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第三十九話 CRASH~戦慄~

 先に動いたのはヒカル。目にも止まらぬ速さでテルの両足に諸手刈りを仕掛ける。が、テルの反射速度がそれを上回り、足を捕まれる寸前に数歩後ろへ後退していた。


『テル選手、固有能力である“ネズミのヒゲ”でヒカル選手の高速タックルを止めたー!』


『しかも、ヒカルが体を起こした時に脇を差してるね!』


『わき?』


 脇を差すとはレスリングにおける攻防の技術であり、読んで字の如く相手の脇に腕を差し入れる事である。


『レスリングは柔道や柔術と違って衣服を掴めないから、先に脇を差して相手の体を制した方が有利になるんだよ』


 テルは右手をヒカルの左脇に肘辺りまで差し入れていた。


『ノーギ(道着なし)での組み合いは、レスリングで銀メダルまで取ってるテルの方が圧倒的に有利だよ!』


 しかし、ヒナコの予想に反してヒカルは思わぬ反撃に出る。

 脇を締め、差し入れられたテルの腕を固定すると同時にジャンプ。両足でテルの首を挟みながら脇に刺された腕を伸ばしてゆく。


『と、飛びつき三角締め!!』


 三角締めトライアングルチョーク。手で相手の肘関節を決めながら足で頸動脈を締め上げるこの技は、今なおMMAにおいて広く使われる技である。

 立ったまま首と肘を攻められるテル。まるで獲物を捕獲した蛇の如くがっちりと入った三角締めにより、ヒカルは勝利を確信した。


「ぬおおおおおおおっ!!」


首を絞められながらも、テルは叫び、あろうことか右腕にぶら下がるヒカルの体を高く持ち上げた。そして、跳躍し空中で開脚。尻餅を突きながらヒカルの体をマットに力一杯叩き付けた。


『パ、 パワーボム……いや、これはライゲル・ボム!!』


 仰向け状態になった相手の両を肩の上に乗せて担ぎ上げ、浮いた相手の上半身を思い切り叩き付ける技をパワーボムという。このパワーボムを改良し、相手を持ち上げた後で自らもジャンプし尻餅を突きながら叩き付けるのがライゲル・ボムである。別名をシットダウン式パワーボム、ラストライド等とも呼ばれるが、開発者である田山聡一ことライゲル・エンマスカラドの名を冠したライゲル・ボムの名が広く浸透している。

 ボム系の技は受け身を取ることで後頭部への衝撃は免れるが、背中へのダメージは必須である。ヒカルは背中を強打した後、息苦しさを感じた。衝撃が背中から肺まで伝わるのだ。


『柔術やアマチュアの総合格闘技では、寝技の体勢で相手を持ち上げて叩き付けるのを危険行為として禁止してるんだよ』


 故に、ヒカルも背中からマットに叩き付けられるという経験はほぼ無い。この数秒の硬直が闘いの際は命取りとなる。対戦相手は……テルはどこだ?ヒカルは必死に敵を探す。


 その時だった。突如湧き上がる歓声。それと同時にテルの姿を発見した。仰向けになった自分の真上で、一回転しながら落ちてくるではないか。


『ムーンサルトプレス!!』


 ボクシングやムエタイなど、リングを使う格闘技はいくつかあるが、どれもロープやコーナーに登る者はいない。というかルール上認められていない。しかし、プロレスはリングという舞台を隅々まで活用する。

 フライングボディプレス、ニードロップ、セントーン、 ムーンサルトプレス、ファイヤーバードスプラッシュ……様々な技がコーナーポストから放たれるプロレスだが、何故わざわざ高いところから飛ぶのか?それは“魅せるため"に他ならない。

 百歩譲って相手の上に飛び降りて攻撃をするにしても、前にも後ろにも横にも回転する必要など無いだろう。しかし、その美しさと巧みさにプロレスの浪漫が詰まっているのだ。


「っっ!?」


 ヒカルは慌てて転がり、飛来するテルを回避した。


「いてっ」


 マットに腹と顔面をしこたま打ち付けたテル。しかし四肢へ衝撃を分散させている為、ダメージは微々たるものだ。

 ほぼ同時に立ち上がり、再び対峙する両雄に観客は拍手と歓声を浴びせる。


「やっぱり、慣れない飛び技なんてするもんじゃねえな」


 先にも述べた通り、生前のテルことアトラス星野は110キロもの体重をしたヘビー級のレスラーである。おまけに膝に古傷を抱えており、試合ではトップロープへ登ることはほぼ無かったのだ。


「ふざけやがって……!」


 いくらプロレス技とはいえ、得意でもない付け焼き刃の技を使う…その嘗めた行為にヒカルは怒りを顕わにする。


「何だ、お前らしくねえな?熱くなるなんて。リコの言葉を借りるなら、“トランキーロ“ってやつだぜ」


 再び構えるテルとヒカル。間合いを詰めた後、ヒカルの左ローキックがテルの右腿を襲う。ヒカルの打撃は決して弱くは無い。だが、巳の干支乱勢は筋力に掛かる強化補正がそこまで高くはない。辰の干支乱勢であるマイの大幅に強化された打撃に耐えたテルにしてみれば、打撃の重さは歴然であった。

 続いてヒカルが繰り出したのは右ストレート。元ボクシング世界チャンプであるエリのパンチに比べれば鋭さが足りない。


「オラァ!」


 テルはヒカルのパンチに頭突きを合わせた。一回戦でウィンがピエレの膝蹴りに対して行ったのと同じ要領だ。テルの頭突きにウィンのそれほど威力は無いが、頭突きはラウェイの専売特許ではない。プロレスでも使われる打撃なのだ。

 拳を防がれたヒカルが次に放ったのは中断蹴り(ミドルキック)。テルはそれを左脇腹に思い切り食らう。そう、敢えて防がず避けずに食らったのだ。ヒカルの蹴り足を掴むために。

 テルはヒカルの右足を左脇に抱え込むと、それを軸に自らの体を相手の足の下へ潜らせる様に回転させた。


 その技の名を飛龍旋回ドラゴンスクリュー



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