黄泉がえりの僧、天海③
「愛姫様、お初に御意を得ます。私は天海と申します」
そこに現れたのは宗乙和尚に似た服装の坊さんだった。
とはいえ、同じ坊主といっても和尚みたいなツルッパゲではない。
白髪で。顔には幾多の戦場を生き抜いてきたかのような傷があって。
瞳は青空のようなスカイブルーで。でも、どこか冷たいようで。
「てん……かい……」
「はい。天とは仏を、海とは我々人の事を指します。天海とは仏と人との架け橋になるよう師から与えられた名であり、元をたどれば天台宗、古くから伝わる法華経の教えの中で――」
「あーもうワカッタワカッタ。アンタが天海って名前なのはよくわかったから。それ以上は頭が痛くなりそうだからヤメテ」
「左様ですか……」
何でちょっと残念そうなんだよ。
和尚も和尚で、何でこのタイミングで友達なんか紹介するかな。私には時間がないんだっつーの。
「和尚。せっかく紹介してもらったのに悪いんだけど、私急いでるんだ。今度会う機会があれば話はその時に」
「では、単刀直入に申します。こちらの天海殿を愛姫隊の参謀として使っていただけないでしょうか?」
驚いた。この坊さんを参謀として加えて欲しいだなんて、宗乙和尚はいったい何を考えているのだろうか。
しかも、今会ったばかりの、初対面の坊さんを。
「は、話が全然見えないんだけど……」
「たしか、今の愛姫隊には策を練る智将が不在のはず」
「いや、私達には小十郎がいるよ。愛姫隊の参謀じゃないけど、小十郎がまとめて指示出してくれるし」
「確かに片倉殿は伊達家きっての智将。しかし、あの方は政宗様の右腕……いや、右眼であるためあまり傍を離れる事はないでしょう。それに比べ、姫様はどちらかと言えば成実殿のような伊達家に属する国衆並みの戦力をお持ちです。喜多殿が率いる侍女衆、左月殿率いる鬼庭精鋭衆、豚丸殿が率いる囚人衆。そろそろ皆をまとめるのが大変なのではないですか?」
和尚の指摘は当たっている。
確かに小出森城での戦いで敵の伏兵に背後を突かれた時、私の指示は上手い事後方の部隊に伝わっていなかった。
それもそのはずで、私はそもそも軍略家ではない。
どちらかと言えば、目の前にいる敵を片っ端からぶっ飛ばすのが性に合っているからだ。
頭が良くまわりますね。などと良く言われるが、それはあくまで私の知っている知識の範囲内での話。
計算などは学校で習っているし、芸術や武芸だって強制されたモノもあれば自ら学んだモノもある。
しかし、軍学となると話は別だ。
精々、昔ばぁ様と良くやった将棋ぐらいか。あれを軍学と言って良いのかわからないけど。
おかげで小隊の陣形や指示の出し方に苦戦する事はない。
だけど、戦中は別物だ。何故なら、私も戦っているからだ。
そのために指示を出すのが一歩、それどころか二歩ぐらいいつも後手にまわってしまう事も多かった。
誰かそれをカバーしてくれる人間がいれば。と、悩む日があったのも事実だ。
「こう見えて天海殿は足利将軍家に仕えていた事もあるお方。今は色々ありまして出家した形となりましたが、軍才に関しては片倉殿同等。いえ、それ以上の才能をお持ちだと私は思っております」
「そ、宗乙和尚……それは持ち上げすぎです。私では片倉小十郎殿の足元にも及ばないかと……」
小十郎の軍才は凄い。
みんなも認めているし、私だってそのひとりだ。小十郎の采配にはいつも助けられている。
たしかに、この坊さんは数多の戦場を生き抜いてきたのだろう。それは顔の傷が物語っている。
だけど、それだけだ。生き残ったとはいえ、この坊さんが凄い人物だという証明にはならない。
「当然。私は小十郎以上の軍師は知らないし、会った事もない。アンタも色々大変だったようだけど、小十郎と比べられたのはちと災難だったわね」
しかし、その天海という坊さんはニコニコと笑っていた。
私としては貶したつもりなんだけど。この坊さんからはどこか余裕を感じる。
たしかに私の部隊にもそんな軍師は欲しいけど、小十郎を見てる手前どうもボーダーが高くなってしまう。これに関しての妥協はみんなに迷惑をかけるから出来ないし。
まぁいいか。適当に断ってしまおう。
「和尚、申し出はありがたいんだけど私は……」
「いえ、これは天海殿きっての願いなのです」
「え?」
それだと、この坊さん自ら愛姫隊に志願したって事になるけど。
てか、そもそも初対面のはずなんだけど。どういう事?
「ん? ん?」
「愛姫殿が驚かれるのは無理もありません。初対面の僧がこのような厚かましい願いを口にしているのですから」
「やっぱり初対面……なのよね。でも、おかしくない? 何でアンタは初対面の私にそんな願いを……」
「確かに、愛姫殿をお会いするのは初めてにございます。しかし、愛姫殿がどのような御方なのかは既に聞いておりました」
「だ、誰に?」
と、私が問うと、天海は表情を変えずに……微笑みながら口を開いた。
「明智光秀殿にございます」
「み、光秀⁉」
「はい。私はここへ参る前は本能寺に居りました。あの騒動以降、灰寺となってしまいましたが」
「それって……本能寺の変⁉」
「本能寺の変……。なるほど、あの事件はここでそう呼ばれておるのですね。……失礼」
すると、天海はどこからか紙と筆を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。
「……何してんの?」
「いえ、あの騒動を今後後世にどのように伝えていけばよいか考えていたのです。本能寺の変、事変の重さを感じさせる良い呼び名にございますれば手記に留めておこうと思いまして」
変わった坊さんだ。
だけど、こういう人がいたから私達がいた時代にもしっかり歴史が引き継がれてきたのかもしれない。
「じゃあその顔のキズって……」
「ハハハ、これでも目立たなくなってきた方なのですよ。ご想像の通り、このキズはいわゆる本能寺の変で受けたモノ。私の場合は落武者狩りにあったのですがね」
天海は本能寺に明智軍が攻めて来た時、裏道を使って無事寺から逃げ出したらしい。
そこで近くの山を彷徨っていたところを落武者狩りと出くわし、色々あって近くにいたとある武士が助けてくれたらしい。
「戦で付いたキズであれば武士の誉れでありましょうが、私のキズはそうではありません。ひとりだけ逃げて出来た卑怯なキズ、臆病キズです」
「…………」
天海は本能寺の変の一部を話してくれた。
天海は当日、夜回り当番で寺内を巡回していたのだが、そこに突然上空から火矢の雨が降り注いだそうだ。
火はあっという間に燃え広がり、突如として寺に入って来た明智兵は織田兵だけならまだしも、敵意のない仲間の僧すら斬り殺した。
「必死でした。数ヵ所ある搦手(裏門)はほとんどが明智兵によって封鎖されていました。しかしひとつだけ、井戸の近くに隠しておいた地下道だけは残っていたのです」
「地下道……。そんなのがあったんだ……」
「大人ひとり、なんとか通れる程度の非常用です。しかし、それもすぐに見つかってしまいました。私は仲間が斬り殺されている隙にひとりだけ、その地下道から逃げたのです」
後は想像にお任せします。
と、天海は話した。
「私は陸奥の生まれにございます。そこで宗派は違いますが、以前お世話になった虎哉宗乙和尚を訪ねる結果となったのです」
「いやいや天海殿、お世話になったのは私の方です。あの時はまことに助かりました」
いつの事を言っているのかわからないけど、この天海って坊さんと宗乙和尚が以前から知り合いだったのはわかった。
だけど、それだけでは理由になっていない。
「でも……それが何で私の部隊、愛姫隊の参謀として志願する事になんの? 理由になってないよ」
「ひとつはこの顔のキズです。私の宗派は天台宗なのですが、どこに行っても気味が悪られてしまい門前払いを食らってしまうのです。虎哉和尚と話した結果、自身で開山するしかないとの決断に至りました。しかし、開山にはそれなりの銭が入用でして……。何か良い案はないかと虎哉和尚に相談したところです」
「はぁ……結局は和尚の入れ知恵か」
「それもありますが、先程お話しした本能寺の変。私は戦場に出て、その真相が知りたいとも思ったのです」
真相って何だ。
さっき天海は明智軍が本能寺に攻め込んで来たって言ってなかったっけ。
「散った仲間の供養をしたいのです。ただ無残に殺された結果だけでは冥土で待つ仲間達に顔向け出来ません」
「ちょっと待って。さっきアンタは『明智軍が攻めて来た』って言ってたじゃんか。それが真実じゃない」
「いえ、そもそも〝あれは本当に明智軍だったのか〟。私は疑っておるのですよ」




