②動き出す恋心と、忍び寄る「靄(もや)」
2
学園を一歩離れれば、そこは賑わう普通の街。
マヤとミーナについて歩くエリサは、さっきから辺りを見回してばかりだ。
自分の知る雪の町とは違いすぎる。
溢れる人。露出の高い服。若い人の多さ。平気で人前で抱き合うカップル……
「エリサ、エリサ?」
気の強そうなマヤの眉が上がる。彼女はだいぶ後ろで固まっているエリサに足早に近づく。
「何してんのよ、早く……」
エリサの視線を追い、マヤはにやけた。
「エリサのえっち」
「はぁ??」
「ちゅーしてるのジロジロ見ちゃって! もうほんとかわいー顔してスケベなんだから~」
「ち、ちち、ちが、違うぅぅ!」
否定はしても……彼女だってお年頃。
正直そういったことには興味がある。
マヤは男性経験豊富らしい。
ミーナは、自分と同じで男の人とつきあったことがないらしいが……ぶっちゃけ、自分よかずっとずっとかわいい。
この美人&かわいい二人といると、ときどきエリサはすごく泣きそうになる。
ブティックのショーウィンドウに写る自分。
ぽっちゃりしている。背が低い。足が太い。子供っぽい。垢抜けない。
「……はぁ」
「なにため息ついてんの?」
マヤが首を傾げる。
「べ、別に」
慌てて笑う。
そう、仕方ない。
自分は自分だ。
「エリサちゃん、ヒサカ先輩好きでしょ?」
おっとりと、ミーナがパフェを食べながら言う。
「がぁぁ?」
変な声を出して、エリサはむせた。
メロンソーダが喉を襲う。危うく吐くところだった。
休日のオープンカフェは、親子連れやカップルやなんかでごったがえしている。
「な、なに突然?」
ヒサカの優しい微笑みが頭に浮かぶ。
青い細い髪に、水色の瞳。薄緑をメインにした服をよく着ている。
未だに話したことなど皆無。
でも、目立つ人だから、よく噂は聞くし、イベントの時などにもよく見かける。この間も、何かの魔法試験に合格したらしい。
「だって、エリサちゃん~、この間も校庭で実技試験してたヒサカ先輩を、教室の窓からずぅっと見てたもの~」
ヒサカの手のひらから現れた炎が、藁でできた動く魔法人形たちを包み込み、残らず灰と変えた。
その様子はよく覚えている。
人を癒す魔法を取得することを目的としたエリサと違い、ヒサカは攻撃的な魔法を好む。
ちょっとした怪物退治だってやってのけるのだ。
もし、もし仮にだ。散々読んだコミックスのように、なんだかの偶然でヒサカと言葉を交わせるようになったら……
きっと、自分は嬉しいだろう。
でも……
(タケト)
忘れられない少年を思いだし、エリサは息をつく。
きっとダメだ。たとえまた恋ができても。
自分なんか……
「…………」
帰り道。エリサはまた、ブティックの前で立ち止まる。
適当な理由をつけて、マヤたちと別れる。
入ってみる。
おしゃれな服。やっぱり、都会は違う。
「かわいい……」
ちょっと自分には大胆かもしれない。
とまどいながら、エリサはそれをレジへ持っていった。
翌日。
エリサはきのう買った服を着て、登校した。
マヤたちに冷やかされて、少々後悔する。席に座って、教材を用意する。
後ろのほうの入り口から、騒がしい声が教室に入ってくる。
それはエリサのそばにやってきた。
「なに、おまえ」
金の髪が朝日とじゃれている。
友だちと笑っていたカズハが、目を丸くする。
「かわいいじゃん」
3
周りに冷やかされて、その気になった。
なんで、彼も自分のことを好きだなんて思ったんだろう。
……タケトが好きだったのは━━エリサの友だちのほうだったのに。
そろそろ寒くなってきた。
自然、故郷のことを思い出す。
「だ・か・ら! なんでそうなんの?こうだろ、こ・う!」
カズハの指先に、光が灯る。精霊の力を借りた、ライトの魔法だ。
「え~、だってだって」
エリサが同じことをすると、一瞬妙に明るい光が集まるが、すぐにそれは散り消えてしまう。
「まったく。なんで俺がおまえとチーム組まなきゃなんねぇの?」
きょうは学年で水晶洞見学に来ている。
滑りやすい地面に気をつけながら、エリサはカズハについていく。
五人組で歩いているのだが、当然のようにカズハがリーダーだ。
「こんな、水晶見て、何がおもしろいっつの」
「……おもしろいじゃん」
つい、憎まれ口を叩く。最近のエリサは、カズハと話すときなぜかいつもこんな感じだ。
「な・にが?」
「ここはね~、精霊の集まりやすい、つ・ま・り、あたしみたいなタレントのないやつでも、魔法の成功率がアーップする、と~~つてもすてきな場所なの!
それに、魔法歴史と伝統のある場所なんだから」
「あっそ。そこでライトすらしくじるおまえはなに?」
「むかつく~」
いったとたん、エリサの体がつんのめる。
「いったぁ~い」
地に手はつけたが━━無様に転んでしまった。
「なにやってんだ、おまえはよ。……ほら」
カズハがエリサに手を差し伸べる。
「あ、ありがと……」
素直にその手を取って立ち上がる。
カズハは口は悪いが、優しい。友だちもたくさんいるし、明るいし、魔法も上手だ。女の子にももてるらしい。
他のみんなと笑い話をしながら進むカズハを、なんとなく眺めながら、エリサも微笑む。
カズハには笑顔が似合う。
彼と一緒にいると、みんな━━自分も、笑顔になってしまうのだ。
「ヒサカ先輩だけどさ、」
ふいに誰かが言った。
「よく、ここに来るらしいよ」
「え、な、なんで?」
思わず聞き返す。
「さ~、あの人何考えてんか、よくわかんねぇからなぁ」
言ったのは、生徒会に所属する男子だった。
「ヒサカといえば、」
カズハがからかうように笑う。
「おまえのこと、よく見てるよなぁ」
「え? あ、あたし?」
声がうわずる。そんなこと、初めて聞いた。
「エリサのこと好きなんじゃない?」
エリサの瞳が翳る。
「…………」
「案外お似合いなんじゃねぇの?」
「……やめてよ」
低い声が漏れる。
エリサはカズハを睨む。
「無責任にそういうこと言わないで!」
カズハはとまどったように言った。
「なにおまえ、急に怒つてんの?」
「…………」
唇を尖らせ、エリサは早足に行く。
「おい、待てよ、」
カズハたちが追ってくる。
エリサは次の角を曲がり、凍りついた。
「な、なに、あれ……?」
「何が??」
カズハたちが追いつく。
目の前の空間が歪んでいる。
黒い靄のようなものが、宙に浮かんでいる。
気持ち悪くなって、エッサは額を抑える。
「あ、あれ、何……?」
「何いってんだよ、別に何も……」
カズハたちには、普通の空間にしか映らないようだ。
エリサはふらつきながら、その靄に手を伸ばす。
《おやめなさい、あなたがあなたでありたいなら》
急いで手を戻す。
「あれ……?」
目の前の空間は、普通の━━ごく普通の、水晶洞でしかない。
「……あれ……?」
安心したのか、足元がふらつく。
「誰……?」
瞼が目の前を覆ってしまう前に、エリサは誰かを見た気がした。
その誰かは、悲しげに微笑んだ。




