久しぶりの拒絶
――場所は変わり、再び応接室へ。
ラグナと受付嬢のオカリナが向かい合う形で座り、ギルドマスターのウォルムはオカリナの横に立たされている。
「それではラグナさん、こちらの冒険者証をお渡しします」
「どうも」
「無くさないようにお気を付けくださいね。無くした場合はギルドに申し出ていただければまた新しく作ることは可能ですが、冒険者証を身に着けていない間は依頼を受けることができませんので」
手渡された銅の冒険者証は首にかけられるようになっており、見たところ紐の作りは頑丈。これならどこかに置き忘れでもしない限り無くすことはないだろう。
「それではこれから冒険者についての説明を行いますが、よろしいですか?」
「お願いします」
「はい、まずは冒険者のランクについてですね」
オカリナは手元に受付のマニュアルを用意してはいるが開くそぶりも見せない。
それだけこの仕事に慣れているということだ。ギルドマスターの扱い方からも、短い関係ではないことが窺える。
「冒険者のランクは下から銅、銀、金、白金の計四つ。冒険者を始められる方は皆例外なく、初めは銅級からのスタートになります」
冒険者証の色はランクと連動しているようで、これにより冒険者のランクを一目で判断できるようになっている。
だから銀級に昇級すれば、冒険者証も銀製のものを身に着けることになるはずだ。
「昇級の方法はいたって単純、ひたすらに依頼をこなすことです。一定の数依頼をこなせば昇級試験を受けられるようになり、その試験に合格すれば晴れて昇級。銅級の場合は合計三十以上の依頼を達成すれば、昇級試験を受けることができます」
聞くだにパパっと昇級できるようなものでもなさそうだ。
一日に一つの依頼を達成したとして、試験を受けられるまでに一か月、二つでも半月かかる。
ウィズとの約束まで約一年、悠長にはしていられない。
「もちろん、失敗した依頼はカウントされません。そして、失敗した場合は依頼達成率のステータスに傷がついてしまうので、依頼を受ける際はしっかりと吟味することをおすすめします」
「依頼達成率? それは……重要なものなのか?」
「はい。依頼主が冒険者を指名して依頼される場合があるのですが、依頼達成率はその判断基準の一つになります。例えばですが……依頼達成率が五十パーセントの人と百パーセントの人がいるとしたら、ラグナさんはどちらを選ばれますか?」
「百パーセントかな」
「そういうことです。依頼達成率とはつまり、信頼度のようなものだと思ってください」
「なるほど……」
シンプルだがよくできたシステムだな、とラグナは感心する。
依頼主の信用を得るだけでなく、これがあるおかげで失敗のリスクが生まれ、冒険者は自身の身の丈に合った依頼を選ぶようになり、必然的に冒険者の殉職率も低下させられるのだろう。
それでも危険な仕事であることに変わりないため、殉職率ナンバーワン職業の座は揺るぎないが。
「言うのが遅れましたが、ランクによって受けられる依頼に制限があります。最初の銅級では受けられる依頼の種類が少ないと思ってください」
「……ちなみに、今受けられるとしたらどんな依頼が?」
「そうですね……。薬草などの入手難度の低い素材の納品や街の清掃、いなくなったペットの捜索依頼……くらいですね」
「……雑用?」
「……まぁ、そう思うのも無理はありません。新人が入ってもすぐに殉職してしまうということが多かったもので、近年のギルドは安全を方針にしているんですよ。なので、魔獣討伐などの危険な依頼は銀級からになります」
「銀級からか……」
「どうしても魔獣討伐の依頼を受けたい場合は、ランクが上の冒険者に同行してもらう、あるいはパーティーを組めば受けることができますよ」
「おお! そんな方法が」
五年間ウィズの下で学んだラグナのステータスは戦闘に特化しているため、銅級で受けられる依頼よりも銀級以上で受けられる魔獣討伐の方がラグナの性に合っている。
問題は、ラグナに手を貸してくれる人がいるかどうか。それさえクリアできればあとはどうとでもなりそうだ。
「以上で説明は終わりますが、何かご質問はありますか?」
「今のところは無い……かな」
「そうですか。では、何かわからないことがあれば受付の者にお聞きください」
私は通常業務に戻ります、とオカリナは立ち上がり、横に立っているギルドマスターに目を向ける。
それを受けたギルドマスターは渋々といった表情で「……わかったよ」と呟くと、ラグナに頭を下げ、
「無理矢理戦わせるようなマネをしてすまなかった……」
「気にしてないよ。むしろ人と戦う機会を設けてくれて感謝してる」
「そう言ってもらえるのはありがたい……が、迷惑をかけたのは事実だからな。今後何か困ったことがあれば言ってくれ。俺にできることであれば力を貸そう」
「できなくてもやってください」
「オカリナは手厳しいな……」
と、そんなこんなで一件落着。
ラグナは無事に冒険者となり、目標までの一歩を踏み出した。
▼△▼△▼△
話が終わり、冒険者ギルドを出たラグナは街を歩く。目的は宿探しだ。宿が見つからなければ、ラグナは今晩、五年前までと同じように野宿をしなければならなくなる。
「ギルドで宿屋の場所を聞いておけばよかったか……?」
ステイトの街に来たのは今日が初。だから当然、どこに何があるかなどわかるはずもない。
それに、この街に来てから速攻で冒険者ギルドまで連れていかれたため、周りを見ている余裕もなかった。
「……まぁ、街を散歩がてら探せばいいか」
暗くなるまでに見つけられればいいため、そんなに急ぐ必要はないだろう。
今は八つ時、まだまだ時間はある。
――この時はまだ、そう思っていた。
「――すまないが、あんたを泊めるわけにはいかない」
「……それは、俺が黒髪だからか?」
「……あぁ」
「……そう、か……」
冒険者ギルドを出てから三時間、断られるのはこれで三軒目だ。
黒髪が原因で人に拒絶されるのは実に五年ぶりの出来事。ウィズや冒険者ギルドの人たちは黒髪のラグナを一切嫌悪しなかったため、なんだか懐かしく感じる。
「……本当に申し訳ない。泊めてやりたい気持ちはあるんだが、客の中には黒髪を嫌う人もいるんでな」
「……商売だもんな、仕方ないさ」
とは言ったものの、内心はかなり焦っている。
ステイトの街での探索はほとんど終わり、宿屋はおそらくこれで最後。仮にもう一軒あったとしても泊めてもらえない可能性が大きい。
「どうしよう……」
宿屋を出たラグナは暗くなりつつある空を見上げ、途方に暮れるしかなかった。
▼△▼△▼△
「――というわけで」
「……」
「困った。助けてほしい」
「……確かに困ったことがあれば力を貸すとは言ったが……早過ぎないか?
どうしようもなくなり、冒険者ギルドへ戻ったラグナ。
その経緯を聞いて、ギルドマスターは複雑な表情を浮かべる。
「この街は直接奴らの被害にあったことはないから黒髪への偏見を持っている人間はあまりいないはずなんだがな……。だがそうか……別の客のことを考えるとお前さんは拒否されてしまうのか」
「……どうすればいいと思う?」
「そうだな……」
腕を組み、考え込む仕草をするギルドマスター。それから何かを閃いたのか、「よし」と呟くと、
「お前さん、この街にはどれくらい滞在する予定だ?」
「特には決まってないけど……とりあえず一か月くらいかな」
「わかった。この街にいる間は俺の家に泊めてやる」
「え! いいのか!?」
黒髪でも泊めてくれそうな宿泊施設を紹介してもらうつもりで相談したため、自宅は流石に想定外。
真っ先に自宅という選択肢が出てきたことから、おそらくはそんな場所が思いつかなかったのだろう。それかもしくは、この街の宿泊施設はラグナが行った宿屋三軒だけだったのか。
しかし、そうなってくるとなんだか無理矢理その選択をさせたようで申し訳なくなる。
「奥さんとか……いるんじゃないのか?」
「残念なことに俺は独身でな、そう言った心配はご無用だ。一応同居人と言うか家族が一人いるが……アイツならお前さんを歓迎してくれるだろう。俺の家は無駄にデカくてな、二人で住むには広すぎるんだよ」
「……それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
「あぁ、俺はまだ仕事が残っているから先に行っててくれ。家の場所はこのメモに書いてある通りだ。鍵は家にいる奴に開けてもらえ」
「ありがとう」
「いいってことよ」
▼△▼△▼△
「……ここが、ギルドマスターの家……?」
メモの通りに進み、歩くこと数分。着いた先にあった家を見上げ、ラグナは呆気にとられた。
立派な塀に囲まれたその家は、家というよりも屋敷に近い。
本当にここであってるんだよな? と、敷地内に恐る恐る足を踏み入れる。
「ごめんくださーい」
「はーい!」
ラグナが玄関の前で声を上げると、返答は思ったよりも早く聞こえてきた。
女性特有の高い声色、元気で健康的なイメージを連想させるその声にはどこか聞き覚えがある。
一体誰の声だったかと記憶を探りつつ待っていると、ゆっくりと玄関の扉が開き、
「あれ、ラグナくん。どうしたの?」
「……シーラ?」
そこから現れたのは銀髪の少女、シーラだった。




