第二十五話 忍び寄る影、反伊達連合軍①
天正十三年(一五八五年) 十月中旬。
伊達輝宗の遺骨を米沢へ送り届けた愛姫隊は阿武隈川を渡ると、そのまま休むことなく政宗達が本陣を置く中里という地に向かった。
「姫様、お待ちしておりました」
本陣に到着するとご丁寧にも小十郎が出迎えてくれた。
「休まずに参られたのですね」
「当ったり前でしょ。みんな大殿のために戦ってるのに私だけ休んでられないよ」
「お心遣い感謝致します」
小十郎は礼を言うと、周りをキョロキョロと見渡した。
「やはり姉上は駄目でしたか……」
周りを見渡していたのは姉である喜多を探していたようだ。
喜多は残念ながら大殿の死がショックで部屋に閉じこもっている。今回の愛姫隊は喜多の侍女衆無しなのだ。
「喜多には働かせてばっかりだったしね。身体も休めるし、丁度良い機会だったかも。あんまりこういう言い方は良くないかもだけど」
「それは姫様も同じです。疲れが顔に出ております、やはり米沢へ戻り同じく休まれたほうが……」
「私は大丈夫だって言ってんじゃん。大殿の敵を討つんだ、そうじゃないと私は……」
「……わかりました、これ以上は何も言いません。して、そちらの方は?」
小十郎は私の後ろにいたひとりの漢の存在に気が付いたようだ。
漢は小十郎の前に出ると、挨拶と共に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、片倉小十郎殿。私は天海と申します」
小十郎も頭を下げた。
そして、天海の服装をまじまじと確認する。
「失礼ですが……、天海殿は以前私とお会いした事がありますかな?」
「いえ。先程も申しましたが、これがお初にございます。人違いかと」
「……そうですか」
小十郎は誰と勘違いしているのだろうか。
まぁ小十郎クラスの人間なら色々な人と会っているだろうし、似たような人を見た事があると勘違いしてもおかしくはないか。
「姫様、これから軍議が始まりますので中へどうぞ」
「オーケー。一緒にこの天海も参加していい? 一応みんなに紹介したほうが良いと思うから」
「はい、構いません。では姫様に天海殿、どうぞこちらに」
私達は小十郎に案内される形で政宗のいる本陣に入った。
――――――――――
「一体全体、どうしてあんな山城ひとつ落とせんのじゃ!」
本陣に入って早々、政宗の怒鳴り声が聞こえた。
空気は最悪で、陣内にいる家臣達の顔は皆青ざめている。きっと政宗からかなり怒られたに違いない。
そんな中、政宗はひとりの甲冑武者に怒号を浴びせていた。
「じゃから、さっきから何度も言っとるじゃろ。このまま力攻めを続けていては士気が下がる一方。ここは兵糧攻めに切り替えるべきぞ」
「阿呆かお前は! 兵糧攻めなんてなまっチョロい策なんぞする気はないと言ったはずじゃぞ! 力攻めじゃ! 苦しいのは奴等も同じ、そろそろ耐えられなくなって降参してくるのが目に見えておるわ!」
「本陣で座っているだけの奴は楽で良いのう。軍配さえ振っていれば後は兵共が戦い散ってくれるんじゃ。こんな楽な仕事はないて」
「何じゃと……⁉」
政宗に負けじと、その甲冑武者は言い返している。
随分と肝が据わった漢だ。どうせ成実あたりに違いない。
……と思ったけど違った。成実は別の所に座っていた。
じゃあ、あの甲冑武者は誰だ?
「ん?」
甲冑武者は私達が入って来た事に気付いたのか振り向いた。
その甲冑は深紅に赤染されている。私が数年前に初めて戦ったあの漢と全く同じ甲冑の色だ。
「おお、愛姫ではないか!」
「あっ」
相馬義胤だ。
何でアイツがここに。アイツって敵じゃなかったっけ?
「何でアンタがここに……」
「何でも何も呼ばれたから来ておるんじゃ」
「呼ばれたって……。アンタは私達の敵でしょ」
「今、相馬と伊達は同盟を結んでおる。お主聞いておらんのか?」
小十郎に問うと、相馬は約二年前に丸森城と金山城を伊達に返還してからは和睦しているそうだ。
その和睦交渉には愛姫の父 田村清顕が絡んでいる。
これには田村が相馬の隣国である事、田村が伊達の従属国である事が深く関わっているが、それ以前に田村清顕の奥さんが相馬家の娘である事が大きい。
結構前に説明されていたが、案の定その関係性は頭から抜けていた。
私……愛姫と相馬義胤は従妹の関係だったのだ。
「はぁ……悲しいのう。せっかく従妹の顔を拝めると思って来てみればいないし、やっと現れたかと思えば忘れておるとはのう」
「し、仕方ないじゃない。この辺りの家族関係って近すぎて逆に複雑なのよ。じゃあとりあえずアンタは今回味方なのね」
「フフーン、まぁそういう事じゃ。……じゃが、こんな無茶な戦い方をするようでは同盟を組んでいるとはいえ、少し考えを改めなければならんのう」
相馬義胤は私にそう話すと、政宗に向かって厳しい視線を向けた。
おそらく、これはさっきまでの言い合いの事だろう。ふたりの間に何があったのだろうか。
「愛よ、父上の遺骨は無事届けたんじゃな?」
「…………」
「おい、聞いておるのか?」
「うるさいな、聞いてるよ。私がここに来たって事はそういう事でしょ。空気読みなさいよ」
「何じゃその態度は……」
政宗が私の適当な返答に怒っているが、これには理由がある。
大殿が亡くなった事。いや、正確には政宗が大殿を撃ち殺した事に心の整理が出来ていない。平静を装ってはいるが、正直私の心はグチャグチャだ。
自分の弱さを憎む心。
大殿を死なすきっかけを作った畠山に対しての恨む心。
そして。
実の父親にも関わらず、撃ち殺す事を決意した政宗の非情な心に。
資福寺に遺骨を持って行く役は私自ら願い出たのだ。一度ひとりになる事で少しは心の整理が付くと思ったからだ。
だけど、逆だった。皆に大殿の死を告げるたびに心が締め付けられた。
和尚にはそんなの私の大儀ではないとかで釘を刺されるし。
こんな気持ちになったのは〝あの時〟以来か。まさか、この時代でもこんな気持ちにさせられるとはね。
「何じゃお前達……喧嘩中だったのか?」
「フン」
私は相馬義胤の質問を一蹴する。
喧嘩中? 冗談じゃない。あっちから仕掛けてくるならまだしも、私からは願い下げだ。こんなクズ喧嘩を売る価値もない。
私がこんなに心を痛めているのに、何でコイツはこんなに元気なんだ。
過程がどうであれ、政宗の指示で父親を撃ち殺したんだぞ。自分が殺したに等しいんだぞ。
それなのに、コイツからは反省のはの字も感じさせない。
そもそも政宗って何で鉄砲隊を連れていたんだろう。まさか、元々から大殿を始末するつもりだったんじゃ……。
「その眼も何じゃ! キサマも母上達と同じ眼をしおって……、儂に逆らうは愛であっても許さんぞ!」
「カッチーン、上等じゃない。アンタの母親と同じにされちゃあ、私も黙ってられないっつーの。小出森城続きここでしても良いんだからね?」
「望むところじゃ! キサマの生意気な態度は前々から叩き直さなけれならんと思っておったところよ!」
お互い同意の上だ。周りも異論はないだろう。
……と思っていたのは私達だけだった。
政宗は小十郎によって止められ、私は相馬義胤によって止められた。
「おいおい、本当におっぱじめるでないわ!」
「殿もですぞ! 城へ中々攻め込めぬため苛立っているのはわかりますが、姫様にぶつけてもしょうがないでしょう!」
お互い「止めるな!」と叫びながら、眼で威嚇をする。
そんな状況に本陣がざわつき始める中、ひとりの漢のクスクスとした笑い声が私達の注意を引く。




