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受付嬢のひとりごと




――冒険者ギルド、ステイト支部に所属する受付嬢、オカリナの朝は早い。


「んん~~……よし!」


 日の出と同時に起床した彼女は、洗顔と食事、必要最低限の家事を済ませると、少しだけ時間をかけて身だしなみを整えてから職場である冒険者ギルドへと向かう。


「おはようございま~す」


 ギルドの裏口から入り、軽く朝の挨拶。早朝であるためまだギルドの中は暗く、挨拶を返す人もいない。一番乗りだ。

 特にこれといって、冒険者ギルドに早朝から出勤しなければならないという決まりはない。この時間に出勤したのは彼女の意思である。


『もし、緊急の依頼を持ってきた人がいた場合、ギルドに誰もいなければその人は困るでしょうから』


 とは、オカリナの言葉だ。

 本当なら一日中ギルドを開けておきたいところだが、残念なことに人の体というものは休ませなければならないことを彼女は知っている。

 しかし、ギルドの職員は彼女だけではない。そこで以前、彼女は朝昼夜で人を入れ替え、ギルドの二十四時間体制を提案した。だがそれは、人件費や夜間に活動する冒険者がいないなど諸々の問題で却下されてしまい、ならばせめてと、こうして早朝に出勤しているのだ。


 どうしてそこまでするのかと問われれば、その理由は子供の頃に魔獣に襲われ、危機的状況だったところを冒険者に救われたという彼女の過去にある。

 

 ――たくさんの人の助けになりたい。


 そういった意思の下、彼女は行動している。

 できることなら冒険者になりたかったが、彼女の力量ではそれは難しかった。

 だからこそのギルド職員。間接的に人助けに関わることができる上、冒険者のサポートもできる。

 彼女にとっては、まさに天職だった。


「さて、今日も一日頑張りますか」


 彼女が出勤して、まず初めにやることはギルド内の清掃だ。もちろん帰宅前にも職員全員で掃除はするが、人によっては大雑把だったりとばらつきがある。そう言った部分を細かくきれいに。

 ステイトの街の冒険者ギルドがいつもきれいで清潔に保てているのは、彼女の貢献が大きい。



「あ。おはよっス先輩。今日も早いっスね」


「おはよう、シアンちゃん」


 ちょうど清掃を終えた頃、他のギルド職員たちが出勤してくる。

 最初に出勤してきたのは、オカリナの後輩のシアン。言葉遣いは多少アレだが、明るい性格で人付き合いが良いため、冒険者たちから人気の高い受付嬢だ。


「毎日朝早くからよくやりますねぇ。たまには休んだ方がいいんじゃないスか?」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。この仕事がつらいと思ったことは無いし、むしろここに住みたいくらい」


「しゃち……働き者っスねぇ、自分には考えられないっス。というか、ここに住むくらいならウチに来てほしいっス。むしろ自分の嫁になりません? 一目惚れっス、愛してるっス」


「お断りしまーす。そんなこと言って、面倒な家事をしてほしいだけでしょう?」


「あちゃ、バレちゃったっス。……ま、仕方ないっスね、そもそも先輩にはギルマスっていう想い人がいるっスから」


「……へぁっ!? な、ななにゃなんでっ!?」


「……その反応、もしかして隠してるつもりだったんスか?」


 シアンの思いがけない一言に、顔を真っ赤に染め上げるオカリナ。

 彼女にとって、それは胸の内に秘めた想いであり、まだ誰にも話していないことのはず。


「見てれば分かるっすよ。ギルマスと話している時の先輩は他の誰と話す時よりも嬉しそうな顔をしてるし、ギルマスに向ける視線なんか完全に恋する乙女のそれっスもん」


「……ぁ……ぁぅ……」


「……照れてる先輩可愛いっス……。やっぱりウチにお持ち帰りして――」


「……何やってんだ」


「あたっ」


 いやらしい手つきでオカリナに迫るシアンの脳天に、軽く手刀が落とされる。

「誰っスか……?」と、シアンが頭を押さえながら振り向くと、


「げっ……ギルマス……」


「げっ、じゃない。サボってないで仕事しろ」


「別にサボってたわけじゃないっスよ。可愛い先輩を愛でてただけっス」


「サボってんじゃねぇか……。オカリナも顔を赤くしたまま動かねぇし……また何を言ったんだお前は」


「それは乙女の秘密っス」


「……まあいい。とにかく持ち場に戻れ。もうギルドを開ける時間だ」


「はーいっス」


 適当な返事を返し、その場から去っていくシアンを見届けて、ギルドマスターのウォルムは小さく溜息を吐く。

 そして、未だに顔を赤くしたまま動かないオカリナに目を向け、


「……おーい、大丈夫か?」


「……はっ!? ひゃっ、ひゃい! 大丈夫でしゅ!」


「……しっかり頼むぞ、じきにあいつらも来るだろうからな」


 あいつらとはラグナとシーラのことだ。ラグナがステイトの街に来てから一週間、朝の魔獣討伐は二人の日課になっていた。


「スーー……ハーー……よし!」


 オカリナも、ラグナとは随分と親しくなったとはいえ、情けない姿を見せるわけにはいかない。

 深呼吸で心を落ち着かせ、両の頬を軽く叩いて顔の熱を冷ます。

 幸いにも、シアンとの会話の内容はウォルムには聞かれていないようだった。もし聞かれていたなら、恥ずかしさからうウォルムとは顔を合わせることができず、一週間は家に引きこもること請け合いだ。



「おはようございまーーす!」


 ギルドが開いてから少し、元気のいい挨拶をしながらシーラ、その後に続き、「おはようございます」と、シーラとは違う落ち着いた声量のラグナが現れる。


「おはようございます、シーラさん、ラグナさん。今日も魔獣討伐ですか?」


「そのつもりだけど、今日はついでに薬草の採取依頼も受けようと思って。薬草が生えている付近の魔獣討伐依頼があればの話なんだけどね」


「それは助かります。薬草の在庫がもうあまりなかったので」


「依頼を二つ同時に受けることってできるのか?」


「可能ですよ。もしよろしければ、その付近の魔獣討伐依頼を紹介しましょうか?」


「お願いします」


 薬草採取はギルドからの依頼だ。

 薬草は生物の傷を癒す効果を持つ特殊な植物で、主にポーションと呼ばれる、飲んでよし、傷口にかけてよしな回復薬の調合素材として扱われる。

 ゆえに、負傷と縁のある冒険者にとっては必須の代物であり、数があってもすぐに枯渇してしまうものであるため、ギルドとしては薬草の採取に行ってくれることはありがたいことだ。


「お二人とも、お気をつけて」


「はい、行ってきます!」


 手続きが終わると、二人は早速依頼の達成に向かう。すると、まるで嵐が過ぎ去った後のようにギルド内はシンと静まり返った。


「……あのお二人はいつも仲が良いですね」


「あぁ」


 腕を組み、自分の横に立つウォルムにオカリナは話しかける。

 ウォルムに密かに想いを寄せる彼女にとって、この二人きりで話せる時間は至福の時間。


 だが、この日は少し、重たい空気が流れることとなった。


「ラグナさんは銀級に昇級すればこの街を出るそうですが……シーラさんも一緒についていくのでしょうか?」


「……そうだといいんだがな」


「……?」


 ウォルムの意味深な返答に、オカリナは首を傾げる。

 それを見たウォルムは視線を下に落とし、ポツポツと話を続けた。


「……あいつの夢は、かつてのあいつの両親のように自由に世界中を冒険することだ。だから、あいつにその気があればとっくの昔にこの街を出ている」


「……では、どうして今もこの街に?」


「簡単な話、今は夢よりも優先すべきことがあるからだ」


「それは一体……」


「お前にも以前話しただろ? 八年前に起きた……あの出来事を」


「……っ!! まさか……!」


 ウォルムが出したヒントから一つの結論に至り、オカリナは目を剝いた。

 今まで深くは考えてこなかった、しかし、考えてみれば当然のこと。


「その日が来れば……あいつは一人で立ち向かうだろう」


「そんな……! それが本当なら止めないと! シーラさんが死んでしまいます!」


「……あいつは俺よりも強くなっちまった。だから止める時は命を懸けることになるな」


「ギルマス……」


「……これはそもそも俺が撒いた種だ。あの日、俺があの二人を連れださなければ……ああはならなかっただろう」


「あ……」


「……あの頃の俺は馬鹿だったんだ。自分は何でもできると思いあがって、結果はただ失っただけだった。あいつの……シーラの明るい未来も奪って……。何が『皆を救う冒険者』だ、俺は……誰一人救えちゃいない」


「……」


 ウォルムの口から溢れ出す自虐の言葉を、オカリナはただ黙って聞くことしかできない。


 そんなことは無いと言ってあげたい。


 私は過去、あなたに救われた一人ですと打ち明けてしまいたい。


 でも、できない。


 そんな慰めの言葉を言ったところで、この人の心が救われることは無いだろうから。


「……すまん、忘れてくれ。柄にもなく暗い話をしてしまった」


「いえ……はい」


「少し……外の風に当たってくる」


 そうして背を向けたウォルムの後ろ姿は、ひどく小さいもののように感じた。

 自分より大きな背中。でも、吹けば消えてしまいそうなほど弱々しいように見えて。


「……ギルマス、私は……」


 受付に一人、取り残されたオカリナ。再び静寂に包まれたその場所で、彼女は独り言を呟く。


 ――あの人の心がいつか救われるとして、それはきっと私の役目ではない。


 そんな、自分には何もできない無力感に襲われて、


「私は――」


 その先に続く言葉を、口に出すことはできなかった。










 そしてこの日から一週間後の朝――事件は起きた。



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