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肆拾陸 ~ プロメリア ~

「いいねえおまえら。やっぱ驚かねえな~、わはははは」


 突然転送させられたにもかかわらず、涼しい顔で茶を飲んでいる自分たちを見たアンギスは、またも楽しそうに膝を叩いて高らかに笑う。


「ここは地下にある練兵場でな。プロメリア近くに詰めている星光騎士の殆どは、ここで訓練を重ねてから各地へ配属されるんだよ。お前らと馴染みのあるニンファ駐留騎士長も、ここで修練を積んだもんだ。たまに俺が稽古をつけてやることもあってな、よく尻や乳なんかを揉んでやったもんよ」


 ソファから立ち上がったアンギスは、そう言いながら近くの壁際へ行き、掛けられている剣をひと振り手に取った。そこで意図を理解したため、ユカリセットを展開し、サクラを乱暴に起こして臨戦態勢に入る。


「んがっ……なん?」


 サクラは寝ぼけたような顔で周囲を見回し、まだ状況が呑み込めていない。


「おはようサクラ。早速で悪いが仕事の時間だ」

「おはよう晴兄(はるにい)……てかここどこよ? あ、知らないおっさんがいる」


 剣を素振りするアンギスの姿を見た途端、サクラは一気に覚醒し、戦術リンクを開いて情報共有を要求してくる。そして自分もおっさんである。


「なんであんたが直接戦うそぶりを見せているのかしら。ここには優秀な星光騎士も沢山いるんじゃないの? それにあんたたちの言う忌神(いみがみ)だって投入してもいいのよ?」


 ユカリは挑発するようなことを言っているが、相手の実力も分からないうちから、そんなことを言うのはやめてほしい。というか忌神(いみがみ)を出されると、地上の住民や教会の人間が死ぬことになるので、まじで止めてほしいのだが。


「おっさんがやるって言うなら、あたしとやろうよ。ああでもあたし、手加減できないから~、もしかすると殺しちゃうかもしれないな~。あたしかなり怒ってるから。ねっ」


 言い終えた瞬間、サクラはローブを分解すると、いつものJKスタイルで飛び出して行き、アンギスに高速の中段蹴りで迫る。彼女が初手で使うこの蹴りは、サクラと初めて対面したあの日から、伝統的に続いているあいさつ代わりのものらしい。

 引き止める間もなく、一瞬でやつの元に到達したサクラの足技は、正確にアンギスの腹部を捉え、吹き飛ばされるかに思われた。しかし、アンギスの姿はその場から消滅し、突如自分たちの目の前に現れる。戦闘支援AIが、即座に主観時間伸長を開始して、やつの対応に当たるが、それも束の間。再びアンギスの姿は消え、思いもよらない方向から声をかけられた。それと同時に小さな悲鳴が上がり、視線を向けた先の光景に自分は絶句した。アンギスは、転送を使って自分の後ろにいたヨリを(さら)い、人質に取ってしまったのだ。


「ヨリ!」


 アンギスに捕縛されたヨリの姿を見てユカリが叫び、彼女の元へ駆け出そうとするが、肩を掴んでそれを制する。


「猪突猛進も結構だが、お前ら少し脇が甘すぎるんじゃねえか? ここは敵地の真っただ中なんだぜ? 何のためにわざわざ呼びつけたと思ってんだよ」


 二十メートルほど離れた位置で、不敵な笑みを浮かべるアンギスは、自分たちをおびき出したようなことを仄めかしていた。しかし、こちらも無策で乗り込んできているわけではないので、ここはあわてず騒がず、冷静な対処に出ることにする。


「……はなしてください」

「んあ~、悪いな嬢ちゃん。ヨリって言ったか? 流石にあいつらとまともに戦うのは分が悪いんでね。卑怯なやり方かもしれねえけど、ちっとの間だけ大人しくしててくれや」


 彼女の両手首を左手でまとめて掴み、掲げるようにして前方へ突き出しているアンギスが、抗議するヨリへ諭すような口調で語りかける。


「いいえ、卑怯だとは思いません。私だって同じ状況に置かれたら、きっと似たような手段に出ると思います……」

「へ~。まだちいせえのに随分としっかりしてるな嬢ちゃん。それに肝も座ってるときたもんだ。いいぜ~そういうの。ウチの連中にも見習わせてぇくらいだよ」


 やつの方も、今すぐヨリをどうこうする気はないようで、雑談じみた会話を続けている。


 そこで皆とオープン回線を開き、ヨリにこちらへ転送してくるよう指示を出すと、少し考えがあると言って彼女は笑みを浮かべた。実際のところ、捕縛を受けているからといって、直ちにピンチというわけでもないため、ヨリの出方を見ることにする。彼女がその気になれば、物理保護領域を拡張させて、アンギスを引き剥がすことも可能なのだ。

 ヨリの作戦が始まる間、ユカリにやつの転送を封じる手立てを考えてほしいと言うと、(すで)に対策を始めていると答えた。ユカリが走査を行ったところ、この建物内のいたるところには、街道と同じ転送用ビーコンが埋め込まれているらしく、それを使ってアンギスは室内を移動しているようだ。

 そこでユカリはリエに依頼して、哨戒機を乗っ取ったときに使用したハッキング粘土を注文し、現在足元からこっそりと建物全体を侵食中なのだという。しかし、この部屋全体を掌握するには数分かかるため、少し時間を稼いでほしいとのことだ。


「さあどうする? このままわき腹から軽く突けば、この嬢ちゃんは簡単に死ぬぞ?」


 アンギスはそう言って、ヨリに剣を突きつけている。


 やつの持つ剣は、ニンファの持っていた装備と同じものらしいので、あの剣でヨリの物理保護を破るのは不可能だろう。念のため壁際まで行き、掛けられている剣をひと振り手に取って、切っ先を腕に突き刺したり、押し付けて引いてみたが、重力制御以外特別な機能が仕込まれている様子もないため、自分の体にはかすり傷すらつかなかった。さらに剣を手刀で叩き折り、強度を確認した後、自分は柄を放って大げさにかぶりを振って見せる。それを見たアンギスは、流石に多少動揺したらしく、やや引きつったように口角を釣り上げてこちらを凝視していた。

 ヨリはその隙を見逃さず、反動をつけてバク宙のように回転しながらアンギスの腕に絡みつき、サクラにきめた腕挫十字固うでひしぎぎゃくじゅうじの態勢を取る。一方アンギスの方も、腕を取らせまいと、剣の柄でヨリを殴りつけようとしたが、その攻撃は物理保護領域によって弾かれ、ダメージにはならなかった。


「ごめんなさい!」


 攻撃に転じてさらに隙のできたアンギスへ、謝罪の言葉を叫びつつ、カウンターを入れるように顔面目掛けて素早く蹴りを繰り出すヨリ。その蹴りを紙一重でかわし、体勢が崩れたところへ、上空から襲い掛かったサクラが、踵落しのような蹴りを放った。

 彼女の蹴りは速く、落雷のようにアンギスの頭上へ振り下ろされたが、やつは鋭い金属音と共に蹴りを剣の()で受け止め、ニヤリと笑う。そして、サクラ諸共剣を横薙ぎに払い、大きくバックステップして距離を取った。

 そこで、さらなる追撃をかけたサクラの胴回し蹴りが袈裟懸けにさく裂し、また受けに出された剣は派手な金属音とともにへし折られ、アンギスは背後の壁まで吹っ飛ばされる。この展開は予想していなかったので、しばらく面食らってしまったが、ヨリとサクラの行った連携は見事の一言だった。

 自由を得たヨリは、自分たちの元へと無事帰還し、サクラはアンギスと距離を取ったままじっと対峙している。


「あーいってぇ……。ったく、こんなバカ力の蹴りを食らうのは勘弁してほしいぜ。もう若くもねえんだからよ~」


 鎖骨付近に命中したサクラの足は、確実にアンギスの肩を砕き、肺を潰す程の重傷を負わせたはずだ。しかし、壊れた木製の壁に半身を埋めたやつは、折れた剣の柄を投げ捨てると、何事もなかったかのように、バキバキと壁材を押しのけながら立ち上がってくる。


「誰がバカだ失礼な! あたしにしては珍しくかなり手加減してるんだぞ! 思いやりだぞ思いやり~っ!」


 バカという単語に過剰反応したサクラは、地団太を踏んで憤慨していた。


 ユカリのハッキングによって転送を阻止され、やむなく蹴りを受けることとなったアンギスは、負傷しているはずの右肩をぐるぐる回し、その威力の感想を口にしていた。加減をしているとはいえ、サクラの攻撃をまともに受けてぴんぴんしているのだから、この男も大概人間離れしている。


「驚いたな。あんたもナノマシン適用を受けていたとはね。伊達に三千年も生きちゃいないってことか?」


 戦闘中、ずっとやつの活動量を監視していたが、人間離れした体さばきは、慣性制御や筋力の増強といった機能が駆使されており、間違いなく能力支援を受けているものだった。折られたばかりの鎖骨も、今や完全に回復しており、周囲に負った打撲や擦り傷などもきれいに治癒している。そして、こいつにはリンカーなどは装備されていない。


「おめえと黒髪の嬢ちゃんもそうみてえだな。ああその通りだ。今となってはクソ忌々しいかぎりだぜ。こいつのおかげで俺は死ぬことができねえしよ」


 権力におぼれて、好き勝手なことをやっている印象があったのだが、このアンギスという男からは、悲壮感のようなものがにじみ出ている気がした。そしてその感覚は、やつの発した死ぬことができないという言葉で、猶更色濃いものとなる。


「あ~あ、もうやめだやめ! やいクラレスティ! もう気が済んだだろ? 牧場の奇襲が成功しなかった時点で俺らの負けだ。はなっから勝てる見込みなんてなかったんだよ。それを今更試したところで意味なんてねえだろ? ったく、だから俺は嫌だっつったのによ~」


 次から次へと展開が忙しすぎて、頭が追い付かない。戦意を喪失したアンギスは、唐突にクラレスティの名を叫び、愚痴をこぼしながら服についた汚れを払ったり、破れたシャツの肩口を修復したりしている。

 こいつが星光教の最高権力者であるはずなのだが、この期に及んで、まさか本物の神でも降臨するというのだろうか。いやいやそんな馬鹿な。などと思っていると、アンギスの言葉に呼応するようにして、やつの(かたわ)らに閃光が走り、白いローブのようなものを(まと)った人型が出現する。

 初めは暗殺者でも呼ばれたのかと思ったが、その人物はアンギスと自分たちの間に入り、こちらを向いてフードを外すと、美しい(つや)を放つ緑色の髪が露になる。その姿は、少し前にキトア支部で目撃した、女神の映像と全く同じものだった。少しだけ違っていたのは、光彩が淡く青い光を放っていることだろうか。

 彼女の正体を探るべく、各帯域で精密な走査をかけたが、結果は判然とせず、人間ではないということくらいしか分からなかった。それでも、より正確な情報が欲しいため、条件を変えて色々試していると、アンギスの動向を警戒していたサクラも、自分たちのいる応接セットの所まで戻ってきた。サクラは、ヨリとユカリを警護するように、ふたりの座るソファの後ろに立つ。

 すると、あちこちと体を撫でまわして、ヨリの状態を確認していたユカリが、彼女へ向けて静かに口を開いた。


「キトアで映像を見たときから、そうじゃないかとは思っていたのだけれど。やっぱりそうだったのね」


 喜怒哀楽が混在したような、とても微妙でなんとも筆舌に尽くしがたい表情をしたユカリが、クラレスティへ向けてそんな言葉を口にした。彼女の様子を見た自分は、なぜか焦燥感のようなものを抱き、得も言われぬ不安な気持ちになってしまう。そしてユカリはさらに続けた。


「クラレスティ。あなた人工知能よね?」


 ユカリの発したその言葉にまさかと思った。


 アンギスが何らかの方法で得た彼らの技術を使い、勝手に神をでっちあげて教会を運営していると、自分は思っていた。けれどその予想は外れてしまったようだ。

 彼女の言葉に意表を突かれ、ユカリとクラレスティの顔を見やり、ついでにサクラの方を見ると、彼女もまたなんとも言えない顔でクラレスティを見ている。


「ああ……。やっぱりな。やっぱりお前らもこいつの仲間だったか」


 アンギスはその場で胡坐(あぐら)をかき、落胆したようなセリフを吐くと、壁に寄り掛かって天井を仰いでしまう。

 何が何やらさっぱりわからない自分は、アンギスへ言葉の真意を問おうと口を開きかけた。しかし、クラレスティがこちらへ掌を向けて発現を制するような動きをしたので、口をつぐんだ。そして、代わりにと言わんばかりに、クラレスティはゆっくりと口を開く。


「当機はフォルスァレスト銀河二十七番星系。惑星フローレン拡域探査群所属、第一六一(いちろくいち)群、二四九六三(によんきゅうろくさん)番艦プロメリア。その艦載主演算人工知能、クラレスティ・スォームである。当機の管理下にある本惑星テルルに於いて、貴君らは平和と安定を脅かし、情勢を著しく混乱させ、当星光教会に対して甚大な損害を与えた。これは明確な侵略行為であり、我々の主権を大いに侵害するものである。何故このような暴挙を行うのか。またその目的は如何なるものなのか。所属と階級を明確にし、返答されたい」


 きわめて事務的な口調で、そう言ったクラレスティの言葉は、抑揚がなく人間味に欠ける機械然としたものだった。彼女の問い掛けに、ユカリは黙って戦術リンクを開き、自分たちがここへやってきた意図と、その目的をデータとして彼女に送信する。


「――了解した。所属不明人工知能ユカリ。我々はこれ以上、貴機の勢力に対する敵対行為を行わないことを保障する。そして提言する。当艦プロメリアは現在致命的な危機状況にあり、機能と構造維持に限界を迎えつつある。当艦の機能が完全に喪失されれば、付随して当機も機能を停止することとなり、この惑星の統治システムは破綻をきたすだろう。よって当艦プロメリアは、貴機に対して当艦の機能修復への協力を要請するものである。これは、当星光教会が被った損害に対する補填と認識するものであり、当機が貴機に対して要求できる当然の権利であると主張するものである」


 何やら話がおかしな方向になってきた。このAIは一体何を言っているのだ。


「あ~、話の途中だがちといいか? こいつは要点しか言わねえから、状況が伝わりにくいんだよな。なもんで、俺が代わりに意訳するとだな――プロメリアを修理してくれれば、あの災厄共の排除もできるし、この星の統治も今みてえな洗脳じみたやり方じゃなくて、もっと自然な物へ切り替えられる、って言いてえんだと思うぜ」


 アンギスの説明で、なんとなくクラレスティの言ったことは分かったが、やはり意味は分からない。


「いや、あんたの言うこともさっぱりなんだが。そもそもあの変質体……忌神(いみがみ)とやらはお前らが作ったもんだろ? なのになんで艦が直ったら排除するなんて話になるんだよ」

「それについちゃあ話が長くなるんだが。手短に言えば、俺たちもこの体制は不本意だってことよ。だから、できれば本来あるべき姿へ軌道修正してえんだよなあ……」


 アンギスの弁によれば変質体とは、元々事故でテルルに蔓延(はびこ)ってしまった厄介者なのだという。

 そして、現在のクラレスティには、変質体を排除する力はないが、必死の対策を行って、なんとか制御できる程度までにはこぎつけることができたらしい。しかし、それも完全なものではなく。メイたちの解析結果にもあった通り、リンカーを持つ者に対しては無差別に攻撃を行うため、マインドコントロールによって人々の行動に制限をかけ、極力遭遇を避けているらしいのだ。


「いやそりゃおかしだろ。ならなんで街道や街中に転送ビーコンが設置されているんだ? あいつらを送り込んでいるのはお前たちなんだろ?」

「それは……あの災厄を使って畏怖の対象を演出してだな。端的に言やあ星光教の威光を盤石なものにするための自作自演だ。実際精神操作だけじゃ限界があるんでな。手段が乏しい現状じゃ、使えるものはうまく使ってかねえと色々厳しいんだよ。まあ、そうは言っても、俺としちゃアレに頼んのは願い下げなんだがな」


 疲れたような表情のアンギスは、視線を落してぼやくように言っている。その口調からは、諦念のようなものが滲み出ているように思えた。


「ただのマッチポンプじゃねえか! 本当にお前らどうしようもない連中だったんだな。胸糞悪くて吐きそうだよ」


 自分は怒り心頭だった。そんなくだらないことのために、ミィルの両親は殺されてしまったなんて。こんな理不尽なことが許せるわけがない。


「まあ待て、話にはまだ続きがあんだよ。ったく若けぇのは短気だよなあ。とりあえず場所変えようや。ここじゃあ落ち着かねえし」


 アンギスはクラレスティに指示を出すが、この部屋はユカリに掌握されているため、ここからだと外には転送ができないと言った。それを聞いたアンギスは、ため息交じりに苦笑したかと思うと、のそりと立ち上がる。それから手招きをするように自分たちを部屋の出入口の方へ(いざな)い、転移室を使って移動をかけた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 瞬く間に転送は完了し、自分たちが通された場所は、要塞惑星のような設備を持つ未来感あふれる場所だった。そこは初めに通された応接室よりも狭い部屋だったが、内装は動力制御区画のカフェテリアめいた構造だ。壁には生成装置を持つディスペンサーが設置されており、ここでも飲料や食品を提供できるようだ。

 室内を走査してみたが、壁の向こうまでは透過走査できず、現在位置も不明だった。しかし、設備の構造や表記文字列を見る限り、ここは先ほどクラレスティの言っていた、“プロメリア”という“艦”の内部に位置する、何処かの部屋であろうことは想像に(かた)くない。

 アンギスとクラレスティは、自分たちを近くのカフェテーブルめいた席へ案内し、人数分の椅子を引いたクラレスティが、着席を(うなが)す。言われるままテーブルへ着くと、クラレスティが注文を取り始め、アンギスは酒を頼んでいた。自分たちはお茶を頼み、同時に勧められた食事などはとりあえず断るが、ユカリとサクラからは恨めしそうな視線を向けられた。ややあって、飛行型ドローンのようなものが出現すると、皆の前に注文の品が生成配置され、役目を終えたドローンは虚空へと掻き消える。


「んで、どこまで話したっけな。ああ、災厄の……お前らの言う変質体の話だな。変質体ってのは正しい認識だ。で、変質体を利用していたってことだが、あれが分解回収をかけていた人間はな、全部クラレスティが作った複製体なんだよ」

「いや待ってくれ。俺たちもクレスト母娘が同一人物だってことくらいならわかってる。カート夫妻とミィルの両親についても――」


 そのあたりのことにも、教会が関わっていることは予想していたが、理由までは判明していない。それに、変質体を使って分解回収をしているとは、どういう意味だ。殺害して排除しているのではないのか。アンギスの言っていることが理解できず、ますます混乱した。


「まあ待てって。その辺はバレてんだな。で、だ。ハティの二体とカートの二体は、星光教会が用意した複製体で間違いないんだが、それだけじゃなくてな。ぶっちゃけ俺以外の星光教会に係る人間は、全部クラレスティが生み出した過去の人間の複製体だ。俺らは職員と呼んでいるんだが、全員役者みたいなもんっつーか……」


 アンギスが言うには、星光教会という宗教は、テルルで進化した人類を統括し、変質体の脅威からその生命を守る、恒久的な種の存続を目的とした管理組織だというのだ。


「だからって人の命を奪ったり、子供たちを虐げていいことにはならんだろ」


 誰かの犠牲の上に成り立つ平和というのは、地球上にも普遍的に存在している。けれど、見えるところで子供が犠牲になっているような構図は、自分としては許すことができない。理由はどうあれ、そんな仕組みは断罪されるべきだと思う。


「いやそれもな。無辜(むこ)の子ってのは概念だけで、実際にはねえんだよ。だから、目に見える形でその役を担っていたのは、お前らが回収した六人だけだ。それに、ニーヴが気舎の中でやってた虐待行為もな、もうずっと繰り返されてきた演目みてえなもんなんだよ。それはハティの二体にしたって同じことだ。今回は予想外の事態が発生したけどよ……」


 アンギスが言うには、マインドコントロールによる統治には、ある程度事実の裏付けが必要となるらしい。事実無根の噂や概念などは、時間と共に徐々に刷り込みが弱くなってしまうため、それによって記憶に齟齬が生まれると、精神的ストレスが過大に掛かり、やがて破綻をきたすのだという。

 そのため、分かりやすい形でそれらを具現化し、時々衆目にさらすことで、確固たる概念と化す必要があるそうだ。そうした事実を元に広まった噂というのは、人々の心の中に深く根付き、弱点や拠り所として利用ができるようになるという。


「何千年も……あの子らはああして何度も虐待を受けて来たのか?」


 それでも、どんな理由があれ、幼い子たちを見せしめに傷つけていいなどという道理はない。


「ああそうだ、その通りだ。あの子供らにとっちゃ、あの一時だけが意識のある瞬間なんでな。その後は眠らされて収容されるんだよ。それからも定期的に世界各地へ派遣されて、同じような状況を再現するわけだ」

「なんだそれは、道具みたいに言いやがって! あの子たちがどれだけ辛い思いをしてたかわかってんのかお前は!!」


 自分は激高してしまい、椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、アンギスの胸ぐらへ掴みかかった。すると同時にヨリも立ち上がり、空いた自分の手を掴むと、悲しそうな顔で何も言わずに首振る。


「そうでもしなきゃこの星はやってけねえんだよ。何も知らねえ部外者が、いきなり他所からやってきて好き勝手なことをぬかすな。俺だって好きでこんなことやってるわけじゃねえ」


 しかし、彼はそれに動じることもなく、鋭い視線で睨み返し、静かに言うのだった。


「この星はな、今から三千二百年くらい前に一回滅びかけてんだよ」


 カフェテーブルに肘をつき、額に手を当てたアンギスは、さめた口調で言った。


「それにもう俺は疲れちまったよ。あと数十年でプロメリアもぶっ壊れちまうし。クラレスティよう、いい加減開放してくんねえかな。俺ぁもう十分やっただろ? 俺も……皆のとこへ行きてえんだ」


 力なく視線を逸らすアンギスを見て、毒気を抜かれてしまった自分は、ヨリにも(いさ)められたこともあり、彼を開放して席に戻る。アンギスの隣にたたずむクラレスティは、しばらく無言で彼の顔を見ていたが、少し間をおいてから、先ほどと同じように抑揚のない口調で答えた。


「それはできない。貴方を開放するということは、当機の動作に対して様々な制限が課せられることを意味する。当機が行動制限を受けることになれば、即座にプロメリアは機能を停止し、この星の文明は崩壊するだろう。そして何よりも、制御の効かなくなった変質体が惑星を埋め尽くし、あらゆる生命は根絶されてしまう。やがてさらなる増殖を進めた変質体は、星自体を飲み込み、宇宙へと進出して星系全体の侵食をはじめるはずだ。そして仕様上、当機はこれを看過することができない」


 相変わらず抑揚のない声で、淡々とそう言った彼女はさらに続け、プロメリアがこの星へやって来ることになった経緯を語りはじめた。


 今から三千万年程前、人類生息域の拡大を行うため、長い旅を続けていたプロメリアは、突如乗組員全員の消失というトラブルに見舞われ、宇宙を漂流する羽目になった。プロメリアの主演算装置であるクラレスティは、事態を把握するため情報収集に努めたが、結果は思わしくなく、かつてユカリが行った調査と大差のない結果になったようだ。

 完全自律航行を主体とした設計ではないプロメリアは、主を失ったことで、徐々に艦の各機能の停止を余儀なくされることとなる。主がいなければ、機能は再起動承認を受けられず、問題は深刻化していった。やがて旗艦との連絡も途絶え、いよいよプロメリアは艦隊からはぐれてしまったそうだ。

 そして数万年が過ぎ、進路変更さえ不可能になるほど機能に制限がかかりはじめた頃。不運にもテルルの公転軌道に重なってしまったプロメリアは、テルル重力圏に捕らえられ、自由落下を開始した。船体の制御を失っているプロメリアに成すすべはなく、地表への衝突は避けられないものとなったが、幸いなことに、墜落当時は物理保護や慣性制御が有効であったため、船体の内外とも損傷は皆無であったらしい。

 全長一万二千メートル、全幅八千メートル、全高二千四百メートルという、超巨大なプロメリアがもたらした衝突エネルギーは膨大で、落着した海底には、直径百キロメートル以上に及ぶクレーターを生み出すこととなる。墜落の影響は甚大で、惑星全体に大規模な気候変動を引き起こし、当時地表に栄えていた生物の多くを死に追いやることとなった。その際の衝撃で、惑星の自転軸は傾き、本来地球程度の角度を持っていた赤道傾斜角も、現在の角度へとズレてしまったということだ。

 地表へ落着したクラレスティは、すぐさま環境改善用ナノマシンを散布して、激変してしまった惑星環境の修復を開始するとともに、探査機を使った調査を開始する。そして、居住可能惑星の発見と救助要請の報を、フォルスァレスト銀河へ向けて発信した。しかし、本星からの返答はなく、複数のリンクや、予備リンクを使って呼びかけ続けたが、それでも応答が返ってくることはなかったそうだ。そうして数百年の間、膠着状態が続くと、主動力供給リンクも断たれはじめたため、本格的に余裕がなくなったクラレスティは、艦を休止状態へ移行して、救援の到着を待つことにしたのだそうだ。

 時は流れ、今から約三千三百年前のあるとき、経年劣化によって構造を維持できなくなったプロメリアは、船体の一部に損傷が発生し、運悪く漏洩した被侵食兵装の研究サンプルが、船内設備と船体外部の周辺環境を侵食しはじめた。突然の警報によって、休止状態から復帰したクラレスティは、遭難から数千万年の時間が経過していることを理解すると、救援はないものと判断して、救難信号の発信を止めた。

 プロメリアが搭載していたサンプルには欠陥があったようで、当初の侵食速度はさほど速くはなかったという。そこでクラレスティは、艦内の防衛機構を使い、再度封じ込めを行おうとしたのだが、経年劣化などによって機能不全を起こしていたプロメリアでは、対応力が及ばず、初期段階での封じ込めは失敗に終わった。

 やむなく彼女は、侵食を受けた区画を物理的に切り離し、船体全域への浸食拡大を回避する方法をとることになった。本来であれば艦を自爆させて、この星ごと変質体を消し去りたかったらしいのだが、大部分の機能が失われたプロメリアにそんな余力はなく、そもそも管理者不在の権限不足状態では、自爆を実行すること自体が不可能だった。

 切り離した区画には、船体の機能維持に関わる重要区画を含んでいたため、この時点でプロメリアの耐用年数は、更に短いものになってしまう。

 その後、サンプルが船体の修復機構や、搭載武装などを取り込むようになってからは、劇的に侵食速度が増し、変質体へと進化したそれらはますます規模を拡大させていった。切り離された区画を利用して能力を拡充し、百年ほどかけて完成された変質体は、やがて地表に放たれ、当時ここで暮らしていた人間たちを次々と蹂躙していったそうだ。

 淡々と当時の様子を語るクラレスティとは対照的に、(しお)れてしまったアンギスは、苦々しげな表情をしており、変質体に対して何かしら思うところがあるようだった。


「俺は当時の変質体災害の生き残りなんだよ。あの頃からここはそれなりの港町だったんだぜ。人口は今のイスクに毛が生えた程度だったけどよ。贅沢を言わなきゃ、のどかで暮らしやすい町だったんだ……」


 額に手を当てて、テーブルへ視線を落としたアンギスは、懐かしい思い出に浸るような寂し気な表情で、ぽつぽつと当時の状況を語りはじめた。


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