表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/5

第3話「取り扱いに困るもの」

――現在。バー「皇帝のご寵愛ちょうあい」の店内。


「……で、バネちゃんのスタッフに袋叩きとはね。双竜のサム(ツインドラゴン)も、焼きが回ったかな? 昔のあなたなら、三桁は倒してたでしょ」


数日前の記憶を辿っていたサムは、久しぶりに聞いた「双竜」の呼び名に、はっと現実へ引き戻されました。


「……六十八人以上、突っかかってくる奴がいなかったんだ」

「あら、負け惜しみ?」

「いや、事実だ。あの毒ガスは誤算だったが」

「サムさん、あれは毒ではなくてですねー、健康的に無力化する――」

「まあ、負けには違いないわよね」

「……ふん」


サムはため息をつき、煙草を取り出そうとしました。


その時です。


「あの。……サムさん、煙草は……」

「あ、すまん。そうだったな、バネッサ」

「……すみません」

「いや、作業の区切りで一服するのが癖でな。今後、気を付ける」


バネッサは、分かってくれて嬉しいというように、ほっと微笑みました。


その顔を見て、サムはまた記憶の続きを辿ります。


◇ ◇ ◇


――サムがバネッサのアジトに殴り込みに行った日。


行き違いはありました。


ありましたが、新しいオーナーであるバネッサは、少なくとも話の分からない相手ではありませんでした。


ファンシーな改装にも、特別なこだわりがあったわけではないそうです。

単に、新しい客寄せとしてどうかと考えたのだと言います。


バネッサは、きちんと説明しなかったことを何度も謝りました。

そして、改装を元の雰囲気に戻すので、サムにこのまま残ってもらえないかと頼みました。


サムも、改修について何も要望を出さなかったこと。

それから、少々暴れすぎたことを詫びました。


そのうえで、今後の方針を話し合います。

サムは、縛られたままでしたが。


ただし、バネッサは一つだけ譲りませんでした。


店内禁煙です。


サムとしては、なかなか辛い制約でした。

けれど、店はもう自分だけのものではありません。


結果としてそれを承諾し、サムはしばらくの間、マスターとして残ることにしたのです。


再改修工事は、急ピッチで行われました。


そして、残る作業が内装の一部だけとなった日の夕刻。

カウンター周りを片づけ終えたサムは、久々に看板代わりのランプを灯しました。


バネッサと、古い友人であるメイが、連れ立って来る予定だったのです。


◇ ◇ ◇


――現在。バー「皇帝のご寵愛」の店内。


バネッサとメイが知り合いだったことは、サムにとって意外でした。


けれど、このバーの譲渡話をバネッサに持ちかけた発端がメイだったのではないか。

そう考えると、いくつか腑に落ちる点があります。


世話好きのメイが、自分の店の窮状を憐れんだのか。


サムは、金に困っていたわけではありません。

けれど、そんな誤解をされたのだとしたら、それはそれで情けない話でした。


そういう気分のところへ、来店早々、メイはいつもの調子でサムをからかってきました。


昔からのことです。

本来なら、軽く流せたはずでした。


けれど今日は、どうにも引っかかりました。


その態度を、目の前の二人は、改装の件でまだ怒っているのだと勘違いしてしまったようです。


「バネッサ、すまなかった」

「え。いえ、そんな、サムさん。あの、煙草は身体に悪いのですよ。だから」


バネッサは、まだサムの煙草の件を気にしていました。


サムは、改装の件で不機嫌になっていたことも含め、バネッサには悪いことをしたと思いました。


けれど、詫びるにも、何と言えばいいのか分かりません。


「……ああ。そうだな」


壁の柱時計を見て、バネッサがスツールから立ち上がりました。


「そろそろお暇しますー」

「えええ。もう少し良いじゃない」

「これからお稽古なんですよー」

「あらら。あんたも大変ね」

「大変ですよー。……メイさん、例の件、お願いしますね」

「はいはーい」

「……では。お疲れ様でしたー」


バネッサは、にこにこと笑いながら扉に顔をぶつけました。


ごん、と鈍い音がしました。


けれど何事もなかったかのように、彼女は店を出ていきました。


「面白いやつだな、バネッサは」

「うん。一年前くらいに知り合ってね」

「……あんたも、昔はあんな感じだったな、メイ」

「ん。そうかな。……そうかもね」


サムは、先ほどから気になっていたことをメイに聞きました。


「バネッサが言っていた『例の件』って何だ?」

「後で教えてあげる。その前に、おかわり頂戴」

「もったいぶるなよ。何を企んでいるんだ、メイ?」

「企んでなんかいないわよ」

「あんたがそういう話ぶりをする時は、たいてい碌なもんじゃない」


メイがいたずらっ子のようにニヤリと笑います。


「……おかわり、頂戴」

「とっくに片づけ終わったんだが」

「サム。一杯くらい付き合ってよ」

「……分かったよ。つまみを用意するから、ちょっと待ってろ」


サムは腸詰肉と野菜を炒め、皿に盛りました。

それからメイの隣にどっかと座り、氷の入ったグラスに強めの酒を注ぎます。


「乾杯ー」

「で。例の件とは何だ」

「補修工事してたらね、見つけたんだって」

「見つけた? 何を?」


「取り扱いに困るもの」


「危険物か?」

「それで、扱いに困ったバネちゃんが、私に相談してきたの」

「だから、何を見つけたんだ」


メイは、グラスを揺らしながら、少しだけ楽しそうに笑いました。


「……屋根裏部屋の壁よ」


「屋根裏の壁? 何のことだ」

「やっぱり、知らなかったのねー」

「おい、メイ。お前、酔ってるな?」

「見てきなさいな。北側の壁よー」


今夜はもう、客も来ないだろう。


サムは、まず店じまいの準備を始めることにしました。

外に出ると、地に積もった雪を撫でるように、冷たい風が通り抜けていきます。


サムは小さく身震いしました。


そして、看板代わりのランプのフードを上げ、火を吹き消しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ