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いつか、いつか…  作者: うさぎさん⭐︎


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4/4

④本当の自分と、光の差す場所


  5


 カズハがろくに口を利いてくれなくなった。

 エリサはそれが無性に悲しい。

 どう話しかけたら笑ってくれるのかわからない。

 相変わらず自分はドジで、失敗続き。

 近づく進級試験。

 この学園に来てから、直に一年になる。


「大丈夫だって、」

「エリサちゃんもきっと進級できるって」

 同室の二人はそういってくれる。

 教師のセラには怒られてばかりなのに、でも彼はエリサを気遣ってくれる。

 時間は一方向にしか進まない。

 落ちこぼれを待ってはくれない。


「エリサ。違うよ。時空は限りなく自由なんだ。

 時も場所も運命も━━、なにもかも、そこでは━━自由だ。

 ちっぽけな有機生命体の僕らも、僕らをいだいた全宇宙も、限りない可能性に満ち溢れている。

 ━━そこには、僕らの知らない無数の世界が存在し、僕じゃない僕が生きている。

 ━━なら、」

 ヒサカは静かに語る。

「なんの意味がある? もがくことに。無様に泣くことに。

 君のイメージする理想の世界。君のなりたい理想の君。手を伸ばせば━━あれに触れられれば、それが手に入るのに」

「……先輩のおっしゃる理論はよく解りません」

「解らなくてもいい。簡単だ。ゲートに触れられれば、あれが開けば、僕らは変われる。それさえ解ればいい」

 もしも、陽の光に溢れた楽園が存在し、そこに何度泣いても何度なりたいと願っても近づけなかった自分が存在するなら。

 それに成り変われるなら。

 すべてを自由に操作できるなら。

「僕はね、ずっと、探していたんだ。ゲートを開くためのパートナーを。 

 君と僕は特別なんだ。あれが見える。あれの声が聞こえる。

 一人ではだめでも、きっと二人なら━━それができる。そう思わないかい?」

 青い髪を掻き上げる。

「知ってしまったら━━もう、戻れないだろ?」

 時空の真理こえを聞いてしまったら。

「こんな僕らに━━こんな世界に、なんの意味があるっていうんだい?」


「エリサはだめだよね」

「かわいそ~だけど、進級は無理だね」

 ヒサカに会い、寮に戻ると、薄く開いた部屋のドアから、マヤとミーナの声がする。

「田舎に帰って、家で大人しくしてる以外ないんじゃない?

 そのうち誰かと結婚でもして」

「あんな子が手に職を得て、自立しようなんて妄想することがそもそもの間違いだし」

「ていうか、あんなんがヒサカ先輩の気い引いてんのが、有り得ない〜」

 楽しそうな笑い声。

「知ってる~? あの子ウブなふりして、相当ヤり手だって噂~」

「次はセラでもたらし込むんじゃない?」

 エリサの瞳が震えた。部屋の外に立ちつくして、だけど━━彼女は泣かない。

 薄く笑うと、静かにその場を去った。


「エリサってほんと、おもしろいよね」

 マヤたちはいつも、エリサのドジぶりを見て笑う。エリサも笑っていた━━他にどんな反応ができた?

 悪気はないのかもしれないが━━そう言われていい気はしなかった。

 そう……いつのまにか、自分はここではそういうキャラになっていた。 

 自分はいつも元気に笑っていないといけないような気がして━━エリサはいつもみんなの前では笑っていた。

 どうしても涙が堪えきれないとき以外は。

 それでも泣きすぎだといわれている。

 だけど━━本当はもっとずっとずっと……我慢したり、みんなに隠れて泣いたりしていた。

 心は脆い。

 そんなに強くなれないし、急には変われない。それでも……少しずつ、エリサは前に進んでいるつもりだったのに。……


 翌日。

 エリサは初歩的なミスをし、カズハから怒られた。

「……ごめんなさい……」

「おまえ、いつもそうだよな。謝るだけだ。何度言ってもわからない。

同じミスをする。

 もっと気をつけろよ」

「…………」

 彼女は瞳を上げない。ただ、床を見ながら唇を噛んでいる。


「エリサ」

 放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、カズハがやってきた。

「俺、ごめん。ちょっと……言い過ぎた……」

「いいよ」

 エリサは笑む。

「無理に話しかけてくれなくても。最初から知ってたから。

 無理だってこと」

「何が?」

「みんながあたしなんか嫌いなこと」

「おまえなに言ってんの」

「カズハとあたしは大違い。あなたはなんでもできる。なんでも手に入れられる。

 あたしたちみたいに━━」

 ヒサカと自分は似ている。

 どこか━━とても。

「世界を否定したりしない」


「……よくわかんねぇけど、違うんじゃねぇ?」

 カズハは真っ直ぐエリサを見ている。

「なんでもできる奴なんていない。俺だって、最初から何かできたわけじゃない。誰だって━━一つずつ、」

「いいよ」

 エリサは目を逸らす。

「もう、いいよ……! カズハにはわかんないよ! できない人の気持ちなんて━━毎日毎日生きるのが辛くて、泣いてばかりな人の気持ちなんて……」

「おい、エリ……」

 カズハに背を向ける。


  6


「先輩。行きましょう」

 淡々と、エリサは言う。

「あぁ。いい子だ」

 ヒサカがエリサの手を取る。

 ━━そして、彼女は手を伸ばす。

 希望へ。或いは、破滅へ。

「ここが、一番同調しやすい」

 カズハと来た水晶洞。

《おやめなさい》

「いいんです」

 エリサは笑む。

「あたしはほんはいつも親に言われてました。

 『なんのために生まれたの?』

 あたしはおねえちゃんと大違いで。

 『産むんじゃなかった』、って……」

 ゲートに指が届きそう。

「逃げてきたんです。おかあさんから、おねえちゃんから、タケトから。 

 ━━大層な理想掲げて。━━魔法使いになるなんて」

 エリサは笑う。

「楽しかったなぁ。たくさんの人に会えて。マヤやミーナやセラ先生や━━カズハ。

 あたしがもっといい子で、もっと才能があったら━━。

 みんなに愛してもらえたかな?」

 ヒサカが小さく呟く。

「僕は……」


《……》

 《《それ》》が人型になって現れる。

 男性とも女性ともつかない、とても綺麗な姿。

《ばかな子ら。おいで━━還元する》

 ヒサカが夢見心地に笑う。

「やっと━━終われる」


「エリサ!  待てよ!」

 カズハの声。

「……ゲート……? あるのか、そこに」

 カズハは見えないものを見ようとする。

「おかしいと思ってたんだ、最近、おまえ。ヒサカ先輩も……。

 見えるんですね」

 カズハは茶の目を炒める。

「俺も昔、それに囚われそうになったことがある。残念すけど、」

 カズハは二人に歩み寄る。

「━━それの誘いに乗っちゃだめだ。全ての努力が、おまえらの人生ときが無にすだけだ」

 カズハはエリサを見る。

「いいじゃねぇか。それでも。何度努力しても叶わなくても━━やめなければ、放棄しなければ━━おまえで在ることを」

 ヒサカを見る。

「誰だって、悩んでるし、誰だって、簡単には行かない。

 誰だって、絶望に囚われそうになることも━━」

 《《それ》》を睨む。

「あるけど、」


「たとえ叶わなくても、違う道を選んでも━━生きてさえいれば、

 きっと何か見つかる━━……」

 エリサに手を伸ばす。

「帰ろう、エリサ?」 

 カズハは笑む。

「もっと、強くなれ━━」

 わかってるよ。おまえの努力は。

 見てたから。


 エリサの瞳から涙が溢れる。

「カズハ……」


「エリサ」

 ヒサカが手を伸ばす。

「裏切るの?」

 ヒサカは強引にエリサの腕を掴む。

 カズハに空いた手を向ける。

「寄るな。それ以上近づけば、僕の魔法で消し炭にする。

 来いよ━━、」

 エリサに言う。

「生徒総代だの、優等生だの言われたって━所詮、そんなの、あんな狭い学園の中でだけだ。

 僕のキャパシティはたかが知れてる。もう、これ以上━━伸びる見込みがないんだ。

 これ以上の期待には応えられない。能力ばかりしか見ない周りの奴らは━━勝手に失望する。━━っ」

 《《それ》》を見る。

「おまえが本当はなんだろうと、僕は別にどうでもいいんだ」

 時空の化身だろうと。化け物だろうと。

 或いは、ただの心の弱い者が見る幻影でも。

「僕はこんな僕が嫌いだ。弱くて脆くて━━毎晩……眠れなくて、でも……夢を見るんだ。

 朝、目覚めたら……

 僕は生まれ変われる」

 エリサの瞳の中で、ヒサカはとてもうらやましそうに笑んだ。

「君に━━なりたいんだ、エリサ。

 どんなにドジでも。どんなに失敗しても。みんなに好かれて。

 それでもいつも前向きで。諦めなくて。

 ━━そんな君だから、壊したくて」


「なんだ」

 カズハが気が抜けたように笑う。

「やっぱりおまえ、エリサが好きなんだ」

 ヒサカの目が見開く。

「素直になれば?」


「……先輩」

 エリサが口を開く。それは呪文。

「帰りましょう?


 その瞬間、靄が霧散する。


  7


「エリサ、前へ」

「はい」

 セラの声に、歩を進める。

 進級試験の、追試。

 地面の、枯れた草。

 それに手を当てる。

「あたしは、ずっとあたしが嫌いでした。

 今でも、まだ、心から好きだとは言えません。

 ただ━━ここで過ごした一年は、悪くなかった……って、思います。

 失敗して泣いてばかりでしたが、たくさんの人に会え、笑えたんです。 

 いろんなことに出会えました。ダメになりそうなときもありました。

 でも……」

 倒れていた草が少しずつ立ち上がってくる。

「……諦めなくて、よかった」


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