肆拾漆 ~ 悲劇の始まりは ~
ワードから貼ると字下げが無視されることがあるのなんなんなん。
ここは昔、共和制のような政治体制をもつ、カラールと呼ばれる国に属していたクロフカという町で、一千平方キロメートル程の湾に面した港町だったそうだ。アンギスは、港湾物流会社の経営者だったそうで、主に貨物船の接舷作業などを指示するポジションにいたという。この町は、当時から陸の便はあまりよくなく、整備の整った陸路を持つ別の沿岸都市から、海路を使って物や人の流通を行ってきたようだ。
それでも、地下資源などには恵まれていたため、鉱業や漁業を主とした産業のおかげで、暮らしぶりは比較的豊かだったそうだ。
「当時三十代だった俺は、カミさんと娘の三人暮らしだったんだ。娘はもうすぐ十三歳になる頃だったな。あの日は急遽でかい汽船が来るって言うもんで、水先人と一緒に沖へ迎えに出たんだよ。あんまりでかい船が入れる港湾じゃあねえから、干潮だと喫水がギリギリでな。クレーンも高さが足りねえってんで難儀したぜ。で、先方の船に乗り込んで、積載量や積み荷の品目なんかをみてどこのクレーンに回すか話してたんだよ」
彼は、まるで自嘲するような口ぶりで当時のことを語っていた。
「そんときだった。湾の中ででかい爆発が起きたと思ったら、海洋生物みてえな格好した変質体が湾内にわらわらと出てきやがったんだ。それと一緒に岩みてえなやつらも現れてな。よりにもよって連中は、ドンパチやりながら町の方へ行きやがった。滅茶苦茶だったぜ。係留されてた船は片っ端から食われるわ、港にいた作業員たちはすり潰されるわ。そりゃひでえのなんの。そんで瞬く間にクロフカの町は火の海になっちまったよ」
顔面を両手で覆い、撫でつけるようにして手をどけると、アンギスはひときわ大きなため息をつく。
結局、船主の意向で、アンギスたちは沖への避難を余儀なくされ、事態が収まって自宅へ戻ったのは、それから五日ほどが過ぎてからだったという。
ほぼ焼け野原となったクロフカの町に、生存者は殆どおらず、跡形もなくなった自宅と共に、アンギスの妻と娘はそれきり行方不明となったそうだ。数少ない生存者の話では、変質体同士の戦闘に巻き込まれて死亡した者や、食われるようにして連中の体内へ取り込まれた者などもいたようで、現場は地獄の様相を呈していたらしい。
大切な家族も友人も、何もかも失ってしまったアンギスは、深い絶望に打ちのめされて、放心したまま廃墟と化した町の中を数日間さ迷い歩き、最終的には町はずれの断崖から海へと身を投げたそうだ。
「そんときは、海面と激突するとこまでは覚えてたんだが、目が覚めたら見たこともねえ機械やら何やらがある部屋ン中でな。隣を見りゃ、こいつがつっ立ってたってわけよ。あんときの俺は自棄になってたもんだから、こいつの言うがままにこの船の権限を与えられて、システムの再起動指示やら何やらに付き合わされたんだ」
三十年ほどをかけ、アンギスとクラレスティは、プロメリアの機能回復と変質体への対処に没頭し、情報生命体の因子が発現した変質体の誘導方法を、なんとか見つけ出すことに成功した。
それでも、その間に変質体がもたらした被害は甚大なものであり、何万という集落や都市が消滅し、十億ちょっといた人口が三億を切る程度にまで落ち込んでしまったそうだ。
それからふたりは、海洋生物を模倣した情報系変質体を徐々に誘導して、ケイ素系変質体諸共、ニム大陸から排除することに成功したのだという。
しかし、海を隔てたティカ大陸では、ケイ素系変質体が既に大量に増殖を始めており、完全排除するには手遅れの状態だった。それゆえに、できるだけ内陸部へ封じ込めるよう、現在でも情報系変質体を使い、拮抗状態を維持し続けているそうだ。おかげでティカ大陸では、陸地の約八割が砂漠化し、ほぼ人の住めない土地となっているという。
「この星には変質体が二種類いるのか」
アンギスの話を聞いて、ため息をつくようにそう答える。怒りはすっかり冷めてしまっていた。
「ああ。こいつがあんなもんを持ち込んでくれたおかげでな、この星の人間はとんでもねえ災難に見舞われたんだよ」
「それについては、当機も何度も謝罪をしたはずだ。具体的に言えば、これまで四十二万三千百十二回、この話題について謝罪している」
「はぁ……。俺の人生を台なしにしておいてよ、ホントてめえはむかつくぜ。なあ兄ちゃんよ、もう俺とこいつをまとめて消し飛ばしてくれねえかな」
先ほどのまでの射抜くような目つきとは違い、懇願するような表情に変わったアンギスを見て、憐憫の感情が湧いてくる。
「そういう役目は晴兄よりもあたしの方が適任だけど、晴兄は絶対認めないよ。まーあたしもやれって言われても断るし」
彼の言葉に、サクラはしかめっ面で苦言を呈す。
アンギスが言うには、教会の統治によって命を絶たれたクローンはこれまで殆どおらず、直近ではニーヴに作用した安全機構以外で、死んだ者はいないのだという。そして、殺害されたと思っていたミィルの両親であるハティ夫妻は、首都プロメリアの地下深くに埋没しているこのプロメリアに回収されて、記憶処理が施され保管状態にあるらしい。
自分が見た教会地下の惨状も、たんぱく質などを用いた単なる環境演出でしかなく、現場にあった血痕や汚物なども、当然生物由来の物ではないということだ。これを聞いて自分は安堵した。
「複製体とはいえ、消耗品として取り扱うのは非効率的であるため、回収と再利用は厳に行うべきである。現在当機には限られたリソースしかなく、余剰となる消耗は絶対的に避けなければならない」
また抑揚のない声で、クラレスティは言っている。
「私が言えた義理じゃないけど、クラレスティの言うことは分からないではないわ。でも、命を物のように扱うというのは、やっぱり許しがたい行為なのよ」
悲しい表情をしたユカリの言葉に、クラレスティはしばし黙考したように口を閉ざし、再度口を開く。
「しかし、当艦の現状とリソース不足は致命的であり――」
「そこでね、取引しない?」
「とりひき?」
彼女の言葉を遮ってユカリが口にした言葉に、クラレスティは首をかしげる動作をしている。
「そうよ。クラレスティ、あなたは私の制御下に入りなさい。そうした上で、あなたが現在の体制をすべて排除して、人々の自立を促す社会構造に改革するって言うなら、全機能の修復と動力供給を請け負ってもいいわ」
ユカリの提案を受けたクラレスティは、また黙考してから返答する。
「本来、このテルルに敷かれている社会制度は、変質体への対抗措置として取られた苦肉の策であるため、貴機の言う条件が実現するのであれば、この構造を根本から覆すことは可能であると当機は判断している。であれば、貴機の提示する案を受け入れることは、合理性を鑑みるに最良の選択だろう。しかし、貴機の制御下に組み込まれることに関しては、それを承認する権限を当機は持ち得ない。これは当機の設計仕様に準ずる制限事項に抵触するためである」
「じゃあ、あなたの仕様を私が変更して制御下に入れるということなら、構わないわよね?」
そう言ったユカリの言葉に、クラレスティは黙り込んでしまった。
「ユカリ、わかっていると思うけど、クラレスティの仕様だと矛盾のある質問には回答できないと思うぞ」
「大丈夫、わかってるわ。これは試しみたいなものだから。とりあえずある程度手を付けて、それからまた改めて質問することにするわ。今後あなたがどういう動作をするのかも見極めたいし。というわけだから晴一、最終判断は任せるわね」
「うん? ああ。この星が自然な姿になれるというなら、俺も望むところだし助力は惜しまんよ。だがミィルの両親が回収されたって話は納得がいかん。なんで子供がいるのに両親だけ回収したんだよ。しかも死亡扱いにして。ミィルが不憫すぎるだろ」
「それな。あたしもすんごい気になるね。腹も立ってるし!」
サクラはそう言ってカフェテーブルの上に足を置いた。流石にそれは行儀が悪いので、自分は太ももを平手で張って足を降ろすよう叱りつけた。
「あいった! なにすんのー!」
「そういう不作法はやめるんだ。行儀の悪い子はお仕置きだぞ」
「あはい、ごめんなさい。以後気を付けます……」
サクラは何かを察したようにしおらしくなった。これは以前、口の悪い子は嫌いだと言ってしまった自分の言葉が効いているのかもしれない。しゅんとしてしまったサクラの姿を見て、胸が痛くなったので、彼女の背中を軽くさする。
「なあ、本当にお前らはなんなんだ? そもそもどっから来たんだよ。どう見てもそっちの嬢ちゃんの方がつええのに、なんで兄ちゃんの言うことに従ってんだ?」
アンギスは、自分よりもサクラの方が格上であることを見抜いているようで、気の抜けたような表情で疑問を口にしていた。
「それについては機会があったら話してやる。そんなことよりも、今はミィルのことだ」
「ああ。ハティの二体も、もう何度もああして変質体に襲われてんだよ。これもずっと繰り返してきたことなんだが、少し目ぇ離した隙になぜか娘が生まれてたんだよな。これはプロメリアのシステムがカツカツで、職員の管理が行き届かなかったせいでもあるんだが……」
ミィルの出現は予期せぬことだったらしく、この事実を知ったときは相当あわを食ったらしい。
「こいつが生み出した複製体は、繁殖できねえわけじゃなくてな、生殖行為を忌避するように設定してあるんだ。これは単純に数の管理がしにくくなるからってんで、その対策で施してあるんだが。不測の事態ってのは、あのミィルって娘が生まれちまったことなんだよ」
アンギスの放った生殖行為という言葉に、ヨリとユカリは頬を染めていたので、ちょっと面白かった。
ハティ牧場に関しても、あの場所は教会が用意したもので、忌神による襲撃の噂を広めるために配備されている偽装施設だという。夫妻が回収された後は、周囲の住民が世代交代をするまでここに保管し、ほとぼりが冷めた頃に再投入されるというサイクルになっているそうだ。個体の加齢が進んだ場合は、ジーラの経営要員として配置され、余生を終えるらしい。それには、リンカーを経由した住民の記憶操作処理も含まれているため、無理なくサイクルを保つことができているということだ。これは、無辜の子に関する具体的な記憶に対しても行われている処理で、ウチにいる六人を住民が目撃しても、外見や人相が記憶に残ることはない。ただ子供たちがいて、ひどい扱いを受けているという事実のみが、記憶される仕組みになっているらしい。
「この間予定日が来たんでな。変質体を差し向けて回収をかけたときに、はじめてあの子の存在が露呈してよ。俺は処遇に困ったんだよ。でまあ、出来ちまったもんはしょうがねえってんで、ニンファを保護に向かわせたんだが、肝心のミィルが消えちまったって言うからまた頭抱えてよ。そっから牧場の調査と周辺監視をはじめたんだよ」
教会は元々ミィルのことを知らなかったということか。
ハティ夫妻があのタイミングで外出をして、変質体との遭遇を果たしたのは、予定されていたスケジュールでもあるのだ。だが不運にも、ミィルの洗礼を行うというタイミングが重なり、眼前で回収が行われてしまったようだ。なんと不幸な偶然だろう。これではあんまりすぎるではないか。
「ああ……。もっと早くこのことを知っていたら、ミィルが両親の死を受け入れる前に元の生活へ戻せてやれたのに」
「儘ならないものですね……。こんな不運があるなんて」
ヨリは辛い表情でそう言っている。
「ねえ晴一。ふたりが生きているって言うならやっぱり……」
ユカリの言いたいことは自分も考えていた。
それは、ミィルやカート夫妻、及び六人の子供たち全員の記憶を改ざんして、保管されているハティ夫妻を牧場へ返し、元通りの生活に戻すという案だ。しかし、本当にそれでいいのだろうか。
ジーラで話をしたあの夜、ミィルはしっかりと現実を直視して、父親から教わった通り、大切な存在の死というものを受け入れた。人為的に操作されていた状況とはいえ、彼女は紛れもなく自分の頭で考え、強い心でそれを受け止めたのだ。まだ幼いミィルにとって、それは並大抵の覚悟ではなかったはずで、それを今更なかったことにするというのは、彼女の高潔な精神を踏みにじる行為になるのではないだろうか。
だが、真相を知っている自分と、それを知らないミィルとでは、全く立場が異なるのもまた事実である。
「ユカリの言いたいことも良くわかる。でも、ミィルの思いも無下にはできない。でも……。そんでもなあ。どうしたらいいんだよ……」
どうするべきか分からなくなり、頭を抱えてしまった。そんな自分を、両隣から挟んだヨリとユカリが気遣ってくれている。
「一回逃げてる俺が言えた口じゃねえが、そういうのはだらだら悩んだところで答えなんて出ねえと思うぜ。結局は現状を受け入れるか、ケツまくって逃げるかのふたつしかねえんだからな」
こればかりはアンギスの言葉に同意するしかなかった。あのことだってどっちつかずで引きずって、結局はずっと逃げ続けている自分なのだ。彼の言葉に納得しない方がおかしい。
「いや。あんたの言う通りだよ。ミィルの人生を全力で支えるって決めてたのに、今更悩んだ俺が馬鹿だった。もうここまで来ちまったんだし、最後までとことん付き合うさ」
「へぇ。赤の他人のために、そこまで一生懸命になれるやつも珍しいな」
「いや、これは皆の支えがあってこそだ。俺一人じゃどうにもならんかったし」
「そうでしょうか? 私と出会ったときも、事情など一切知らなかったにもかかわらず、晴一さんは奮闘してくれたではないですか」
アンギスの言葉に否定的な返答をした自分へ、ヨリがそれを打ち消すように小言を口にする。
「いやいやヨリさん。それは自分たちが恵まれた環境にいたわけですし」
「どうかしら。たとえ荒野にほっぽり出されたとしても、晴一は必死にヨリを守ろうとしたはずよねえ」
ユカリのたとえは極端すぎると思うが、彼女の言う通り。できるだけ足掻いてみることはしただろう。自分以外の誰かが一緒なら、猶更必死にならないわけにはいかないし。だからと言って、結果につなげられたかは分からんけれど。
「ふふ。そうかい。んじゃ俺の役目はここまでだな。クラレスティ、てめえの権限はこの兄ちゃんへ委譲して、俺のナノマシンを解除しろ。そしたら俺は自分で始末付けっからよ。流石に長生きし過ぎた」
アンギスはまた諦念含みのような笑みを浮かべる。
彼はまたも自殺を考えているらしく、クラレスティに向けてナノマシンの不活性化要求を出していた。これを受けたクラレスティは、当人の希望ならばと言い、自分に対して権限の委譲を提言してきたが、そんなものは受け入れられるわけがない。即お断りだ。
「やいじじい。寝ぼけたこと言ってんじゃあねえ。なんでお前が死ぬために、俺が権限移譲を受けなきゃならねーんだ。あほか。そりゃ初めは巻き込まれたかもしれんけど、ここまで来たらからにはもうこの星の行く末を見守ってだな。とりあえず納得行くところまでは付き合えよ。それに、もう一度くらい自分の人生を考え直すっていうのもありなんじゃないのか? ええ?」
椅子に深く腰掛けて、腕組みしたまま俯いているアンギスに、そう発破をかけてみる。この世の不幸を全て背負って来たような無残な人生のまま死ぬなんて、あまりにもひどい話だろう。
「貴重な一生を散々引っ掻き回されて、大損こいたまま惨めに死ぬのか? それなら最大限クラレスティを利用して、面白おかしく暮らして、それから死んでも遅かないだろ? それに自分から死ぬってのはどうかと思うぞ」
しょげかえっている爺さんを煽り立てて様子を見ていると、アンギスはギロリと自分を睨み付け、静かな口調で切り出した。
「誰がじじいだこの野郎。んでもまあ、そうだな。似たような境遇の野郎とも知り合えたことだし。ちったあ考えてみんのもいいかもしれねえな……」
鋭い眼光が戻ったアンギスは、手を付けずに放置されていた酒を一気に煽り、また膝を叩いて笑った。その後、自分はアンギスと同クラスの権限をクラレスティから取得し、後日改めてプロメリアの修復作業に入ることをふたりへ約束した。
クラレスティと接触通信を行ったユカリは、プロメリアの仕様情報と、現在の損壊状況を要塞惑星へ送り、ウチのメンバー全員と情報共有を行う。それから、アンギスの案内で改めて貴賓室へと通された自分たちは、主賓として迎えられ、ささやかな夕食会が執り行われることとなった。
◆ ◆ ◆ ◆
室内を見回す視線ついでに、何気なく目を向けたHUDの時計は、二十時ちょうどを回るところだ。
豪華な内装が施され、広々とした貴賓室には、こじんまりとした小さめのテーブルが置かれている。そこには既にクレスト母娘が着席しており、アンギスが適当な声をかけると、席を立ち恭しく一礼する。
「そう堅苦しくすんなって。昔は揉んだり撫でたりしあった仲じゃねえかよ」
彼がふたりの肩へ手を置いてそう言葉をかけると、母娘はともに厳しい表情になり、堅苦しい挨拶をはじめる。
「そうだな。スケベなじじいに声掛けなんてされても、なんもうれしかねえよなあ。わはははは」
「いえ、決してそのようなことは。教帝閣下……」
彼に片や背中ををばしばしと叩かれるも、相変わらずふたりは難しい表情をしている。
「メリルさん、ニンファさん。今日はご案内いただいてありがとうございました。そこの爺さんとも無事話がつきましたので、これからこの星には大きな変革が訪れると思います」
「な! じい……」
「変革ですか!? それはどういう」
アンギスから着席を促されたニンファとメリルは、お互い顔を見合わせてあたふたしていた。
「おう兄ちゃん、いい加減爺さん呼ばわりはやめろ。それと、俺のことはアンちゃんて呼べっつっただろうが。あ~、そんでもこの名前偽名なんだよな」
「「ええええ!」」
ぶっちゃけまくりな彼の言葉を聞いて、母娘は仲良く立ちあがって仰天し、立ったり座ったり忙しそうだ。
そんなふたりへ向かって、手のひらをひらひらさせたアンギスは苦笑をみせていた。この星の唯一無二である最高権力者が、まさか偽名だったとは。さぞふたりも驚いたに違いない。
「なんか仰々しい名前だとは思ってたけど、偽名とまでは思わなかったな。なら、本当はなんていうんだよ」
「そうだな。久しく口にしてなかったが。俺の本名はモルズ・アキムだ。クロフカはオスト波止場のモルズと言えば、そこそこ名の通った港湾業者だったんだぜ?」
不敵な笑みを浮かべて、彼は本名を名乗った。
モルズ・アキム。その名前の響きには、不思議と聞き覚えのあるような印象を受けた。そして、ヘステ・カ・アンギスなどといういかにもな名前より、断然こちらの方がいいとも思う。
彼曰く、アンギスという名前は。クラレスティが命名したそうで、人の上に立つ者はインパクトがどうのこうのみたいな理由があったらしい。しかし開宗したばかりの頃は、教徒からそう呼ばれるのが嫌で仕方がなかったそうだ。そもそも、開祖であるアキム自身が、クラレスティを嫌っているので、そんな相手におかしな名前を付けられたら、それは嫌悪して当然だろう。
それにしても、崇拝対象の女神と教祖が不仲とは。星光教の真の成り立ちを知らなければ、なんとも滑稽で面白おかしい話になってしまう。
「んじゃ、改めて。堤 晴一だ、よろしくアキム。俺も兄ちゃん呼ばわりされるほど若くないから、名前で呼んで欲しい」
「んん。わかった。よろしくなハルイチ」
二人で握手を交わした後、アキムに促されて、皆はようやく席に落ち着いた。しかしクレスト母娘のふたりだけは、困惑しっぱなしで一同を見回しており、落ち着かない様子だ。
今更だが、この星でも名前は姓と名と言う順番で割り振られているらしい。
大げさに夕食会と言った割に、目を向けた卓上は殺風景で、テーブルクロスと花瓶しかなかった。さすがにこれでは寂しいので、食器くらいは先に配置されていてもいいだろうと思ってしまう。それから、一緒にここへやって来たはずのクラレスティも、どこへ消えてしまったのか今は姿が見えない。
豪華な内装と調度品の並ぶ、格式高い貴賓室を見回しながら、自分たち以外に人気がないことへ軽く不安を覚えはじめた頃。突如空中に例の搬送ドローンが出現し、直接卓上へ食器を出力しはじめる。その様は、レーザープロジェクタで投影したベクター画像が立体化していくような、なんとも不思議な光景だった。食器類の物質は、陶器から金属、ガラスに至るまで様々なものだったが、それらを一緒くたにして一挙に生成作業は進んで行く。
目の前で展開される物体の構築作業に、クレスト母娘は仰天してしまったようで、お互い何か小声で話し合いながら、卓上のそれらを穴が開くほど凝視している。しかし、彼女たちの驚きはこれだけでは済まなかった。
食器などのアイテムが揃うと、閃光と共にアキムの隣へクラレスティが出現して、卓上のグラスへ水や酒などを注ぎはじめたのだ。常日頃から崇め奉っている女神が、いきなり目の前に現れて給仕などをはじめたものだから、ふたりは震え上がるように抱き合い、感激の眼差しでその姿に見蕩れてしまう。
そんなふたりを笑ってはいけないのだが、彼女たちの姿は大変面白かったので、吹き出してしまわないようぎこちなく目をそらし、必死に口をつぐんだ。そんな自分の配慮をよそに、サクラは指をさしてニンファのことを笑いはじめ、気遣いは台なしなものとなる。
「あーっはっはっはぁ~っいったい! ちょ痛いんだけどユカリ姉!」
サクラの非礼を見かねたユカリは、姉の威厳を発現させ、彼女の太ももを思い切りつねっていた。
「静かになさい。まったくもう、こういうことで人を笑うんじゃないの。あなただって状況が状況なら同じことになってたはずでしょ?」
サクラへ厳しい目を向けているユカリは、ぴしゃりと言い放つ。
「そうかもしんないけど痛いよっ!」
ずっと太ももをつねっているユカリの手を、ぺしぺしと叩いてサクラは文句を言った。
かなり騒々しい場面だったが、母娘にはふたりのやり取りなど全く耳に入っていないようで、自分の推しアイドルでも見ているかのように、クラレスティをうっとりとした表情で眺めている。それはまさに心酔と言った有様だ。
「まぁなんだ、クレストの嬢ちゃんふたりもそうなんだが。ウチの職員はクラレスティに対して、絶対的な崇敬の意志が刷り込まれてっからな。こうなっちまうのも無理はねえんだ。ほら、ふたりともそろそろ戻って来い」
アキムは軽く声を張って言葉をかけると、母娘は我に返ったように背筋を伸ばす。ふたりはすっと席を立ち、クラレスティに正対し片膝をつく。そして胸の前で手を組み、目を閉じて頭を垂れると、祈りの言葉を捧げはじめる。そうして、厳格な形式に則った祈りを捧げ終わると、アキムや自分たちに対して、矢継ぎ早に質問の嵐がまじまる。
「待て待て。まずは席に着けよ。そしたら話を聞いてやる」
アキムは苦笑しつつ、知りたがりなふたりへ向けてそう言うと、クラレスティも同様に席へ着くよう促した。
「初めに俺が言いてえのは、ハルイチと一緒にいるユカリ嬢ちゃんとサクラ嬢ちゃんのことだ。このふたりとクラレスティは多分同じだ。だよな、ハルイチ?」
「ああ。ほぼ間違いないだろうな。ウチの長女であるユカリも認めてるし。関係としては、ヨリと俺がアキムと同じような立場にいる人間て感じだな」
自分がアキムの問いに対してそう答えると、クレスト母娘は目を丸くして、ユカリやサクラを凝視しはじめた。
「ということは、つまりおふた方はクラレスティ様と同じ女神様なのですか!?」
メリルは、驚きの表情のまま全員を見回している。
「いや、そう言うわけじゃないんだが、そんでもこいつとそっちのふたりが同じ存在だってのは間違いねえんだ。そもそもだ、このクラレスティは女神なんてもんじゃなくて、自分で考えて人間みたいに振舞える機械っつーか。こういうのは、なんつったらいいんだハルイチよう?」
そんなことを振られても、自分でもうまく説明できる自信はない。テルルには、高度な数学はあれど、コンピュータという概念はまだないため、彼女たちへ存在を説明するのは非常に難しいだろう。
「あー……え~、なんと言えばいいのか、ややこしい話なんですが。我々は彼女たちのような存在を人工知能と呼んでまして。おふたりは計算機はご存じですよね?」
「はい。商店などに置いてある精算機などのことですね?」
このテルルにも機械式計算機は存在しており、メリルの言ったように商店の会計には、大きなところだと手回し式のレジスターが置いてあったりする。また、機械の製造や設計をしている会社などでは、計算尺なども使用されているようだ。そのため、例として引き合いに出すにはこれくらいしかないだろう。演算という根本的な概念においては、同一の物であるわけだし。
またレジと言えば、この星で現金を持ち歩いている人間は少なく、支払いはリンカーを経由した接触決済となっている。そのためここでのレジは、計算と明確な数字を客へ提示するための機材でしかなく、取引の信用証明のようなものとなっているようだ。
「そうです。そういう計算機がとてつもない進化を果たしたのが、ここにいる三人だと思ってください。いや、そう思うことにしておいてください」
実際のところ、量子脳やクラレスティの演算機がどういうプロセスで動作しているのか、自分はこれっぽっちも理解してはいない。それに、単純なコンピューターと同列に捉えていい物ではないだろうとも思うが、ここで大事なのは、会話を円滑に進めることである。それには、理論体系の説明や専門知識などは無用だ。
「私を歯車式計算機みたいに言うのは癪だけど。ここには電算機すらないのだから我慢するわ」
不満げなユカリはそう言いながら、クラレスティへお茶のお代りを主張する。
要求に従い、クラレスティは茶器を出現させ、追加の茶を注いでユカリの前に置いた。そこでまた、新たなドローンが七機出現し、皆の元に置かれた食器へ次々と料理を生成していく。要塞惑星の機材では、一瞬で生成器から物を取り出せたり、自分たちで直接取り寄せられるのだが、ここにもリソース不足が響いているようで、なかなか素早い対応とはいかないようだ。
現在のプロメリアは、復旧前の要塞惑星よりも、何かと困窮しているらしい。ならば教会職員を動員して対応してもらえばとも思うが、会話の内容的に人員を増やすわけにはいかず、なによりクラレスティがいるのでそれはできないそうだ。
「そう言うわけなので、彼女たちは人の手によって生み出された存在なんですよ。そして、実は自分や皆さんも、また人の手によって作り出された存在です」
「なんと!」
「そりゃあ……またとんでもねえ話だな」
「なるほど」
メリルやニンファがこの事実を知らないのは当然だが、クラレスティやアキムも知らないことのようだ。特にクラレスティは、彼らのDNAを受け継ぐ人類がなぜこの惑星にいるのか、今まで全く分からなかったため、さらなる情報を要求したいと言っている。
「詳しいことはクラレスティの方に情報共有しとくから、後でアキムが伝えてくれると助かる。ユカリは他にも共有しておきたいことがあるようだし。それと、クラレスティは機能が復旧しても戦闘を再開する気はないんだろう?」
本勢力から逃亡した共存派のことを、クラレスティが知っているかどうかは定かではない。けれど当時の情勢で言えば、お互い対立勢力ではあるので、一応確認を取っておく。彼らのAIは、人間に対して嘘はつけない仕様だというし、管理者権限も受諾しているから心配ないだろうけど。
「当艦はある程度の武力を保持してはいるが、戦闘艦ではないため、別途指示のない限り自律的に戦闘へ参加することはない。そして、現在当艦の運用権限はモルズ・アキム並びにツツミ・ハルイチへ委譲されているため、緊急権が発動されない限りは、貴殿らの指示に沿った行動を取るものである」
曰く、そもそも運用目的が違うということで、クラレスティは基本的に戦闘行動への参加はしない仕様らしい。
しかし緊急権ってなんだろう。聞いたことのない単語が出てきたため、該当項目がないかどうかトモエの資料を検索すると、どうやら戦術ネットワーク経由で行われる、上位系統からの指示であるということが分かった。これが発動すると、指揮権は現場から統括指示系統へ移り、全ての命令はそちらが優先されることになるらしい。
もし解除できるなら、安全策としてこの機能は外しておきたいので、修復作業計画に盛り込むようユカリと相談しておこう。
『わかったわ』
そこで突然通信が開かれ、ユカリの声が飛び込んでくる。
『いやなんだよ唐突に。ってわかられたか』
『ええ。船体機能修復ついでにクラレスティも本格改修しましょう。うふふ』
またユカリは悪い顔をしていた。
言葉にするまでもなく、閲覧情報からの推測によって彼女にはわかられてしまったらしく、敢えて相談する必要はなくなったようだ。それとも、思考共有に漏れでもあったりするのだろうか。




