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第42話

ブルルッ

ブルルルッ

ブブッ


机の上に放り投げていたスマホが、ひっきりなしに震え続けていた。

画面を覗くと、DMにリプライと山のように通知が届いている。


「ちょwお前有名人やんwww」


そんな声が聞こえてきそうな勢いである。


そう、あの幾多の激闘を乗り越え早数日、血の滲むような努力の末ついに、ついに俺は絶賛炎上していた。


……いやなんで???トレンドにも乗るぐらい盛り上がってたと思うんだが???


[負けて他責w学校で何も学ばなかったんでしょうねww]

[他チームにヘイトだけ向ける〇ス]

[誰も気にしてなさそうなのにマナー違反を擦り続けてるのはあまり気分良くありませんでした]

[負け犬の遠吠えってこういうことなんだな]

[もう大会に出るのはやめて欲しい…]


…ホントに何で????


実はこの炎上、ピンポイントで俺しか燃えていないのである。相手チームのGEN氏や揺舞(ゆらまい)せんらのリプ欄はいたって平和だし、

俺のチームメイトだった暁野(あけの)ひなたの配信もより良い方向で盛り上がっている。

少なくとも暴言に見える反応は一つもない。


俺が何か悪いことしたのか?

折角九十九に良い報告が出来そうだったというのに、下手したらそれもポシャってしまう。


どうにかしようとDMに目を通していると気になるものを発見した。



揺舞せんら@yuramaisenra

憂生さんごめんなぁ…初動被せたらここまで炎上すると思わんかってなぁ

こんなんでええか分かりませんけどメッセージ録音してきたんです。宜しかったら使ってください。



揺舞せんらからのDMだった。


神だ。しかも鎮火用のメッセージまで付けてくれている。聖人か?

燃えるとしたら初動被せてきた向こうだと思っていた自分が恥ずかしくなってきたな。


「すまん!感謝する。」


俺は両手を合わせそう呟く


とある事情もあり、今回の炎上は緊急事態なのだ。


急いで配信を開始した。


「よっすお前ら。今緊急で配信をつけたんだが、今日は何と揺舞せんらからメッセージボイスを貰った。それを一緒に聞こうと思う」


[は?]

[釣り?]

[早く聞かせろ!]

[なんだなんだ]

[勿体ぶるな]


流石は超有名Vtuber事務所所属だ。揺舞せんらの名前を出しただけで一気に視聴者の興味がそちらへと移る。


「分かってるよ。俺も内容は知らねーんだ。それじゃ再生するぞ」


マウスをクリックし音声ファイルを再生する。


『イツカはん、こないだの大会はホンマにお疲れさん。四試合目、いきなり初動被せてもうて、ホンマにごめんなぁ。ウチも初心者やから、ついGENさんに着いてってもうて……』


しおらしい声色がイヤホンを通して聞こえてくる。 俺は小さく頷く。いいぞ。これで視聴者も向こうが初心者ゆえの事故だったと理解して──


『──なーんて、言うと思った? アハハッ』


鼓膜を直接撫でるように声が近づき、甘くねっとりとした声に切り替わる。


『あんな何もないド田舎でタイマン張って、ウチらに速攻で転がされるとか。見事な床ペロやったなぁ。あれだけ大口叩いといて無様に負けるとか、ホンマに、』

『雑魚やなぁ♡』


「は?」

俺の口から間の抜けた声が漏れる。


『……やけど、そんな雑魚の負け顔を、画面の向こうで口ポカーンと開けて見とるお兄ちゃんたちも、大概やなぁ』


唐突に、声の矛先が俺から画面の向こう側へと切り替わる。


『こんな夜更かしして、わざわざウチに負けに来たん??でも、そんな寂しがり屋で雑魚なお兄ちゃんたちのこと、ウチは嫌いちゃうよ。ほら、ウチに身体ゆだねてみ?』


衣擦れの音が響き、続いて耳の奥を優しく引っ掻くような、リアルな摩擦音が流れ始める。

カリッ、スリッ……フゥーッ。


まるで耳元で実際に動いているような感覚

背筋がぞわりと粟立つ。

鼓膜のすぐ裏側を、柔らかい息が撫で回していく。


『肩の力抜いて、ウチの声だけ聞いとき? 誰が悪いとか、マナーがどうとか、そんな難しいこと全部ウチが忘れさせてあげる。今からウチが三つ数えたら、お兄ちゃんたちはもうウチのことしか考えられへんようになんで…♡ほしたらいくよ……』


俺は息を止めたまま、重くなった瞼を閉じようとしていた。


『さん……』 耳元での囁き。


『にぃ……』 吐息がさらに近づく。


『いち……』 甘いリップ音。そして──。


『──体験版の音声はここまで。続きが気になったお兄ちゃんたちは、本編を買うてなぁ。今なら大会記念で二割引きやで♡』


プツン。


無機質な電子音と共に、音声ファイルは終了した。


「サンプルボイスじゃねえかあああ!!」


返せ!俺のグチャグチャになった脳みそを返せ!


あのマイセン野郎。俺のチャンネルで宣伝するために音声を渡してきやがった。流石関西人、商魂たくましい。って言ってる場合か。


こんなのさらに炎上するに決まって、、、


そう思いコメントを見てみると


[良、良い・・・]

[負けでいいです]

[俺は今まで何を聞かされていたんだ……ちょっと買ってくるわ]

[GJ!何とは言わんが、RJ!!!]


完全に虜になっていた。…それでいいのか、お前たち。


兎も角、何とか炎上を鎮火することに成功したのだった。


「ふむ…。」


俺は椅子へ深く身体を預け、思案する。


先ほどの音声は所謂ASMRと言われる、簡単に言うと音を楽しむコンテンツだ。


耳元で囁いたり、耳かきの音を流したり、最近ではVTuber界隈でも定番のジャンルになっていた。


寝る前に聞く奴もいれば、作業用に流す奴もいる。特定のシチュエーションに新たな扉を開く奴もいる。


ちなみに俺はそんな扉開かないけどな、さっきも罵倒されてゾクゾクなんて全然しなかったけどな。


そしてそう言った音声作品は生放送と違って、広告収入というモデルではないのだ。


欲しい奴が金を払って買う。しかもデータ商品だから在庫も無い。マネタイズしやすい構造と言える。


ただしやはり買われないことには収入にはならないので、その点で言えば不安定と言えるだろう。

いかにして商品の宣伝をするかが重要で、固定ファンを増やしたりだとか、普段の配信から作品への導線を繋いだりなど、工夫が必要である。



また、俺みたいに生配信メインでやっているタイプも収入は安定しない。

俺の場合は生配信の広告収入一本であり、安定した同接も得られていない為、月によってかなりのブレがある。俺が利用しているプラットフォームの場合、動画に比べて一配信当たりの広告単価も高いとは言えない。

喉を壊しても終わる。


生活費だけでジリ貧で、未だに最初の設備投資すら回収し切れていなかった。


だがそんな俺についに光明が見えていたのだ。


それが案件配信。


企業が金を払い、配信者に商品やゲームを宣伝してもらう。


同接

再生数

SNSでの話題性


企業はそういう数字を見て声を掛ける。

つまり、配信者として信用されたということだ。


そして俺にも、その話が来ていた。


個人勢の俺からすれば、普通に奇跡みたいな話である。

金額を見た時なんか、思わず二度見した。

あれが通れば、生活はかなり楽になる。

そして九十九の絵を買い取ることができる。ずっと甘えているわけにはいかない。


だから、炎上は絶対に鎮火させなければならなかったのだ。


企業というのは、当たり前だがイメージ商売だ。

炎上中の配信者に商品を宣伝させることは、企業側に悪いイメージがつくということである。


だから案件元は、驚くほどそこに敏感だ。

「コンプラ」

「ブランドイメージ」

「リスク管理」


最近はその辺の単語ばかり飛び交っている。


俺も声を掛けてもらえたからには完全にクリーンにならなくては、もう炎上するわけにはいかない。


案件、そしてイラストの使用料の件を九十九に報告しようと俺は電話をかけていた。

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