①落ちこぼれの少女と、「陽射し」の先輩
ずっと考えてた。いつもいつも。
あたしに何ができるんだろう……って。
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瞳を輝かせ、少女はステージで静かに祝辞を述べる青年を見つめている。
周りでは、彼女と同じ年頃の少年少女たちが、幾分緊張した面もちで、やはり彼を見つめている。
「……本当に、入学おめでとう。君たちの未来に、どうか溢れる陽射しのあらんことを」
落ち着いた、優しい声音でそう締めくくり、彼はステージから降りる。
━━生徒総代。
「……ヒサカせんぱい」
どこか夢見心地に、エリサは呟く。
あんなふうになれたらいい。あんなふうに、自をもって、前を向いて……。
初めて見た彼が、まだよく知らないみんなが、この空間が━━……
エリサにはとてもすてきに思えた。
そう。彼の言葉じゃないけど、
まるで……
陽射し。
「……で、エリサはどう思う?」
全寮制のこの学園で、どういう巡り合わせか同室になったマヤ。
「ヒサカ先輩は、絶対に彼女いると思うなぁ」
そして、ミーナ。
二人に突然そう聞かれ、エリサは正直困った。
ヒサカとは一度も口を利いたことさえない。そんな自分に(もちろんマヤたちも)、そんなプライベートなことが解るはずもない。
「さ、さぁ? どうなんだろう」
曖昧に微笑むと、再び畑に向き直る。
「大きくなあれ。大きくなあれ!」
持ち前のシュガーボイスで、懸命にそう唱える。
「大地と水の精霊よ。我が声に耳を傾けたまえ。
願わくは、この小さな生命に、空の夢を」
普段はおっとりしているミーナが、厳しい声で地面に手を伸ばし、呪文を唱える。
土の中で眠っていた種が、目を醒まし、空に向けて茎を葉を伸ばす。
見る間に彼女の目の前に、立派な薬草が育ち現れた。
「さすがミーナ」
「そういうマヤちゃんだって」
マヤも同様に薬草を育てることに成功している。
二人だけではない。クラスメートたちはみな━━エリサを除き、そのステップをクリアした。
「だ、だいちとみずと……あ、あとなんだっけ??
とにかぁく! 大きくなぁぁって!」
興奮したエリサの声が虚しく響く。
「せ、せんせぇ、できません……·」
半泣きで、エリサは教師に向き直る。
「……またですか」
諦めたように教師━━セラはため息をつく。
職業として魔法使いを目指す生徒たちが在籍するこの学園に来て、はや一ヶ月。
エリサの落ちこぼれぶりはズバぬけていた。
「エリサ。あなたの一生懸命さとか、前向きなところは先生も買っているんですよ。ただ━━」
気遣われるとよけい涙が出てくる。
エリサは必死に笑おうとした。
「おまえさぁ、やる気あんの?」
そんな彼女の胸をえぐるように、厳しい声が飛んできた。
大柄で金髪の少年が、自分を睨んでいる。
「いつもいつもそうじゃん。そんなんでマジでプロになる気あんの?
そんな簡単なもんじゃないだろ。お遊びなんだったら、退学になる前にとっととママんとこ帰れば?」
エリサの大きな瞳が瞬間見開かれ━━
もうだめだった。
エリサはその場に棒立ちになったまま、後から後から涙を溢れさせた。
『遊びだったら、とっとと帰れば?』
昼間言われた言葉が、何度も何度も心を襲う。
……カズハ。
エリサと同じ年で、もちろん同じ時期に入学したのに……。彼は自分と正反対だった。
何をやってもうまくいく。最初に課題をクリアするのは、大抵カズハだ。
「……遊びじゃない」
自分は一生懸命やっている。こんな知らない土地で━━家族や友だちに会えなくて。さみしくてさみしくて。
だけど━━一生懸命がんばってる……!
カズハには遊びに見えても。エリサはいつだって真剣だ。
……なのに結果が出ない。
自分は物覚えが悪い。ドジだ。失敗する。学習能力がない。体力がない。才能がない。自分は……
一人じゃ何もできない。
部屋に帰れば、マヤとミーナがいる。本当はベッドで泣きたかった。
だけど、彼女たちの前でそんなことできるはずがない。
味のよく分からない学食を取ると、エリサはそっと……寮を抜け出した。
暗い校庭の、暗い薬草畑。そこに佇む。
伸びない芽。
昼間から土の中に放置されたままの、自分に託された種。土の上から撫でてみる。
「おまえは空が見たい? それとも、土の中で━━温かさの中に眠っていたい?」
……おねえちゃん。おかあさん。
……タケト。
心で名を唱える。
ふるさとはきょうもきっと雪……。
エリサの瞳から、一筋涙が伝う。
「……大地と水の精霊よ。我が声に耳を傾けたまえ。
願わくは……こんなあたしでもよかったら━━空の夢を見せてください……っ!」
地を見つめる。
ずっと、ずっと……見つめる。
「…………」
どれだけ経ったか……エリサはため息をついた。
「……ゃっぱり、ダメなんだ」
大それた夢だった。こんな自分が魔法を覚えて。誰かの役に立てたら……
なんて。
自分すら助けることができないくらいなのに。
「……ごめんね」
誰にとなく呟いた。変わらぬ地面を見つめ、エリサは儚く笑った。
かかとを返す。畑から離れる。
一度だけ、空を見上げた。
星月夜。
吸い込まれそうになる。
それからまた歩き出した。
……彼女のいなくなった畑。
翌朝。
重い足を引きずって、エリサは教室に向かった。
瞳は足元ばかりに向き、ろくに顔も上げられない。
教室に入ろうとした。
「エリサ!」
興奮した声。
始めてきょう、まともに顔を上げたエリサの目に飛び込んで来たのは━━
カズハの笑顔。
「来いよ!」
腕を捕まれる。
「痛! な、なに……?」
強引に連れ出される。
校舎の外は快晴━━
「見ろよ、」
転びそうになりながら、エリサは見つけた。
青い青い━━
空に向かう、
小さな芽。




