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全ては仇敵を討ち滅ぼさんが為




 ──ラグナがウォルムの下に到着したのと同刻。


「お父さん……お母さん……」


 霧のかかった森を眼前に、シーラは今は亡き二人を想う。

 大好きだった父と母。最後の別れから八年が過ぎた今でも、その姿はしっかりと鮮明に覚えている。




   ## ## ## ##




 ──シーラ=レインの両親は冒険者であった。


 父の名はモルド=レイン。雷属性の魔力を身に纏い戦う姿から、ウォルムと同様に『紫電』の二つ名で呼ばれた高名な冒険者である。

 弟のウォルムと共に世界中を冒険し、多くの人間に救いの手を差し伸べた。そんな父の娘であることが、シーラにとっての自慢であり、誇りだった。


「──シーラ、今日は何の話が聞きたい?」


 父はよく、自らが経験した冒険談を聞かせてくれた。

 海底に沈んだ都市の話。火口に棲む龍の話。世界樹と呼ばれる天にも届くほどの巨大な樹の話。

 どれも嘘としか思えないような壮大な話ばかりだったけれど、シーラは父の話す冒険談が好きだった。


 父の冒険談が毎日の楽しみ。

 話の内容が被ることは多々あれど、シーラは飽きることなく聞いていられた。

 楽しそうに話す父を見るのが何よりも好きだったから。



 そして一方、シーラの母、セシリア=レインもまた、世界中に名を轟かせた冒険者であった。

 腰に差した二本の剣で魔獣を次々と屠り、他の追随を許さないその剣捌きから、付けられた二つ名は『剣聖』。

 誰よりも強く、美しく気高いその有様はシーラの憧れであり、目標だった。


 母は強かな女性で、夫のモルドを尻に敷くような発言をすることもしばしば。

 しかし、裏ではモルドにデレデレで、口を開けば惚気話をするといった、かわいらしい人でもあった。


 母の惚気話を聞いた後、シーラはそのことを父にこっそりと伝える。

 すると、後からそれを知った母が顔を真っ赤にして恥ずかしがるというのがお決まりのパターン。


 そんな二人に育てられたからか──


「私、冒険者になりたい!」


 と、シーラはいつしか冒険者を夢見るようになった。

 冒険者になって世界中を冒険して、いつかお父さんとお母さんみたいに運命の相手と出会いたい。

 そんな、少年と少女の夢を混ぜ合わせたような欲張りな夢を。


 冒険者は危険な仕事だからという理由で、初めはその夢に反対していた父と母だが、シーラは必死に説得した。

 決め手になったのは『私が冒険者になりたいと思ったのはお父さんとお母さんのせいなんだからね』という一言だろう。

 それ以降、父と母はその夢に反対することなく、応援してくれるようになった。


 我ながら卑怯な言い方だったと、後のシーラは思う。

 それでも事実ではあるため、撤回するつもりは全く無いが。


 そして、シーラが七歳になった日の晩、シーラは両親にとあるお願いをした。

 それは、


「私が冒険者になってから、初めての依頼はお父さんとお母さんと一緒に受けたいな。あとウォルムのおじさんも一緒に」


 というもの。

 これに父と母は喜んで首を縦に振り、ついでのように誘われたウォルムもまた、笑って承諾してくれた。

 大好きな父と母、それに家族同然のウォルムと一緒に受ける初依頼はきっと、一生忘れない記念になるはず。


 そう信じて取り付けた約束は──果たされることは無かった。



  ## ## ## ##




 ──それが起きたのは、シーラが八歳の頃。


「それじゃあ、行ってくる」


「早めに終わらせて帰ってくるつもりだけど、遅くなったらごめんね」


「ううん、大丈夫! いってらっしゃい、お父さん、お母さん」


 そう言って、仕事に向かう父と母を笑顔で見送る。

 シーラも一緒について行きたかったが、正式に冒険者になれるのは十五歳になってからだ。

 だからそれまでは、こうして留守番をするのがシーラの仕事。


 不安は無かった。

 なにせ、シーラの両親は誰もが認める冒険者だ。だから、いつものように無事に終わらせて帰ってくる。──そう、思っていたのに。



「すまない、シーラ……。お前の父さんと母さんは……」


「…………ぇ?」


 翌日、待ちに待った父と母が帰ってきたのだと玄関の扉を開けると、そこにいたのは片腕を失ったウォルムだった。

 膝から先が無く、包帯でぐるぐる巻きにされた右腕は痛々しい。

 だが、それよりも気になるのは──


「お父さんとお母さんはどこ……?」


「すまない……すまない……」


 姿の見えない父と母。その所在を聞いても、ウォルムは泣いて謝るばかり。

 へたり込み、シーラに頭を下げ続ける。その弱々しい姿から、嫌でも理解させられた。


 ──父と母はもう、この世にいないのだと。


 しかし、


「……そんなはずないよ。だって、私のお父さんとお母さんだよ? ……絶対に帰ってくるよ。冗談はやめてよ……」


 理解はできても、納得できるかどうかは別問題。

 シーラは見たくもない現実から目を背け、ありもしない可能性に縋った。


 ──遅くなったらごめんね。


 そう、母は言った。だから、今はただ、帰りが遅くなっているだけなのだと。

 これはウォルムの冗談で、驚かせようとしているだけなのだと。


 だが、そんな微かな抵抗も、次の瞬間には霧散することになる。


「……おじさん、それは……」


 ウォルムに背負われた一本の大剣。シーラはそれに見覚えがあった。


「……これは、お前のお父さんの大剣だ」


「ぁ……」


 かつて、父は言った。


『俺は今まで、この大剣に何度も命を救われてきた。だから、俺は死ぬまでこの大剣を手放さないと決めているんだ』


 ──死ぬまで手放さない。


 その言葉が意味するものはつまり──そういうことだ。


「やだ……いやだよ……。お父さんと……お母さんが……そんな……」


「シーラ……!」


 膝から崩れ落ちたシーラを、ウォルムが残った左腕でぎゅっと抱き寄せる。

 すると、堰が切れたかのように、シーラの目から涙が溢れ出した。


「いやだ……やだよぉ! おどうざん、おがあざん、がえってぎでよぉ……! うわぁぁぁぁぁ!」


 そうして泣いて、泣いて、泣いて、ウォルムの腕の中で泣き続けて、そして──




   ## ## ## ##




「私が仇を取るからね」


 そうポツリと呟いて、シーラは霧のかかった森に足を踏み入れる。

 迷いはない。そんなものは全て、あの日の涙と共に流れ落ちた。

 悲しみを怒りに変えて、シーラは前へと進む。


「前が見えなくなってきた……」


 森の入り口付近はまだ薄い霧だったものが、森の奥に進むに連れて段々と濃くなって行く。

 視界不良で足元も碌に見えない。それでもシーラは歩みを止めず、突き進む。

 霧が濃くなるということは、確実に霧の発生源へと近づけているということ。

 だからより、霧の深い方へ。と、


「────」


 警戒しながら歩いていると、シーラの足がブニブニとした感触の何かを踏んだ。

 それと同時に、鼻の奥を刺激する鉄の匂い。

 しゃがんで確認すると、それは魔獣の死体であった。

 虫が集っていないところから察するに、この死体は今しがた出来上がったばかりなもの。

 となれば──


「っ!!」


 ふいに、シーラの鼓膜が微かな音を捉えた。

 どこか遠く、しかし歩けばすぐに辿り着けるであろう場所から、その音は聞こえてくる。

 まるで、獣が何かを捕食するような荒々しい音。


 ──間違いない、奴だ。


 そう、シーラは確信し、その音の方へと向かう。

 すると、その音の原因は近づいてくるシーラに気付いたのか、途端にその音は聞こえなくなり、代わりに足音のようなものが聞こえた。

 ズシン、ズシンと振動を伴い、その音はゆっくりと、確実にこちらへと近づいてくる。

 そして、霧の奥から次第に浮かび上がってきたシルエットに目を細め──シーラは過去を思い出す。



 父と母を失い、慟哭したあの日の翌日、シーラはウォルムに願い出て、戦い方を教わるようになった。

 冒険者になりたいからという名目で、しかし本当は両親の仇を取るために。


 そうしてシーラが冒険者になるまでの約七年間、シーラはただ強さを求めて自身の力を磨いた。

 来る日も来る日も父が残した大剣を振るい、雨が降ろうが雪が降ろうがお構いなしに、起きている時間は力を高めることに費やした。


 冒険者になってからは、北の森でも入手可能な素材採取の依頼を受けては、誰にも内緒で立ち入り禁止の北の森に足を運び、奴が現れるのを待った。


 待って、待って、待ち続けて──



「ようやく会えたな……霧の魔獣!」


 そして今、目の前に奴がいる。


 声に殺意を込め、シーラは背負った大剣へと手を伸ばす。

 研鑽に費やした七年間と、冒険者になってからの一年間、その全ては今、この時のため。


「今日ここで、ぶっ殺す!!」


 ──そう、全ては仇敵を討ち滅ぼさんがために。



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