第35話
その頃の俺と言えば、帰宅して柑咲シトラの配信を見るのが日課になりつつあった。
彼女は橙色の瞳を此方に向けながら、ぎこちなく笑っている。
「あ~ごめん~、これで聞こえてますかねー?」
配信はまだ慣れていないらしく、時々操作を間違える。
マイクに近づきすぎて音が割れたり、ゲーム画面を出し忘れたりもする。
だが、そういう瞬間に彼女は決まって小さく笑う。
「ごめんね~、ちょっとドジしちゃいました」
その言い方が妙に真っ直ぐで、ありのままの彼女を見ているようだった。
ゲームを始めると、彼女はすぐに夢中になる。
操作は決して上手くない。むしろ危なっかしい。
敵に囲まれて慌てたり、ジャンプのタイミングを外して落ちたり。
それでも彼女は、画面の向こうで笑っていた。
「ゲームって楽しいよね~」
ぽつりと言ったその一言が、なぜか耳に残った。
「シトラ、ゲームが大好きなんです。だからゲームでみんなを笑顔にするのが夢で…」
時々彼女は夢の話をする。
他愛もない、だが立派な夢だ。
彼女はゲームでミスをすると、悔しそうに肩を落とす。
だが次の瞬間にはまた笑う。
「よし、もう一回やります!今日はクリアまで耐久でいくよ!」
彼女は何度も繰り返していた。
懸命に試行錯誤を重ねるその様は、ゲームをしている時間そのものを楽しんでいるようだった。
「やった!やった!シトラ大勝利~!」
クリアして無邪気に喜ぶ姿を見て、俺も笑みをこぼしていた。
次の日の配信は雑談配信だった。
「こんシトラ~。」
「○○さん、こんシトラ~」
「え、昨日の配信楽しかった?ありがとう~。ゲームって一人でも楽しいけど、みんなで遊ぶともっと楽しいですよね~。今度は皆と何かできるといいな~」
コメントを読みながら、彼女はふと声を弾ませた。
「えっ、これファンアート?」
画面に一枚のイラストが映る。
どうやら視聴者が描いたものらしい。
彼女はしばらく言葉を失っていた。
「……すごい。私、描いてもらえるなんて思ってなくて、続けてきてよかった!」
本当に驚いているようだった。
少し声が震えている。
「ありがとう~こんなに素敵に描いてもらえて、すごく嬉しい~」
何度も頭を下げながら、彼女は笑っていた。
その様子を見て、ふと考えた。
視聴者の中には、配信を見るだけでなく色々な形で配信者と関わる人がいる。絵を描く者もいれば、音楽を作る者もいる。
そしてもう一つの例として、配信の一部を切り取って、動画としてまとめる人間がいる。
いわゆる切り抜きだ。
俺は画面を見つめながら思った。
彼女の配信には、切り取れる瞬間が多い。
それをまとめて短い動画にしたら多分面白いと思う
俺の指は自然と配信の再生位置を戻していた。
「えーっと……もう一回だけやります!」
さっきも聞いた台詞だ。
それでも、もう一度見ていた。
切り抜き、か。
動画編集なんてやったことはない。
だが出来ないことではないはずだ。
少なくとも、絵を描いたり音楽を作ったりするよりは現実的だ。
画面の中では、彼女がまた笑っていた。
その笑顔を見ながら、シークバーをリアルタイムへと戻していたのだった。
彼女の配信が終わり、しばしの余韻に浸ったのち、俺はとりあえず「切り抜き 作り方」と検索してみた。
動画編集ソフトの名前や、レイヤーだのチャプターだのよくわからん言葉が並んでいた。
「……難しそうだが、とりあえずやってみるか」
配信のアーカイブにはさっきの場面が流れていた。
「やった!やった!シトラ大勝利~!」
画面の向こうで彼女が無邪気に笑っている。
その瞬間を光の粒子を濾し取るように掬い上げていく。
敵に囲まれて慌てるところ。
操作をミスして落ちるところ。
そしてクリアして大喜びするところ。
三つ並べたら、短い動画になる気がした。
俺は試しにその部分だけ切り取ってみる。
カット
カット
そして繋ぐ
お手製の字幕もレイヤーとして挿入してみる
それだけなのに、思ったより時間がかかった。
「……こんなもんか」
完成した動画は、10分ほどだった。
正直、出来がいいのかは分からない。
それでも、さっきまで配信だったものが、一つの動画としてまとまっているのを見ると、少しだけ達成感があった。
タイトルはどうしようか、できるだけ人を惹きつけるような名前がいいよな。
考えた挙句
【みんなのトラウマ】難関ステージで喜怒哀楽が小学生になる新人Vtuber【柑咲シトラ切り抜き】
これでいくことにした。
投稿ボタンを押した俺は、仕事に備えて眠りにつく。
翌日、俺の投稿した動画は全くと言っていいほど伸びていなかった。
まあ全てが素人の動画だから仕方がないと言えば仕方ない。
俺は何か形にしたかったのだ。彼女から普段貰っているもの、それに報いる何かを。
俺はその後も投稿を続けた。
するとどうだろう。
[気になる子見つけた]
[配信も見てみようと思います]
動画にこのようなコメントがちらほらと付くようになっていた。
そして、柑咲シトラの配信にも
[切り抜きから来ました!]
「え!?ありがとね~!」
「嬉しい~。シトラスの皆知ってる~?いつも切り抜きを上げてくださる方がいて~ホントに感謝~っていう感じなんだけど」
[オレンジアイコンニキね]
[アーカイブ見れないときとか助かってる!]
何と柑咲シトラに認知されてしまったのだ。
認知されてしまったことに対してどう思うかは何とも言い難い。
俺は配信上のこの空間が好きだった。だから余り干渉するようなことはしたくはないのだ。だがやはり認知されるのは嬉しい。
曖昧な感情を抱きながらも俺の中で何かが積み上がっていくのを感じていた。
月日は流れ、今日は記念すべき日、柑咲シトラ活動1周年記念日である。
今日はなんと一周年記念リスナー凸待ち配信が行われる。
凸とは配信者に対して通話で突撃することを言い、凸待ちとはそれを待つことを言う。
今回はリスナーからの凸待ちということで、実質誰にでも参加権がある。誰でも柑咲シトラと話ができるのだ。
しかし誰もが参加したいかは難しいところで、先ほど述べたように、変に出しゃばって雰囲気を壊したくないと考える人も多いだろう。
だが一言だけ、日ごろの感謝を俺は伝えたくなっていたのだ。
画面に表示されたIDを俺は入力する。
トゥルトゥー ピョッコン トゥトゥトゥー
どこか間抜けな通知音が流れだす。
…繋がってしまった
いつも画面の向こうにいた彼女が、今は通話の向こうにいる。
ただそれだけのことなのに、 心臓の音がやけにうるさい。
通知音が途切れた
「こんシトラ~!最初にお名前を聞かせてください!」
「初めまして、タカハシと申します」
「えっと~?少しお伺いしたいんですが~?タカハシさんって~もしかしてオレンジニキだったりします?」
俺はタカハシというアカウントで動画を投稿していた。だからこうなってしまうかもしれないとは思いつつ、この場で嘘はつきたくなかった。
「はい、一応そう呼ばれてたりもします」
「ええ~オレンジニキー♡いつもありがとね~」
[オレンジニキw]
[イケボきちゃー]
「それじゃタカハシさんっ!メニューを選んでください!」
「じゃあ一番、シトラに物申すでお願いします。」
「タカハシさんのシトラに物申すまで、3、2、1、キュー!」
「しとーらいつもありがとう!しとーらが楽しく配信してくれるおかげで俺も毎日楽しいです!体調には気を付けてずっと元気に配信してくれたらとても嬉しく思います。いつもありがとう!」
「あつい、あつい!赤スパと同じ熱量で来ちゃった~。タカハシさんありがと~。」
[すごい勢いww]
[愛されてるなぁ]
一言では済まなかったが感謝は伝えることができた。
また月日は流れ、彼女はとあるゲームに嵌まっていた。
それはMMOと呼ばれるジャンルで、他のプレイヤーと協力しながら徐々に成長していく、何というか「人生」を感じさせるとても中毒性の高いゲームだ。
初めてのピョコっとランド!185日目【個人Vtuber/柑咲シトラ】
「ヒール入れます!」
「スタンスお願いします」
彼女はゲーム内の自らの役割を微力ながら遂行している。
そんな様子を微笑ましく見ていたのだが問題が一つあった。
それは、切り抜けるところが無いということだった。
このゲーム、やっている分には常にタスクがあって楽しいのだが、見ている分には分かりづらい。なので新規向けの見どころという面では無に等しいのだ。
…でものんびりした場面もいいよな
微笑ましい日常を切り取りながら俺は平凡な日々を過ごしていた。
そんな中、とある日の雑談枠
「あーっもう!シトラもうダメかも~」
この日は何時もの明るい雰囲気は無く、どことなく陰鬱なトーンから雑談が始まった。
[どうしたの?]
[大丈夫?]
「レイド失敗しちゃって~シトラはちゃんとヒール回してたのに~火力出せみたいな~」
[難しいよね]
[求めすぎもあるよね]
「そう、求めすぎ!」
彼女がそう言うと、プシュ!と空気の漏れるような音が聞こえる。
「あ、これ?今日はちょっと飲んじゃいま~す」
シュワシュワと音を立てながらグラスに液体が注がれている。幼い彼女の見た目とは似つかわしくない光景だ。
[お、飲酒雑談?]
[珍しい]
[今日は荒れるぞw]
「いや~ほんとね、今日はちょっとだけ愚痴らせてほしいかも~」
「だってさ~、ちゃんと頑張ってるのに怒られるとさ~、凹むじゃん?」
[わかる]
[それはしゃーない]
「モラハラよね~。フレにも居てさ~。モラハラ彼氏の束縛に悩んでる子」
「束縛どこまで許せんの!って話。」
「好きだったら許してあげたいけど~人によってラインがあるから~」
[うんうん]
[束縛されたい系?w]
その後も愚痴は続き、彼女が眠くなったタイミングで配信は終わった。
その配信を見て俺は動画のタイトルを思い浮かべていた。
【覚醒】個人Vtuberの雑談が想像の500倍重かったwwwwwww
これは職業病のようなものである。もちろん彼女に同情するところはあったが、切り抜きをやっていると、こういう目線で動画を見てしまうのだ。
俺はそのアイデアをすぐさま動画にして、投稿する。
──そしてその動画はどういう訳かバズったのである




