんです。

 私は……」

「エリサ」

 ヒサカの両手が、エリサの肩を掴む。

「僕を裏切る気? 君なら━━わかってくれると思ったのに」

 ヒサカは本当に悲しそうに笑んだ。

 そして、とても怖い目で、エリサを見た。

「じゃあ、なんで君にはゲートが見れるのかなぁ?

 なんで僕の前に現れたのかなぁ?

 僕に期待させるだけさせて、逃げるんだ?」

 同調しそうになる。

 ヒサカはおかしい。

 そう言いきってしまえ。

 そう言いきることが━━

 できないエリサがいる。

 ……あたしは何もできない。

 あたしはあたしが嫌いだ。

 誰もあたしを愛してくれない。

 未来なんて。

 あたしを必要としていない。

 ……ネガティヴな思考を、ヒサカの目は肯定する。

 とても心地よい。

 彼はすべてをわかってくれる。

 どんな汚い言葉を吐いても。

 どんな醜いエリサでも。

 ヒサカは抱きしめてくれる。

 ヒサカの手が、エリサのあごに伸びる。

 このキスを受け入れれば、彼と一つになれば……

 あのゲートの向こう側に行けたら。

 エリサは微笑む。

 ……そうしたら。

 もう。なんにも……


「……リサ」

 ヒサカの唇が触れる寸前、呆然としたカズハの声がした。

 瞳を揺らし、カズハは信じられないように二人を見つめている。

「エリサ……」

 彼の瞳がエリサから離れる。

「わり……邪魔した……」

 足音が遠ざかる。

「……ふーん……」

 無感動に、ヒサカが呟く。

「生気に溢れた、陽の神の加護を一身に集めたような少年だね。……」

 ヒサカの瞳はしばらく、カズハの去っていったほうを追っていた。


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