肆拾伍 ~ アンちゃん ~
突如閃光に包まれて、視界が奪われたかと思えば、先ほどとは全く別の景色が窓の外に広がっている。おかげで騎士たちが騒ぎ出し、すぐに運転席とキャビンを結ぶ小窓がノックと共に開いて、皆の安否を気遣う声がかかった。彼らの取り乱した様子を見て申し訳なくなったため、自分はすぐさま事情を説明した。
滞空している探査機の情報によれば、現在位置はプロメリアの南側約十六キロメートル辺りにある、街道沿いの森の中だ。上空から光学映像で見ると、ここはユタル街道から森の中へ百メートルほど入った所で、あまり整備の良くない林道が開けた広場のような場所だった。人の往来によって作られたと思しき道には、木々の枝や下生えが張りだし、路面にも木の根が露出している。この様子では、林道というより広い獣道と言う方が相応しい気がする。
いきなりの転送に度肝を抜かれてしまった騎士たちは、少しの間顔を見合わせて周囲を見回していた。ひとりが、正面に街道筋が見えることに気づき、運転手はそちらへ車両を向ける。道に張り出す枝を車体でへし折り、木の根をいくつか乗り越えて行くと、間もなくユタル街道へ戻ることができた。街道には数人の人影があり、森の中から突然姿を現した車両に驚く様子が見て取れる。見慣れた風景が戻ってくると、騎士たちも落ち着きを取り戻し、プロメリアへ向けて運転が再開される。
しかし、この車両という乗り物。不思議なことに、積雪のある路面でもすいすいと走っていて、走る曲がる止まるの挙動も一切乱れる様子がない。あのふにゃふにゃしたタイヤが持つ、摩訶不思議な特性なのか。または慣性制御のようなものを行っているのか。そこは詳しく調べていないので定かではないが、レトロな見かけによらず、けた外れの走破性能を持っている。
「ところでユカリさんよう。跳ぶなら跳ぶでちゃんと声をかけてからにしてくれんかね。俺たちはともかく、ほかにも人がいるんだからさ。それに、もう少しましなところへ跳んでほしかったぞ」
星光教の面々に頭を下げつつ、自分はユカリへ文句を言った。
「あら、それは悪かったわね。面倒だからプロメリアの近くまで跳ばさせてもらったわ。メリルたちは転送が禁止されているって言ってたけれど、私が使う分には問題ないわよね?」
悪かったとは言っているけれど、ユカリは悪びれる様子もなく、さも当然のように屁理屈を言っている。唐突な転送によって、メリルとニンファはぽかーん状態になってしまったため、その屁理屈へ反応するのに少し間が開いてしまった。
「いま……車両ごと転移を行ったのですか?」
「そうよ」
「それはユカリ殿が単独でですか?」
「そうよ」
「「まさか!」」
同個体のふたりの言葉が、被ったのを聞くのはこれが初めてだ。ユカリの行った転送は、衝撃的なものだったようだ。長距離輸送のために、教会が複数の人員を使って転送を行うのは珍しくないようだが、単独でこの質量を移動させるなど、テルルでは不可能だとメリルは言う。
「あなた方と行動を共にしていると、世界の常識がどんどん崩れ去って行きますね」
そう言ったメリルは、穏やかに苦笑をした。しかしニンファの方は何故かしょげたような顔をしている。
「なにかいろいろすみません。この先もまだこういうことがあるかもしれませんけど、あまり気になさらないでください。ははは……はぁ」
我ながら無茶なことを言っているとは思うが、今自分に言えるのはこの程度のことしかない。
それからプロメリアに着くまで、またいろいろと質問攻めに遭ってしまったが、全てユカリに責任を取らせて、自分は無言で菓子を食べ続けた。ふたりには申し訳なかったが、ありていに言えば、面倒臭いので逃げたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
プロメリア外縁部には、住宅地や宿場などの小集落が立ち並び、西部劇に登場するような町並みにも似た景色が広がっている。この付近もなだらかな丘陵地帯になっているため、街を外から眺めると、米国のロス近郊のような風景にも見えた。
雪に白く染められた下町エリアは、都心へ近づくとともに密度を増し、街道脇に立つ門柱のような看板を超えると、いよいよテルルの首都となる市街地へ風景が変わる。ここまでは丘や建物の陰で見えていなかったが、意外なことにその街並みは高層ビルなどが立ち並ぶ、千九百年代初頭頃の米国であったような、近代都市となっていた。
市街の道路は、コンクリートのような舗装が施されていて、全く雪が積もっていない。また、道路わきの排水溝やマンホールからは、セントラルヒーティングの排気と思しき湯気が立ち上り、ますます米東海岸の都市部を思わせる雰囲気を醸し出している。
などと例えてみたものの、自分は米国に渡航した経験はない。よってこの感想は、あくまでもメディアなどで見た都市風景に基づいての感想だ。
街中を行き来する人々の格好は、男性はロシア帽のような帽子をかぶり、何故か大抵ステッキを所持している。上着には、分厚く丈の長いコート状の防寒具を着こみ、首にはスカーフのようなマフラーのような、なんとも言えない襟巻を巻いていた。
コート下の格好は分からないが、ちらりと見える足元からは、スラックスのような裾が覗くとともに、ブーツ系の靴を履いている様子がうかがえる。かたや女性の方も、やはり暖かそうな帽子をかぶり、防寒着には、襟まわりにファーのようなモフモフのついたコートを羽織っている。足元もブーツ系の靴を履いている人がほとんどで、極端なヒールスタイルのような物は見られない。
全体を見ると、コートのデザインはレトロモダンといった装いで統一されているようで、このスタイルからかけ離れた格好をしている人はいないようだ。イスクやキトアでは、ウクライナの民族衣装めいたゆったりとした服装をしていたが、ここでは、地球の人口密集地で見られるような流行といったものもあるらしく、より洗練された装いとなっている。外気温は向こうよりも低いため、まるでアラスカ州にいるような気分だ。まぁアラスカも行ったことないから知らんのだけど、強いて言うなら、以前仕事で行った冬の士別市よりも明らかに寒い。
「あ~これはなんというか。自分にとってはやや馴染みのある風景に近いですね」
「それは本当ですか? もしかして、ハルイチさんはプロメリアにいらしたことがあるのですか?」
「いえ、自分の住んでいる星にも、過去に似た都市風景が存在していたので。といってもそのころの風景は古い写真や映像でしか見たことがないですが」
プロメリアの中心部は高層ビル群が立ち並び、その間を走る通りには、いたるところに電気を使った街灯が設置されている。随伴する探査機から一画を走査すると、ビル群はすべて鉄骨造であり、高層建築としては古い構造をしている。メリルによれば、ここは他の地方都市とは違い、インフラなども特に充実しているらしい。路上には、個人の気舎やバスのような車両が行き交い、交差点では、電気式信号機による交通整理まで行われている。これまで、そこそこ大きいと思っていたキトアでさえ、信号機などはなかったし、乗り物の類もここまで多いものではなかった。
テルルには鉄道の概念がないため、ここでも路面電車や地下鉄といった交通機関は運用されていない。そうなると、プロメリア市街の道路交通網にも、大分混雑が生じるのではないかと思えた。しかしその心配はないらしい。ここで使用できる乗り物の上限数は、教会によって厳しく制限されているそうで、無許可で気舎などを乗り入れることはできないのだそうだ。確かにざっと見まわしても、日本の都市部のように乗り物は多くないし、窓越しに見える範囲では、せいぜい数十台がいいところだろう。その代わり、路線バスめいた車両は頻繁に走っており、歩道にもかなりの人々が行き来している。
メリルの解説によると、百万人都市規模を誇るプロメリアの面積は、約六百四十平方キロあり、人口密度は千五百六十二人ほどとなっているらしい。可住地面積のほどまでは分からないが、もしかすると結構過密な都市なのかもしれない。
今自分たちが移動している通りは、商業地域にあるようだ。通りに面した建物や路上には、食材を扱う商店や飲食店や、車両を改造した移動露店なども多く見受けられ、かなり賑やかな様子である。他にも、書店や理髪店、衣料品店などといった、日常生活に欠かせない店や、劇場のような娯楽施設と思われる建物もあるようだ。また、宿泊施設のビルや、土産物店なども多数あることから、仕事や観光目的で街の外からやって来る人も相当数いるようだ。
「ここを訪れる大半の人は、忌神を警戒して海路を利用することが多いのですよ。立地的に陸路には制限もありますし、付近の沿岸部には大きな都市が幾つもありますから。それに、この辺り一帯は川も多くて運河なども通っているので、そちらでも往来が盛んですね」
「あ、なるほど」
確かに、このプロメリア付近の街道には橋が多く、先ほどから窓の外には幾度も欄干や川面が見えていた。人々の良く知る噂では、街道筋以外では忌神の襲撃例がないため、水上なら安全と考えるのは自然なことかもしれない。それも、船体にビーコンが仕込まれていなければの話であるが……。
彼女が熱心に語る街の解説に聞き入っている間に、車両は星光教会本部へと到着した。
プロメリアに入った辺りから、ちらほらと見えてはいたのだが。教会本部の建物は、まるでサグラダファミリアにあるような尖塔を二本備える、荘厳な作りの建物だった。しかし、そのサイズがありえないほど大きく、二本の塔はマレーシアの国営企業が持つ、ペトロナスツインタワー並みの威容を誇っている。メリルの説明によると、敷地の一辺は十五ブロックほどあると言う。ならば単純に考えても、本部の用地は、十平方キロメートルくらいの面積がありそうだ。この広さだと、おフランスのヴェルサイユ宮殿の総敷地面積に匹敵する。その昔観光ガイドブックで読んだ解説の記憶が正しければだけど。
敷地内には、十数か所に建物が点在しており、恐ろしく広大であるそうだ。そのため、移動には徒歩のほかに“転移室”なる部屋から、各区画へ転送を使う必要があるという。転移室は、対応神技を問わず誰にでも使える物だそうで、本部内での重要な移動手段となっているらしい。
本部に向かって、まっすぐに伸びる都市中央道路をひた走り、金属製の縦格子に囲われた外周部を回り込んで、巨大な門扉を抜けると、車両は守衛のいるゲートで一旦停車させられた。運転席の星光騎士と本部付きの守衛騎士が、何やら言葉を交わして数分待たされた後、車両は再び移動をはじめる。敷地内へ入ってからも大分長い距離を走り、やっとたどり着いた本部聖堂は、地下駐車場という近代的な設備を備えていた。
地上に見えている聖堂の外観は、地域の文化様式に沿って建設された、趣のある建物だ。それが一歩地下へ入ると、そこはコンクリートむき出しの設備といった感じで、ショッピングセンターなどの地下と大差のない作りになっている。場内は明るい電気の照明がたかれ、天井はダクトや配管などが丸出しだ。壁に設置された案内板には、ブロックと階層が示されており、スペースは地下四階まで利用可能であることが分かる。
「なあユカリ。どう思うこの作り。ここの技術レベルに沿った統一感がまるでないよな」
「確かに、人目につかなければどうでもいいって感じよね。ある意味潔いというか」
ユカリの耳元へひそひそ話で感想を告げると、彼女も同意した返答をする。
「こちらはお見苦しいかと思いますが、地上やさらに上階へ行けば、きっと絢爛な作りに驚かれると思いますよ」
「頂位神官殿の仰る通りです。この本部の造形は素晴らしいものでありますし、私の教練時代の宿舎なども、設備が充実していてよい環境でありました」
自分たちの不穏な気配を察したのか、クレスト母娘が声をかけてくる。
ふたりは、地上の美しい建物と地下施設との明らかな格差に、自分たちが落胆しているとでも思ったようで、別の所見があることには気づいていないらしい。
それにしても、テルルに散見されるこの地下のような技術や意匠は、どこからやってきたものなのだろうか。いや、間違いなくこれらも、彼らの生み出したテクノロジーの産物なのだろうが、どういった経緯でこのテルルに広まっていったのか。
「では、まいりましょうか」
車両が定位置へ停められて、騎士の一人がキャビンの扉を開いたため、メリルが皆へ降車するように声をかける。
車外へ降りても、周囲はコンクリートめいた支柱が立ち並ぶ、地下駐車場の風景に囲まれている。一角には、別区切りとなった部屋のようなものもあり、掲げられたシンボルと文字から、内部は昇降口となっていると思われた。
更に、気になる周囲の構造物を片っ端から走査すると、見た目通りそれらはコンクリート製の構造体で、鉄筋を内包して打設されているものだった。けれど、天井を見上げて透過走査した上層階は違うようで、こちらは天然石や木材なども組み合わせて建設されているようだ。とくに尖塔部分は、表層に天然石が貼られた鉄筋コンクリート構造であり、キトアやイスクの建物と比べると、明らかに異質の建物である。そして、プロメリア市街を構成する高層ビル群よりも、遥かに先進的な構造設計だ。
「どうされましたかハルイチ殿? ささ、こちらへどうぞ」
「ああ、はい」
ぼーっと周囲を見回していたら、ニンファに声を掛けられる。
彼女の方を見ると、壁で区切られた例の場所へ案内してくれるようだ。見渡した広い場内には、これと同じ場所がいくつかあるようで、ここから上層や他の建物への移動を行うのだと母娘は言っている。これが転移室と呼ばれるもののようだ。
転移室と思しき部屋の入口は、ガラス製の両開き自動ドアとなっていた。ニンファが入口の前に差し掛かるとドアは勝手に開き、彼女に招き入れられる。室内には、エスカレーターのように動く階段と、普通の階段があり、周囲を囲む壁には“転移室”と書かれた案内板のある部屋が幾つか並んでいる。この部屋はエントランスホールだったようだ。
転移室は試着室のような狭い部屋と、エレベーターのような広さを持つ部屋がある。それらに機能差はないが、個人や団体、貨物の搬送などと、目的別で使い分けているとのことだ。
彼女らにエレベーターサイズの部屋へ通され、メリルが入口付近のパネルへ手を添える。すると、壁に格納されていたドアがスライドして閉じ、ほぼエレベーターのゴンドラのようになった。自分たちの使う転送と同様に、ここでの転移も一瞬で終了し、扉の開いた先は、地下駐車場とは違う風景に変わっていた。この転送方式は、要塞惑星のように中身だけが移動するのではなく、部屋ごと移動をかけられる仕組みのようだ。
「神技によらず利用できるって言ってたけど、こういうことなのね。入れ物ごと運ばれるなら納得だわ」
「おお、なるほど確かに。俺らはいつも適当に飛んでるから気づかんかったよ」
物体を自由に送れる転送なら、対象物だけをやり取りすればいいため、ゴンドラのようなものは必要がないという半ば常識化した認識は、意外な場所で覆る。だがよく考えてみれば、自分の暮らす地球でも、輸送の際には翼が付いていたり、車輪があったりする箱を使うのだから、そちらの方が常識的だ。
「特定の場所同士を移動するならば、転移室を用いるのが最も安全なのです。神技を用いたその場の転移では、極まれに失敗することがありまして。最悪の場合行方不明になることもあるので。あなた方にはそういった心配はないのですか?」
「私たちのは絶対にそうならないように仕組みが確立しているから。そういう事故はありえないわね」
「やはり尋常ならざるお力をお持ちなのですね」
メリルは納得顔で言っているが、周囲にいる星光騎士たちは、ざわついた雰囲気になっていた。つまりはそういうことなのだろう。
そういえば騎士たちへは、自分たちの素性をどう伝えてあるのか。この騎士たちも、反教会派閥に属しているということだから、恐らくは色々話してはあるのだろうけれど。それなりに気になるところだったが、構内の案内を受けている際中も、母娘による本部内の説明がずっと続いていたため、それを聞くタイミングが訪れることはなさそうだ。
本部建物内部も、ニーヴの屋敷内で見たような意匠を持つ作りになっていた。しかし、きらびやかさではこちらの方が格段に上で、贅沢な内装や、豪華な調度品が並べられた広々とした廊下が、転移室前から左右と前の三方へ延びていた。転移室からホールへ出て、正面に伸びた廊下に入ると、通路を挟んで無数の部屋があり、何枚もの重厚な扉が並んでいる。幾人かの教会の人間とすれ違い、青く分厚い絨毯が敷かれた恐ろしく長い廊下を、しばらく歩いて行く。そろそろ、廊下の果てしなさを感じはじめたころ。母娘は大きな白い扉の前でやっと立ち止まり、扉を開いて自分たちを中へ通した。
ここは応接室になっているようで、室内にはいくつものテーブルとソファが並んでいる。部屋の中央には、太い柱を囲うようにバーカウンターのようなものもある。カウンター内では、バーテンめいた格好の男性がふたりほどいて、何やら作業をしていた。この場には自分たち以外の賓客はおらず、各応接セットは無人であった。扉の前で室内を見回していると、部屋には入らずに廊下にいたメリルが、自分の名を呼ぶ。
「ハルイチさん。まことに申し訳ありませんが、私共は別室で待機せよという指示を受けておりますので、同行できるのはここまでとなります。教会側が大胆な行動に出るとは思いませんが、くれぐれもお気を付けください。皆様方もどうかご無事で」
メリルは苦い表情でそう言い、ヨリとユカリにハグをして、自分たちの無事を願った。
隣では、歯噛みするような表情で、剣の柄に手を添えたニンファが自分たちを見ており、その瞳は不安一杯といった様子だ。そんな彼女の隣に立ち、心配ないと言って笑うサクラは、なれなれしく背中をばしばしと叩く。それと共に彼女の鎧から、板金を叩くような音がしていた。ここまで随伴していた騎士たちからも、ぴりぴりとした雰囲気が伝わってきたため、こちらの身の安全を気遣ってくれているのだろう。
「お気遣いありがとうございます。しかし、私たちがどうこうされることはないと思いますよ。この面々と本気で対峙するとなれば、都市を巻き込むほどの戦力が必要になるでしょうからね。流石に教会もそこまでのことはしないと思います。それに危険だと分かれば、皆さんも連れてすぐ逃げられますから」
メリル以下六名のリンカーは、初顔合わせの時点で掌握している。いざとなれば、強制介入して転送回収も可能だ。
「え~逃げるの? あたしは別に大暴れしてもいいんだけどな~」
軽く言っているが、サクラは容赦なく暴れるつもりだから危ない。
「あんたはちょっと黙ってなさい。メリルもニンファも心配しなくていいわ。私たちだってそう簡単にやられはしないし、むしろヘタなことをしてくるなら、返り討ちにしてやるつもりよ」
サクラは頭の後ろで手を組んで、嘯くように言い、それを窘めたユカリは、腕をまくって、細腕に力こぶを作るようなジェスチャーをしている。
「はいユカリ。それではサクラを窘めた意味がないでしょう? もし戦うことになっても、この場からは離れなきゃだめですよ?」
「う……そうね。つい熱くなっちゃったわ」
自分を含めたウチの面々は、いつもの激ゆる調で好き勝手なことを言っている。
ここは敵の本拠地で、相手は最大戦力を行使できる場所である。そう考えれば、自分たちは袋のねずみなのだが、当人たちには全くそんな自覚はない。挙句、どこか飄々としているため、メリルとニンファは困り顔だ。中でも、一番困惑しているのは四人の騎士たちだ。場合によっては命がないかもしれないのに、この人たちは本当に大丈夫なのかと、ニンファにうかがいを立てている。その気持ち、わかります。
「まぁまぁ。ここでじたばたしたところで結果は変わりませんから。なるようにしかなりませんし、あとは教帝とやらに会ってみてからですね。とにかく、何も心配しないでください。話が済んだら皆で仲良く帰りましょう」
自分はにこやかに言って六人を見送り、扉を閉じて室内を振り返る。
するといつの間に現れたのか、そこには侍女らしき女性の姿があり、目を伏せた彼女は、静々と近くにあったソファへ案内をはじめた。断る理由はないため、促されるままに応じると、次に彼女は飲み物のオーダーを取りはじめる。自分が例の紅茶めいたお茶を頼むと、皆もそれでいいというので、同じものを四つオーダーした。
ややあって。バーカウンター内にいた男性が、盆に四つのカップを乗せてやって来ると、素早い手際で皆の前にそれらを置いて行く。そして、後ろから先ほどの女性がやってきて、茶請けを置いた後、ふたりは一礼してカウンターの方へ戻って行った。
応接室内は、かなり広い作りになっている。自分たちのいる位置からカウンターまでは、優に十メートル以上あり、部屋の一辺は三十メートルほどあるようだ。バーカウンター自体が部屋の中心に位置しているため、応接室というよりは、広さ的にフードコートのようにも見える。
内装や調度品の傾向も、廊下で見た品々の雰囲気と大差ない物だが、天井には白熱電球のようなオレンジ色の光を放つ、シャンデリア照明が幾つもついているため、高級ホテルのレストランスペースに近い雰囲気もある。
「この部屋ウチのカフェより広くない?」
「そうですね。雰囲気は落ち着いてますけど、私は何だか場違いな所へ来てしまった気がしています」
のまれているのか、苦笑いを浮かべたヨリはそわそわと落ち着かない様子だ。
要塞惑星にある社は、高級な和の雰囲気を持つ雅な設備だが、ここは西洋文化に近似した雰囲気であるため、なじみの薄い者にとっては落ち着かないかもしれない。
「相手のペースに乗せられてはダメよヨリ。こういうときは堂々と構えていましょう。ねえ、サクラ?」
ユカリが隣のサクラの方を見ると、彼女は腕組と足組をして背もたれへふんぞりかえり、大口を開けて寝ていた。
「いっつも寝てんな~。流石だよサクラは。どこ行ってもブレない」
「ほらねヨリ。このくらいで丁度いいのよ」
豪快に寝ているサクラを見て、ふたりで笑っていると、ヨリも吹っ切れたようで、口に手を当てて笑った。
そのとき、部屋の奥の方にある扉が開き、一風変わった装いの男性が現れた。男性は、ずいぶんとカジュアルな格好をしており、白いシャツの袖を軽く捲りあげ、襟を胸元まで緩く開けている。サスペンダーでスラックスを吊り、ピカピカに磨かれた革靴のようなものを履いているため、一見すると、どこぞの実業家のようにも見えた。
その後ろからは、青や白などのローブを纏った年配の男性が数人、何か小言のようなことを言いながら着いてきていたが、突如一喝されると、こちらをちらりと見遣ってから、すごすごと扉の向こうへ帰って行った。
恐らく、自分よりふた回りは年上だろうと思われるその男性は、リューのような筋骨隆々な体格のいい人物で、計測した身長は、二百一センチメートルとかなりの長身だ。
歳の頃は六十代後半から七十代頭ほどだろうか。髪は全て白髪で豊かなボリュームがあり、顔の方も白い眉やひげに覆われている。そして、精悍な顔つきと鋭い眼差しには、深い知性を感じさせるものがあり、若い頃はさぞ異性にモテたと思われる。歳はとっているが、相当なイケメンだ。まじイケオジ。
そんな彼が自分たちの元へ、気さくな笑みを浮かべてやって来るものだから、皆しばし言葉を失った。
「遠路はるばるよく来たなお前ら。俺が星光教会最頂位神官、ヘステ・カ・アンギス教帝だ。よろしく頼む」
彼はそう言って、テーブル越しにごつい手を差し伸べて来たので、自分も手を出だして自己紹介をはじめる。
「……初めまして教帝殿。私は堤 晴一と申します。そしてこちらの娘はヨリ。こちらはユカリと申します。ユカリの隣にいる――寝ている娘がサクラです。おいサクラ、いい加減に起きろ」
「あ~いいよいいよ、寝かせといてやんな。それから俺のことは、気軽にアンちゃんとでも呼んでくれ」
教帝というからには、もっと豪奢な衣装に身を包んでいて、謁見の間のような場所へ通された挙句、壇上から見下ろすように現れるものと思っていた。まさか、この応接室から一歩も移動することなく姿を現すとは。しかも、惑星のトップという立場にそぐわない、気さくな態度で接してくるなどとは夢にも思っておらず、唖然とするばかりだ。
「もっとこう大勢の騎士たちに囲まれて、少しでも無礼があればすぐさま首が飛ぶような……そんな厳格な雰囲気で謁見すると思ってたんですが。意外と気さくなんですね」
「はは、ああそうだよ。俺は堅苦しいのも面倒くせえのも嫌いなんだよ。だからお前らももっと適当にしてくれ」
どっかりとソファに腰を下ろしたアンギスは、終始にやにやと不敵な笑みを浮かべて、自分たちへ舐るような視線を這わせている。気さくで軽い態度ではあるが、決して油断した様子はなく、こちらの戦力を値踏みしているような雰囲気さえあった。しかもその口調は、べらんめぇみたいな感じである。
「そうか。なら俺も単刀直入に聞こうか。……お前が牧場を襲わせた犯人か?」
初めから友好的な会合になるとも思ってはいなかったし、相手も隠すつもりもないようなので、こちらも相応の対応に切り替える。
「おう、いきなり態度が変わったな? それにいい顔つきじゃねえか。やっぱ話は簡潔に。答えは素早くだな。わははは。……ああそのとおりだ。俺が忌神を――いや災厄を使ってあの牧場に攻撃を仕掛けた犯人だ。それにあの牧場はウチの施設なんでな、俺がどう扱おうと誰に文句を言われる筋合いはねえ。でもよ、俺が呼ぼうと思ったのはお前らじゃなくて、牧場の運営者と得体の知れねえふたり組の方なんだよな」
あの牧場が教会の施設だとアンギスは言う。経営者とはミィルのことかだとは思うが。で、得体の知れないふたり組は間違いなく太郎と花子のことだろう。そして、確かに忌神は災厄ではあるが、敢えて言い直してまでそう呼ぶのは、何か意図があってのことか。
「まあいいか。呼びつけたやつに聞こうと思ってたことが、直々にやってきたみてえだし」
「ご希望には沿えたようでなによりだ。ウチの経営者はまだちびっこなんでね、こんなヤバいところへおいそれと連れてくるわけにはいかんのだよ。それに、お前の言うふたり組は俺の部下だからな。ここは上司が出てくるのが筋ってもんだろ」
「はっ、違いねえ。ウチの連中にもお前くらい責任感の強いのが居れば、俺もも~ちっと楽できるのによ。いくら精神操作されてるつっても、消極的すぎていけねえ」
膝をばしばし叩き、豪快な笑い声をあげるアンギスは、心底楽しそうな笑みを浮かべている。その顔は、先ほどまで睨み付けるようにしていた表情とは大分違い、ただの気のいいおっさんにしか見えない。
「それで、だ。来た早々で悪いんだけどよ、俺は回りくどいのは嫌いなんでな。少し場所を変えさせてもらうぜ」
アンギスはそう言うと、また自分の膝をパンと叩いた。
途端に周囲の風景は一変し、自分たちは応接セット諸共全く別の場所へ転送された。気づけばそこは、体育館のような広さがある板張りの空間だった。




