肆拾肆 ~ テルルの車窓から ~
翌朝六時。昨夜は――いや今朝方は、クレスト母娘の宴会に付き合い、ようやく床についたのは三時頃だった。おかげで大して寝た気がしないまま、起床することになる。大酒飲みに付き合うのは、飲んでいようが素面でいようが辛いものだ。
今日は大事な予定もあるので二度寝するわけにもいかず、皆を起こすという日課をこなし、居間へ移動する。今朝も背中にはユカリが取り付いていて、いまだ惰眠を貪っていた。
「ユカリ~、おきろ~。つーか眠気の解消方法おしえてくれ~。今日ばかりは身体強化機能に頼りたいぞ……」
背中に彼女を背負ったままバスルームへ行き、顔を洗うついでに問いかける。すると、主人格から独立したエージェントが起動して、接触通信によるレクチャーを行ってくれた。というか、ユカリは熟睡していた。ユカリの自律エージェント機能は、二・五頭身の適当なアバターを持っており、なぜか猫耳と長い尻尾が付いている。あとアホ毛が長い。そいつがHUDのUIを弄ってくれて、わかりやすい場所に、眠気覚ましコマンドのアイコンを追加してくれた。それにしても、布団から引っ張り出したときは、寝ぼけ眼でちゃんと受け答えしていたのに、今やひとの背中で高いびきとは。いい御身分である。
今しがた受けたレクチャーで、しっかりと眠気を解消できた。しかしユカリは起きないので、彼女を便座に座らせて顔を洗う。自分のときとは違いユカリの体重程度では、蓋も文句を言わなかった。支度が終わってからも、相変わらずユカリは寝ている。仕方なくハンドタオルを濡らして絞り、彼女の顔を拭きはじめると、ふがふがと声を発しながら徐々に覚醒した。
「おはようユカリ。散々な朝だぞ」
よくわからない現状に困惑しているユカリへ、そう朝の挨拶をすると、むくれたような顔でタオルを手に取り、自分で顔を拭いはじめた。
「もーびっくりするじゃないの。もう少しマシな起こし方ってもんがあるでしょ」
「全くその通りだな。でもそう思うなら、ましな起こし方のうちに起きてくれると俺も助かるんだよなあ」
文句を言いながらも、ユカリはきちんと顔を洗ってくれたので、そう時間も取られずバスルームを出ることができた。居間に入ると、炬燵には寝癖髪のまま半目で座るランがおり、この間自分と交わした約束をちゃんと守ってくれているようだった。
「おはよう。ランはちゃんと起きてて偉いな。背中にくっついてる姉ちゃんとは大違いだ」
バスルームを出るときにユカリは、往路がおんぶなら復路も当然などと謎の理論を展開し、再び自分の背中に貼りついていた。そんなジャイアニズムみたいな超理論を展開せずとも、普通に言ってくれればしてやるのに。それもたまに拒否はするけど。
「晴一くんと交わした大事な約束ですもにゅ……もの。わたくしも顔を洗ってまいりますわ。ふぁ~」
噛み気味に言いながら、ゆらりと立ち上がったランは、おぼつかない足取りで居間を出て行った。それから皆を起こして朝食をとり、メリルから告げられた教会からの召喚要求に応えるべく、昨日のメンバーと共にハティ牧場へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
リビングに到着すると、星光教会キトア支部の面々には覇気がなく、一応の挨拶は交わすもメリルはうなだれていた。ニンファや騎士の四人は、一見しゃきっとしているように見えたが、皆動きが緩慢で、気を抜くとすぐに目が虚ろになってしまう。どう見ても、全員が二日酔いの様相を呈している。
太郎の話では、騎士に風呂で勧めた日本酒は、八升近い量だったと言い、三十分程度の間に皆でアホみたいな量を飲んでいたようだ。太郎が付いていたとはいえ、そもそも風呂の中で深酒をする行為は命にかかわる。それに、今回のような量もまた問題なので、無茶はさせないでほしいと言い含めておく。
風呂での酒宴は、最終的に飲酒量勝負になっていたようで。ひとり勝ちした太郎が、調子に乗りましたテヘペロみたいなことを言っていた。体内に取り込んだものを、そのまま外部へ転送排出できる太郎に、通常の生物が勝てるわけがない。そもそも太郎は、代謝にアルコールの影響を受けない。
「ええと、皆さん大丈夫ですかね」
「ご心配おかけしましてお恥ずかしい限りです。みっともないお話ですが、私も昨夜はハメを外し過ぎたようですね。申し訳ありません……本当に……はぁ」
「お気遣い痛み入りますハルイチ殿。しかしこの程度のことで、我々……わr」
ニンファはそこが限界をだったようで、口を手で押さえつつ、脱兎のごとくリビングを飛び出して行く。トイレの位置は分かっているので心配はないと思うが、念のため花子を救護に向かわせた。
「全く大丈夫じゃなさそうだし。これはお薬かなあ。すまないがユカリ、頼めるかね?」
余りにも酷いありさまなので、到底このまま放置できるわけもなく、ユカリに頼んで対処してもらうことにする。戒律が厳しいと聞く教会関係者一同が、こんな体たらくで本当に大丈夫なのだろうか。
「このままじゃ使い物ならなそうだし、仕方がないわね。まったく、ろくにアルコールも分解できないくせに。どうしてこう飲んでしまうのかしら」
そこには海よりも深い事情があるのだが、それをユカリへ説明してみても、恐らく理解は得られないだろう。また私も飲んでみたいなどと始まっても困るので、ここは苦笑を返すだけにとどめておく。私的な考えでは、普段の抑圧に対する反動のようなものだろうとは思っているけど。
「はい。チカとムツミ謹製のドリンク剤よ。これを飲めば十分ほどで症状が改善するわ」
ユカリが用意してくれたのは、胃腸薬のような小瓶に入った液状の経口投与ナノマシンだった。これが体内へ取り込まれると、血中や細胞内のアセトアルデヒドや、エチルアルコールを外部へ転送するので、一瞬で二日酔いが解消するらしい。
瓶は十本あったため、ひとつ封を切って薄茶色の液体を舐めてみると、日本でよく見る液状胃腸薬に近い味がした。こんな便利アイテムがなければ、本来はできるだけ水分を取りつつ、代謝を促すという対症療法を取るしかないのが現実だろう。
受け取ったそれらの瓶を配り、二日酔いが治るので飲んでくれと言うと、皆こぞってふたを開け瓶を空にした。しかし、内容物の珍妙な味と匂いに、ますます表情を曇らせる。
「ハルイチさん。これは何でしょうか?」
「ええ。胃腸薬みたいなものです。それを飲めばすぐに具合も良くなると思いますから、回復次第朝食を食べて出発しましょう」
騎士たちは、皆食事は無理だと言っていた。自分を信じろと言うと力なく頷き、この二日酔いが治るならばクラレスティ様にでもあなたにでも祈ると、ヤケクソのような返事を返した。こういうのも、リンカーの機能で何とかしてくれるのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
昨夜のように、ヨリと太郎が食事の準備に取り掛かると、花子と共にニンファが酷い顔で戻り、メリルからドリンク剤を勧められる。やがて食事の準備も整った頃、メリルと騎士たちは見違えるように元気になっていた。
「なんと素晴らしいお薬なのかしら! ユカリさんハルイチさん、本当にありがとうございます!」
「お母さま……。私はまだ効いておりませんので、大きな声は遠慮していただけませんか……」
感激いっぱいと言うように元気を取り戻したメリルは、嬉しい悲鳴を口にしていた。
「そう。ちゃんと効いたようでなによりよ。これに懲りたら今後は量を考えて飲むことね」
普段あまり懲りない人から、こんなこと言われたくないと思った。
少し前まで、死にかけのような顔を連ねていた騎士たちも、今では爽快な笑顔を見せ、朝食を楽しんでいる。けれどニンファの方はまだ症状が改善されておらず、テーブルに肘をついて頭を抱えている。もう数分はこの状態だろう。
◆ ◆ ◆ ◆
星光教会一行は、専用の乗り物で牧場にやってきていたらしく、母屋前の庭スペースに、車輪を装備した車両が置いてあった。
HUDに表示されている計測値によると、全長四・二メートル、全高二・四メートル。全幅は二・六メートルほどあり、重量は約〇・八トンとなっていた。サイズ感によらず、軽い車体のようだ。外観は、何と言うか、以前北海道旅行で見た札幌の観光幌馬車のような密閉型のキャビンがついており、前方と思われる部分は、ボンネット状に突き出した形になっている。ボンネットのグリル面には、前照灯と思われるレンズが装着されている。全体的に見ると、第一次大戦中の軍用T型フォードのような形をしており、それを一回り大きくしたような印象だろうか。サイズ感としては、箱付きの二トントラックが若干小さくなった感じだが、重量が軽すぎるので首を捻ってしまう。
キャビン部分にはガラス窓があり、内側からカーテンが閉められているため、中を覗くことはできないが、気密性は高そうに見える。運転席と思しき部分と、後部のキャビンとは壁で仕切られているようで、前席には四人ほど横並びに座れそうだ。
車体下部の車輪は、前後とも同径同幅のものが四つ装備されており、トレッド幅が軽自動車用タイヤ程度しかないので、かなり頼りなく見える。車輪の色は白く、陶器のような艶のある珍妙な質感だが、タイヤハウスにあたる部分にはカバーが施され、直径の四分の一程度しか見えない。そこで、透過走査をかけてみると、直径は二十インチを少し上回るくらいあった。
車輪のサイドウォールにあたる部分をつついてみると、テンピュールのようにふにゃふにゃしていた。こんなもので、どうやって車体を支えているのだろうか。指で押し込んだ部分は、力を抜くと指先に貼りつくようにして元にもどる。それは、どんなに速く手を引っ込めてもへこみは残らず、一切の遅延なく元の形状に復帰するようだ。さらに車体の下を覗くと、駆動系はあるものの、緩衝機構の類は付いてはおらず、車輪のみで衝撃を吸収する仕組みとなっているらしい。
そして奇妙なことに、この車輪には、ホイールに該当する部分も存在していない。ただ型抜きしたはんぺんが、軸に刺さったような車輪なのだ。
「なんだろうねえこれは。ノーパンクとも言えないし。サスのない自転車みたいな? 動力は何だろう。ファシムや気舎みたいに外燃機関で動くようには見えないな。内燃機関かな」
「うふふ。車両をご覧になるのは初めてですか? どうぞ遠慮なくじっくりとご覧になってくださいな」
車体のあちこちを舐めるように見ている自分に、後ろからやってきたメリルが声をかけてくる。立ったりしゃがんだりして、熱心にあちこち覗いたり、触れたり、押したり、引いたりと、たりたりな自分の姿を見て、彼女は微笑ましい気分になってしまったらしい。今の自分は、まるきり好奇心に駆られた子供のような挙動をしているはずだから、そう思われても仕方がない。これはちょっと照れくさい。
「あはは、これはお恥ずかしい所を見られてしまいました。いやぁ実に興味深いもので、つい我を忘れてしまいましたよ」
「そうですか。素晴らしい熱意ですね。もっとよくご覧になられても構いませんのよ。時間にはまだ余裕もありますから」
「そうですか? では遠慮なく」
言いつつさらに車両を見て回り、ボンネット部分のグリルなどを覗いていると、騎士の一人がやってきて、どうぞとボンネットを開放してくれた。親切な騎士に礼を言って、中身を確認すると、そこにはV型エンジンのようなユニットが鎮座しており、太いケーブルが走っている。
一見して、内燃機関とも見て取れるユニットを走査し、内部構造などを透過してれば、ピストンのようにスライドする磁性体を複数のコイルで取り囲んだ、リニアモーターのような構造になっていた。それは、電力を用いた往復運動をクランクシャフトへ伝達して、回転運動へと変換し、出力軸から動力を取り出すというへんてこな構造をしている。
何か理由があるのだろうけど、この仕組みは非常に効率が悪いはずだ。百歩譲って、構造的制限などの理由から採用されるならまだしも、この車体へ搭載するのは明らかにナンセンスだろう。なにゆえ、初めから回転力を取り出せる電動機を搭載しないのだろうか。
個人が趣味で作ったような、ソレノイドエンジンめいた仕組みを目の当たりにして、しばしほうけてしまう。しかし、これはこれで逆に欲しいとも思ってしまった。
「メリルさん、これもやっぱりクラレスティ様とやらの?」
「ええ。教会直属の工房で製造されている物です。なにか気になる点でも?」
「いえそんなことはないですよ。これはこれで素晴らしいものだと思います」
突っ込みどころはあるものの、ここではこういう物なのだからということで。敢えて何も言わずに、見学会をお開きにしようと思ったそのとき、一緒に構造を検分していたユカリが切り出す。
「これは酷いわね! リニア制御ができる技術があるなら普通のモーターを動りゅむぐぐー」
あることないこと言われてしまう前に、慌ててユカリの口を塞ぐ。それからメリルたちへ引きつった笑いを向け、今後の行程などの話を改めて振り直し、必死に話題をそらした。傍らでは、予想していたとでもいうように、サクラがにやついた笑みを浮かべていた。ヨリだけは、自分の心情を汲んでくれたため、腕の中で暴れるユカリの耳元で小さく言葉を発し、迂闊な発言を窘める。口は禍の元である。ここで無駄に興味を引く発言をされると、また厄介なことになってしまうので。
◆ ◆ ◆ ◆
少々ばたばたしてしまったが、ニンファの号令でそろそろ出発しようということになり、留守を太郎と花子に任せて車両へ乗り込む。
キャビンの内装は質素ではあるが、重厚な作りとなっている。壁際には、リムジンのような長い革張りのソファが置かれ、バーのようなものから菓子に軽食、茶などの飲み物も用意されている。長旅でも、乗客を飽きさせない工夫が随所になされ、驚いたことに、冷蔵庫や電気ポットなども装備されていた。
よく見れば、バーの向こう側には、狭いながらもキッチンスペースのようなものもあって、ラジエントヒーターめいた調理器具も見受けられた。やはりこの星には、ちらほらと歪な技術の産物がちりばめられていて、実態を理解しないままそれらを利用し、生活している人々がいるようだ。
「それにしてもこの車両は先進的ですね。教会はこういったものも独占的に活用しているんですか?」
「ええそうです。この車両は今から百年ほど前に作られたものだそうで、先代や先々代の頂位神官も利用していたと聞き及んでおります」
「百年前……ですか」
「はい。そう聞いておりますよ」
揺れや騒音の全くない車内で、メリルは優雅にお茶を飲みながら笑顔で言っていた。どないやねん星光教。そもそもこの惑星の文明は、一体何年停滞したままなのか。
「この車両という乗り物は、庶民も所持しているんですか」
「はい、ございますよ。この教会専用車両とは違って、もっぱら短距離移動用となっておりますが」
「はあ。なるほど。でもなぜ単距離移動に限られるんです? この車両は結構な速度も出ているようですし、プロメリアまでは大分遠いですよね?」
現在地点からおよその距離では、プロメリアまで四百キロメートルほどあるが、この車両はそれを走破できるという。しかし庶民が使用している車両には制限があるようで、そういうわけにはいかないようだ。
「それは、信仰心の強さが影響しているのです。それから、一般車両は蓄電する能力もあまり高くはないので、一度に走れる距離がどうしても短くなります」
先ほど牧場の庭先で走査解析をしたとき、これにも電池のような蓄電装置が搭載されていることは確認できた。この車両という乗り物は、リンクから電力供給を受けて電池を充電し、その電力を使って走行をする仕組みであるらしい。そして一般車両との大きな差は、蓄電容量とリンクの太さにあるようだ。
具体的な距離のほどは分からないが、一般車両は都市間を移動できるほど長くは走れず、充電に要する時間も相当長いようだ。そういった理由から、実用が可能になる場面は限られるらしい。一方気舎と呼ばれる乗り物は、浮遊を神技で行い、推進力は蒸気圧で回転するプロペラが生み出すため、御者が疲れたり燃料が尽きたりしなければ、かなりの長距離を移動できるという。
一部では、ファシムのような農機を改良した、蒸気自動車も存在するということだ。しかし、仕組みが大掛かりで扱いもむずかしく、定期的に大量の給水が必要になるため、広範囲な運用には向かないそうだ。
線路が敷設されていて、その上を蒸気機関車が走行するような仕組みなら、路線にのみインフラを整備すればいいだろいう。反対に、縦横無尽に走る街道にそんな施設を建設することは、きわめて非効率的だ。何故なら、鉄道のように転がり抵抗の少ない場所を走行するのと、舗装道路を走行するのとでは、エネルギー効率に雲泥の差があるからだ。ただでさえ効率の悪い蒸気機関を、一般道で常用運行するというのは現実的ではない。
「そう考えると、気舎は鉄道のようにほぼ抵抗なく移動できるし。そういった意味では汽車みたいなものなのか……」
「メイはもしかすると、気舎と汽車をかけたのかもしれないわね」
「あ~、そう言うこともあるのかもな。そいうや聞いてみようと思って全然忘れてたよ。なんでそこ訳したのかって」
ユカリが放った一言で納得した気はするが、果たしてこれが正解なのかは、メイに聞いてみなければわからない。
「ところでハルイチさん、テツドウ? とは何でしょうか?」
「あ、そこ食いつかれちゃいますか」
メリルとニンファに、地球での乗り物や輸送手段、人々の生活や社会構造などを掻い摘んで話し、ふたりは興味津々な様子で耳を傾けていた。
地元談義に花を咲かせているうちに、時刻は十時ほどになり、ハティ牧場から三時間半ほどで車両はキトアに到着した。牧場からキトアまでは、約百七十キロメートルほどあるが、この距離を三、四時間程度で移動できるなら、まずますといった移動手段だろう。
一旦休憩しようということで、市内に入った車両は、キトア支部前の広場に停められた。メリルやニンファが降車すると、周辺にいた市民たちがふたりへ恭しく頭を垂れ、女神クラレスティに対する信仰の言葉を口にする。また、この母娘の人望は相当厚いもののようで、ふたりは広場周辺から集まってきた大勢の市民に、すっかり取り囲まれてしまっていた。しかしふたりは嫌な顔一つせず、集まってきた人々ひとりひとりに丁寧な対応をしており、酒やらグラスの干物やら、はたまた菓子やらを押し付けられていた。
初めは、ふたりを遠巻きに見ていた星光騎士の四人も、これからふたりには大事な仕事があるとふれ回り、人々に対して道を開けるよう指示を出しはじめる。その声に呼応したように、教会内からも他の騎士たちが迎えに出てきて、人ごみの整理をはじめた。彼らは、市民が持ち寄った奉納品を、持参した台車へ丁寧に回収し、端の方に用意された簡易受付へ誘導して、帳簿へ記名するように促していた。
「大人気だなあのふたり。地域密着型頂位神官&支部駐留騎士長と言った感じかな」
「メリルさんもニンファさんも人柄のいい方達ですからね。人の上に立つ方というのは、あのような方々なのでしょう」
ヨリはふたりへ畏敬の眼差しを向けて、人々の歓喜する様子に見入っていた。
「カリスマってやつね。私にはまだよくわからない概念だわ……」
「そう? あたしはなんとなくわかるよ? モテモテってやつでしょ?」
ユカリの方は、まだ人望というものが良くわからないと言い、サクラはまた適当なことを言っていたが、モテモテという言葉は遠からず当たってはいる。それが、真に理解の及んでいるものかどうかは不明だけど。
民衆の間を抜けて、教会の正面扉へ到達した辺りで振り返ったメリルが、自分たちへ向けて手をあげる。それに応じて自分たちも車両を降り、観衆の中をふたりの元へ歩いて行く。星光騎士の指示によって、左右に分けられた人々の間を歩いて行くのは、かなり気が引けた。でも、彼女の招きに応えなければ、観衆から辛い視線を向けられそうだし、ここで動かないわけにはいかない。
「騒がしくてごめんなさいね。市民の方々にはいろいろとお世話になっていますし、ご厚意も無下にするわけにはいきませんから」
「ああいえ、それは大丈夫なんですが。それにしてもすごい人気ですね」
殆どアイドルのような扱いに感嘆し、市井の話などをしながら、例の応接室へ通される。ソファへ腰を下ろすと早速茶を振舞われ、メリルから謝辞を述べられた。
ここへ立ち寄ったのには、一応休憩の意味もある。それから、星光教本部へ向かうにあたって、自分たちにも正装となるローブを着用する必要があるというので、その支給を受ける目的もあった。
応接室に入ってきたニンファから渡されたローブは、ニーヴの着ていたような質素な茶染のもので、かなり厚ぼったい。しかし質感や柔軟性は、タオルのような感じだった。
袖を通すと、自分とサクラはほぼ体にフィットしたが、ヨリとユカリには大きめで、大分裾を引きずってしまっている。それに袖も長く、肩幅もぶかぶかだったため、別のサイズを確認するとニンファが言う。そこでユカリが彼女を制止すると、ローブを分解して再生成をかけ、一瞬でサイズを適合させた。またユカリに倣うように、ヨリも同じ手法でサイズ調整を行い、まるで誂えたかのように、ぴったりと着こなして見せる。それらを目撃した母娘は、ふたりの使った技に言葉をなくすと同時に、目を丸くしていた。自分にとっては見慣れた光景だが、これもまたふたりには刺激が強すぎたようで、ヨリとユカリはふたりに挟まれて、なぜなにクレスト時空に引きずり込まれる。こうなると、また話が長くなってしまうので、適当にお茶を飲んだところで出発を促し、なんとか彼女たちを車両へ乗せることができた。
これからまた数時間は、車両に閉じ込められるのだから、道すがらふたりの疑問に答えることもできるだろう。などとふたりに話していたら、北門を抜けた辺りで、ユカリが面倒臭いなどと言いはじめる。自分はちょっと嫌な予感がし、ユカリの顔を見る。するとヨリもユカリを見ており、不穏な気配に気づいているようだった。そしてサクラは、車両に乗り込んでからすぐに寝ていた。
ユカリは皆の戦術リンクを同期して、車体の体積を適当に算出すると、物理保護領域を伸長展開する。彼女の意図が読めないので、声を掛けようとした瞬間。プロメリア近郊に配置した探査機目掛け、車両ごと転送をかけた。自分たちの乗る車両は、プロメリアの南約十六キロメートルの地点に現出し、一瞬で距離は詰められる。こうして、予定していた行程は大幅に短縮され、クレスト母娘が質問の猶予を得ることはなかった。




