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黄泉がえりの僧、天海④

 天海の顔つきが変わった。

 どうやら、本当に本能寺を襲ったのが明智軍ではないと思っているような顔だ。何か確信出来る証拠でもあるのだろうか。


「実は、私は本能寺の変の数日前に明智光秀殿と会っているのです」


 天海は本能寺の変が起こす数日前、明智光秀の居城 坂本城を訪れた。

 何が目的で坂本城に行ったのかはわからないが、そこで明智光秀で面会し、今後の織田家の動きを軽く聞いたようだ。


 当時、中国地方では毛利軍と羽柴軍との間で戦が起こっていた。

 毛利軍に本隊である毛利輝元、その叔父である吉川(きっかわ)元春(もとはる)小早川(こばやかわ)隆景(たかかげ)が合流する事を知った秀吉は信長に援軍を要請した。その援軍のひとりに任命されたのが明智光秀だった。


「私が坂本城に到着した時は戦の準備が既に始まっていました。武具や旗指といった兵糧を荷車に積み、準備の出来た物から秀吉殿の待つ備中(びっちゅう)高松城へ向かわせていると光秀殿は申しておりました」


 そのため、仮に明智軍が秀吉の援軍に向かうと見せかけて本能寺に引き返したと仮定して場合、それが明智軍だと理解するにはかなり苦労すると言う。


「私は本能寺に攻める兵達をこの眼で確認しております。兵達は皆、明智軍である証拠の桔梗(ききょう)紋の付いた旗指を持っておりました。ですが、光秀殿は旗指をすべて備中へ送っていたはず。あれだけの兵が旗指を持っている事自体があり得ない事なのです」


 この天海って坊さんが言っている事が本当なら、確かに本能寺を襲ったのは確実に明智軍だという保証はない。偽物の可能性があるのだ。

 ただ、光秀が桔梗紋の付いた旗を全部送ってなかったという線も残る。これだけでは光秀が犯人ではないという線は消えないだろう。


「愛姫殿の疑っている事ももっとも。ですから、私は真実が知りたいのです。私の考えが間違っていたとしても結構。それはそれで真実にたどり着けるのですから」

「でも、何で私? そんなんだったら秀吉のいる大阪へ行けば良いのに。わざわざ米沢に来た理由……、なんかあるんでしょ?」


 そうだ。真相が知りたいのであればわざわざ和尚を頼らなくても、ましてや私を頼らなくても良いのだ。

 偶然と言われればそれまでだが、ここまでの話を聞く限りそこまで頭の回らない坊主ではないはず。他にも理由があるはずだ。


「やはり光秀殿の申していた通りでした。貴女はどこか鋭く、そして不思議な力を感じます」

「み、光秀が⁉」


「はい。それが米沢に参った本当の理由。一度この眼で愛姫という女性を確認したかった。ですが、わかりました。貴女と行動を共にすれば真実にたどり着ける。そんな気がします」


 天海は光秀からも私の話を聞いていたようだ。

 何を聞いたのかわからないが、随分と持ち上げられているように感じる。気分は悪くないけど。


 あっ! って事は、もしかしてお漏らしした事も聞いているのでは!


「ね、ねぇ。もしかして……アレも聞いてるの?」

「……? アレとは?」


「い、いや、なんでもない。忘れて」


 ダメだ。ここには和尚もいる。

 ここでその話をしたら、私が光秀の威圧にビビッて漏らした事を知る人物がひとり増えてしまうだけだ。


 それだけはダメだ。それだけは私が墓まで持っていく事になっている。


「何の事かわかりませんが、もしや光秀殿が米沢に向かった時の話でしょうか。それなら土産話として楽しく聞かせていただきました」


 ソレだよ、ソレ!

 言うなよ! 絶対に言うんじゃねーぞ!


「ほう。明智殿が米沢に参っていた事は聞いていましたが、そんなに楽しい事があったのですか?」

「そうなんです、虎哉和尚。実はですね――」


 ダメだ、コイツ。早くなんとかしないと。

 私は咄嗟に天界の口を封じた。


「わかった。わかったわよ。アンタは私が面倒見たげる。それで良いでしょ?」

「フェー⁉ フェフガフッフイフォーフテ」


「わかった? わかったら首縦にだけ振ってなさい。二度とお経が唱えられなくなっても知らないよ?」


 コクコク、と天海は首を二回縦に振った。

 何とか和尚にあの秘密はバレなくて済んだ。フゥー危ない危ない。


 仕方なく私は天海を仲間にすると、そのまま政宗達がいる二本松城へ向かった。

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