肆拾玖 ~ お見積 ~
昨夜は、拠点へ帰ってからランを呼び戻し、チカ&ムツミを交えて状況をすり合わせてから、そのまま一泊した。そして一夜明けた現在。子供たちを連れて戻った要塞惑星で、プロメリアの復旧についての段取りを話している。
子供たちの方は、チカ&ムツミとヤシロの引率で、先日無事完成を果たしたレジャー施設“富士宙塞ランド”の方で、各種アトラクションを堪能しているはずだ。施設名が、どこかで聞いたことがあるような感じなのは、自分が思い付きで適当に命名したためで、某有名レジャー施設とは何ら関係はないのである。てへぺろ☆。
「ねえ。皆が真面目な話をしているときに、どうしてふざけた顔をしているの?」
こちとらこれでも真面目に話をしているのに。ユカリから毎度辛辣なご意見をいただいて、感涙の極みだな……。
「ええい、顔がふざけているのは生まれつきだい! そいであの船の仕様だけど、何とかなりそうかな? リエ先生」
今日も自分の胡坐の上に来ているリエは、仮想空間内に散らかっている書類をあれこれと見比べて、やや難しい顔をしている。彼女が書類をとっかえひっかえするたびに、頭の両サイドから突き出た髪の房が、ぴょこぴょこ揺れるのが可愛い。もちろん、この空間内にある紙束はただのイメージなので、現実空間の卓上には、お茶や茶請けが並んでいるだけだ。でも、胡坐の上にいるリエは、どちら側でも同座標に存在している。
「ええと~。船体と各区画の設備は問題なく修復可能ですね~。ですが、機能を回復させても、動力源が外部仕様となっていますので、このままでは再起動ができないのですよ~」
「そうなのよね。この艦には動力源として恒星艦が必要なのよ」
ユカリとリエは、似たような顔でそんなことを言っている。
本来この艦は、千隻前後で艦隊を組んで運用する物だそうで。艦隊には恒星艦と呼ばれる旗艦を兼ねた動力艦があり、かつてプロメリアもそれに随伴していた。探査船団は、恒星艦を中心とした、半径約六万光年の範囲で球状展開しながら超長距離航宙探査を行い、日夜居住可能惑星を探し回っていたのだそうだ。
「それは直しても電源が確保できないってこと?」
「そうなのよ。自律兵器群の管理にはかなり厳しい体制を敷いていたみたいだから。独立した動力源を搭載して、無制限に行動ができる艦や兵器は殆どないのね。理由は人工知能絡みらしいのだけれど、自分たちが生み出したものにどれだけ信用を置けないのかしら。やあねえまったく。猜疑心の塊みたいで」
ユカリは彼らのAIの扱い方に苦言を呈し、口を尖らせてはアホ毛をくねらせる。
「メイちゃん、ウチの銀河団に手ごろな野良恒星はないものですか? お隣の銀河団から貰えたりしませんか?」
「残念ながら、当銀河団内部に即運用可能な恒星は余ってまいせんね。一応外縁部から周辺探査を行ってみますが、星系を破壊せずに利用可能な恒星となるとなかなか難しいと思いますよ? なければ作るというのもありではないですか?」
「う~ん。恒星を作るほどの水素の持ち合わせはないのです。どこかから回収するのにも時間が掛かりますし~。あ~ん困ったのですよ~」
リエは大分スケールの大きなことで悩んでいるようだ。
何気なくさらっと言っているが、彼女たちは、その辺をふらついている恒星を捕まえて、発電所にしようとしているのだ。加えて相当量の水素があれば、恒星を生み出すことも可能だと言っている。まさか何でも作れるリエが恒星をも生み出せるとは思いもしなかった。
星系を持つ恒星を覆って持ち去ると、その星系が受け取れる恒星からのエネルギーは、完全になくなってしまう。そうなると当然、恒星重力場も消滅するので、星系は維持できなくなる。これは宇宙の環境破壊ともいうべき行為なので、そんなことをするわけにはいかないそうだ。それにしても、皆が話している内容はスケールが大きすぎて、自分は閉口し通しだ。
「ウチの動力リンクを恒久的に確立してもいいのだけど、電源が一系統しかないのは不安が残るし。できるだけこっちは補助に回したいわ。となるとやっぱり個別で動力炉を用意しないといけないか……」
「その場合は、艦の大きさを変えずに改修を行うのは無理なのです。転じて、大きさを変えれば自由なのですが、そうすると仕様から外れてしまいますし。船体の修復機構などにも大幅に手を加えないといけなくなりますし~」
いろいろできないことないけど、標準仕様でなくなる場合は、手間がかかるということか。さしずめ魔改造と言った感じだろうか。
「大変だよなあ。まあ規模がでかすぎて俺の出る幕はなさそうだし、ちょっと遊園地でも行ってこようかな~」
「何言ってるの、そんなの駄目に決まってるでしょ。今日は会議が終わり次第プロメリアへ行くんだから」
自分の知らない間に駄目と決まっていたようだ。
「え~、でもはるちん遊びたい~」
またキモイおっさんが身をくねらせて、おかしなことを言っている。まったくどこの晴一だよ。保護者を呼べ保護者を。
「ああ! そうですよ晴一さん! なぜあんなアトラクションを作ったんですかぁ! わたし死ぬかと思たんですからね!」
突然アイが怒り出したと思ったら、園内のアトラクションで、死ぬほど怖い目にあったことについて文句を言っている。
詳細は口にしていないが、状況からしてアイはお化け屋敷に入ったのだろう。けど、そんなことを自分に言われても、入ったのはアイの意志だし。確かにアレの監修はしたけれど、主にあのアトラクションは、外来者向けのサービスのつもりなので、お化けへの耐性がないウチのメンバーが利用することは想定してないのだ。というよりも絶対に寄りつかないだろう。
遊園地の設備に関しては、まだその内容を知らない子もいるため、ここでネタばらしをされてしまうとサプライズが減ってしまう。アイもそのあたりの配慮はあるようで、文句は言うが特に何がとは言わず、詳細は伏せていた。
「そっか~。不幸な事故があったんだな。いや、俺も悪意があってアレを用意したわけじゃないんだよ。でも、今回は運が悪かったとは言え悪いことしたよな、ごめんなアイ」
どうもアイは、リエの試游会に付き合って地雷を踏んでしまったらしい。この結果は自分も不本意なので、素直にアイへ謝っておいた。間接的とは言え、彼女の苦手なものを強要したようで申し訳ないし。
「いえ……まぁ、別にいいんですけどねえ。晴一さんがわざとやったことではないですし。晴一さんが意地悪なのは、私のことが好きだからみたいですし~」
唐突にわけの分からないことを言い出すので、恐怖のあまり頭がおかしくなったのではないかと心配になってしまう。
「え、なに好きって? そりゃ大事な家族だし嫌いではないけど、脈絡もなしにいきなりどした? アレのショックでどこか駄目になったか?」
「ええ~! もう、そういうところが素直じゃないんですよ~。まったくもう。まったくもう!」
本当にどうしてしまったのか。
それきりアイはもじもじしていたので、まぁいいやと話を進め、やがて会議はお開きとなった。時間は十一時二十分ほどだったが、向こうへ行ったらすぐに作業に入りたかったので、少し早めの昼食をとった後、自分たちはプロメリアへ直行する。
◆ ◆ ◆ ◆
今回のメンバーは、ユカリ、ラン、リエ、メイの四人で、前回同行したヨリとサクラには、お子様たちの世話を頼み、社に残ってもらった。
転送を使って星光教本部内へ直接移動し、昨夜食事会を行った貴賓室に入ると、間髪入れずクラレスティが現れる。あまりにも出迎えが早かったので理由を聞いてみると、セキュリティ対応で飛んで来たらしく、事前通知なしでの直接転送は控えるよう注意を受けた。
「言われてみればそうだよな。配慮が足らなかった」
「昨夜と同じ個体と機体であれば問題はなかったのだが、登録のない新たな機体を検知したため対応せざるをえなかった。今回は貴殿とユカリだけか、ハルイチ」
「ああ。ヨリは何かと忙しいし、荒事もないだろうからサクラも留守番だ。それと今回の新しい面子はこの子たちになる。皆設備のエキスパートだから、俺とユカリはおまけだな」
クラレスティに三人を紹介すると、皆はクラレスティと手をつなぎ、接触通信で情報交換を行った。相手も同等の技術で作られたインターフェースボディなら、口頭で伝えるよりも、こうして直に情報をやり取りした方が話も早い。
しかし、リエだけは自分の後ろに隠れてしまい、陰から腕だけを突き出して通信を行っていた。そんな状態でも、クラレスティは特に気に留めた様子はなく、リエとも無事情報交換を済ませた。子供たちとはすぐに仲良くなれていたのだが、リエは意外と人見知りな所があるようだ。
「了解した。貴機たちの協力に感謝する」
一通り面通しと自己紹介が終了したところで、貴賓室の奥にある扉が開き、アキムが姿を現す。あれだけ飲んでいたのに彼は、昨日と変わらない様子で声をかけてきたので、少し驚く。ナノマシン適用者が二日酔いになることはないようだ。
「早速揃ってんな。初顔の子らもいるみたいだし、一応挨拶はしておくか。俺がモルズ・アキムだ。不本意ながらこの星光教会の教祖を務めている。今回は相当世話になるから、本当に感謝しているよ。よろしくお願いする……」
彼の態度は、昨日までの印象とはまるで違い、三人に対して臣従礼のようにひざを折り、深く頭を下げた。そんな態度を見て、三人は顔を見合わせて困惑する。
「あら、ずいぶんと殊勝なのね」
しかし、ひとりだけ不遜な態度で腰に手を当てている者がいた。
「こるあユカリ。人に頭を下げるのは難しいことなんだぞ! 敬意を表した相手にはこちらも敬意で返さなきゃだめだって言ってるだろ。それからアキム。そんなに畏まられるとやりにくいからやめてくれ。これは俺たちの役目でもあるんだから」
自分も膝をつき、彼の肩に手を置いて声をかけるが、アキムは真面目な顔で言う。
「いや、これはけじめだからな。俺なりの儀礼みたいなもんだ」
普段は飄々としているが、彼も人の上に立つ者だけあって、こういった場面ではきちんと一線を引くようだ。アキムは、本質的にとても生真面目な男のようだ。これは自分も見習わなければ。
「気持ちは分かったからさ、もういいだろう? さっさと仕事の話をしよう」
アキムの手を取って引き起こすと、彼は照れたような表情で口元を緩めている。意外と言うかこのおっさん、案外可愛い所もあるのかもしれない。
「なんというダンディズム。何も起きないはずがなく」
「メイ?」
「いえ。何でもないですユカリ姉さん。うふふ」
ぼそぼそと話をしているメイが、口元を掌で隠しながら笑っていた。そんな彼女の双眸に、一瞬怪しい光が宿ったように見えたのは気のせいだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆
プロメリア内部へ移動するため、アキムの案内で貴賓室内にある転移室の前まで来ると、奥の扉が開き、聞き覚えのある声が自分たちを呼び止めた。
「教帝閣下、お待ちください。先日当屋敷内へ押し入った賊に関してご報告したいことが……」
声の主を振り返ると、小走りにやって来た人物と目が合い、相手はぎょっとした表情になる。多分、同じように自分も驚愕の顔をしているだろう。
「あっ!! きさまはハルイチ! おのれこんなところで何をしている! アンギス様そやつです! そやつが私の屋敷に――」
驚いたことに突如現れた人物は、死んだはずの小男、支部筆頭審問官ニーヴだった。しかし彼はあのとき確実に死んでいたし、診断結果でも間違いなく生きてはいられない状態だったはずだ。そんなニーヴがなぜここにいて、自分を罵倒しているのだろうか。
「あーあ、面倒くせえのが来ちまったな。悪いがハルイチちょいと待っててくれや」
アキムはそう言うと、青筋の浮いた禿げ頭に猛烈な汗をかいているニーヴの元まで行き、その低い肩へ腕をまわすと、貴賓室を出て行ってしまう。そんなふたりを見て、自分とランは呆気にとられ、閉じた扉を無言で眺めるしかない。
「あの男、死んでしまったはずでは……」
自分の背後に隠れていたランが顔を出し、驚愕と困惑の混じったような表情で言った。
「確かに死んでたよな。幽霊かな」
「「ひぃっ!!」」
幽霊という言葉に過剰な反応をしたランとメイは、自分へ飛びつくようにしがみつく。そんなふたりよりも遥かに速く、真正面から蟹ばさみのような体勢で引っ付いてきたのは、長姉のユカリだ。
「晴一……あれは幽霊なの!? そうなの??」
「どうなんですか堤さん……」
「晴一くんっ!」
三人はコアラのように自分にしがみつき、ガタガタ体を震わせていた。しかし、リエだけはけろっとしていて、姉妹たちの滑稽な様子にきょとんとしている。
「君たち面白いね。いや重石ろいね。でもさ、よく考えたらニーヴもクローン体なんだよね。ということは、また新たな個体が投入されたってことなんじゃないのかね。目の前で絶命するところを見せられた俺としては、ものすごく複雑な気分だけど……」
アキムとニーヴが入って行った扉を眺めてそんう言うと、鈴生りになっていた娘たちは、顔を見合わせのそのそと床に降りはじめる。そんな中、ユカリだけはそのまま横移動をして、背中側へ収まった。
「そ、そうよね。クローンだものね」
「少し取り乱しましたわ」
「幽霊なんていませんから」
各々そう言って、醜態を取り繕おうとしているが、言葉と態度はちぐはぐなもので落ち着きがない。
「やっぱそんな感じになるよな。リエなんてなんとも思ってないのにな~」
小脇のリエに声をかけると、待ってましたと言わんばかりに、妹たちが退いてできたスペースへよじ登ろうとするので、屈んで彼女を抱き上げる。
「ぼくは知らない人の方が苦手ですけど、幽霊は知らない人ではないので怖くないのですよ~」
これはこれで、かなり突飛な意見だとは思う。けど、ある意味人間の方が怖いというのは、的を射た意見だ。
「そっかそっか~、リエは偉いな~。因みに俺は両方怖い。幽霊とか見たことないけど」
ユカリとリエを引っ付けたまま、赤ん坊をあやすように上半身を軽くツイストさせていると、アキムが部屋に戻ってきて待たせたことに謝辞を述べた。聞けば、回収したニーヴの遺体を再生処理して、元の役職に配属しようとしていたそうだが、アキムが辞令を出す前に向こうからやってきてしまったらしい。目覚めてすぐ報告に来るくらいだし、あの小男、意外と職務に忠実なのか。それともこれも制御を受けている結果なのか。
教会職員の記憶は、リンカーにフルバックアップされているらしく、サイクリックなスケジュールに組み込まれている個体には、レストアされるたびに、その記憶が継承されることになるという。その際、時勢などの情報も適宜修正を受けるため、矛盾を生じさせずに完璧な個体再現が可能となり、行動を制御するのが容易になるのだとか。
体制を堅持する必要がある一方、人の命が奪われるのはやはり嫌なものなので、こういうことはこれっきりにしたいと思った。そして、仕組みを知らなかったとはいえ、ニーヴが死ぬ原因を作ったのは自分なので、猶更辛い気持ちになる。今のニーヴが、完璧に同一の自己と自我を持つ存在でも、前の個体が死んだことに変わりはないのだから。
「まあ、今更敢えて言うことでもないけどさ、ほんとクラレスティの考えたこのシステムって機械的だよな。なんつーか、職員は誰も報われてない気がするし。今は仕方ないんだろうけど」
「だろうな。言っちゃあなんだが、俺はもう慣れちまってるからな。ハルイチのそういう意見を聞くと新鮮に感じるし、いかに今の自分がイカレてるかってのを実感するぜ……」
数千年もの間、こんなことを繰り返して来たアキムだが、自分の目からはまともな人間にしか見えない。そのため、彼が言うほど印象は悪くない。でも心の深い部分では、かなり病んでいるのかもしれない。既に大昔の出来事だが、自殺未遂を起こしているくらいだし、いまだ希死念慮も持ち続けているようだ。これは都合をみて、チカとムツミのカウンセリングを受けさせた方がいいだろう。
「長いこと全く共感の得られない相手と、ふたりきりで秘密を守ってきたってことだし。もっと酷いことになっていても不思議じゃなかったはずなんだよな。やっぱあんた凄いよ。アキム……」
「なんだよいきなり。確かに孤独ではあったけどよ」
アキムは、いつの間にか傍らにいるクラレスティの方を見て、しかめ面で言う。
「そっか。まあいいや。早く行こうぜ~」
自分は彼の背中を押して転移室の中へ移動した。
道すがらアキムと話をしている間、クラレスティが自分の顔をずっと凝視しているのが気になった。恐らく、背中と胸にユカリとリエを搭載しているので、その行動を不審に思っているのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆
超長距離航宙探査艦プロメリアは、その巨体を地下三千メートル付近に横たえ、直上にはテルルの首都プロメリアが鎮座している。この船が墜落した頃、この辺りは海であり、ニム大陸は現在の九割ほどの面積しかなかったという。
ほぼ三千万年をかけて大陸は南方から成長し、プレート運動によって大きく北へ押しだされた結果、プロメリアの大部分は岩盤に覆われ、船体のごく一部が湾の海底へ掛かる形となっているそうだ。かつてクロフカ湾と呼ばれたこの湾もまた、プロメリアが落ちてきたときにできたクレーターの名残だそうだ。
「まさか俺たちが暮らしてる町の足元に、こんなろくでもねえ爆弾が埋まってるなんてな。昔も今も市民は想像だにしてねえだろうよ」
アキムは肩をすくめながらそう言い、またクラレスティへ渋い顔を向けている。
クラレスティは、これまでずっと彼にそういった態度を取られる度に、無感情な口調で謝罪の言葉を述べてきた。そして今回もまた、そのカウントが一つ増えてしまったようだ。
「ちと気になってるんだけど、この星の文明はいつからこんな感じなんだい。地上のビル群とか、キトアの町並みと比べると、かなりギャップがあるとおもうんだけど」
「規模は一回り小せえが、この街はタラハの再現都市なんだよ。変質体がわき出す前は、この星にもあちこちに似たような都市があったんだが、あの事件以来文明が結構衰退しちまってな。格差を感じるのはそのせいもある。なもんで、この町にある仕組みが災害前の文明レベルだから、単純に三千年は停滞してることになる。これは教会の方針でもあるんだが」
人々の好奇心を抑え込むことで、意図的な停滞を生み出し、開拓精神などの発現を防いできたのだとアキムは言う。なぜそんなことをする必要があるのかと言うと、それは先にも述べたように、人々の自発的な行動を抑制することで、変質体であふれかえるティカ大陸内陸への進出を、阻止するというのが主な理由だ。現在も、向こうに居住者はいるが、それはごく限られた沿岸地域に留まるのみで、星光教の支部が厳重な監視と防衛を行っているそうだ。
代表的な例では、ニアーズという赤道付近にある街が城郭都市となっており、転送や海路以外で市内に入ることはできない構造らしい。街には八万人ほどの人が暮らしているそうだが、外周には、門などがない全高七百メートルの見えない壁がそそり立っているとか。この壁には、外側から内側に対してのみ、光を透過する仕組みがあるため、外の景色や太陽光が遮られることはない。また変質体の姿はマスクされるので、内部の人間が外界の状況に気づくこともないとのことだ。
壁の向こうの砂漠には、侵食分解性の自律地雷が設置されており、まれに監視網を抜けてくる小型ケイ素系変質体の対処に、絶大な効力を発揮しているという。
そして、今では大分低くなっているが、キトアにある城壁もその名残なのだそうだ。
「そんな危ない地域によく住んでられるな」
「そりゃあ、壁の外にそんな化け物がうろついてるなんて誰も知らねえからな。変質体の存在は知っちゃいるが、まさか大陸自体が巣になってるとは思わねえだろうよ」
こともなげにアキムは言うが、何故そうまでしてそこに住む必要があるのか。自分は理解に苦しむ。
「こっちへ移住させた方がいいんじゃないの? 常時一触即発な状況じゃ、アキムだって気が気じゃないんじゃないと思うんだけど」
「それはそうなんだけどな。向こうには現地の文化もあるからよ。いくら星光教が絶対的な権力を持つっつっても、それを全部捨てて移住しろとまでは言えねえよ。故郷がなくなるってのは辛いもんだからな」
アキムは苦笑しながら言った。
故郷諸共、家族や親しい人間を消し飛ばされた者の言葉には、形容しがたい重みがある。またそれは、自分の心に深く突き刺さった。
「ああ……そうか。無神経だった」
自分は、また彼の壮絶な過去を思い出してへこんでしまう。
「おいおい、そうくれえ顔すんなって。もう遠い遠い昔の話なんだからよ。それにもうじき解決すんだろ?」
すると、アキムが笑顔を浮かべて自分の肩に手を置いた。
「だな。さっさとプロメリアを直して、変質体を一掃しちまおう」
船内に着いてから、ずっと歩いてきた通路はとてつもなく長く、ここまでの移動距離は軽く二キロメートルを超えている。色々と話をしながら歩いていたものだから、大した距離ではないと思っていたが、全然そんなことはない。当然この間も、ユカリとリエは自分に引っ付いたままだ。
「ここが当機の本体が設置されている主演算機室になる」
先頭を歩いていたクラレスティが突然歩みを止め、扉の前に立って切り出す。
扉の上部には、ホログラフィのように文字が中空に表示されており、彼女の言ったように主演算機室と書かれている。クラレスティが近づくと、扉は軽い機械音とともにスライドして壁の中へ引きこまれ、室内には星のような光がきらめく闇が広がっていた。
「あらら、真っ暗ですわね」
「当艦の電力事情はひっ迫しているため、極力消費電力を抑える必要がある」
クラレスティがそう言うと同時に、室内に照明が入り、内部の様子が明らかになった。彼女は中へ入ると、皆にも入室するように促し、入口の横へよけて進路を開ける。乾燥した室内の空気はひんやりと冷たく、周辺の機械類からは、冷却ファンが回転するような音がかすかに響いていた。
部屋の広さは、量子脳格納プール室と同じくらいで、やはりここにも天井はない。照明の届かない上方では、色とりどりの光点がきらめいているし、なにかと共通する点も多い。
「この辺の作りもウチの設備と大差はないんだな」
「そうですね。ただほとんどの周辺機能は、スタンバイ状態で固定されているようです」
感想を何気なしにつぶやくと、近くにいたメイがそう返し、システムの調査を開始していた。飛び降りたユカリとリエも、メイと共に室内を検分しはじめ、設備の状態をメモにでも取るように共有情報へまとめはじめる。
部屋の中央部には黒い板状の装置があった。その表面では赤い光点がランダムに点滅し、群体を形成したり離散したりと、まるで人工生命シミュレーションのようにグラフィカルな動きを見せている。板状の装置は全部で六枚あり、それらは円状に配置され、円の内側には六角柱がそびえたっていた。板の大きさは、幅が約九十センチ、高さが百八十センチほどあり、サイズ感はほぼ畳一畳分だが、厚さは十八センチくらいあった。
板同士の隙間は一メートルほど開いていて、板の背面と六角柱との距離は、その倍くらいあった。六角柱の各面は、高さ一メートル程度の扉構造となっており、所々が区切られながらだいぶ上の方まで続いている。柱自体は暗闇の中まで伸びており、HUDを通して見ると、先端部は四百メートル程上方の天井部に接続されている。この吹き抜け構造になっている区画は、上層までの高さが恐ろしくあるようだ。要塞惑星の設備では確認していないが、同じ構造であるなら、向こうも天井は相当高いのかもしれない。
「これは思ったより深刻ね。よくもこんな状態で稼働してこれたものだわ」
周辺に配置されている端末を操作していたユカリが口を開き、クラレスティが置かれている現状に嘆息している。
「現在当機の演算機は、機能の八割を迂回して最低限の状態で稼働している。故にインターフェースの稼働状況も一割以下となっているため、このような入出力なのだ。システムが健全であれば、多少人に近い振る舞いも可能になる」
「え、まじで? それはちと気になるな」
そんな話をクラレスティとしていると、壁際でコンソールを覗いていたアキムがこちらへやって来た。
「そういやおめえ、だいぶ昔にもそんなこと言ってたな」
「そうだ。当機がこの話をするのは三回目となる」
首だけでアキムの方を見たクラレスティが、すまし顔で言う。
「へえ。そうなんだ」
「つっても、別に興味はねえがな」
「本当に興味なさそうだな」
どうやら今更な話だったらしい。
「晴一。ここは終わったから次行くわよ」
そこでリエやメイを伴ってユカリが戻り、移動しようと言ってくる。
「はいよ」
一同は早々に主演算機室を後にし、再び長い通路を歩きはじめる。すると、二十メートルほど通路を進んだところで、先頭を行くクラレスティが隣の部屋に入った。艦内MAPによれば、この部屋は転送室となっており、次はより遠い区画へ移動するようだ。
本来ならば、この通路には乗り物が走っているはずで、鉄道めいた移動手段が走るチャンバーも各所にあるらしい。これらも電力が不足しているため稼働していないそうだ。おかげで、大した距離も歩いていないのに、ユカリは不満気な表情になっている。
一瞬の転送によってたどり着いた先は、プロメリアの艦橋だった。プロメリアは巨大な宇宙船なので、艦橋に詰めている乗員数も百や二百はいるのだろう。などと思っていたが、開いた扉の先には十畳間ほどの空間しかなく、そこは三つの椅子が置かれたこじんまりした場所だった。
「ちょ狭っ。ここって副艦橋?」
「いや、ここが当艦の主艦橋となる。副艦橋はあと十四か所あるが、全てここと同じ機能と大きさを備えている」
究極的な自動化が進んでいるため、艦を動かす人員は三人いればこと足りると彼女は言い、これは他の区画でも同じらしい。そして、ここでもユカリたちはコンソールを起動させて、船体各所の不具合を調査している。
「ということは、機関室とかも少人数なのかね」
「当艦に推進機関は存在しない。当艦が単独で行えるのは、重力制御による浮上と進行方向の変更だけだ」
「え? じゃあどうやって航行してるんだ……」
「それは、回転体に貯蔵した運動エネルギーを超空間リンク経由で受け取り、物理保護領域へ作用させることで推進力としている。運動エネルギーの貯蔵体は恒星艦に搭載され、その回転速度は常時光速の九十五パーセントで維持されている」
フライホイールのようなものに貯まった慣性力を取り出して、直線運動に変換しているということか。なるほどな。
「あれ。そういや前にリエが運動エネルギーを借りてくるとか言ってたことがあったな」
ユカリの隣でコンソールを覗いていたリエに声をかけ、あのときの彼女が言っていたことを聞いてみると、同様の設備が要塞惑星にもあるということが判明した。しかし、当該設備は動力管理区分になるので、詳しいことはランへ聞いてほしいとのことである。
そこで今度はランに話を聞くと、要塞惑星の地下には、惑星直径の九割ほどの大きさがある環状運動エネルギー概念貯蔵体が、複数埋設されているそうだ。そこに余剰電力や、粒子転換炉から回収された運動エネルギーを直接保存しているらしい。回転体周辺には、同期回転する超空間ビーコンが設置され、リングを格納するケースには、トーラス型の超伝導コイルが搭載されているという。回転体に設置されたビーコンからは、運動エネルギーが取り出され、コイルの方は回生余剰電力を用いた回転体の加速や、電力の取り出しなどの役目があるそうだ。
また概念貯蔵と言うように、環状回転体は実体を持たない。それは情報生命体勢の特性を利用したエネルギー貯蔵法らしく、あらゆるエネルギーを回転運動という概念に変換して閉じ込めているのだとか。何が何だかさっぱりだが。
「ですので、私たちが飛行して移動する際も、貯蔵体から運動エネルギーを受け取っているのです。これは飛翔体の加速にも使われていますし、要塞惑星や銀河の移動にも使われますわね」
「そうだったのか。色々全然分からないけど、俺は全部重力をどうにかしているのかと思ってたよ」
重力の作用する方向を操作して、いわばその方向へ落下をするように、空間を飛び回る手法をイメージしていたのだが。基本的に飛行による移動では、重力制御を浮遊以外に使うことはないそうだ。




