表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

少女が抱えていたモノ




 ――そこは黒く、ただひたすらに黒に埋め尽くされた部屋だった。


 暗い、というのは適切ではない。一筋の光もなく、あたり一面黒一色ではあるが、視線を下に向ければ自分の体がはっきりと見える。故に、暗いのではなく黒い。


 そもそも、部屋という表現も間違っているのかもしれない。

 どれだけ歩いても端に行き着くことができず、おそらく天井もないであろう空間。世界と言った方が正しいだろう。

 そんな、黒に包まれただけの何もない世界に、一人の少女がいた。


 セミロングで美しい銀の髪が特徴のその少女は、何かを探すように忙しなく頭と視線を動かしながら歩く。

 時には走って、転んで、先の見えない黒の世界を一生懸命に探し回る。


 そしてふと、少女の視界に二つの人影が映りこんだ。


「お父さん! お母さん!」


 片方は青みがかったグレーの髪をした高身長の男性、そしてもう一方は少女と同じ銀の髪を腰まで伸ばした女性。

 その二つの人影は、少女の両親のものであった。

 ようやく見つけた探し物。少女はホッとして、二人を呼びながら駆け出す。

 しかし、


「……あれ? 待って……待ってよ!」


 少女に背を向け、横並びで歩く二人の下に少女の声は届いていないのか、一切の反応がない。

 それに、少女は走っているのに、歩く二人には何故か追いつけず、二人との距離は広がっていく一方だ。


「やだ……置いて行かないで……」


 走って、走って、でも追いつけなくて、二人の姿は次第に小さく、見えなくなっていく。

 それでも少女は諦められず、流れ出る涙を拭いながら必死に走った。


「あっ!」


 黒一色の世界、走り続ける少女は、やがて見えない何かに躓く。

 息は絶え絶え、受け身をとった手は痛い。それでもまだと立ち上がり、顔を上げた、その時、


「え……」


 歩いて行く二人の先に、突如、闇が生まれた。

 その闇は、黒一色に染まった世界の中でもはっきりと認識できるほどの、一際黒い漆黒。

 一度入ってしまえば二度と帰ってくることはできない。そんな確信が少女にはあった。


「行っちゃダメ!」


 二人を行かせまいと、再び駆け出す少女。しかしやはり、二人に追いつく気配はない。

 少女の健闘むなしく、二人の姿は少しずつ闇の中へと消えていく。


「そっちに行かないで!」


 そして最後に二人の背へと手を伸ばし――







「――待って!」


 少女――シーラの夢は、いつもそこで終わりを迎える。





   ##    ##     ##





「……ひどい顔」


 ベッドの上で手鏡を手に、そこに映る自分の顔を見て、シーラはぽつりと呟いた。

 涙で瞼は赤く腫れ、表情には生気が宿っていない。悪夢で目覚めたことにより、気分も最悪。


 もう何年もこうして悪夢で目覚める日々を送っているが、一向に慣れない。そもそも慣れるべきものではないのだろうが。

 慣れた時はきっと、心が死んだ時だ。


「やめやめ! いつまでもこんな顔してたら心が腐っちゃう」


 と、思いきり自分の頬を両サイドから挟むように叩いて、嫌な気分を払いのける。

 生気の抜けた顔のままラグナとウォルムに会えば、二人は心配してくれるだろう。

 でも、二人には心配をかけたくない。


「よし!」


 そうしてベッドから体を起こし、シーラは顔に笑みを張り付けた。





「おはようラグナ」


「おはよう」


 服を着替え、顔を洗い、軽く朝食を済ませた後、いつものようにギルドに向かおうと家を出ると、庭でトレーニングをしているラグナと出くわした。

 トレーニング内容は魔力の操作。

 なんでも、毎日欠かさずやらないと魔力操作の感覚が鈍るとのこと。


「今から依頼を受けに行くつもりだけど、ラグナも来る?」


「いや、今日は昼から昇級試験を受けるからな。それまでゆっくりしとくよ」


「あ……そうか、昨日で依頼は三十件達成したんだっけ」


 銅級冒険者が昇級試験を受けるには、依頼を最低三十は達成しなければならない。

 シーラの協力もあり、ラグナはそれを冒険者になってから僅か二週間で成し遂げたのだ。


「シーラのおかげだ。ありがとな」


「う、うん。どういたしまして」


 真正面からの素直な感謝に、少し照れながらも笑顔で返す。

 普段は口数の少ないラグナだが、こうして時折目を見ながら礼を言ったりしてくるものだから、意表を突かれてしまう。


「それじゃ、行ってくるね」


「気を付けてな」


 互いに軽く手を振って、シーラは家の門を出た。

 そしてギルドへと向かう道中、


「……そういえば、ラグナは銀級になったらもうこの街を出るんだっけ」


 と、ラグナが以前言っていたことを思い出す。

 昇級するならこの街でも可能だということを伝えたところ、ラグナ曰く、『折角冒険者になったんだから、冒険しなきゃ損だろ』ということらしい。


「……寂しくなるなぁ」


 シーラにも、いつかは世界中を冒険してみたいという思いはある。

 ラグナと一緒に冒険できたら楽しいだろうな、とも思った。

 でも、自分にはやるべきことがある。

 だからまだ、行けない。

 それをしなければ、気が済まない。


「……いけないいけない」


 自分の顔が強張っているのが分かり、軽く深呼吸して心を落ち着かせる。

 そして、


「おはようございまーす!」


 できるだけ明るく、元気よく挨拶をしながらギルドに足を踏み入れた。


「……あれ?」


 いつもならここで挨拶が返ってくるはずだが、聞こえてこない。

 見れば、ギルド内は騒々しく、何やら問題が起きたのであろう雰囲気が漂っていた。


「何かあったんですか?」


 何事かと、近くにいたシアンに話しかける。

 すると、


「ん? あぁ、シーラちゃんっスか。いやぁ、何か北の森に四年ぶりに霧がかかったらしくて」


「――っ!!」


「シアンちゃん! それをシーラさんに言うのは……あっ! シーラさん待って!」


 シアンの話を聞いた途端、血相を変えて駆け出すシーラ。

 その表情からはいつもの明るさが消え、瞳の奥にはドス黒いものが渦巻いていた。


「――どこに行くつもりだ?」


「……そこをどいてよ、おじさん」


 そんなシーラの前に立ち塞がるようにギルドの出入り口に立つのは、ギルドマスターであるウォルムだ。

 まるでこうなることは分かっていたかのような迅速な対応に、シーラは奥歯をギリリと鳴らす。


「行かせねぇよ。通りたければ俺を倒してからにするんだな」


「……そう。言っとくけど、手加減はできないから!」




    ▼△▼△▼△





「……なんか、騒々しいな」


 トレーニングの最中、門の外から聞こえてくる街の住人の声に、ラグナは目を細める。

 祭りでもあるのかと思うレベルの騒がしさだ。

 このままではトレーニングに集中することができない。

 と、


「聞いたか? 冒険者ギルドの前でギルドマスターとその姪がガチバトルしてるんだってよ!」


 騒ぎの原因を聞き出そうと門を出ようとした瞬間、耳を疑う情報が飛び込んできた。


「お、おい! それは本当なのか!?」


「うお!? な、何だお前」


 門から飛び出し、情報をもたらしたであろう男に、胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る。


「いいから教えてくれ! 一体何が原因でそうなったんだ!」


「……いや、俺は噂を聞きつけただけで詳しいことは何も……」


「……っ」


 碌な情報を聞き出せないと判断するのと同時、ラグナは走り出した。

〈身体強化〉を行い、全速力でギルドへと向かう。


 どうしてそんなことに? と記憶を探るも、答えは出てこない。

 しかし、きっと何かがあったのだ。あの二人が戦わなくてはならない何かが。


「おいおい……」


 速攻でギルドに着くと、ギルドの前には何かを取り囲む形で人だかりが出来上がっていた。

 街の人間全員が集まっているのではと思うほどの人数だ。これでは前に進めない。


「邪魔くせぇ、な!」


 人々の頭上を飛び越えて、強引に人だかりの中心へと降り立つ。

 直後、目に飛び込んできた光景に、ラグナは思わず息を飲んだ。


「ギルマス!!」


 そこには体中にアザを作り、仰向けに倒れたウォルムがいたのだ。

 オカリナに膝枕され、生きているであろうことが窺えるが、気絶しているのか、ラグナの呼びかけに反応を示さない。


「ラグナさん……」


「……何があったんだ」


「シーラさんとギルマスが戦って、それで……」


「原因は?」


「……ゴホッ、そこから先は……俺が話そう」


「「! ギルマス!」」


 意識が戻ったウォルム。上体を起こそうとするも、力が入らないようで、頭はすぐにオカリナの膝枕へと引き戻される。

 そして起き上がるのは諦め、そのままの体勢で話を続け、


「北の森に……霧の魔獣が現れたんだ」


 霧の魔獣。その存在はラグナの記憶に新しい。

 立ち向かう冒険者をすべて返り討ちにし、ウォルムが右腕を失った原因。


「それが……あんたがこうなっているのと何の関係があんだよ」


「……霧の魔獣は、あいつの……シーラの両親の仇なんだよ」


「な……!」


 初めて明かされた衝撃的な事実に、ラグナは言葉を失う。


 違和感はあった。

 シーラは何故、両親とではなく叔父と暮らしているのか。

 両親が話題に上がることもなかったことから、すでに亡くなっている可能性を考えたことはある。

 だが、まさか霧の魔獣に殺されていたとは、思いもよらなかった。


「あいつはずっと、復讐の機会を待っていたんだ。両親の仇をとるために、自分のやりたいことも後回しにして。そして今日、霧の魔獣が現れたと聞いて、あいつは一人で立ち向かおうとした」


「それで……」


「……それを止めようとして、このザマだ。あいつに戦い方を教えたのは俺なんだがな……。ははっ、情けねぇったらありゃしねぇ」


「……」


 口では笑っているが、ウォルムの目からは涙が流れ出ている。

 そのウォルムの感情が痛いほどに伝わって、ラグナは拳を強く握りしめた。


「頼むラグナ……! シーラを無事に連れて帰ってきてくれ! お前にしか……お前にしか頼めないんだ!」


 まだ動くのは辛いだろうに、ウォルムは必死になって体を持ち上げ、頭を地面に擦り付ける。

 そうして絞り出すような懇願に、ラグナは、


「――あぁ、任せろ!」


 と、力強く答えるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ