銅級冒険者ラグナ、初めての依頼を受ける
――翌日の朝、ラグナは早速シーラを連れて冒険者ギルドに足を運んだ。
「依頼は受付の横にあるこのボードに貼られているから、ここで受けたい依頼を選んで受付に持っていくの」
「ほー、思ったより依頼の数が多くて目移りするな……」
「そ、だから依頼を受けるなら朝の早いうちに来るのをおすすめするよ。もう少し時間が経つとほかの冒険者が集まってきてボードの前に人だかりができちゃうから」
「それでこんな朝早くから来たのか。シーラがついてきてくれて助かった。頼りにさせてもらうぜ、先輩」
「せ、先輩……! うん! どんどん頼ってくれていいからね! 私、先輩だから!」
先輩と呼ばれ、わかりやすく調子に乗るシーラ。いつ何をやらかすのか、それだけが心配だ。
気がかりと言えば、昨夜に垣間見せたシーラのあの目もそうだが、今のシーラを見ているとあれは気のせいだったのかと思えてくる。
「シーラはどの依頼がいいと思う? 正直、俺にはよくわからん」
「そうだね……それならこれはどうかな。魔獣の集団の討伐、報酬は銀貨四枚。昨日の戦いを見る限り、ラグナなら複数の魔獣相手でも大丈夫でしょ」
「魔獣の集団か……」
考えてみれば、ラグナにはまだ複数を同時に相手した経験は無い。
「早いうちに経験しておいた方がいいよな……。よし、その依頼にしよう」
「決まりだね。それじゃあラグナの記念すべき初依頼に~レッツゴー!」
「お、おー!」
▼△▼△▼△
「――この先が、私が魔獣に襲われた場所だ」
馬車の手綱を握り、前方を指差すのは、ラグナたちが受けた依頼の依頼主である商人だ。
話によれば、道に馬車を走らせていると、突然茂みから飛び出してきた魔獣の集団に襲われたのだとか。
幸いなことに命も荷物も無事だったが、このままでは来た道を帰ることができないということで冒険者ギルドに依頼したそうだ。
「君たちを送れるのはここまで、これ以上は危なくて先には進めない。しかし……本当に二人だけで大丈夫なのかい?」
ラグナとシーラを交互に見て、商人は不安そうな表情を浮かべる。
なにせ一人は武器も何も持っていない少年、もう一人は異様なサイズの剣を持ってはいるが、少年と同じくらいの年齢の少女だ。普通の人間の感性であれば心配するのは当然のこと。むしろ、魔獣討伐という危険な仕事に向かわせるべきではない者たちだ。
だが、そんな心配も束の間、
「あ、行くのは俺一人ですよ。シーラには念のため、馬車の護衛についていてもらおうかと」
「んなっ!?」
より危険な選択をとったラグナに、商人は驚愕する。
相手は集団で襲いかかってくる魔獣、それに対し二人ならまだしも一人で立つ向かうなど、無謀にもほどがある。
ましてや、少年のランクは一番下の銅級。それに、よりにもよって何の防具も着けていない私服の少年の方が行こうとしているのだ。
商人には、少年が手の込んだ自殺をしようとしているとしか思えなかった。
「ば、馬鹿なことはやめなさい! 私はその気になれば馬車に乗って逃げられるんだ。だからせめて、行くなら二人で――」
「大丈夫だと思いますよ」
「……へ?」
「ラグナはああ見えて、元金級冒険者のギルドマスターに勝利した人です。なのでこのあたりの魔獣にやられるような人ではありませんよ」
「あの少年が……?」
ステイトの街のギルドマスターの噂は何度も耳にしたことがある。
なんでも、昔は『紫電』の二つ名で呼ばれ、世界各地で目覚ましい活躍をしていたのだとか。
今は片腕を失い、冒険者を辞めてギルドマスターをしているが、それでもその実力は確かなはずだ。
そんな人物に勝利したとなれば、確かに心配は無用かもしれない。
「あ、どうやら始まったみたいですね」
少女の視線を辿ると、少し離れた場所で少年が魔獣との戦闘を開始したのが見える。
取り囲まれ、形勢は少年の圧倒的不利にしか見えないが、
「いざとなれば私も行きます。その場合は私たちを置いて、真っ先にこの場から離れてください」
「あ、あぁ」
始まってしまったのなら、あとはもう信じて待つしかない。
商人は何もできないもどかしさを感じながら、
「……私より一回り以上も年下の少年が臆さずに魔獣に立ち向かうというのだから、私もせめて、逃げずに見届けよう」
と、一人静かに決意を固めた。
この商人の名は、オルニア=ウィンダム。この依頼をきっかけに、ラグナとは長い付き合いになるのだが、それはまた別のお話。
▼△▼△▼△
商人が何か言いかけていたのを無視し、ラグナは一人で魔獣討伐に向かう。
初めての対複数、意気込みは上々といったところ。
「お、早速いたな。五、六、七……話で聞いた数よりも多くないか?」
茂みの中、〈魔力探知〉に引っかかった魔獣の数は十五。身を隠し、獲物が通るのを待っているようだ。
ならば気づかれていない今、先手必勝で数を減らすのが最善だが、
「楽をしても成長はできないからな」
あえて何もせず、魔獣のテリトリーに足を踏み入れる。
「ガルルルル」
「……出てきたなワン公」
警戒心剝き出しで茂みの中から飛び出し、ラグナを取り囲んだのは、パックハウンドと呼ばれる魔獣だ。
常に集団で行動するこの魔獣の厄介なところは、圧倒的数の有利から繰り広げられる息の合った連携。熟練の冒険者でも一人で立ち向かうのは避ける相手だ。
「〈魔力探知〉と〈身体強化〉だけでいけるか……?」
そんな相手を前に、ラグナは自身に縛りを課した。
相手に数の有利はあるが、〈魔力弾〉を使えば手数の有利はこちらが取れる。それでゴリ押せば問題なく倒せるであろう。
そうしないのは戦いの経験を得るため。問題なく倒せる相手ならば、自身に縛りを課して不利な状況で戦う。そうすることで自身の成長を図ったのだ。
「グルルルルルァァ!」
唸り声とともに、同時に飛びかかってくるパックハウンド、その数は七。前後左右からの一斉攻撃のため、避けるなら上――否。
「攻撃は最大の防御ってなぁ!」
七体のうち、真正面から飛びかかってくるパックハウンドに狙いを定め、飛び出す。
大きく開けた顎を下から打ち抜き、そのまま頭蓋を粉砕。パックハウンドは鮮血を飛び散らせて絶命した。
「グロっ! 魔力の出力を上げ過ぎたか……」
「――ガウッ!」
「っぶねぇ!? 仲間がやられたんだから怯むだろ普通!」
仲間が殺された事実を意にも介さず、飛びかかってきた残りの六体がラグナを背後から襲う。それをなんとか躱しきった先、
「うぉっ!?」
後方で待機していた残りのパックハウンドが、ラグナに休む暇も与えずに襲いかかる。ラグナはそれを、今度こそ上に跳躍して回避。
恐ろしく息の合った連係プレイ、反撃する隙が無い。
「ハァ……クソ、また取り囲みやがった」
そこから連続で畳みかけてくるのかと思いきや、息を整えるかのように元の陣形へと戻るパックハウンド。
よく統率された動きだ。
「こりゃ、予想以上にキツイな……」
そうボソリと呟くラグナの鼻から一筋の血が流れ出す。頭がズキズキと痛み、今にも割れそうだ。
パックハウンドの攻撃によるものではない。原因は、ラグナが現在展開している〈魔力探知〉にある。
「こんなに負荷がデカいとは……」
〈魔力探知〉は、粒子状の魔力を周囲にばら撒き、その魔力が付着した形を読み取るというもの。それにより、自身の死角から襲いかかる魔獣の動きも把握することができる。
これだけ聞くと便利な力のように思えるが、〈魔力探知〉は実質、瞬きをせずに自身の周囲を360度見続けているようなもの。ゆえに普段では考えられない量の情報が頭の中に滝のように流れ込むため、脳にかかる負荷は尋常ではない。
とはいえ、本来なら数分間は持続可能な〈魔力探知〉。しかしそれは、ただ地形を読み取るだけならの話。今回のように動き回る魔獣が十数体もいるとなれば情報量はその比ではなく、ものの数十秒で頭痛に苛まれるほどの負荷をかけることとなった。
「でもまぁ……その甲斐はあったな」
〈魔力探知〉を展開し、無駄にダメージを負っただけかと思いきや、そうではない。
今の十数秒の攻防の中、ラグナは攻撃に参加していない一体のパックハウンドの存在に気が付いた。
それが意味するものは――
「お前だろ、司令塔」
よく統率されたパックハウンドの動き、それを可能にしているのは司令塔の存在だ。
安全な後方から戦場を見極め、咆哮や唸り声で味方に的確な指示を出す、司令塔の役割をしている個体。
その存在に気が付かなければ、自身に縛りを課したこの戦いに負けていたかもしれない。だが、気付いたからにはこちらの勝ちだ。
「俺に休む時間を与えたのはお前のミスだ」
ニヤリと笑みを浮かべるラグナ、瞬間、司令塔と思われる一体のパックハウンドの頭が弾ける。
「〈魔力探知〉と〈身体強化〉だけとは言ったが、遠距離攻撃はしないとは言ってねぇ」
パックハウンドの頭蓋を粉砕した時、飛び散った牙を念のためキャッチしておいたのだ。
それを魔力で強化された指で弾くことにより、弾丸と化したその牙は、易々とパックハウンドの命を刈り取った。
「ガ、ガゥ!?」
司令塔の指示に頼り切った集団は、司令塔を失った途端に統率力を失い、戦力は大幅にダウンする。
その証拠に、目の前にいるパックハウンドの集団は司令塔を失ったことに動揺し、動きに乱れが見える。
「あとはもう、〈魔力探知〉を使うまでもねぇな。感謝するぜ犬共、おかげで〈魔力探知〉の欠点に気付けた」
▼△▼△▼△
「お二人とも、お疲れ様です」
冒険者ギルドにて、労いの言葉をかけてくれたのは受付嬢のオカリナだ。
「私は何もしてないですよ。魔獣は全て、ラグナが倒しました」
「それはそれは、将来有望ですね!」
「はい、大物になること間違いなしです!」
「……やめてくれ」
ラグナのことなのに、ラグナ抜きで盛り上がる二人。
褒められるのは純粋に嬉しいことだが、公衆の面前で、しかも大声で言うのは恥ずかしいからやめてほしい。
「そうだ、先ほど新しい依頼が入りまして、暗くなるまでにまだまだ時間はありますし、お二人ともこの後予定が無ければ受けてみませんか?」
「どんな依頼なんですか?」
「またになりますが、魔獣の集団の討伐です。ただ、こちらの依頼はお二人が受けた依頼よりも少しだけ危険度の高いものになってまして……。お二人であれば問題なく達成できるとは思いますが……いかがでしょう?」
「俺は願ってもないことだけど……魔獣討伐の依頼は俺だけじゃ受けられないからな、シーラ次第だ」
「私も大丈夫ですよ。さっきは何もしていないので、体を動かしたかったところです」
「ありがとうございます。他に受けてくれそうな方がいなかったもので、助かります」
「……」
なんだか面倒ごとを押し付けられた気がするのは気のせいだろうか。
一日に二つも依頼を受けられるのは好都合なため、文句は無いが。
「ねぇラグナ、私と勝負しない?」
依頼を受ける手続きの待ち時間、シーラはいきなりそんな提案をラグナに持ちかける。
「勝負内容は?」
「どちらが多く魔獣を倒せるか」
「いいね。勝ったら何か貰えるのか?」
「景品は無いけど……負けた方が今日の晩御飯を作るっていうのはどうかな?」
「乗った」
「これから魔獣討伐に行く人たちの会話とは思えませんね……」
――その後、勝負は引き分けに終わり、間をとってギルドマスターに晩御飯を作ってもらおうという結論に至った二人。
この日の晩御飯が生涯忘れられそうにないほど悲惨なものになったことは、もはや言うまでもない。




