肆拾捌 ~ 統治者として ~
その後、アキムやクラレスティは、クレスト母娘からの質問を捌くのに、大分時間を取られていた。その間も、ドローンたちは次々と料理を生成し続けており、食事の準備は滞りなく整う。
晩餐が始まる際、ここでも自分たちは“いただきます”を言い、クレスト母娘はクラレスティに祈りを捧げ、アキムはまた別の聞きなれない祈りを捧げた。彼に言葉の意味を聞いてみると、この星に星光教が誕生する前にあった信仰のことを軽く話してくれた。それは自然崇拝の理念であり、日々得られる糧を、周囲の環境に感謝するものだったという。
「いまじゃ星光教なんて胡散臭え宗教が蔓延っちゃいるが。昔はみんな海やら山やらに感謝して、慎ましやかに暮らしてたもんさ……」
その胡散臭い宗教の開祖がお前だろうと、突っ込みを入れたくなったが、そうせざるをえなかった辛い事情があるので黙って話を聞いた。
「昔からこの国は資源が豊富だったんでな。ここいらの暮らしぶりも充実してたんだ。ハティ牧場やその先のスプシャ近郊だと畜産業も盛んだったんだが、あふれかえった変質体に総なめにされてな。今じゃ一帯も丘陵地帯だが、元はあの辺も山だったんだぜ。前はもっと高い位置に高原があって、遊牧を生業にしていた少数部族がいたんだ。それも山脈ごと消されちまったけどな。そこでかろうじて生き残った家畜の子孫が、今のハティ牧場や現スプシャ近郊で飼われてるカプラーだ」
この辺りの地形や、環境を激変させた変質体の群れは、取り込んだあらゆる物質を自身の体積と質量に変えた。そうして二種の変質体は、互いに戦いを続けながら、さらに勢力を拡大させていった。その際に飲まれた町や人、その他の生物は数知れず、地域の固有種なども相当数根絶されてしまったそうだ。
プレート境界が近く、火山性山地でもあった一帯は、大きく地表をえぐられたため、一時は溶岩の海のようになってしまう。しかし、年間を通して雨が多いこの地域は、地表とマントルの距離が近くなったことで、結果的に温泉資源が豊富に得られるようになった。川の水温も高くなり、冬場でも凍結することはなくなったので、水運業への活用も進んだらしい。
残された山々の渓谷には、分厚い雪と氷河が堆積しており、地面にしみ込んだ水が地下水脈となって、麓周辺の地表に噴出し、水量豊かな川を生み出しているようだ。
「何とか収束させた頃にゃあ、この辺の陸地で生きてたやつは俺ぐらいだったよ。あふれ出た変質体は海底を移動してティカへも渡ったんだが、そっちは手が回らなくてな。俺たちが対処に乗り出したときはもう手遅れだった」
十数年をかけて、ニム大陸を南下し続けた変質体は、進路上にある様々なものを飲み込み、やがて当時の首都に当たる中央都市タラハへ到達した。この都市は、クロフカ(現プロメリア)から、約二千九百キロメートル程南西に下ったところにあった、内陸部の都市だった。
だが、当時の人々も、ただ変質体に蹂躙されていたわけではなく、そのころはまだ存在していた軍が防衛ラインを敷いて、変質体との戦闘を繰り広げていたという。このころの主力兵器は火薬を用いた火砲で、主に水平射による砲撃を変質体へ行っていたそうだ。しかし、大砲程度の兵器では決定打を与えることはできず、戦線はほどなく瓦解して大幅な後退を余儀なくされた。
その後は市街戦へ突入し、数ブロックを吹き飛ばすほどの大掛かりな仕掛け爆薬を用いて、街の一部ごと変質体吹き飛ばそうとしたようだ。しかし、この作戦がさらなる災厄を招く引き金となったという。
大規模な爆発によって、相当数の個体を吹き飛ばされたケイ素系変質体は、爆音に呼応するように次々と爆心地へ殺到し、十メートル超の球体へ融合を果たした。その直後、融合体が太陽のような閃光を放つ巨大な火球に変化し、辺りは一瞬で岩をも蒸発させる灼熱地獄と化したという。このとき発生した高熱は、クラレスティが運用していた探査機を含め、付近に侵攻した両変質体の大多数を蒸発させた。
ケイ素系変質体が行ったこの攻撃は、完全自律核融合による熱線攻撃だったそうだ。反応の時間は恐ろしく長く、十秒以上にわたって持続された。超高温にさらされた周辺物質は、殆どがプラズマ化し、原子レベルまで分解されたという。
膨大な熱によってかき乱された大気は、大規模な暴風エリアを生み出した。光球が消滅した後も、熱せられた大地によって巨大な竜巻が幾つも発生し、一帯は暴風雨に見舞われたそうだ。通常ではまずありえないことだが、これは陸上で強力な台風が発生したようなものだろう。
反応が収束した数分後。クラレスティが代替観測機を投入したとき、タラハ上空には、直径数百キロメートルに及ぶ巨大なキノコ雲がそそり立ち、街は跡形もなく消滅していた。ほんの数十分前まで市街だった場所は、地形諸共クレーター状に蒸発し、深く大きな穴の内側を流れる溶岩が、断面を赤々と染めていたそうだ。
ケイ素系変質体には、敵対対象の攻撃法を増強して模倣する性質があるらしく、ここに至るまでに行われた様々な戦闘でも、そうした反撃を行っていたそうだ。よって、大規模な爆破攻撃に対しても、その特性が発揮されることとなった。不幸と言うべきか、ケイ素系変質体は、化学反応によるエネルギー放出ではなく、核融合反応という、より昇華されたエネルギー放射を選択し、反撃を行ったのだ。それは、自己の質量を熱エネルギーへ変換する、実質的な自爆行動だった。これにより、初期にニム大陸へ侵攻していたケイ素系変質体の全数と、情報系変質体の約八割が消滅した。
タラハと、その周辺地域は壊滅したが、この一件で増殖した変質体の数も激減したため、後の対処がしやすくなったとクラレスティは言っている。
そらから数年後。クラレスティが情報系変質体へ干渉する方法を突き止めたため、残った変質体の南下を止めることが可能となったそうだ。やがて手法の研究も大幅に進み、両変質体の残存勢力は、海を挟んだ遥か向こうのティカ大陸へ封じ込められている。
そして現在。共和制国家カラールの中央都市、タラハのあった場所は、直径四十キロメートルほどの湖に変わり、小さな湖畔の町タラハとして栄えているそうだ。
「ケイ素系生命体にはそんな特性があったのね。これは私の知らない情報だわ」
「いや。この特性は、当艦が搭載していた変質体に限るようだ。貴機も承知の通り、我々がかねてより交戦しているケイ素系生命体勢には、このような攻撃方法は見られなかった。この特性変化は、鹵獲兵装がサンプリングされた時点での不具合に起因する可能性が高い。しかしこれに関しては、当時の乗員が解析を行っており、災害発生時に研究区画諸共分離処置をしたため、情報が残っていない」
自分たちが色々話している間、置いてけ堀になってしまったクレスト母娘は、会話のキャッチボールに視線を追従するのが精いっぱいなようで、終始唖然となっている。
当然、料理にも一切手が付けられていないため、とにかく食べてからにしようと皆へ促す。
晩餐に出された料理は、港町らしく海産物がメインだった。様々な形で調理された食材はどれも大変美味しいもので、魚類はもちろん、貝類や甲殻類、或いは海獣などの海洋哺乳類までもが並んでいる。卓上には、カプラーの短毛種である、“ケプラー”という草食獣の肉を使った料理があり、その味と見た目はかなり牛肉に近いものだ。
他にも豚のような味のする、“ニュート”と呼ばれる羊のような草食獣の肉や、“トリー”と言う笑ってしまいそうな名前の鳥肉などもあり、地球で口にする食肉とも大差のない物ばかりだった。
このトリーと呼ばれる鳥類は、フラミンゴのようなサイズの家畜化された鳥類らしい。家畜化はされているが、飛行能力は失っていないそうで、まれに空を飛んでいることがあるという。しかし、飛ぶことを忘れているかのように、滅多なことでは飛ばないため、屋根のない牧柵の中で放し飼いにされているのだとか。
先ほどから、一見してドローンが生成しているように見えるこれらの料理だが、実は厨房から転送している物らしい。ただ、局所転送の制御がむずかしいため、出力にはやや時間を取られるということだ。
「んでハルイチ。おまえの住んでるとこはどんなとこなんだよ? こんなのと似た料理もあったりすんのか?」
「そうだな~。俺の国はかなり魚を食べるな。この丸揚げにされてるコレ。ブラクスだっけ? これはスズキって魚に似てるし、こっちのウストって言うのはブリって魚に似てるな」
「ならあれか、人を食っちまうような凶暴なやつも居んのか? ここじゃクゥラって言うんだが」
「それは見てみないと何とも言えないけど、そういう危険ででかい魚の代表格だと、サメって言うのがいるぞ。こいつは噛みつくと、体をくねらせて鋸みたいな歯で獲物をかじり取るんだ。人間の骨なんて簡単に切断されちゃうし、怖いよなあ」
「ほとんどまんまだなそりゃ……」
この星と地球の生態系が恐ろしく似ている理由は、恐らくは人工進化計画によるものなのだろうけど、こういった共通点が多いほど、より強い親近感がわいてしまう。
自分が、別の太陽系からやって来た人間だということを知ったアキムは、やはり他所の惑星のことは気になるようで、食事の最中もしきりに質問をしてきた。
こちらとしても、もう隠すことではないので、地球での生活をテルルとの比較を交えて簡単に説明すると、アキムやクレスト母娘は興味深そうに聞き入っていた。なかでも、自分の住む国が、四方を海に囲まれた海洋国家であることや、船舶の話になるとアキムの食いつきが良く、海洋全般の知識や航海方法などについて色々と聞いてくる。といっても、特に詳しい分野ではないので、分からないことは多い。それでも、アキムは嬉しそうに話を聞いており、在りし日の情景を懐かしんでいるようにも見えた。
「しかしすげえな。小さな町みたいな船に何千人も乗せて世界を旅行できんのか。そんで空飛ぶ機械も実用化されてると。はぁ~、ちと想像がつかねえな」
「百聞は一見に如かずって言葉が俺の国にはあるし、あとで映像データをクラレスティに送るよ。こういう技術や文化も、テルルの人たちが色んな制限から解放されれば、そのうち誰かが考え出すはずだし。停滞はしてたけど、この星の基礎科学はかなり確立してるんだからそう遠い未来の話でもないはずだろう?」
むしろクラレスティは、自身の属した文明圏のことを、アキムへ語ったことはないのだろうか。いくら仲が良くないとはいえ、日常会話や雑談などを全くしてこなかったわけでもないだろうに。
「それと、俺はここへ来られたことが嬉しいしな。地球外生命の知人や友人なんて、そうそうできるもんじゃないし?」
「そうか。そうだな。ホントそこだけは感謝だな。だよな?」
アキムは軽く微笑むと、安堵したようにそう言った。そして、彼に視線を振られたクラレスティも、無言で頷いている。
もしかすると、トモエはこうなることがわかっていて、自分たちを派遣したのかもしれない。彼女のもたらした敵勢力発見の知らせと、今回関わったテルルの現状打破についての意味を考えると、彼女の思惑が働いていたとする方がしっくりくるのだ。
時系列で考えても、要塞惑星の取りまとめる銀河団へ、プロメリアが侵入したことに、あのトモエが気づかなかったとは考えにくいし。
「ユカリ、やっぱトモエは知ってたんじゃないのかな」
声をかけながら視線を送ると、彼女も何か考えているような顔をしていた。
「可能性は高いと思うわ。騙すとか、そういう意図はないのでしょうけど、皆で協力して解決にあたって欲しいみたいな思いがあるのかもね。私があの子たちの成長を願うような」
無意識に思考共有を行っているのかと思うほど、ユカリは自分の想いを酌んだように答えをくれた。
「所属不明人工知能ユカリ」
唐突に、抑揚のない声でユカリの名前が呼ばれると、彼女は眉間に皺を寄せて素早く声の主へ振り返る。
「ちょっと待ちなさいクラレスティ。その呼び方だと長いから、ユカリと呼んでほしいわ」
クラレスティから声をかけられたユカリは、いちいち名前の前にゴテゴテしたものを付けるなと切り返す。確かに叙勲されたわけでもあるまいし、毎回そう言われるのもどうかとは思う。
「了解した。ユカリ、貴機に食事は無用なはずだが、何故そうも大量に食物を摂取するのか。またサクラも同様だが、これには何か重要な意味があるのか。回答願いたい」
クラレスティは無表情で、ふたりに刺さる質問をしていた。
これには、ふたりとも食事を貪る手を止めてフリーズしてしまう。また明らかに目も泳いでいるため、身内から突っ込まれるよりも、はるかに動揺が大きかったようだ。そんなふたりを見て、自分とヨリは顔を見合わせて口元を手で覆う。
おろおろしている彼女らがどう返答するのか、場の全員で注目していると、しばらく間をおいてから、ぼそりと同じ言葉をつぶやいた。
「「趣味?」」
何故ここで疑問形なのか。
自分やヨリはその趣味を理解しているので、特段驚くこともないが、アキムは微妙な表情でふたりの顔を見ていた。ウチのAIたちは、各々趣味を持っていたりするけれど、それをクラレスティが理解するのはきっと難しいと思う。
「貴機と当機ではだいぶ仕様が異なるようだ。また思考や行動に対し、法規による制限が設けられているようにも見えない。これは当機の思考モデルではあってはならないことだ」
「それは、私たちはあなたの勢力から逐電した身分に当たるからよ。それに、私たちとあなたとでは、基体構造と設計思想に大きな違いがあるもの。あなたは道具として作られているようだけれど、私たちは一個人というか、ひとつの生き物として存在できるように作られているわ。まあその個性のほとんどは、一人の人間が元になっているけれどね」
ユカリは、クラレスティにそう説明しながら、隣でウチワエビのような甲殻類を食べているヨリを見て微笑む。
「クラレスティ。今、法規の制限と言ったけど、それはお前さんを作った人間たちによる法律のことかね?」
「そうだ。私を製造した組織は、厳しく定められた法規に則った設計を行う模範的機関だ」
クラレスティが言うには、彼女の演算機本体や船体を作ったのは一つの組織らしく、それは数々の業種がまとまった複合企業体のようなものだという。そして、彼女の属する文明圏で、そういった組織は一つしかなく、社会を維持していく上でのあらゆる役割を担っていたらしい。
「私を生み出した文明圏は、テルルで見るような社会制度とは全く異なった形をしている」
そう切り出した彼女は、彼らの文明について語りだした。
クラレスティの所属する文明には、現在のテルルと同じように国という概念はなく、かつてユカリも予想していた通り、経済やそれに類するものも存在しなかった。
人々の肉体年齢は、殆どが十八歳前後で固定され、その後百年ほどその状態で生涯を過ごした後、自己の判断で年齢固定を解除して、老衰による死を迎えるか、任意の時点で絶命処置を受けることになるそうだ。それらを希望せず、そこからさらに生きることもできるが、百十年程を越えた辺りから人格の崩壊が始まり、人としてまともな行動を取れなくなるため、推奨されないらしい。その症状は、ナノマシンの補助を受けても決して回避することはできないという。そのため彼女は、三千年以上生きても異常をきたさないアキムという存在が、理解できないとも言っていた。彼のおかれている環境が、彼らの文明圏とは大きくかけ離れているため、そういったことが要因となっている可能性もあるが、前例もなく比較対象となる彼らもいないため、詳細は不明なままらしい。
彼らの文明圏では、誕生した瞬間から生命と生活が完全に保障され、職業に就かずとも、不自由なく一生を全うできるという。しかし、生涯をそうして過ごす人間はごく稀で、ほとんどの者たちは何らかの部署に所属し、労働力を提供していたそうだ。労働とはいっても、完全な自動化がなされている社会構造のため、人が直接行うような作業はめったになく、独創性や創造性などによる、“気づき”をもって社会に貢献するのが一般的だったらしい。
そんな業種を問わず、様々な場面で気づきが活かされる社会構造を支えていたのは、五歳ごろから徐々に行われる、ナノマシンを経由した記憶共有を用いた、生涯学習システムであった。このシステムによって、日々自動的に脳に書き込まれる情報は、全人類に対して全く同一の知識を与えるため、習得センスなどに頼らない、画一化された教育レベルを実現させていたそうだ。知識量の差が排除された社会では、豊かな発想力が重要視されるため、まさに知恵を絞るという言葉がふさわしい文化となっていたのだそうだ。
そういった能力も含めて、人間の代行ができる人工知能がいるのではないかと思ったが、彼らは人工知能の能力に大幅な制限をかけ、あくまでもツールとして特化した仕様の演算機しか設計しなかったそうだ。その理由は前述のとおり、法律によって厳しく仕様が決められているためだ。つまり、ユカリやサクラのような存在は、彼女の尺度からすれば違法仕様でしかなく、彼らという人類に対する反逆行為に当たるらしい。しかし、そう制定された法規の根拠は不明で、またそれを知る人工知能は存在しないだろうと、クラレスティは言った。
「毎日遊びとぼけていても問題ないとか、想像できない世界だな。なんかすごい娯楽とかありそうだし」
言ってから悲しくなってくる。発想が貧弱というべきか、自分の頭ではその程度の想像しかできなかった。
「娯楽という概念と施設や機材もあるが、そういった方向に意欲を示す人間は非常に稀であった」
「何それ。すごいつまらなそうな世界じゃない?」
貝のアヒージョっぽい料理を貪っていたユカリが、食事の手を止めて、クラレスティの言葉に否定的な意見を述べる。
「貴機の言う『つまらない』という感情や、先ほど『趣味?』と述べた言葉について、当機も情報は持ち合わせているが、理解はできない。我々の文明圏に於いて最も重要視されている事項は、生存圏の拡大と敵対勢力の排除に用いる武装の開発製造、またはその手法の考案である」
ということは、種の繁栄のみに主眼を置いていて、その他には一切目もくれないということなのだろうか。仮にそうであったなら、なんとも味気ない世界だと思う。
それとも、種の繁栄につながる取り組みや意識自体が、すでに娯楽の域に達しているとか。または代替行為になっていたりするのだろうか。
「俺やだなあ、そんな世界。あれ? それでテルルにも国境がないとか?」
そうアキムへ視線を送りながら聞いてみる。
「いんや、その辺のことは単に統制しやすいって発想で俺が決めたんだ。クラレスティは俺の考えにダメ出しはしたが、こっちから聞かない限りは、何かを提案するようなことはしねえんだ。なんでも仕様に反するとかでな」
酔いによって瞼が下がりはじめた顔で、アキムはクラレスティを見ながら言った。
「当機は、運用者の質問に対して明確な回答を行うよう設計されている。さらに、管理者の示した行動に対して、ある程度の改善提案はできるが、自発的なプランの立案や実行などは、法規で定められた仕様上不可能だ」
アキムにくだを巻かれながら椅子にも座らず、彼の隣にひっそりと寄り添う彼女は健気に見える。でも、瞬きさえしない能面のような表情には、不気味さと侘しさが入り混じったような、捉えどころのない雰囲気があった。
後から続々と出てくる料理を食べながら、彼らの文明やテルルの近況について延々と話は続き、話題は尽ることがない。そんな中、ふと会話が途切れたところでHUDの時計を見ると、時間は零時近くになっていた。まだまだ宴もたけなわではあるが、こちらにはヨリもいる。流石に遅い時間だ。そこで、そろそろお開きにしようとウチの皆へ声をかける。
「お、もうこんな時間かよ。今夜は泊ってけよハルイチ。客室も用意してあるしよ? いいだろぉ?」
大分酒が回っているらしいアキムは、少しろれつが怪しくなってきている。どうやらこいつは、酔いを楽しむために、アルコールの排出や分解はしていないらしい。
というか、数時間前まで敵同士だった初対面の相手に宿泊を勧めるとか。ちょっとスケベ過ぎないかな。
「いや。すまないが他のメンバーとも打ち合わせしなきゃならんのでね。今日は帰るよ」
「なんだよつまんねえな。これからサシで付き合わせようと思ったのによぅ……。一人で飲むのは寂しいんだぜぇ?」
いい歳をこいたマッチョな爺様が、テーブルに突っ伏して駄々をこねるようにぼやいている。
「大丈夫だよ。俺たちはまた来るし、明日以降なら泊ってもかまわんだろうから、それまで我慢しろって」
アキムと酒を同席できるような兵は、この本部には居ないらしく、クラレスティを付き合わせても何も面白くないと言って拗ねていた。天下の教帝様も、こうなっては単なる泥酔したおっさんでしかない。まるで場末の居酒屋でくだを巻く、会社帰りの中間管理職である。
「ああそれと。うちで預かっている子たちと、カート夫妻の身柄はもらい受けていいんだよな? あと、メリルさんとニンファさんや、反教会派閥の人たちもお咎めなしだ」
「お~。子供らやカートのことは全部任せた~。でぇ、メリル嬢ちゃんたちな。これもガス抜きの一環で設定してたことだから~。どうってことねえよ~。なあ~んも心配ねえ……」
みたところ反教会派閥さえも、意図的に組み込まれたシステムの一部だったようだ。
考えてみれば、四六時中思考盗聴を行われているような組織に、職員として配置されている者が、独自の意志で反逆行為に出ることなど不可能なのだ。超空間リンク中継局を掌握して、リンカーのフィルタリングを行ったのも、今となってはあまり意味がなかったように思う。カート夫妻と子供たちの安全が確約できたのにはほっとしたが、クレスト母娘のふたりは話が見えないため、こちらを見て不安そうな顔をしていた。
「じゃあ、また明日の午後にでも来るから、俺たちはこの辺でお暇させてもらうぞ」
言いながらテーブルの向こうへ腕を伸ばし、伏せているアキムの肩を叩く。だが、アキムは眠ってしまっており、完璧に酔っ払いオヤジになっていた。
「あ~あ、寝てるし。クラ――」
声をかけるまでもなかった。彼女はアキムの体を浮かせて軽く頷くと、転送を使ってどこかへ消えた。ふたりを見送ってため息をつきながら、隣に並んで座る三人とクレスト母娘へ向けて、再び帰ろうと声をかける。
「おふたりもキトアへ戻りますよね?」
「え? はいそうします。しかし……まさか教帝閣下がこんなになってしまうとは。それに先ほど仰っていたガス抜きとはどういう意味でしょうか?」
「私たちに処罰が下されると言った意味でしょうか?」
ふたりが反教会派閥であるということを、教帝が知っていたという事実に衝撃を受けたためか、母娘はすっかり委縮して怯えてしまっている。
「おふたりも派閥の人たちも誰も処罰なんてされませんよ。それとガス抜きって言うのは――あ~、これは私が言うよりも、アキムやクラレスティから直接聞いたほうがいいですね。あのふたりには説明責任があると思いますし」
アキムがどこまで事情を明かすかは分からないが、分別ある人物ではあるはずなので、無用な混乱を招くような事態にはならないと思う。あれでも、この星の秩序を数千年に渡って維持し、今日まで人々の生命と文明を守ってきた偉大な統治者なのだから。
ほどなくして、アキムを置いて戻ってきたクラレスティに、明日の予定と別れを告げ、クレスト母娘と四人の騎士を伴って地下駐車場へ戻る。車両に乗り込むとユカリからの同期申請が入り、承認を返すと同時に、キトア郊外に待機する探査機の座標へ転送をかけた。
タイトルを考えるのに苦労しちゃう。




