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霧の魔獣




「そんなことがあったんだ……。うん、いいよいいよ、ラグナくんなら大歓迎だよ。部屋なら有り余ってるから好きなところを使ってね」


「ありがとう、助かるよ」


 ラグナがここに来た経緯を話すと、シーラはすんなりと受け入れてくれた。

 どうぞどうぞと招かれるままに家に入ると、前方には二階へと続く階段が、左右には廊下が広がり、いくつもの部屋の入り口が見える。

 ギルドマスターの言う通り、なるほど確かに二人で住むには広すぎる家だ。


「そういえばラグナくん、強いんだねぇ、おじさんに勝っちゃうなんて。流石はウィズさんのお弟子さんって感じだったよ」


「おじさん?」


「ギルマスのことだよ。ギルマスは私の叔父なんだ。外ではおじさんのことをギルマスって呼ぶようにしてるの」


「そういうことか……」


 まさか、あのスキンヘッドで筋肉質のギルドマスターと残念美少女なシーラに血の繋がりがあったとは、人は見かけによらない。

 だが、何故叔父と一緒に住んでいるのだろうか。ギルドマスターが二人暮らしと言っていたことから、シーラの両親はここには住んでいないはずだ。


「……あまり探るのは良くないな」


「? 何か言った?」


「ただの独り言だよ。そんなことより、さすがはウィズの弟子って言ってたけど、俺の師匠と戦ったことでもあるのか?」


「私は無いけど一週間前におじさんとウィズさんが手合わせしてるのは見たよ」


「師匠とギルドマスターが!? ……それで、結果は?」


「ウィズさんの圧勝だったよ。おじさんは見たこともない魔法で指一本も動けないようにされて、その間にウィズさんがおじさんの首に木剣を突き付けて終了。あんなに手も足も出せないおじさんを見るのは初めてだったなぁ」


「……やっぱり凄いな、あの人は」


「ふふふ、嬉しそうな顔してるね、ラグナくん」


「……き、気のせいだ」


 ウィズのことを人伝に聞いて、思わず口角が上がるラグナ。

 それを指摘されて、照れ隠しに顔を背ける。


「というか……その、ラグナくんってのはやめてもらっていいか? 呼び捨てでいいよ。くん付けされるのは慣れてないからむず痒いというか……」


「そっか、わかった。それじゃあ次からはラグナって呼ぶね。私のことも呼び捨てでいいから」


「うん……まぁ、さっき既に呼び捨てにした気がするけど……。ところでシーラ」


「なに?」


「向こうの部屋でさっきから音が鳴ってるが……大丈夫なのか?」


「……あっ! 晩御飯を作ってる途中だった!」


「おいおい……」


 初対面の時から変わらず残念美少女なシーラだ。

 その残念さは常日頃から遺憾なく発揮されているらしい。


「……ぐすん。お肉焦がしちゃった……」


「……悪い、来たタイミングが良くなかったな」


「ううん、悪いのは忘れてた私。それに、二人分しか作ってなかったからちょうどいいよ」


「何か作るなら手伝おうか?」


「いいの?」


「もちろん。ただ泊めてもらうってのも申し訳ないからな。料理もウィズに一通り教わってるから任せてくれ」


「おおー! 心強い! おじさんは料理ができないから私が作らないといけなくてねぇ、本当に助かるよ」


「ははは、まぁ、どう見ても料理しそうな見た目はしてないよな」


 ほのぼのとした会話をしながら料理に取り掛かる二人。

 こういうのも悪くないなと、五年前には考えられなかった今という時間を、ラグナは強く噛みしめていた。





     ▼△▼△▼△




 ――ギルドマスターが帰宅し、食後。


「そうだギルマス、銀級で依頼に同行してくれそうな人はいるか?」


「ん? あぁ、魔獣討伐依頼を受けるのか」


「そのつもり」


 銅級の依頼をガン無視で、魔獣討伐依頼のみで銀級まで突っ走る。それがラグナにとっては最も手っ取り早く、簡単な方法だ。

 先を急がなければならないラグナは、銅級でいつまでものんびりしているつもりはない。ゆえに、目指すは最短で最速。自分の得意分野にのみ特化したプランで行く。


「それなら私が同行しようか?」


「へ?」


 ラグナの横に座るシーラが手を上げて言う。

 それに対しラグナは素っ頓狂な声を上げ、


「……シーラって銀級だったの?」


「そうだよ。ほら、銀の冒険者証」


「本当だ……」


 一見歳が近いということもあり、シーラは自分と同じ銅級だと勝手に思い込んでいたラグナ。

 そういえばと、シーラと初めて出会った時、シーラは魔獣の牙を納品する依頼を受けていたことを思い出す。


「いいのか? 俺の依頼に付き合ってもらっても」


「うん。私は普段余った依頼を受けてるだけだから特に予定はないんだ」


「……なんか、悪いな」


「気にしないで、困ってる人を助けるのが冒険者の仕事だからね!」


 胸を叩いてキメ顔のシーラ。誰かの受け売り感が半端じゃないが、感謝しているのは事実なため、指摘せずに黙っておく。


「ま、この街で受けられる依頼は比較的簡単なものばかりだからな。お前らならよほど気を抜かない限りは問題ないだろ」


「言われてみれば金級の冒険者を見かけなかったけど……あれはそういうことか」


「ああ。わざわざ金級が出向くほどの危険度の高い依頼が無い。平和なことだ」


「……そうか、それで師匠はこの街のギルドを俺に勧めてきたのか」


 この街のギルドで受けられる依頼は銅級や銀級のものばかり。冒険者を始めるなら最適の環境と言える。

 ここで手っ取り早く昇級して、スタートダッシュを決めろということだろう。

 だが――


「……何か、引っかかるな」


 本当にそれだけの理由でウィズはこの街を勧めてきたのだろうか。

 この一年で白金級に到達することが目標ではあるが、真の目的はラグナが今以上に強く成長すること。

 簡単な依頼ばかり受けていても、成長は望めない。


「……危険度の高い依頼が一つだけ、あるにはあるんだが……あれはあって無いようなものだからな」


「どんな依頼なんだ?」


「魔獣討伐の依頼だ。受けられる条件は金級冒険者が四人以上、もしくは白金級の冒険者のみ。討伐対象は……『霧の魔獣』」


「霧の魔獣……?」


 魔獣には必ず名前が付けられている。もちろん人が付けたものであり、ホーンラビットやギガントロックタートルなどの安直な名前が多い。

 安直なのは、情報の伝達をしやすくし、一目でその魔獣だと判断できるようにという理由があり、新発見の魔獣にも即座に名前が付けられる。――そのはずだ。


「霧の魔獣ってのは……名前じゃないよな?」


「あぁ。なにせ姿を見た者がいなくてな。名前を付けることができないんだ」


「なんだそりゃ……」


 姿を見たことがない魔獣の討伐依頼とはこれいかに。

 霧の魔獣と呼ばれていることから、おそらく霧で姿が見えないのであろうことが推測できるが。


「お察しの通り、その魔獣の姿が見えないのは、そいつが発生させる濃い霧のせいだ」


「確か……霧を発生させる魔獣はいるよな? そいつじゃないのか?」


「フォグサーペントという魔獣がそうだな。だが……違う、そいつじゃない。フォグサーペントの生息域は南の大陸にある沼地だ、この大陸での目撃情報は無い。……それに、霧を発生させる規模が違い過ぎる」


「それじゃあ……新種の魔獣ってことか」


「俺はそう見ている」


 新種の魔獣が見つかることはそう珍しいことではない。

 魔獣についてはいまだに多くの謎が残されており、むしろ発見されている魔獣の種類は全体の半分以下とされている。


「霧の魔獣が初めて現れたのは今から八年前、場所はここから三キロほど北上したところにある森だ。その日、森全体に行き渡るほどの広範囲に濃い霧がかかり、その原因を突き止めるべく銀級冒険者四人のパーティーが探索に向かった。だが、半日経っても彼らが帰ってくることは無く、その翌日、ギルドにいた三人の金級冒険者が救出に向かうことになった。……結果は散々だった。先に向かった銀級冒険者は全員、食い荒らされたような死体となって発見され、金級冒険者も三人のうち二人が行方不明となり、生きて帰ったのはたった一人の冒険者だけだった……」


「その冒険者ってのはまさか……」


「……俺だ。右腕を失った俺は仲間二人に逃がされ、命からがら生き延びた……。本当に……情けない話だ」


「……」


 当時のことを思い出し、自分だけ逃げ帰ってきたことを後悔しているのだろう。両目に涙を滲ませるギルドマスターを見て、ラグナはかける言葉が見つからない。


「……すまない、話を戻そう。そんな危険な魔獣が八年も討伐されていないのには理由があるんだ」


「……それは?」


「それは、霧の魔獣が神出鬼没なこと。霧が晴れた後、何度か探索に向かっても見つけることはおろか、その手掛かりすら掴めず、出現したとしても規則性がなくタイミングは完全にランダム。最後に現れたとされているのは今から四年前のことだ、それ以来森に霧はかかっていない」


「ますます正体不明だな……」


「幸いなのは、霧の魔獣が北の森から出てこないということだな。魔獣は基本的に人が住む場所に近づくことは無いが、何事にも例外はある。もし、奴が森から出ていれば、今頃この街に人はいなかっただろう。現在はこれ以上犠牲を出さないために北の森は立ち入り禁止にしているということもあり、霧の魔獣の討伐依頼は実質、無いもののように扱われているというわけだ」


「なるほど……ん?」


 と、ここでラグナはギルドマスターの話に一つの引っ掛かりを覚える。

 それは、北の森は立ち入り禁止になっているということ。ラグナの記憶が正しければ、今日シーラと初めて出会った場所は北の森の中だったはずだ。

 ならば何故、あの時シーラは北の森にいたのか。おっちょこちょいが発動して北の森に迷い込んだということは無いだろう。思い返してみれば、シーラには北の森が立ち入り禁止になっていることを理解している節があった。


「……なぁシーラ。お前、確か――」


 聞きかけて、ラグナはそこで言葉を切った。

 その理由はシーラの瞳。黒く暗いその瞳は、元気で明るい彼女のものとは思えないほどに深い闇の底へと沈んでいるように見えた。

 その視線の先にはこれといった物は無く、虚空を見つめる彼女には触れてはいけないような気がして。


「……え? 何か言った? ごめんね、ぼーっとしてて」


「あ、あぁいや、なんでもない」


「そう?」


 次の瞬間には元通りになっていたシーラだが、ラグナは途中まで出かけていた質問を押し殺した。


「……俺、疲れてるのかもな。今日はいろんなことがあったから」


「それならパパっとお風呂に入って寝ちゃった方がいいね。お風呂の場所、案内するよ」


「……ありがとう」


 そうして最後に気がかりを一つ残して、ラグナの長い一日は終わりを迎えた。



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