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第36話

「こんシトラ~今日もピョコっとランドやってこうと思いま~す」


[こんシトラ~]

[こんシトラ~]

[切り抜きバズってたねw]


「そう、そうなの~。でもみんな聞いて~。あれは違うのぉ。お酒の勢いで思ってもないこと言っちゃうときあるじゃん?あれは黒歴史っていうか何というか、忘れて~」


[うんうん]

[言い過ぎちゃうことはあるw]

[ほな仕方ないかぁw]

[黒歴史w]


柑咲シトラの配信の話題には早速俺の切り抜きのことが挙げられていた。そしてバズった証拠として、同接数は普段の二倍近い数字になっている。

それを見て俺は少し悦に浸りながらも、胸を撫で下ろしていた。やはり彼女に貢献できたことが一番嬉しかったのだ。


[切り抜きから来ました!酔ってないときも可愛いw]

[あ]

[清楚()配信はこちらです]


「えぇ~切り抜きからきてくれた人!?違うのぉ、あれは違くて~酔ってないときもじゃなくてぇ、酔ってる時なんて存在しないから!忘れろビーム!」


[忘れろビームw]

[困ってるw]

[かわいいw]

[飲酒雑談?はて?何のことだったかな?]

[初見ですが忘れます!]


「はあ…もういいや…」


視聴者の反応に対して、かすかな声で彼女はつぶやく。


その冗談めいた言葉は賑やかな雰囲気に溶け、配信が終わる頃には鉛のように静かに沈んでいた。


そんなことは露知らず、配信を楽しんだ俺は切り抜き作業に取り掛かろうと動画編集ソフトを開いた。


その時、一件のDMが届く。


送り主は──柑咲シトラだ。


思わず手が止まる。

配信者から直接連絡が来ることなんて、普通はない。


いや、可能性があるとすれば……。

動画が伸びていることに対するお礼、だろうか。


もしかしたら、さっきの配信で話題に出した流れで連絡してくれたのかもしれない。

しかしDMをクリックした先にあったのは、期待とは程遠い文章だった。


ーーー

@kanzakishitorav

もういらない。

今後切り抜きを作るのはやめてください。

ーーーー


意味が分からなかった。


画面を見つめたまま、俺は動けずにいた。

切り抜きの禁止。それは明らかな拒絶だった。


俺が良かれと思ってやっていた切り抜きは彼女にとっては不都合なことだったのだろうか。


いずれにせよ終わりだ。

切り抜き師としての俺は彼女に報いる為に今までやってきた。だから彼女が嫌だというならば、それまでだ。


[今までありがとうございました]


そう言い残し俺は、手持ち無沙汰を解消するためにアーカイブを開いていたのだった。


それから、しばらくの時間が過ぎた。


仕事から帰り、飯を食い、柑咲シトラの配信を見る。

俺はただの視聴者に戻ったのだ。


彼女は細い首を傾けながら、満面の笑顔を実らせて話す。


「昨日レイド来てくれた人ありがとうね~」


[楽しかったです!]

[あれ大変だった]

[ギリギリで勝てたよねw]


「いや~ほんとね。昨日はちょっとバタバタしちゃったけど、楽しかったよね~」


コメント欄もそれに合わせて盛り上がる。


[昨日おもろかった]

[あのときの事故笑ったw]

[ヒール助かりました]


[昨日の配信見逃した…]


盛り上がりの中で、残念そうに呟くコメントが際立った。


[アーカイブあるよ]


「そうそう、アーカイブ残ってるよ~」


一人のコメントに続き、彼女は軽い調子で言う。


「まあ3時間くらいあるけど!」


[社会人には辛いw]

[社会人ニキはお疲れさまやで]

[そういえば最近切り抜きないね]

[オレンジニキも忙しいんやなって]


それをきっかけに唐突に流れは切り抜きの話題へと移っていた。俺の話題だが、もう俺には関係のない話だ。


「あ、そういえば最近見ないね~」


そういえば最近見ない?白々しい反応に胸の奥が引っかかるような感触を覚える。


[好きだったのに]

[あれ助かってた]

[戻ってきてほしい]


彼女は小さく笑う。


「ね~。シトラも助かってたんだけどね~」


…助かっていた?


彼女はいつもの声で続けた。


「アーカイブ長いと見れない人もいるし~」

「また帰ってきてくれたら嬉しいなぁ」


[わかる]

[帰ってきてほしいね]


…嘘である

少なくとも、俺にとっては。


帰ってきてくれたら嬉しい。

その言葉が本当であるなら、俺の画面に届いたあの短いDMは何だったのだろう。

理由も、説明も、そこには無かった。


つまりこの言葉は嘘の本音である。


画面を見ると彼女は、変わらぬ声で笑っている。

コメントを拾い、ゲームの話をし、時折くすくすと笑う。


その様子は、俺が最初に見たときと何も変わらない。

拙く、素直で、どこか不器用で。


配信というものが、多少なりとも作られた世界であることくらい、分かっていた。

カメラの前で人は多少なりとも演じる。

それは当然のことだ。


むしろ俺は、その方が安心できた。

現実というものは、あまりに曖昧だからだ。


職場で聞かされる「ワンチーム」も、「お互いさま」という言葉も、それが何を意味しているのか、俺には最後まで分からなかった。


誠実を前提としていながら、どこか空虚で、

本当のところ何を考えているのか、誰も教えてはくれなかった。

俺はその曖昧さに耐えきれなかった。


だからこそ、あの配信を見たとき、少し救われた気がしたのだ。


ゲームが好きで、

夢があって、

それを不器用に語る少女。

上手くいかないことがあれば笑い、

ミスをすれば素直に謝る。


そこには少なくとも、濁った空気は無いように思えた。


……思っていた。


だが違った。


軽いのだ。

あまりにも。


俺は最初から、本当の彼女など知らない。


知っているのは画面の中の柑咲シトラだけだ。


だからこそ、その柑咲シトラが言うのなら、どんな言葉だって受け入れられたはずなのだ。


たとえそれが嘘でも構わない。なぜならすでに嘘だから。


だが、真実を知ってしまった俺からすると、それは嘘ではなくなる。


真実の中に嘘がポツンと浮かび上がり、画面の中の彼女の言葉は薄っぺらい建前にしか聞こえないのだ。


「なんで、俺にあんなこと言ったんだよ。俺にだって最後まで演じろよ。」


…気に入らねえ。


彼女の仮面が崩れるのを目の当たりにした時、俺の仮面もまた剝がれ始めていた。


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