黄泉がえりの僧、天海②
「お待ちしておりましたぞ」
資福寺に到着するやいなや、門前で出迎えてくれる宗乙和尚。
既に、私がここに来た理由を知っているようだ。
「早いね」
「殿の忍びが昨日参られましてね。事情は伺っております、立ち話もなんですので奥へ参りましょう」
私は大殿の遺骨を抱き抱え、和尚の案内で寺の中へ入った。
「……ちゃんと眠っておられますか?」
「寝てらんないよ。私だけ……」
「この世に生を与えられた以上よく食べ、よく学び、そしてよく寝る。この内のひとつを欠かしてしまえば、向かう先は仏であろうと堕落の一本道」
「……私ってそんな酷い顔してる?」
「はい」
「…………」
「輝宗様の一件で胸を痛めておられるのは承知しております。ですが、こんな時にこそ姫様がしっかりとしなければ」
「……わかってる」
客間に案内されると、和尚は私から大殿の遺骨を預かり、その場から一旦退出した。
部屋の中には座布団が三枚。淹れたてだろうか、熱々の湯気のたったお茶が三つ用意されている。
私が来る前に誰かいたのだろうか。
そんな事を考えながら、私は身に付けていた小太刀を引き抜くと、刀身を鏡代わりにして自分の顔を確認した。
「酷い顔」
本当だ。ついついため息が出てしまうほどに。
ここに来る前、猫御前があえて言わなかったのは空気を読んだからだろうか。
だけど、今回ばかりは言ってほしかった。
こんな顔、身内といえどあまり見せたくはないからね。
「お待たせしました」
遺骨を置いてきたのか、和尚が客間に戻って来た。
そして、私の前に淹れたてであろうお茶を差し出した。
「一口でもお飲みください。荒ぶる心も少しは落ち着くかと」
「荒ぶるって……」
言われた通りお茶を手に取ると、私は一口だけお茶を喉に流し込んだ。
変わった味だ。普段飲んでいるお茶と比べるとどこか青臭さがある。
「煎じたヨモギを混ぜてありましてな。お口に合いましたでしょうか?」
なるほど。この独特な香りは野草のせいか。
でも、味は悪くない。和尚の言う通り、少しリラックス効果はあるのかもしれないね。
「もうちょっと量は少なくて良いかも」
「ふむ、苦かったですかな?」
「ううん。そんな事はないけど、青臭さがちょっとね」
「なるほど。煎じ方が少々甘かったですかね。……流石は姫様」
そう私を褒めると、和尚も自分で淹れたお茶を口に付ける。
「んー、私はこれぐらいが好みなんですがね」
などと、自分の茶の好みを口にする。
……呑気な和尚だ。大殿が亡くなったというのに、この漢には動揺のひとつも感じられない。
伊達輝宗という漢は、和尚にとってはその程度にしか見られていなかったのだろうか。
「私は輝宗様の願いもあって、ここ米沢に参ったのですぞ」
「――‼」
「生まれは美濃国。私がまだ修業の身の時に、たまたま住職の紹介で輝宗様とお会いする機会がありましてな。そこで気に入られまして、当時赤ん坊だった政宗様の学問の師を頼まれました」
「……何でそんな話するの?」
「いえ、ただの思い出語りですぞ。ただ、姫様には誤解してほしくないと思いましてな。私は決して輝宗様の死を悲しんでいないわけではないのですよ」
……見透かされた。私が心に思っていた事を。
やっぱり……この和尚只者じゃない。流石は政宗の教師役に選ばれただけの事はある。
「私はただの坊主です」
「心を読む坊主が、ただの坊主なわけないでしょ」
「いえ、ただの坊主です。それに今の姫様の心を読む程度であれば、そこらの見習い僧でも容易い」
「え……? 今の私ってそんなにわかりやすい?」
自然と自分の手が頬を擦っていた。
それを見て宗乙和尚はニコリと笑った。
「そういうところです」
「……?」
意味がわからなかった。
どこがそういうところなのか。聞きたかったが宗乙和尚は話を戻した。
「仏門の習い。いえ、仏門を潜った者の宿命なのでしょうな。悲しいはずなのに涙が出ないのです。おかしな話でしょう」
「お、おかしいの……かな」
「おかしいでしょう。少なくと喜怒哀楽を表現出来る生き物が唯一〝人〟であると仮定するならば、仏の道を進んだ私は既に〝人〟ではないのかもしれません。悲しいのに悲しみを表現出来ないのですから」
「難しい話ね」
「そうでもありません。私は仏の道に進み、争を捨てた。結果、私は哀を失った。単純な事なのです」
まぁ聞くだけなら難しくないが、和尚が言うとなんだか難しく感じてしまう。
そもそも和尚はなんでこんな話を私に?
「大儀無き行軍は足元をすくわれますぞ。姫様にその覚悟がおありですか?」
大儀ならある。私達は奪われたのだ。
だから政宗も、私も畠山を攻めると決めた。これ以上失いたくないから。
むしろ、逆だ。
私達は奪い返す。
大事なモノを奪われ、壊され、失った。
だったら、私達はそれ同等の。いや、それ以上のモノを奪う戦をするんだ。
「大義は……あるよ」
「恨みが大儀ですか?」
「恨みでも何でもいい。私達には畠山を攻める理由がある」
「戦人は戦場で死ぬが本懐。輝宗様もそうだったのでは?」
「違う! あんなの戦じゃない、ただの騙し討ちよ!」
「戦に卑怯という言葉はありません。あるのは勝敗のみ。輝宗様は畠山義継にその甘さを突かれた。だから、お亡くなりになられた」
「大殿が死んでみんな悲しんでる! あんな卑怯なやり方で……。畠山のヤツラにも同じ悲しみを味合わせてやる!」
「一度落ち着きなさい。姫様にはそれを殿に伝える責任があります」
うるさいなぁ。さっきからいったい何なんだ。
わかりやすい顔とか、恨みは大儀なのかとか。伝える責任とか。
和尚が何を聞きたいのか全くわからない。それどころかイライラする。
和尚は大殿が死んで何も思わないの? 悔しいと思わないの?
泣けない理由が仏教だかなんだか知らないけど、私は和尚がここまで冷静なのが全然理解出来ない。
「和尚、私時間がないんだ。お得意の説法なら今度聞くよ」
「説法ではありません。愛姫の大義とはその程度か、と尋ねておるのです」
はぁ? 愛姫の大儀って何?
仲間がやられたからやり返すのがダメなの? 大殿がやられたからやり返すのがダメなの?
それの……何がいけないの?
「私の知っている姫様はそんな理由で戦をする女性ではありませんが」
「……もういいよ。私そんなにゆっくりしてられないから、じゃーね」
今日はダメだ、何だかイライラが止まらない。
普段こんな事ないのにどうしちゃったんだろう、私。
そう思いながら席を外そうとした時、和尚は私が立ち上がるのを止めた。
「お待ちを」
「……何、まだ何かあんの?」
「ええ。では、本題に入りたいかと」
本題って。
和尚は大殿の遺骨を待っていたのが本題じゃなかったって事だろうか。
ならいったい……。
「お入りください」
和尚の声を合図に、客間の外からひとりの漢が姿を見せた。




