第4話 「席替えの、そのあと」【拓視点】
同窓会翌日の昼。雨は上がったが空は曇ったまま。教室の窓は曇り、外の景色がぼやける。
六人は、まだそこにいた。誰も帰ろうとしなかった。それぞれが自分の席に座っている。十年前と同じ配置。でも、一つだけ空席がある。
「なんかずっとここにいるね」
瞳。彼女は後ろの席を気にしている。時々、振り返る。
「同窓会昨日で終わったのに」
沙織の苦笑。彼女はスケッチブックを開いたまま、何も描いていない。
「でも帰れない」
拓が曇りガラスの向こうを見る。何かが動いた気がした。人の形。でも、二度見すると何もない。気のせいか。
「ねえ、あの頃に戻ってみない?」
沙織。
「どういうこと?」
「席替え。当時の席に座ってみよう」
一瞬の沈黙の後、康介がうなずく。彼は一番最初に立ち上がった。
「いいね」
それぞれが写真を見ながら席を探す。拓は窓側の前から二番目。瞳はその後ろ。康介は廊下側の真ん中。沙織は窓側の一番後ろから二つ前。Eは拓の隣。純は一番後ろの一つ前。
そしてその隣――誰も座っていない席が一つ。そこだけ、机の表面が違う。新しい。使われていない。誰も座ったことがない。
「あそこ、誰の席だった?」
拓の問いに六人の視線が空席に集まる。その席だけ、日が当たっていない。影の中にある。
沙織が首をかしげる。彼女はスケッチブックを開き、その空席を描き始めた。
「……ずっと空席じゃなかった?」
「違う」
瞳の声が硬い。彼女は立ち上がったまま、その席を見つめている。
「誰か座ってた気がする」
「誰?」
康介。彼は腕を組んで、考え込むように。
「……思い出せない」
Eの声が小さい。彼女は本を開いていたが、閉じた。
「でもいるはず。あそこに」
「とりあえず空けておこう」
拓。
六人が座る。教室には六人の生徒と一つだけの空席。その空席だけ、空気の色が違う。ほんの少しだけ、青白い。
「あの頃みたい」
沙織。
「うん。でも誰か足りない」
Eの言葉と同時に、空席の机のノートが風もなく開く。ページがめくれる音が、やけに大きく響いた。
『まだ、決まっていない』
全員が読んだ。拓のコーヒーカップが微かに傾く。中身がこぼれそうになって、彼は慌ててテーブルに置いた。
「……見た?」
瞳の声。全員がうなずく。うなずかずにはいられなかった。
「誰が書いた」
康介の低い声。彼は立ち上がりかけて、また座った。
「わからない」
拓。彼はもう一度窓の外を見た。誰かが立っている。でも、それは自分の影だった。
沙織が無意識に空席を描き始める。線を引き、影をつける。鉛筆の動きが速い。でも――
「描けない」
沙織の声が震える。彼女は鉛筆を握り直した。
「輪郭は見えるのに……中が、空白なんだ。鉛筆が、拒否してるみたい」
拓が立ち上がり空席に近づく。自分の席から空席まで、五歩。その距離がやけに長い。ノートを手に取る。重い。こんなに重かったか。ページをめくる。
『席替え、楽しかったね』
新しい文字。まだインクが乾いていない。書いたばかりだ。
「さっきまでなかった」
拓の声が震える。彼はノートを机の上に置いた。手が離せない。くっついているようだ。
その時、純のスマホが震える。グループLINE。沙織から写真。でも沙織は目の前にいてスマホを触っていない。彼女のスマホはスケッチブックの横に置きっぱなしだ。
写真には六人ではなく七人が写っている。後ろの席に誰かが座っている。姿はぼやけ、服の端っこだけがかろうじて見える。その色は、昨日のコートと同じ。でも、もっと暗い。もっと深い。
「これ……」
純がスマホを向ける。全員の表情が凍る。沙織の手からスケッチブックが落ちた。
「誰だ」
康介。
「わからない。でも――」
E。彼女は写真を拡大した。ぼやけた部分が、少しだけ鮮明になる。
「あの日、非常階段にいた四人目かも」
その瞬間、教室の空気が震えた。窓が軋む。黒板のチョークがひとりでに転がる。床に落ちて、乾いた音を立てた。
そして――後ろの席に誰かが座っているのが見えた。一瞬だけ。顔は見えない。でも確かにそこに「いる」。こちらを見ている。視線の重さを感じた。その視線は、暖かかった。でも、どこか寂しげだった。
沙織のスケッチブックから鉛筆が落ちる音。芯が折れた。
「……見えた?」
沙織のかすれた声。全員がうなずく。うなずかずにはいられなかった。
「誰だった?」
「わからない。でも――」
拓。彼は空席を見つめたまま。
「あいつだ。ずっと見てたあいつ」
次の瞬間には誰もいない。空席だけ。ノートは閉じられている。閉じられた瞬間、風が吹いた。窓が開いていた。誰が開けたのか。
『またね』
その文字が、曇った窓ガラスに書かれていた。指で書かれた。でも、その指紋は誰のものかわからない。
その夜、純はホテルで写真を見返す。七人目の姿はぼやけている。でも服の端っこははっきり写っていた。昨日のコートと同じ色。そしてその柄はあの喫茶店のマスターの背中に似ている。いや、違う。もっと古い。もっと懐かしい。
純はスクリーンショットした。今度は消えなかった。でも、写真を見るたびに、ぼやけた部分が少しずつ変わっている気がする。誰かに編集されている。でも、そんなはずはない。




