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第45話

『アルカナスター ゆにば~す』発売記念特別配信は、それから丁度一週間後に行われた。


椅子の足元にあるレバーを上下させながら、俺は配信開始前の画面を眺めていた。


この配信はコーチング企画とは別に、そもそも『アルカナスター ゆにば~す』そのものの情報を解禁する、いわば新作紹介にあたるものだった。


新規参戦キャラクターの発表。

新システムの詳細。

オープニングムービーの初公開。

そして発売日の正式決定。


普段ならゲーム好きの一視聴者として気楽に眺めているだけの配信だ。


だが今回に限っては、そうもいかない。

この本編の最後に、例のコーチング企画告知が差し込まれることを俺は知っていた。

つまりこの配信は、多くの視聴者にとっては「新作ゲームの情報解禁配信」であり、俺にとっては「自分の運命が確定する配信」なのである。


配信のタイムテーブルを確認する。ゲーム紹介パートが四十分ほど続いた後、後半の十五分ほどでコーチング企画の発表に移る予定らしい。


「…コーチとして情報は仕入れとかねーとな」


そう独りごちながら、椅子の高さをモニターに合わせる。


ロゴの書かれた待機画面が切り替わり、軽快なオープニング曲と共に配信が始まった。

画面が明るくなり、洗練されたスタジオセットが映し出される。


そこには涼やかな衣装に身を包んだVtuberがいた。


「皆さま、こんばんは。metamittoプロダクション所属、審ミナモよ。公式アンバサダーとして司会進行を務めさせていただくわ。それじゃあ、よろしくお願いします。」


見知った顔から発せられる蕩けるほどの甘い声に少し呆気を取られていたが、俺は直ぐに状況を飲み込んだ。

彼女は審(あきら)ミナモ。ゲーム配信を中心に活動しているVtuberで、腕は十分。そして人気もピカ一である。こういう場に出てきても何ら不思議ではない。


だが奴が大会に噛んでいるとなれば話は別だ。彼女は大会をメチャクチャにすることで定評があると俺の中で話題なのだ。


…あいつがアンバサダーって本当に大丈夫なのか?


そんな一抹の不安を甘い声が掻き消す


「そして本日は、こちらの方にお越しいただいております」


カメラが隣へグイっとパンする。


「どうも~、GENで~す」


見覚えのある、飄々とした顔がそこにあった。


GEN氏。俺が先の大会で死ぬほど世話になった、プロゲーマーである。格闘ゲームシーンでは名の知れた実力者で、今回はゲスト解説として呼ばれているらしい。関西弁混じりの喋り方は変わらず、スタジオの空気にも全く物怖じしていなかった。


「本日はアルカナスターの魅力を余すことなくお伝えできればと思っているわ」

「ワイは先行でプレイさせてもらったんですけど、今作、ホンマにようできてますよ」


軽い調子でそう言うGEN氏に、審ミナモが微笑みながら頷く。


「それでは早速、今作の魅力についてご紹介していきましょう」

「早速やけどこの映像を見てもらおか!」


画面が切り替わり、色とりどりのキャラクターたちが並ぶビジュアルが映し出された。華やかな衣装に身を包んだ美少女キャラクターたちが、画面の中で縦横無尽に戦っている。そして最後には意味深なシルエット。おそらく隠しキャラだろう。


「シリーズ恒例となりました。可愛らしいオリジナルキャラクターデザイン。ここにまだ出ていない新規参戦キャラクターも多数いるわ」


[今作もキャラ可愛いな] [新キャラ気になる] [グラフィック綺麗になってる]


「ビジュアルだけやのうて、アクションの気持ちよさも段違いですよ」


GEN氏がそう続ける。


「今作の目玉の一つが、空中アクションの強化ですね。ジャンプからの多段コンボはもちろん、空中ダッシュなんかを織り交ぜて、地上とはまた違ったコンボルートが組めるようになってます」


画面には、キャラクターが空中で華麗に舞いながら連撃を叩き込むプレイ映像が流れている。確かに派手だ。


「だけど、操作が難しそうと感じる方もいらっしゃるかもしれないわよね」


彼女がそう切り出すと、画面にコントローラーのイラストが表示された。


「でも安心して。今作では初心者の方にも安心して楽しんでいただけるよう、簡単操作のシステムを多数導入しているから。」

「一番分かりやすいのが、ワンボタンコンボですかね」


GEN氏が続ける。


「決められたボタンを連打するだけで、それなりに見栄えのするコンボを自動で繋いでくれるんです。複雑なコマンド入力を覚えんでも、ちゃんと格好ええ攻撃ができる。せやから初心者の方でも、最初から爽快感を味わえるようになってますね」


[初心者に優しいw]

[ボタン連打でコンボは助かる]

[これなら俺でもできそう]


「そしてもう一つ、このゲームと言えば、『アルカナ』の存在です」


画面に、キャラクターの背後に浮かぶ精霊のようなキャラクターたちが表示された。


「アルカナは、お助けキャラのような存在ね。プレイヤーキャラクターとは別に選択することができるわ。」

「これがまた奥深いんですよ」


GEN氏の声のトーンが少し上がる。


「アルカナにはそれぞれ違う特殊能力があって、キャラクターとアルカナの組み合わせ次第で、戦い方が全然変わってくるんですわ。極端な話、同じキャラクターを使っていても、組み合わせるアルカナ次第でまるで別のキャラクターみたいな戦術が組めてまう」


美少女キャラクター、派手な空中アクション、加えて初心者でも扱えるワンボタンコンボと、玄人が唸る組み合わせの奥深さを持つアルカナシステム。

なるほど、間口は広く、奥は深く、というわけか。企画のコンセプトである「初心者育成」にも見事に噛み合っている。

俺は思わず画面に見入っていた。

これから発表される運命のことも、その時ばかりは一瞬頭から抜け落ちていた。


「さて、ゲームの魅力はたっぷりお伝えできたと思うけれど、ここでもう一つ、皆さまに大きなお知らせがあるの」


画面に大きなロゴが表示される。


『アルカナスター ゆにば~す 発売記念特別企画 初心者育成コーチングマッチ』


「発売を記念しまして、格闘ゲーム初心者の配信者様に、経験豊富なコーチ役の配信者様がマンツーマンでご指導いただく特別企画の開催が決定いたしました!」


[待ってました!]

[これだよこれ!]

[誰と誰が組むんだ!?]


コメント欄が瞬時に沸き立つ。


来た。俺は思わず背筋を伸ばす。


「今日はその出演者の皆さまを、意気込みコメントと共にご紹介させていただくわ」

「ワイも解説として口出しさせてもらいますよ」


そう言葉を交わすと、審ミナモは画面の切り替えを促した。


「それでは一組目から発表いたします」


直後、両端から二枚のタロットが現れる。それはくるくると回転しながら中央で交差してから一気に前へ躍り出て画面を覆いつくした。


そこには参加者の名前と写真、そして意気込みを書いたメッセージが表示されていた。



暁野ひなた/匂坂ソラト(コーチ)



『皆と一緒に頑張るのが好きだから、格ゲーもきっと楽しくなると思う!ソラトさん、よろしくお願いします!』

『大会経験者として、しっかり基礎から鍛えていきます。期待してください。』



「私の尊敬する先輩、ひなたちゃんと匂坂ソラト君のコンビね。」

「ひなたそ!?それにソラトはんも!?これは熱いで~」

「ひなた先輩…格ゲーの方は大丈夫かしら…」

「未知数な二人のバランスに期待したいところやな」


[ひなたんー!]

[そらくん…!!!]

[胃痛不可避ww]

[おおおおおお]

[ソラトくんーーーー]

[俺得すぎる]

[なんだかんだ見たことないコンビ]

[ひなプンテ期待!!!!]


二人の出場を聞いて視聴者の期待は一気にに爆発し、コメントが滝のように流れている。

その流れのまま、審ミナモは淡々と続けていった。


「続いて二組目です」


先ほどと同じようにタロットの演出が流れていく



揺舞(ゆらまい)せんら/GEN(コーチ)



『GENさんやったら安心やんね、またよろしゅう』

『ゆら姉のポテンシャルは保証するで。任せとき』



「あら、GENさん。あなたも出演者だったのね」


彼女が驚いたように言う。だが何だろう。こういうのには慣れていないのだろうか。かなりわざとらしい。


「いや実はそうなんですよ。今日は解説として呼んでもらいましたけど、企画の方にもガッツリ絡ませてもらってます」

「ということは、今この場にいながら、ご自身の出演発表も兼ねているということね」

「そういうことです!ゆら姉、しっかり仕込みますんで待っといてな」


[ゆら姉!]

[GEN is GOAT ]

[GENさん自作自演かwww]

[解説しながら自分の宣伝すな]

[師弟コンビがまた見れる!!!]


コメント欄がどっと沸く。GEN氏はいつも通り悪びれる様子もなく笑っていた。


「続いて三組目です」


彼女の声が近づくにつれ、背中には冷や汗が伝う。


その冷たさを感じさせないほどにコメント欄はエネルギーに満ちている。


思った以上の盛り上がりに俺は妙に浮足立ってしまっていた。


そして画面が切り替わる。



柑咲シトラ/憂生イツカ(コーチ)



画面に自分の名前が表示された瞬間、思わず息を呑む。


『こんシトラ~!憂生さんと、そしてみんなと一緒に成長できればと思います!よろしくお願いします~』

『よろしく頼む。』


「柑咲シトラさんと、憂生イツカさんね」


審ミナモが二枚のカードを見比べながら言う。


「柑咲シトラさん。とても凄い個人Vtuberの方だとお話は伺っているわ」

「挨拶も丁寧でええなぁ。推せるで!ほんで憂生イツカはんも個人Vtuberやろ?」

「そうね。二人が巻き起こす新たな旋風に期待だわ」


[こんシトラ~]

[しとーらああああああ]

[ひなたそと組んでた人か!]

[個人勢コンビええな]


期待と不安が入り混じったような、そんなざわめきだった。


だがやはりあいつの意気込みには違和感を感じざるを得ない


その「成長できればと思います」が本心なら、お前は途中でコントローラーを置いたりしない。

皆は綺麗事だけを見て盛り上がる。

あいつは昔からそうなのだ。

…だがあいつのついでに俺自体も好意的に見られてそうなのは良いことではあるか。


浮いた足を降ろし、頬杖を突きながら現状を確かめていた所で、いよいよ最後の発表だ。


「そして最後、四組目のご紹介です」


くるりとカードが舞い、スタイリッシュに画面を切り裂こうとしている。


視聴者は知らないだろうが、俺の聞いていた話でいくと、最後は九十九ということだろう。万を持して、俺の所謂ママであるイラストレーター「つくもたん」の登場である。


あいつは今まで表舞台には出てこなかった。まあイラストレーターなんだから当たり前ではあるんだが。

なのにいきなり出てきて大丈夫なのだろうか。それと誰をコーチにしたんだろうか。

正直心配である。


再度そわそわしてきた俺の目の前にカードがバン!と叩きつけられる。



つくもたん/魔王ニブルヘイム(コーチ)



「おるやんけえええええええええええ!!」


俺は画面の前で叫んでしまった。


いきなり目に入ってきたのは明らかに人ではなく魔王。知り合いの魔王だったのだ。杞憂どころか存在自体が心配な奴である。


そしてさらに驚いたのが九十九のアバターである。くっきりとした目元に纏めた黒髪、そして白銀の、これは鎧…?姫騎士…?自らを模したイラストがあった。


その下には二人の意気込みが表示されている。


『くっ、殺せ!』

『我が眷属として迎え入れよう。この魔王ニブルヘイムが、貴様を戦場の覇者へと導いてやる。』


それを見て、司会の審ミナモは「おおー」と感嘆の声を上げながら、ぱちぱちと手を叩いていた。


やめたげて!渾身のネタをそんな風に受け流すのはやめたげて!


対するGEN氏は笑いながら二人について言及していた。


「あはは!つくもたん騎士やったん?コーチと一緒に世界観合わせてきてんなぁ!」

「なるほど、そういう意図があったのね」


ありがとうGEN氏。貴方のお陰で一人の女性が救われました。


[え!?つくもたん先生!?嘘でしょ!!]

[えええええええええええ]

[くっころww]

[先生、何やってんすか!?]

[セルフ受肉!?]

[魔王wwww]

[眷属ってww]


なんだかんだで、このコンビは視聴者に大きなインパクトを与えていた。


全ての紹介が終わり、補足事項としてレギュレーションについての説明が入る。


「それぞれのペアが、今日配信開始の試遊版を用いて発売日まで練習します。どんな姿を見せてくれるか、是非皆さまも一緒にこちら、お手を取って見守ってみて頂戴。」

「ワイもコーチとして、いっちょ気合入れて頑張りますわ」


GEN氏がにっと笑ってそう付け加える。


「以上をもちまして、本日の特別企画発表は終了とさせていただきます。次回はいきなり大会のトーナメントから。皆さま、お楽しみに」


配信が終了の文字と共に暗転する。


それと同時に、俺はすぐさま公式サイトへとアクセスしていた。


『アルカナスター ゆにば~す 特別試遊版』


配信内で告知のあった通り、既にダウンロードが解禁されている。


「…とりあえず、触ってみるか」


誰に言うでもなく、そう呟きながらダウンロードボタンを押した。


正直、今すぐ寝転がって現実から目を逸らしたい気分だった。だが、それができないことも分かっている。

俺はアンチでもあるがコーチでもある。頭の中ではまるで本当に二人の自分が居るようである。


折り合いがつく気配は一向に無かった


インストールが終わり、タイトル画面が立ち上がる。


キャラクターセレクト画面には、先程配信で見た華やかなキャラクターたちがずらりと並んでいた。

コントローラーを置き直し、俺は改めてトレーニングモードへと切り替えた。

コーチとして、あいつを想定しながら検証しておく必要がある。


まず気になったのは、ワンボタンコンボだ。


「…これなら、あいつでも出せるな」


決められたボタンを連打するだけで、それなりに派手な連携が繰り出される。これなら初見でも数分で形になるだろう。

しかも見た目が華やかだ。エフェクトも大きく、決まった瞬間の爽快感もある。派手好きで、見栄えを気にするあいつの性格を考えれば、間違いなく食いつく類の操作感だった。


問題はここからだ。ダメージ数値を確認する。

「…思ったより、伸びねえな」

見た目の派手さの割に、削れる体力は驚くほど少なかった。試しに通常のコマンド入力によるコンボと比較してみる。


「…差がえぐいな、これ」


手動での連携は、ワンボタンコンボの倍近いダメージを叩き出していた。つまり見栄えは同じでも、与えられるダメージには明確な格差が存在する。とっつきやすさの裏で、しっかりと"卒業"を促す設計になっているわけだ。

奴は間違いなく、まずワンボタンコンボに飛びつく。操作も簡単で、画面映えもする。あいつにとっては理想的な武器に見えるだろう。

だが、それだけでは勝てない。


「…あいつ、勝てなきゃ絶対拗ねるじゃねーか」


簡単なはずなのに勝てないという状況に直面した時、素直に自分の非を認めるとは到底思えない。

「操作性が悪い」「相手が強すぎる」「このゲームおかしい」

そんな言い訳が浮かんでは消えていく光景が、嫌でも想像できてしまう。

そして最悪の場合コントローラーを置く。

過去のコラボ配信で見たあの光景が、そのまま繰り返される可能性は十分にあった。


「…さて、どうすっかな」

腕を組み、俺はしばらく画面を見つめる。


「次は…受け身、か」

コンボの途中で相手に受け身を取られる場面を意図的に作り出してみる。

案の定、少し入力のタイミングが遅れると、コンボがあっさりと切られた。


「これは厄介だな…」

受け身のタイミングやシステムをきちんと理解していないと、せっかく組み立てたコンボが半端なところで途切れてしまう。しかもCPU相手でこれなら、対人戦ではもっと予測不能なタイミングで受け身を差し込まれることになるだろう。

つまり、綺麗な決め打ちコンボをただ覚えるだけでは通用しない。相手の受け身読みなどアドリブでのコンボが要求されるわけだ。


ここにさらにアルカナ要素まで加わる。ただこれは試遊版ではキャラごとに固定だから考える必要は薄いだろう。


「…総合すると、これはかなり硬派な作りだな」


初心者向けを謳っている割に、実際に火力を出すにはそれなりの理解と反応速度が必要になる。ある程度腕に覚えのあるプレイヤーからすれば、やり込む余地がいくらでもあるということなんだが…。


初心者同士だと何処まで考慮すべきなのか。


そもそもあいつは何を求めて俺を指名しているんだろうか。


大方は単にミナモ杯優勝という肩書に釣られただけだろうが…


コーチング対象が柑咲シトラであるというその一点が通常のコーチングの考えを真っ向から覆すものになっている。


「それでも、やるしかねーだろ」


そう言って俺はおもむろに要点を纏めたスライドを作り始める。


アーカイブを漁って気づいた事として、コーチングにおいて必ず行われていることは「フィードバック」である。プレイを見て、的確なアドバイスを伝えるのだ。


それとは別に、真面目なコーチングに多いのが「謎スライド」である。俺は真面目にやっている。だったら作るしかない。


そうして俺が個人配信をしていない時間は、研究に費やされた。


柑咲シトラとの顔合わせまで残り僅か。出来る限りの準備はしておくのだ。

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