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完結済【彼女の教室】:最後の回答―あの席に座っていたのは誰か。―後ろの席から、誰かが手を挙げた。その瞬間、とうとう十年の沈黙が破られる。―  作者: Taku
第二章(続編・同窓会) 『――同窓会の夜、まだ決まっていないこと』

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第5話 「あいつは、俺たちより先に、俺たちを見てた」【康介視点】

同窓会翌日の夜。午後10時。


それから何時間経っただろう。気づけば、外は完全に暗くなっていた。


外は雨。さっきまで降っていなかったのにいつの間にか強くなっている。雨音が不規則なリズムを刻む。時々、雷鳴が聞こえる。遠くの方で。


教室に六人。全員がここにいる。それぞれが、同じ空席を見ている。


「ねえ」


沙織。


「私たち、何してるんだろう」


誰も答えない。康介は窓枠に寄りかかりコーヒーカップを両手で包む。カップの温度が、手のひらから伝わる。


「ずっとここにいるね」


「それが答えなんじゃないか」


拓。


「答え?」


「あのノートがまだここにある。それで終われない」


後ろの席のノート。開かれたままのページに。


『もうすぐ、すべてが整う』


さっきまでなかった。誰も開いていない。でも、開いている。


「これ、さっき書かれた?」


瞳。


「いや。でもさっきまでなかった」


康介。彼はコーヒーを一口飲んだ。冷めている。いつからここにあったか、わからない。


その時、Eが言う。


「私たち、誰かに見られてる」


瞳の声が少し尖った。彼女は自分の腕を抱いている。


「あの『誰か』に?」


「うん。でも――もしかしたらそれ、私たち自身かも」


「どういうこと?」


瞳。


「見られてるから、見てる誰かがいる。逆もそう」


「つまり――」


「見てるから、いることになる」


純が言った。彼女はノートを手に取っていた。いつから持っていたのか。


康介はその言葉を頭の中で反芻する。見てるからいる――自分たちが「誰か」を存在させた。見られる不安から逃れるために。それは、自分のやってきた「最適化」と同じだ。最適を選ぶことが、誰かを切り捨てることと同じように。


その時、教室の電気が消えた。一瞬の暗闇。すぐ戻る。その一瞬に何かが変わった。空気の匂い。温度。湿度。すべてが、ほんの少しだけ違う。


後ろの席に誰かが座っている。全員が見た。顔は見えない。でも確かにそこに「いる」。呼吸をしている。心臓が動いている。生きている。


沙織のスケッチブックを握る指が白くなる。鉛筆の芯が折れる音がした。


「……見た?」


沙織の震える声。全員がうなずく。うなずかずにはいられなかった。


「誰だった?」


「わからない。でも――」


拓。彼は立ち上がっていた。いつから立っていたのか。


「あいつだ。ずっと見てたあいつ」


次の瞬間には誰もいない。空気だけが震える。その震えが、波のように広がっていく。


その時、沙織が自分のスマホをテーブルに置く。カメラアプリが起動したまま画面は砂嵐。ノイズの中に一瞬だけ誰かの輪郭が浮かび、崩れるように消えた。


「……消えた」


沙織。彼女はスマホを手に取った。画面は真っ暗。でも、バッテリーは十分にある。


純のスマホが震える。グループLINE。担任から。送信時刻は、今。


『もう言ってもいいかな』


『あの日のこと』


『写真を撮ったのは――』


途切れる。メッセージが途中で切れている。エラーか。それとも――。


その時、後ろの席のノートがひとりでに開く。ページが風もなくめくれる。


『写真を撮ったのは私』


『でも私はあなたたちが作り出した』


『見られる不安から逃れるために』


『無意識に生み出したもう一人の』


全員が読む。文字が浮かんでは消える。点滅している。


「私たちが……作り出した?」


瞳の声がかすれる。彼女は自分の口元を押さえていた。


「そういうことか」


康介の声は低く確信に満ちていた。そしてどこか突き放した響きがあった。


「あの日、誰かに見られてる気がした。その『誰か』を無意識に設定した。見られる側から見る側に回るために」


「じゃああの『誰か』は――」


「実体のないただの『視線』だった」


E。


「でもそれを『誰か』と思い込んだから『誰か』になった」


「見てるから、いる」


純が繰り返す。彼女はノートを開いたまま、指で文字をなぞっている。


ノートがまた開く。違うページ。


『そう』


『私は最初ただの「気配」』


『でもあなたたちが「誰か」と思った』


『語りかけた』


『書いた』


『だから私は「ここ」にいる』


沙織が顔を上げる。彼女の目には涙が溜まっていた。でも、泣いていない。


「私たちが書いたの?」


『いいえ』


『でも私の言葉はあなたたちの中にあった』


『私は鏡』


その瞬間、教室の空気が震えた。雨音が一瞬止んだように聞こえた。雷鳴も止んだ。


「……私たちは自分の怖いものを見ていた」


拓。


「見られる不安から逃れるために見る側を作った。でもその見る側に見られるようになった」


「それって――」


「永遠のループだな……」


康介が小さく息を吐いた。彼はコーヒーカップを置いた。カップの底に、ほんの少しだけコーヒーの染みが残っている。


純が立ち上がる。彼女の動きはゆっくりだった。でも、確かだった。


「でも終わらせられる」


「どうやって?」


「見るのをやめる」


純がノートを手に取る。両手で抱えるように。


「私たちが見るのをやめれば、あいつは見られるのをやめる」


『それは――』


ノートに文字が浮かぶ。いつもより大きい文字。


『私が消えること』


「うん。でもあなたは最初から消えるためにここにいた」


長い沈黙。雨音だけが聞こえる。時計の秒針の音も。


ノートの文字がゆっくり書き換わる。書き直している。何度も。


『……そうかも』


『あなたたちが「もう大丈夫」と思った瞬間に消えるようにできてた』


「じゃあ――」


沙織。彼女はスケッチブックを閉じた。


「私たち、もう大丈夫なの?」


誰も答えない。その時、拓が窓の外を見る。雨が止んでいた。雲の切れ間から星。一つだけ、とても明るい星。


「もう大丈夫なんじゃないか」


呟きが落ちる。誰も反論しなかった。


ノートが最後のページを開く。紙が擦れる音がした。


『さようなら』


『でもまた』


『あなたたちが不安を感じたとき』


『どこかに』


『その時はまた』


文字が薄れていく。インクが吸い込まれていく。


『よろしく』


完全に消えた。純がノートを閉じる。その音がやけに大きく響いた。


「忘れてもいいんじゃないか」


拓。


「あいつのこと。私たちはもう大丈夫だから」


誰もうなずかない。でも誰も反対しなかった。康介はそっとコーヒーカップを置く。底にほんの少し染みが残っている。それは、消えなかった。


外は雨が上がっていた。星が瞬いている。その光のどこかにあの「誰か」がいる気がした。でももう怖くなかった。ただ、少しだけ寂しかった。


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