第一話 孤立
12月25日。
世間がクリスマスで浮かれる中、千田地位は駅の待合室にいた。
手元には、財布とスマートフォン。
・・・あと涙でびっしょり濡れた切符。
財布の中身は2,340円。
スマートフォンの充電は残り12%。
モバ充なんて持ってない。金のあてもない。
彼は家出していた。
理由は一つではない。
学校での孤立。
家庭内での居場所のなさ。
そして、何をしても笑われるという感覚。
積み重なったものが、あの夜、電車の中で爆発した。
翌朝、動画は拡散されていた。
最初は数百回再生だった。
それが数千回になり、数万回になり、数十万回になった。
千田は自分の動画を見た。
何度も見た。
そして、画面を伏せた。
「……俺じゃん」
自分の顔が、知らない人間たちの笑いの種になっていた。
その日から、彼は本名で呼ばれることが少なくなった。
20XX年4月。
千田は、とある地方の県立高校に転入した。
県立北野高校。
ヤンキー高校だ。
部活動もそれほど強くない。
野球部に至っては、前年の県大会で初戦敗退。
千田が転入した日、クラスでは小さなざわめきが起きた。
「ねえ、あいつ……」
「もしかして例の?」
「マジ?」
千田は聞こえないふりをした。
担任が黒板に名前を書く。
「千田地位くんだ。みんな仲良くしてやってくれ」
千田は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
拍手はまばらだった。
休み時間。
一人の男子生徒が近づいてきた。
「なあ、千田」
「……何?」
「野球とかやったことある?」
「いや、ないけど」
「じゃあさ、野球部来ない?」
「え?」
男子生徒は笑った。
「人数足りないんだよ。お前でもいいから」
冗談なのか、本気なのか分からなかった。
千田は少し考えた。
「……考えとく」
俺はもう人に疲れたんだ。なるべく厄介なことには関わりたくない・・・が。
俺の居場所がどこかに欲しかった。
どこにいってもあの話ばかり・・・
放課後。
千田は野球部のグラウンドにいた。
そこには、泥だらけのユニフォームを着た部員が十数人いた。
監督らしき中年の男性が千田を見た。
「新入部員か?」
「はい」
「経験は?」
「ありません」
「ポジションは?」
「分かりません」
監督は少し黙った。
「……そうか。じゃあ、まず走れ」
それだけだった。
千田はグラウンドの外周を走り始めた。
一周目。
二周目。
三周目。
途中で何度も足が止まりそうになった。
それでも走った。
なぜ走っているのか、自分でも分からなかった。
ただ、ここにいる間だけは、誰もスマートフォンを向けてこなかった。それが少しだけ楽だった。




