第4話「屋根裏部屋の誓い」
――現在。バー「皇帝のご寵愛」の二階、屋根裏部屋。
サムは、屋根裏部屋へ続く隠し扉を開きました。
この部屋は、バーが開店した当初から、採取師チーム「皇帝のご寵愛」のアジトとして使われていた場所です。
最初は、本当に秘密の隠れ家でした。
けれど幹部メンバーが酔うたび、競うように歌をがなり立てるものですから、結局、客も含めた誰もが知っている宴会部屋になってしまったのです。
今では、ただの空き部屋です。
サムがこの扉を開くのも、ずいぶん久しぶりでした。
部屋の補修は、ほとんど終わっていました。
新しい木の香りが漂う室内に、窓から差す雪明かりが、斜めに壁を照らしています。
サムは手にしていた燭台に火を灯し、階下で言われた北側の壁へ歩み寄りました。
そこだけ、羽目板が取り付けられていませんでした。
「……?」
古い漆喰の壁に、何かが殴り書きされています。
サムは目が眩まないよう、頭の横に燭台をかざして顔を近づけます。
そこには、たくさんの署名が残されていました。
中央に大きく書きなぐっているのは、チームの頭目、乱鬼。
流麗な筆致のラッキー伯爵。
巨体に似合わぬ小さな文字のバーストン。
かろうじて文字と思われる引っかき傷は、おそらく赤岩猿。
それから。
それから。
総勢、十九名。
すべて、サムの先輩でした。
そして、「漏斗事変」で全員帰らぬ人となった仲間たちでした。
漏斗事変。
転生者社会の文書には一言も刻まれていない、歴史の闇に葬られた史上最悪の災害。
関わった転生者のほとんどが、あの日、帰らぬ人となったのです。
一番新米だったサムは、当時、調理の修行を命じられていました。
階下で料理を作り、この部屋に運ぶ。
それが、サムの役目でした。
だから、この部屋に長くいることは、ありませんでした。
当時の事を、思い出します。
ある冬、石壁では肌寒いという理由で、先輩たちが羽目板を貼っていたことを。
だから、自分はこれに気づかないまま、何年も過ごしてきたのか。
サムは、ようやく理解しました。
懐かしさが、胸の奥からこみ上げてきます。
気づけばサムは、胸元から煙草を取り出していました。
火を点け、ゆっくりと煙を吸い込む。
「バネッサ、こいつは許せ」
サムは小さく呟き、ため息とともに煙を吐きました。
その時です。
署名の上に、もう一行、何かが書かれていることに気づきました。
◇ ◇ ◇
――現在。バー「皇帝のご寵愛」の店内。
「おかえり、サム。見た?」
「……ああ」
「全部?」
「ああ、全部だ」
「うふふふふ。どうよ」
「最後まで、一人前扱いされなかったってわけだ」
サムは冷めてしまった炒め物にフォークを突き立てて頬張ります。
「え、そんだけ?」
「……まあ、当時の実力じゃな。仕方ない」
「ふーん。で、あれ、どうするの」
「……羽目板を貼ってもらって、おしまいさ」
「あのままでもいいんじゃない?」
「勘弁してくれ」
メイが肩を揺らしてクスクスと笑います。
そして天井──屋根裏部屋の方を見つめながら懐かしそうに言いました。
「みんなのマドンナだったもんねー、サマンサちゃん」
「なっ……! そ、その呼び方はやめろって言ってるだろ!」
「ツインテールのサマンサちゃんが、いつの間にか『双竜』とか呼ばれ始めた時は笑ったわ」
「てめえ、最後の決着をつけてやろうか!」
「あーははは。まだまだ負けないわよっ」
階下の女同士の喧嘩は、まだしばらく終わりそうにありません。
叶うことのなかった誓いの文。
それは明日には、また羽目板の裏へ隠されることになるのでしょう。
けれど、サム──サマンサにその想いを伝えたのなら。
そして彼女に、もうしばらくこの世界で。
このバーで生きていこうと思わせたのなら。
あの馬鹿げた誓いも、あながち無駄ではなかったのかもしれません。
壁には、こう書かれていました。
『事変を解決したとき、一番戦果を挙げた野郎がサマンサにプロポーズする』
おしまい。




