第44話
俺はその時のことを思い出していた。
「こんシトラ~今日は突発コラボ!七星セッタちゃんが遊びに来てくれました~」
「おはななー。セッタやで~シトラちゃんがあのレースゲームやるって聞いたから来ちゃいました~」
薄黄色の長い髪を大きく揺らしながら首を振るのは俺の推しである柑咲シトラ。勢い余ってTシャツの襟元からキャミソールを覗かせていたが平常運転である。
そしてその隣にいるのはコラボ相手の七星セッタさんだ。
グレーのウルフカットにダメージ加工の施されたジャケット。そんな白と黒を基調とした攻撃的なスタイルから発せられているとは思えない柔らかなボイスは、既に配信に溶け込んでいる。
「シトラが初心者だから~セッタちゃんにはシトラの画面を見てもらってリアルタイムでプレイの指示をしてもらいます!」
「ウチが『右!』とか『アイテム使って』とか言うので、シトラちゃんにはそれに従ってもらいます。そんで一位取ってもらうよ!」
「うん、信じてるからね!」
「ふふ、責任重大や~」
少しくすぐったそうな笑みを浮かべて彼女は言った。
セッタさんという方は存じ上げていないが、Vtuberとして昔からの付き合いらしい。緩い関西弁もギャップがあって面白いし、落ち着いた声がいいな。
やはりコラボ。コラボという時点で神回確定である。
「真っ直ぐ真っ直ぐ!アクセル全開でええよ。」
「こんな感じ?上手く走れてる?」
「全然上手いよ!この先カーブ!アクセル押したままちょっと外側寄ろう?」
恐る恐るハンドルを握るしとーらをセッタさんは上手く誘導している。まるで教習所の教官と生徒のようだ。
「前にアイテムボックスあるから取り逃さんように!」
「うん!」
「ボタン押してルーレット止めて!」
画面左上のアイテム欄の回転が止まり、ぴゅーんと音を立ててどこかへ消える。
「待ってシトラちゃんww捨てたらあかんってww」
「え?なに?」
画面の右下と左下には驚きながら笑う少女と、何食わぬ顔でハンドルを握る少女が映っていた。
「折角アイテム取ったのに消えたやんww]
「ホントだ!アイテム無くなってる~!取られた~!」
「取られてないw自分で捨ててんねんってwww」
「取られた…w」
「取られてないwあはははwwwもうええってw」
「取られたもんwwww」
くだらない意地を張るしとーらを面白がるように笑うセッタさん。そんな姉妹のじゃれ合いのようなやり取りに俺もコメント達も心和らいでいる様子だ。
[初心者すぎるww]
[あるあるw]
[二人からラブコメの波動を感じる…!]
[一瞬で放り投げて草]
この二人のやりとり、すこである。
ああ…仕事終わりの体に染みる…。
これが今日日聞かなくなったてぇてぇという奴だろうか。
てぇてぇの効果効能を実感している間も配信は続いていく、
「赤甲羅きてるよ!後ろにアイテム投げて!」
「え~?もう前に投げちゃった!」
防御用のアイテムが無くなった車体を甲羅が襲い、車は煙を吹く。
「すぐアイテム使うやんww」
「それがシトラオリジナルって奴よね~」
「なんやのそれww」
「知らないんだ~?w」
「知るかいなwww」
数戦後、しとーらが少し走りに慣れてきた頃、
「シトラちゃん、ここショートカットあるから行ってみよっか」
「どこ?」
「目の前の滝の裏!アイテム持ってるからそれでいけるよ」
ハンドルを握りなおした彼女はアイテムを使い、勢いよく滝へと飛び込む。
「あー惜しい!」
「えー!?」
しかし勢い余ってコースアウトしてしまった。
「惜しい、ちょっと難しかったなあ」
「うーん…」
惜しかった、飛んだあとの制御がもう少し出来ればと言ったところだ。
けれどしとーらは煮え切らない様子でため息をつく。
「ショートカットってなんかズルしてる感じじゃない?シトラは今まで通りやっていこうと思う!」
「それでもええかもなあ」
「うん、次のレース行こ!」
気を取り直して彼女は言った。
ショートカットがズルなんて初めて聞いたが、まあ正義感が強いのかな?
そして二人で何レースも繰り返していたのだが、順位の方はというと一向に上がってこない。
「えっと、次のカーブ、ちょっと急めやから気つけて」
「急めってどれくらい?」
「めっちゃ急!ハンドルぐいーんって曲げてええから!」
その指示通りハンドルを思いっきり切るしとーらだったが、タイヤ痕を残しながら大きく身体が引っ張られていく。
「あー、無理!」
無念のコースアウトだった。
お助けキャラに吊るされながらコースへ戻る最中に彼女は言う。
「めっちゃ急はちょっと分かりにくくない?」
「ごめんごめん、分かるかなと思ってつい」
「分からないよ~初心者なんだし~」
最初の頃に比べると明らかに雰囲気が変わっていた。声のトーンは明るさを保っているが、その奥にチクリとしたものが見え隠れするような、そんな感じだ。
「シトラちゃん、ちょっと休憩する?」
「休憩は大丈夫なんだけど~ちょっと考えてる事があって~。シトラスの皆も疲れてきてるだろうから、シトラとセッタちゃんで交代するのはどうかなって思ってるんだけど~どう?シトラが指示する側!」
「まあ、ウチはええけど…」
「シトラスの皆は~?」
するとすぐさまレスポンスが返ってくる。
[セッタさんのも見たいかも!]
[おもしろそうwww]
[まあしゃーない]
[いっぱい頑張ったもんねw]
[いいねwwwww]
代わったセッタさんのプレイは見事なもので、CPU相手にすぐに一位を取ってしまい、なんだかんだでそのまま企画が終わった。
とまあこれがこの配信の一部始終だ。
終わってみるとなんだこれ?である。一位取れるまでを他人にやらせて終わりってそんなのアリかよ。
ちなみに当時の俺も流石に全部切り抜くのはまずいと思って前半だけの切り抜き動画を作っていた所、その最中に配信のアーカイブが消えたことでお蔵入りとなった。流石に柑咲シトラ自身もおかしいと思ったのだろう。
俺もシトラス(柑咲シトラのファンの総称)も今後それには触れずお察しといった感じであり、当時のファンだけが知る伝説の枠となったのだ。
これを見ても分かる通り、柑咲シトラというVtuberはくだらないプライドの塊なのである。
別にプライドを持つことが悪いことだとは思わない。見栄や誇りなんて誰にでもあると俺は思っている。というか無い奴を見たことが無い。
自分にプライドが無いなんて自称する奴はそれ自身がプライドのキモイ奴だし、逆に本当にない奴はマジで凄いからそれをプライドにすればいいと俺は思う。
この柑咲シトラがおかしいのは、とにかく自分が下手という結論だけは避けようとしていることだ。
ミスをすれば理由を探す。
指示が悪い、ゲームが悪い、初心者だから仕方ない。
少しの見栄であれば問題は無い。
だが、そこに自分を変えようという気配だけが無かった。
そんな奴を俺はコーチングしなければならないのだ。
いや、違う。
俺はこの弱点を、もっと有効活用できるはずだ。
せっかく他の誰も知らない情報を握ってるんだ。ただ対策として使うだけじゃもったいねえ。
もしあいつのプライドを意図的に刺激してやれば、どうなる?
あの本性を、今度は公然の配信という場で引きずり出してやればいい。
視聴者の前で、あの化けの皮が剥がれる瞬間を──
「……いや、待て待て」
思わず前のめりになっていた自分に気づき、我に返る。
名案のように思えたそのプランには、決定的な穴があった。
どうやって視聴者に俺の意図を透けさせないようにするかである。
そんな方法を俺は知らない。どうやったって前の大会みたいに悪意が透けるのがオチだ。
だがまあしいて言えば一つだけ思い当たる例があった。本人には悪意があるが周囲に許されている例である。
職場で偶にあった、セクハラまがいのことを言った直後に「あ、今のセクハラだったわ、ごめん」と自分から言えば、なぜか一周回って許されてしまう空気になる。自覚してるからセーフ理論と同じだ。
わざとらしくやって、わざとらしく謝れば、それっぽく見えなくなる…ということなのだろうか
多分こんな理論は特定の条件でしか適用されるはずがないので、真似をしたところで俺の思惑は透けてしまうことになる。
もしこの思惑が少しでも視聴者に伝われば、奴の評判どころか、先方にも迷惑が掛かり、俺自身の評判も終わる。やはりそれでは前と何も変わらない
「…だったら」
カチカチとクリック音を響かせる。画面には件のアーカイブが表示されており、柑咲シトラは不機嫌そうな眉をひそめていた。
わざわざ策を弄さなくても、普通にコーチングするだけで、あいつは勝手にボロを出すんじゃないか。
これまでの経緯を思い返せば、意図するまでもなく、自然に起きる未来だ。
むしろ余計な小細工をする方がリスクが高い。策士策に溺れるとはまさにこのことだろう。
「…普通に、真面目にやるしかねえのか」
名案だと思ったのだが、最終的に何だかどうして物足りない感覚である。
同時に、真面目にコーチングするとなると、それはそれで別の問題が浮上する。
「そういや、コーチングについてよくわかってねーんだよな…よし!」
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『コーチング』、っと
カタカタとキーボードを叩いて、コーチングが見られるアーカイブを漁ることにした。
──そして、コーチング企画。
に先立ち『アルカナスター ゆにば~す』発売記念特別配信が行われることとなった。




