第43話
案件、そして、イラストの使用料の件を九十九に報告しようと俺は電話をかけていた。
スマホの通話画面に表示された名前をタップする。
「…久しぶり~、この前の配信見てたよ。ゆら姉からメッセージとか凄いじゃん。」
「内容は宣伝だったけどな」
「てか何?高橋から電話なんて珍しいね」
「まあちょっと報告があってな。今大丈夫か?」
「大丈夫だけど、報告?」
「ああ、聞いて驚け。重大発表だ。」
「アレね。黒背景に白文字サムネの重大発表のやつ」
勿体ぶる俺に少し茶化したように九十九は言う。
「そう、そのアレだ。何と今回、縁があって〇〇様からの公式案件企画に参加させてもらうことになったんだ。」
「おー。」
棒読みの反応が返ってきた。
「なんかリアクション薄いな。」
そう言うと九十九は何か気まずそうに話し始めた
「いやあ、それ、多分その、コーチング企画的な奴でしょ?新作格闘ゲームの」
「はあ!?何で知ってるんだよ」
九十九は俺の案件の内容を知っていたのだ。
俺が今回呼ばれたのは、『アルカナスター ゆにば~す』という格闘ゲームの案件である。
人気シリーズ『アルカナスター』の最新作。
その発売前公式企画として、何組かのコーチと格ゲーに慣れていない初心者の師弟ペアで小さな大会のようなものを開くらしい。
そして俺はコーチとして呼ばれることになった。
俺は過去にこのシリーズをプレイしたことがある。昔世話になったことのあるゲームで、且つ企画としても面白そうとあらば、断る理由などない。案件としてはこの上ないものだった。
それをどうして九十九が、
「あのさ、あたしも実は呼ばれてるんだよ。その企画」
「俺は知らねえぞ。イラストの案件でか?」
「いや、出演者として」
イラストレーターの九十九がタレントとして?どうしてそんなことになったのか訪ねると彼女は言った。
「いやさ、あたしも最初断ろうと思ったんだけど、話を聞くとコーチを指名できるらしくて。だから高橋…イツカ君にコーチになってもらったら面白そうって思ったんだけど。。」
俺が公式案件で九十九のコーチ?既に意味が分からないが何やら続きがありそうで
「イツカ君はもう他の参加者から指名されてるらしくて指名できなかったんだよね」
「もう指名されてるだと!?」
「うん。だからアサインされたんじゃないの?」
駄目だ。俺も何がなんだかよくわからない。
俺が知ってるのは公平性を加味してコーチング相手は一斉に発表されるということだけだ。その時NGリストなんかも聞かれたが何も返さなかった。
企画としてまずコーチングされる側に声をかけて、コーチは指名制。そして決まり次第コーチに声をかけてるって感じなのか?
「じゃあ九十九が出るのはまだ決定じゃねえのか?まあ出る理由もねえよな」
「うーん。まだ悩み中。なんだけど、よくよく考えてみたらあたしってイツカ君をデザインする側じゃん?その割にVtuberについて良く知らないんだよね。」
「だったらさ」
一拍置いて彼女は言う
「これはVtuberの世界を身近に感じられる貴重な機会なんじゃないかって。ほら、資料収集で取材するじゃん。その一環で」
笑み混じりに誤魔化しながらもその言葉はとても力強く聞こえた。
クリエイターとしての魂、というと浅く聞こえてしまうだろうか。俺はそんな熱を帯びたものを感じ取っていた。
そうだ。今回は公式案件、俺も一層気合いを入れなくては。
「おっと、それで思い出した。案件ってことで今回結構なギャラがあるだろ?」
「うん、あるみたいだね」
「だからさ、その金で憂生イツカの著作権を買い取らせてほしいんだよ」
「…いや、そこまではしなくて良いんじゃない?」
また一拍おいて彼女は言う。しかしそこには先ほどのような力強さは無かった。
「んー、この方が分かりやすいと思ったんだが。」
「やだ、あたし同担拒否だから」
俺の提案をぶっきらぼうに遮る彼女。
「同担拒否としてはイツカ君があたし以外にイラストを依頼するのは困るというか、権利を売るってことはそうなるというか…」
などと意味不明なことを供述し始めた。
別にそんなつもりなんて無いんだが。俺が軽々しく著作権なんて言ったからだろうか?
おそらくこれも何かプロとしての矜持があるのだろう。
とりあえず誤解を解こうと説得を試みる。
「そうはなんねーよ。俺からすれば別に今までと変わんねーよ」
「でもさ…」
「九十九も知ってるだろ?俺はいつも炎上してる嫌われ者だって、だから頼めるのはお前ぐらいしか居ねーんだよ」
「…そうかもだけど、イツカ君は案件だって貰えるぐらいだし。」
「案件は俺も何で来たのかわかんねーよ」
中々に強情である。
さて、このような場面。以前の俺なら引きさがっていただろう。人が何を思おうが勝手だし、俺も何を思おうが勝手である。
だが最近一つ学んだことがある。
それは、こういった話し合いに於いても、熱血を出していいということだ。以前の大会でギスギスしかけた時、チームメイトだった暁野ひなたはシンプルに思いをぶつけてきた。そうして、チームが一つ上の理解へと至ったのだ。
つまり熱血解禁にデメリットは無い。思いをぶつけたうえで相手に判断を委ねればよいのだ。それを実行する時が来た。
「大体なぁ、俺はお前のイラストに満足してるし、今となっちゃいつも楽しみにしてんだよ。普通にファンだよ、ファン。無償で貰ってばっかなんてありえねーだろ。つまり何が言いたいかって言うと、払いたいから払わせろってことだよ」
「……」
電話の向こうが静かになった。
「聞こえてたか?」
「うん」
どこか力の抜けた返事が返ってくる
「高橋って、そういうところ、ずるいよね。こっちが真面目に悩んでるのにさ、ただお金払いたいだけだったら、最初からそう言えばいいじゃん」
「そこは俺が権利に対してよくわかって無かったかもしれん。悪かった」
「うん、悪いし、回りくどいし、変わってる。」
「変わってるのはもうどうしようもねーよ」
俺がそう言うと、電話越しから少し笑み混じりの息が聞こえた。
「でも、残念でした!あたしだって変わってるから。あたしだって、描きたいから描いてるだけなんだよ!って、どう?高橋だったらそう言うんじゃない?」
自信満々に下手なモノマネを披露してくる
「…」
思わぬカウンターに俺は黙り込んでしまう。
「高橋がどうしても払いたいっていうんならさ、今度のめたフェス連れてってよ。ほら!Vtuberの祭典。資料集めにもってこいじゃん。」
「メタフェスって確かこの前終わったとこじゃなかったか?」
「うん、だからまたいつか!」
「お前がそれでいいなら、それでもいいが…」
「じゃ決定ね。あ、それともう一個」
矢継ぎ早に彼女は俺に問いかける。
「高橋はあたしが一緒の案件に出たらどう思う?」
「そりゃ、ある程度は面白そうだと思うが」
「じゃそれも決定で、見積書書いとくから」
「何の見積書だよ」
「あはは!」
その後も少し会話をして、通話終了の文字が画面には表示されていた
静かになった部屋で、俺はスマホを布団の上へ放り投げた。
ポスッと軽い音が鳴る。
「……結局、何も変わってねえじゃねえか」
九十九の熱血カウンターには思わず面を食らってしまった。やはりあいつの考えることは良くわからない。
椅子に腰掛け、ぐるぐると回ってみる。遠心分離により整えられた頭で俺は机に向かった。
机の隅には案件資料を印刷した紙が置かれていた。ペーパーレスの時代を逆行する自分のアナログっぷりである。
俺は紙束を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
『アルカナスター ゆにば~す 発売記念特別企画 初心者育成コーチングマッチ(仮)』
単なる単発案件ではない。
配信者同士の関係性も、指導力も、全部ひっくるめてコンテンツにする企画らしい。
しかしまさか俺が指名されていたとはな。いったい誰が俺を指名したのだろうか、気になりつつも俺は待つことしかできない。
てか、九十九はそれを俺に言って大丈夫そ?
段取りに少し杜撰な所は感じるが、(仮)とあるように色々と向こうもバタバタしているらしい。まあ企業としては色々と遊ばせてもらったし信頼している。
寧ろ俺が信頼を裏切ることにならないかの方が心配である。
この前の炎上といい、どうも俺は結構な視聴者から嫌われているらしい。それでまた炎上してしまっては信頼どころの話ではないのだ。
嫌われている原因に心当たりはあるものの、今回の炎上に関しては不当だと思っている。
俺は代打として普通に大会に出場していただけである。
そう思い、大会の自視点アーカイブを再生してみた。
『足手まといは、ちゃんと足手まといになってもらおうじゃねーか!! 』
『お前ら!揺舞せんらだけは絶対に倒せ!何に変えてもだ!』
そこにはいつも通りの俺がいた。至って自然に作戦を遂行している俺である。
だが自我を捨て、視聴者として見てみると全く違う印象が浮かぶ。
一言で表すならば迷惑系Vtuber。
挙句の果てに
『マナー違反!』
と文句を垂れる奴がいた。
これを見てどう思うだろうか?
俺から言わせればただ必死にやってるだけだが、視聴者からすれば自らの為に人に迷惑をかけておきながら文句を言うマッチポンプに見えてしまっても仕方がない。
また俺は炎上商法紛いのことをしてしまっていたのだろう。
以前からの振る舞いと言い、俺にはもうそういうイメージがついてしまっていると考えるのが自然である。
事実として炎上もしてるしな。
今回の案件はそんなイメージを払拭するチャンスかもしれないと思う。
いや、払拭しなければならない。
幸いにもコーチングというのは需要と供給が分かりやすい。Vtuberのゲーム企画ではコーチが付くことが主流になりつつある。求められる人物像としては既に幾つもの手本が用意されているのだ。
自我を捨てて完璧なコーチを演じて見せる。
そして、かの邪智暴虐の王である柑咲シトラと比較されるレベルにまで到達するのだ。
頭の中では完璧なロードマップが組み上がっていた。
その時、スマホが震えた。
椅子から立ち上がり、スマホを拾い上げる。
『アルカナスター運営』
お待たせしてしまい申し訳ございません。コーチングペアが決定しましたのでのお知らせいたします。
「お、来たか」
メールを開く。
参加者名。
柑咲シトラ
「…………」
スマホを持つ手が震える。五秒ほど画面を見つめたあと、俺は静かに天井を仰いだ。
完璧なロードマップが一瞬にして崩れ去った瞬間である
どうして俺があいつに指名される?
そんな疑問の前にまず思ったことがある。
ああ、終わったなと
何をそんなに悲観することがあるのかと思うかもしれない。
アンチである俺からすれば、むしろ奴にマウントを取る絶好の機会だと。
だが皆は知らないのだ。いや、知っている方がおかしいか
柑咲シトラが一瞬でアーカイブを消した伝説(笑)のコラボ配信、『指示厨が頼みの綱!?「〇〇〇カート」二人羽織で一位チャレンジ』のことを
柑咲シトラには1ミリたりともまともなコーチングは出来ないと断言しよう。
「こんシトラ~今日は突発コラボ!七星セッタちゃんが遊びに来てくれました~」
俺はその時の配信内容を思い出していた。




