第34話
スクリム二戦目も俺達は惨敗した。
対面の相手と比べてキャリー枠の俺が弱すぎる。そして経験者枠の暁野ひなたまでクソ弱い。
てすり氏がミジンコなのは仕方ないとして、そこにフナムシとオキアミがセットでくっ付いているのだ。
「正面からまともにやり合っても勝ち目がなくねーか?」
「そう…ですね」
「私スナイパーなら結構得意だよ」
「あ、私もスナイパーは少し使え…ます」
今まで俺は有利なポジションを奪い続けて常に優位を確保する立ち回りを目指していた。
しかしその立ち回りはこのチームには合わないようだ。どうやら二人の得意分野は狙撃武器らしい。
「よし、次は目立たないように遠目から立ち回ってみるか」
そしてスクリムは三戦目へと突入した。
「ねえ、こうしてると狩人になったみたいじゃない?」
「そうですね。本職の方には敵いそうにありませんが。」
俺達は茂みの中からスコープを覗かせていた。姿を隠しつつ機会を伺っていたのだ。
バトルロワイヤル形式のゲームはこのような待ち時間が多い。エリアが縮小するまでは敵など滅多に現れないのでこの時間は雑談タイムになる。ゲーム中にこうして交流を深められる点も相まってVtuberとこのゲームは相性が良いのだ。
「確かに!どうする?本職のマタギがこの大会に潜んでいたら…ひえー!怖い!」
「マタギなんて居るわけねーだろ。馬鹿な事言ってねえで向こう見てろ」
「はーい」
そう言って暁野ひなたが持ち場に戻ろうとした瞬間。
ピシュン!
何かが空を切る音がした。
「え?」
暁野ひなたの暢気な声、そして甲高い金属音と共に青いエフェクトが弾ける。
「伏せろ!」
俺が叫ぶのと、彼女のキャラクターが地面に這いつくばるのはほぼ同時だった。
「う、嘘……どこから!? 全然見えなかったよ!」
「わ、私の方からも何も……! 銃声もしませんでした!」
ピシュン!
もう一度、圧縮された空気の音が響き渡る。
そして地面に倒れていたのは俺だった。
「クソ!後ろだと!?」
「私が起こします!」
俺達が立て直そうとしていると、どこからか声が聞こえてくる。それは俺の知っている声だった。
「おや?同業者の匂いがすると思っていたら、貴方達でしたか。どうやら私は幸運だ。」
「レイ君!?」
「マぁぁタァァァァぁギ野郎ぉ!!!!!」
それは以前俺が出た大会でボコボコにしたVtuber「薙又レイ」の声だった。
「性懲りもなく出やがってええ!」
「借りを返す時が来たようですね。ジャスティスハンター、私の武器スキンが貴方に引き合わせてくれたみたいです。」
「何をスピってやがるうう!!」
口では負けじと強気に出ているものの、最早状況は絶望的だった。
三戦目もあっさりと俺達は敗北したのだった。
そして控室にて
「ドンマイ!ドンマイ!」
「すみません…私が気づいていれば…」
「誰も気づいてなかったんだ。別に気にすることじゃねえ」
「そうだよ!気にしなくてオッケー!いやしかし居たねー。本職のマタギが」
様式美となったこの反省会だが、俺は内心悔しさを滲ませていた。
何が悔しいってあんなスピに目覚めた奴に良いようにされたことだ。
俺達のスナイパー作戦は失敗に終わった。スピリチュアルな謎の嗅覚によって既に制空権は支配されていたのだ。
「とりあえず色々試してみよう。その為のスクリムなんだ」
「オッケー!」
「はい」
その後も俺達はひたすらボコボコにされ続けた。
それを何戦か繰り返し、最終戦。
「今回はどうするの?」
「不用意な移動は狩られる。慎重にいこう」
ランドマークも大方固定され、チームごとの立ち回りが確立されてくる頃。俺達の立ち回りはまだ固まっていなかったが周囲の動きはある程度パターン化されていた。
それを避けるべく俺達は慎重に立ち回っていたのだが、
「先に敵がいる!引き返すぞ!」
俺達は踵を返しエリアの淵を駆ける。
「キミ!なんか追ってきてるみたい!」
このチームは明らかに俺達を狙っていたのだ。
当然の話だ。弱肉強食のこの世界において鴨のチームがいるなら狙われるのは当たり前、俺だってそうする。
「マジかよ!もう逃げ場がねえ!やるぞ!」
意を決して俺達は立ち向かう。
「左右から来る!二人は右を見ててくれ!」
接近を食い止めようと俺達は弾幕を放つが、遮蔽を駆使してスルスルとこちらへ近づいてくる。
「もう目の前にいます…」
動きを見るにキャリー枠と経験者枠の二人だ。
「そいつらを挟んで全員で撃つぞ」
俺は身を乗り出し、二人を挟みこむように後ろへ回り込む。
しかし一瞬、俺が回り込もうとした時、既に二人の前線は崩壊していた。
裏も表もなくなった戦場の中で俺の体は銃弾に貫かれ、体力は数ミリ。
「ぐっ、お前は…」
そして残った初心者枠に俺はとどめを刺された。
キルログには俺達を倒したチームの名前が表示されている。そして俺は奥歯を噛み締めながらそれを眺めていた。
「すまねえ…」
「大丈夫!大丈夫!最初は20位だったけど、今回は16位だよ!これって進歩だよね」
「私の方こそ何も出来なくてごめんなさい」
「明日もあるんだし、一緒に頑張ろー!」
そうして俺達のスクリム一日目は終了した。
配信が終わり、モニターの光だけが行き場を失い暗闇を漂っている。
そんな部屋の中で俺はまるでスイッチがOFFになったかのように茫然としていた。
「…疲れた」
キャリー枠として体裁だけでも整えようと頑張っては見たものの、俺のキャパシティを優に超えていたようだ。
そのように茫然としている中、俺の頭から離れない名前があった。
Kanzaki_Citra
最後に俺をキルしたログに表示されていた名前である。
Vtuberが下らないものだと俺に教え、俺がアンチとして呪うようになった人物の名だ。
「あいつがこのゲームに飛びつかない訳ねーよな、初心者枠なのは笑うしかねえが」
ぼんやりとした思考の中で、意識はそちらへと引き寄せられる。
忌々しい記憶を俺は思い出していた。
──これはとある男がVtuberの沼に嵌まっていく物語である。
「本日付でこちらに配属されました高橋と申します!」
新卒として〇〇社に入社した俺は意気揚々と挨拶をしていた。
「元気がいいねえ。キミは私のチームに入ることになる。ここに入ったからにはワンチーム、分からないことは何でも聞きたまえ」
「はい!課長!」
俺は日々全力で仕事に取り組み、新人を卒業し始めたという自負があった。
俺はある日、営業社員の業務データを処理する作業をしていた。しかし、とある疑問点に気づいた。
「すみません先輩よろしいですか、この支店、どの業務内容も時間が均一過ぎませんかね?」
「ん?そうか?」
「というかこのシステムだと幾らでも改ざん出来ちゃいますよ。折角管理するならトイレの時間とかまで一応管理すべきじゃないですかね?」
「あー、まあそういうのは上が決めることだしな。わざわざ俺達の仕事を増やすことも無いだろ。それにこういうのは敢えて抜け道を用意してるってこともある」
「そういうもんなんですね」
「ああそうだ」
納得はしたものの気になるものは気になる。その後も俺は注視しつつ作業を進めていた。
そうして日々が過ぎ去っていく
いつの間にか俺のデスクには未処理の書類が山のように溜まっていた。
「高橋君、まだ残っていたのかい」
背後から声をかけてきたのは、課長だった。その後ろには、帰宅の準備を終えたはずの先輩も立っている。
「あ、はい。今日の分をなんとか片付けようと思いまして」
「いけないな、一人で抱え込んじゃ。一人の残業はチーム全体の責任だ。よし、その書類の半分、私とこいつで引き受けようじゃないか」
「お気持ちは有難いのですが、結構です。この書類は個別の営業案件と紐づいていて、引継ぎの際の説明だけで三十分はかかります。それを考えると私がやり切るのが一番かと思います」
「駄目だよ高橋くん。うちはワンチームがモットーだ。それに会社の方針として残業は減らさなければならない。分かるかね?ダイバーシティへの配慮という奴だ。」
「…分かりました」
渋々納得して俺は引継ぎに入った。
そうしてまた日々が過ぎていく。
もう周りに迷惑はかけたくない。そう思った俺は業務の効率化を図っていた。
しかしそれは不完全な効率化であった。速度と正確性のトレードオフ。日に日にミスが目立つようになっていたのだ。
「おい!佐藤!高橋が困ってるみたいだからちょっと見てやれ。」
「へへっ。しょーがねー奴だなあ笑」
「…すみません」
その日の業務終わり、俺は先輩、そして課長の元を訪ねた
「本日はありがとうございました…今後このようなことが無いよう努めます」
「良いんだよ。私たちはワンチームなんだから」
「そうだぜ。お互いさまってことよ。いつか俺のことを助けに来てくれよな」
とても温かな言葉だった。だがなぜか俺には温度が感じられなかった。
目の前に在る物が温かいということなのは明らかなのだ、そして温かい物が出てくれば嬉しいということも分かっている。だが俺であればそもそも温めますかと聞く物ではないのである。
意識と実感の乖離が俺の神経を擦り減らし、脳はキリキリと音を立てていた。
最悪の気分だ。
いっそのこと俺のミスの所為だと言ってくれ。お前が無能だからいけないんだと言ってくれ。
…そうすれば俺は諦められる。
それが余りに傲慢で無責任な考えであることは俺も分かっていた。どうせ厳しくされたところで一日中そのことで頭がいっぱいになる癖に
しかし、どうしてもそう考えてしまっていたのだ。
その日を境にだろうか、いつの間にか職場は俺にとって安全な場所ではなくなっていた。
日に日に減っていく仕事。俺は居る意味があるのだろうか。俺はここにいない方がいいんじゃないだろうか。
自問自答の迷宮へと迷い込んでいく
「このプロジェクトにおけるサンクコストを考えると…おい高橋君!聞いているのかね!」
「す、すみません!」
「全く、しっかりしてくれたまえ」
何をやっても上手くいかない。
吊革につかまりながら、俺はそんなことを考えていた。
窓の外の景色は色褪せ、見渡す限りモノクロに見えていた。
吐き出したため息さえ色を失って見える。そんな景色に飽き飽きした俺は視線を落とし、ポケットからスマホを取り出した。
無機質な液晶を指でなぞり動画サイトを開く。
どうしてだろう、いつも見ているはずなのに、そのサムネイルたちは色とりどりに輝いているように見えた。
俺が画面をスワイプしていると、弾けるレモンのような彩りに俺の目は吸い込まれていた。
俺は動画を開く。
そこには拙いながらも一生懸命に何かを伝えようとしている少女がいた。
彼女は自らを新人Vtuberだと言っている
Vtuber?アニメみたいなものだろうか。
俺は疑問を抱いていた。
どうやら中に人がいるようだが、金色の髪を揺らし大きな瞳をこちらに向けながら話している姿はどうも現実離れして見える。
彼女は言った。
「いつか、私の夢をみんなと一緒にかなえたいなーって」
ははっ、いつか、夢を叶える、か。
やはり現実離れしている。そんなの会議室で言ったら一蹴されて終わりだよな。
「柑咲シトラ…」
いつの間にか俺は駅を乗り過ごしていたのだった。




