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肆拾 ~ 快気 ~

 リビングの修復も完了し、敷地内にある他の設備や、家畜の無事が確認できた頃には、時計もお昼を回っていた。それに伴って、食いしん坊たちの元気も大分なくなってきている。

 チカとムツミは、まだ子供たちにかかりきりだし、危険が完全になくなったわけではないので、ヨリを呼ぶわけにもいかない。おまけに太郎と花子は修理中ときている。相手の出方が分からない以上、いま全員で向こうへ戻るというのも早計だろう。

 仕方がないので、今回は自分が昼食を用意しようかと思ったそのとき。リビングの扉からヨリが入ってきて、ケータリングサービスのような昼食セットをダイニングテーブルへ並べはじめた。


「ちょいと娘さん。まだこっちは危ないかもしれないんだよ?」

「そうよヨリ。監視も防衛も行ってはいるけど、いつまた襲撃があるかわからないのよ? ごはんはありがたくいただくけれど」


 自分とユカリの心配をよそに、ヨリは大丈夫だと言いながら手際よく配膳を進めている。それを見たランとサクラは、嬉々として茶などを用意し手伝いはじめる始末だ。


「おまえらもなあ……」

「私のことよりも、晴一さんもユカリも大丈夫なんですか? 手足に大けがしてたじゃないですか。戦いの様子は私も見てましたから、待つ方の身としては不安で仕方がなかったですよ?」

「そーそー、ふたりとも()げてたよね。あたしはユカリ(ねえ)がいるから大丈夫だと思ってたけど~、ラン(ねえ)は一瞬取って返そうとしてたんだよ?」

「だって心配ですもの! 怪我をすると痛いんですのよ!」


 ランの言う通り、怪我をすれば間違いなく痛い。だけど、その言い分はズレていると思う。


「いつも心配してくれてありがとう。でも大丈夫よヨリ。私も晴一もきれいさっぱり直ってるわ。それに、今回はメンタル面でもダメージは抑えられたはずよ。ねえ、晴一?」

「そうなんだよね。下半身喪失事故のときよりも、恐怖心ははるかに小さかったんだ。痛みもほぼなかったし、つなぎ目もなく治っているから、ヨリもランも心配しなくて大丈夫だよ。サクラも心配してくれてありがとう」


 口にこそ出してはいないが、サクラも気が気ではなかったようで、閲覧した戦闘ログのタイムコード上では、自分たちが被弾したタイミングで、小型変質体への対処が雑になっていた。このデータからも、彼女が動揺していたことは明かだ。


「あははは。数字は正直だからごまかしようがないね~。そりゃあたしだってみんなのことは心配だもん」

「大丈夫だよ。わざわざデータで見なくても、サクラのそういう所は俺も皆も良く分かってるからさ」


 つい数時間前まで、命懸けの戦闘をしていたはずなのだが、今はもう何事もなかったように団らんが始まっている。以前ならば、感じることはなかったであろうこのギャップは、恐らく身体強化を受けたことによるものだろう。大幅に死に難くなったということが、ここまで精神的ゆとりを与えるものだとは。地球で平凡な人生を送っていたら、絶対に分からなかったはずだ。


「どうしました晴一さん? お食事の用意が整いましたよ?」

「大丈夫。なんでもないよ。でも、ちょっと疲れたのかもしれない」


 隣に来て、自分の様子を心配してくれているヨリを捕まえ、癒しのために頭へ頬ずりをするが、すぐにユカリに怒られる。周辺区域の制圧も完了してはいるが、いつまた襲われないとも限らないため、お礼もそこそこにヨリを社へと送り出し、“いただきます”をしてから昼食に手を付けた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 遅い昼食を終えたとき、時間は十六時近くになってしまっていた。日も落ちかけた牧場周辺には、夜のとばりが降りつつあり、冬の日が短いのはここでも同じだ。それに、午後を回った辺りから気温も急速に低下しはじめたので、戦闘で踏み荒らした雪なども、今は足跡を留めたまま硬く凍結していることだろう。


「箱庭防衛機構の増産と、こちら側への配備。それから牧場地下施設の建設と。襲撃のせいで前よりやることが増えたわ。どうせ星光教の仕業だろうけれど、とんでもないことしてくれたわね」


 恐らく。多分。きっと。絶対に。今回の襲撃は星光教の差し金に違いない。そこで、この件をキトアのメリルへ問い合わせてみたが、全くの初耳だと言い、彼女は狼狽(ろうばい)して救援隊を派遣するとまで言ってきた。けれど、事後処理はとっくに済んでいるし、もう救援の必要はない。なので、その提案は丁重にお断りしたのだが、終始恐縮しっぱなしだった彼女は、後日慰問に来ると言って通信を切った。あの様子では、周知なく上の方が動いて、極端な行動に出たということなのだろう。

 それにしても、この襲撃が地域の頂位神官にも知らされていないとは。あまりに性急過ぎて、焦りのようにも感じ取れてしまう。そこがどこであろうと、報連相(ほうれんそう)による組織の情報共有は重要だと思うのだが。


「ユカリ(ねえ)。こっちの防衛機構にご注文の相転移兵装をのせといたよ。あとなめ子くろ子にもね」

「ありがとうサクラ。対応が後手になってしまったけれど、対策はしておかないとね」


 箱庭に置かれているくろ子と同型の防衛機構を、こちらにも配備しようと言い出したのはユカリだった。それに伴って、戦闘支援用に地下生産設備なども併設しようということになり、ハティ牧場は牧場とは名ばかりの要塞化がひっそりと進行していた。

 自分たちはただ、子供たちの平和な暮らしを守りたいだけなのだが、ここでも外力に抗う力がなければ平和は維持できないようなので、武力の配備を行うことにしたのだ。しかし、星光教側からすれば、間違いなくこちらの方が侵略者であり、同時に人の家の庭先で、好き勝手されている被害者でもある。ここは多少心苦しく思うような思わないような。

 サクラの手によって防衛機構に搭載された“相転移兵装”とは、自分とユカリが変質体を次元の彼方へ吹き飛ばした手法に、新たな調整を加えて兵器化したものだ。これは、あらかじめビーコン機能を持った飛翔体を打ち込むことで、転送による物質衝突を発生させて、相手を超空間側へ押し出すという危険な武装となっている。やっていることは、観測なしの投げっぱなし転送に近く、向こうへ押しやられたものは、二度とこちら側には戻ってこられなくなると思われる。発案者でもある当のユカリは、その強力さと危険性のために導入を渋っていた。しかし、攻撃機を投入して山が海になるよりはいいだだろうと、笑顔のサクラに押し切られ、仕方なく了承した。

 この兵装は、攻撃が発動するとともに影響範囲の走査を行い、周辺環境情報をバックアップした上で、相手を弾き飛ばす。それから、空間歪曲が沈静化し次第、失われた環境を復元するという、後始末機能も搭載されている。子供だって遊んだ後は、おもちゃをお片付けをするのが当たり前だし。


「晴一が危ないことを思いついたせいで、とんでもない兵器ができたものだわ」

「せいでってなんだ。ずいぶんじゃないか。でもそのおかげであいつに勝てたんだし、地形も元に戻ったんだからいいだろ。それに次からはその必要もなくなるわけだし」

「それはそうなんだけど。それでも、二度と同じような能力を持つやつには襲撃されたくないわね。被害が大きすぎるもの」

「でもだよユカリ(ねえ)。殴ってくる相手がいるなら、殴り返さなきゃ大事なものは守れないよ? そのためにあたしがいるんだから、決めるときは全力で短期決戦だよ?」

「うん……。それもわかってはいるのだけど」


 意気地と言うか、大胆さと言うか。ユカリにはそのあたりの気概が足りないような気もする。そこには、過去に彼女が行っていた傍若無人な振る舞いからくる負い目のようなものがあるのかもしれないが、本当のところは分からない。とはいえ、それ自体は個性でもあるわけだし、尊重はしてあげたい。足らない部分は、自分や皆でカバーすればいいわけだし。


「大丈夫だよサクラ。そこは俺が引っ被るから。だからユカリは思った通りに行動してくれりゃいいさ」


 当然のように、膝元に座っているユカリの頭を撫でつけ、フォローの言葉を掛けておく。


「むぅ~。でも晴一ばかりに任せるのも良くないし、ここは折半ということにしましょう?」

「そんな割り勘みたいに。でも、ユカリがいいって言うなら俺に異論はないよ。で。こっちは現状維持で、次は子供たちの件だな」


 襲撃はあったが、今日はリエの言っていた仮説を検証する予定がある。検証のサンプルになってもらうのは、(すで)に意識を取り戻しているミィルが適任なため、彼女をジーラへ連れて行こうと思う。本当なら、子供たち全員に同行してほしいところだが、他の子たちはまだ状態が良くない。そのため、六人から採取した細胞を培養した検体を持参することにした。これはチカとムツミの発案だ。

 

「それじゃあミィルを連れて検体を持ってジーラに行こう。ここにはふたり残ってもらいたいけど、どうしようかね。それとも俺が残る?」

「いえ、私と晴一で行きましょう。大丈夫よねふたりとも?」

「あたしはおっけーだよ。分析とかそういうのは向いてないしね~」

「わたくしも異議なしですわ。ここの防衛だって疎かにできませんものね。おふたりでいっていらしてくださいな」

「じゃあ決まり。ふたりともよろしく。もし何かあっても無茶はしないように」

「はいは~い」

「わかっていますわ。心配しないで行っていらしてください」

「よろしくね。行きましょ晴一」


 ユカリとふたり一度社へ戻り、チカとムツミから検体を受け取って、ミィルと共にジーラのリビングへ向かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 連絡もなしで、いきなり自分たちが来訪したことにカート夫妻は驚いていたが、それでもやはり快く迎え入れてくれた。


「いきなりですみません。リンカーで連絡すればよかったんですが、色々立て込んでいて忘れてしまいました」

「いやいやかまわんよ。ハルイチさん達なら大歓迎だ。それにミィルも来てくれたしなあ」


 リューはミィルを抱き上げて、リエルと共にキスをしまくっていたが、ここでもミィルは髭がチクチクすると言って、困った笑顔をリューへ向けていた。


「それで、今日はなにか特別なご用件があったんですか?」


 多少心配気な表情でリエルがたずねてきたが、リューからはいちいちそんな顔をするなと(たしな)められる。連日のようにごたごたへ巻き込まれていれば、彼女が心配になるのも仕方ない。それに、自分たちが厄介事を持ち込んでいるようなものなので、申し訳なく思う。


「いえいえ、大したことではないんです。なんと言いますか、野暮用ってやつですね」

「そうそう、やぼよう? だから心配しないでお祖母(ばあ)ちゃん」


 ミィルの言うように、心配することではないが、リューからは小声で星光教絡みかと聞かれ、ぎくりとしてしまう。これはもう隠す必要もないので正直に答え、これまでの経緯をかいつまんで話した。しかし、牧場が襲撃を受けたことについては伏せておく。完全修復されて、実質なかったことになってるし。


「そうか。あの子たちがそんなことになっておるとは。それはさぞ心配だろう?」

「そうですね。早く皆元気になってくれるといいんですが」


 夫妻も子供たちとは交流があるため、現状を伝えると辛い表情になってしまう。それでも、大事はないと理解してもらえたので、過剰な心労とはならないだろう。


『晴一、ミィルの脳細胞もエネルギー代謝が戻ったわ。それに検体の細胞も活性度が回復しているわね。でも向こうの子たちに変化はないから、これは当たりね』

『うん。リエの説で間違いないな。すぐに帰って子供たちを拠点へ収容しなおそう』


 リエが睨んだ通り、ミィルの自己代謝は戻り、検体を用いた対照実験も予想通りの結果となった。通信側ではそんなやり取りをしつつ、リビングテーブルに腰を据えて、茶を飲みながらリューと話をしていると、キッチンではリエルとミィルが夕飯の準備に入っていた。


「ハルイチさん、お夕飯まだでしょう? 是非召し上がって行ってくださいな」

「ああいえお構いなく。もう用事は済んだので、今日はこれで帰ります――と思いましたけど、お言葉に甘えさせていただきます」


 因果関係も証明されたので、すぐにでも飛んで帰りたかったのだが、目の前に座るリューの熱い視線と、リエルとミィルの残念そうな視線に射竦(いすく)められ、断れなくなってしまう。困ったなあと思いながら、ユカリへ同意を求めようと隣を見れば、彼女はごく普通に食べて帰ると目で訴えていた。


『ユカリまでなんだよもう。まぁ別にいいけどさ』

『だってリエルのご飯美味しいじゃない? 食べなきゃ絶対に損でしょ?』

『それりゃそうだけど、俺昼めし食ったのはついさっきで、まだ十七時前だぞ? 三人にお願いされたからしゃあないけどさ。俺は腹具合が心配だよ』

『あら、私は平気よ? それに、晴一もたまには胃の内容物を転送して、マテリアル化したっていいのよ』

『いや、それだけは人としてやるまいと心に決めているんだ』


 再利用するために再処理施設へ送れば、確かに無駄にはならないけれど。それじゃどこか勿体ない気がするし、なによりも料理を作ってくれた人に対して申し訳なく思う。だから、こればかりは今後も絶対にやるまい。


「さぁどうぞ。沢山召し上がってくださいな」

「いっぱい食べてねハルイチ~」

「はい、うん。いただきます」

「どうしたんだハルイチさん? 顔色が優れないようだが?」

「大丈夫です、気にしないでください、ははは……」


 毎度毎食。飯を食べすぎてしまう自分だが、今回ばかりは本気で駄目かと思った。しかし、食べると言ってしまった手前、リエルの厚意を無駄にしないよう誠意を持って対応しなければならない。そうして、料理を限界まで詰め込み、()()うの(てい)で帰路についた。

 今更だけど、素直に昼が遅かったことを話していれば、本当は問題なかったんだけどね。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 呑気にジーラで夕飯をごちそうになっていた間に、子供たちは拠点へと移され、チカとムツミの手厚い看護の元、順調に回復へ向かっていた。しかし、爆弾を抱えたままにするのはまずいため、体力が回復次第mDNAの上書修正を行い、外部からの影響なしで自律代謝ができるよう、改善処置を行うことになった。

 それと、ミィルだけ脳機能に限定した不調を訴えていた理由だが、それは以前、強磁場によって彼女が危篤状態に陥ったとき、拠点で脳以外の分解再生処置を受けていたためだった。あのときに適用されたDNA情報は、ユカリが蓄積していた人類のゲノム情報を基に構成したものだったため、mDNAの情報もそれに沿ったものへ、勝手に修正されていたのだ。


(すで)にミィル様の神経系も改善対応済みで御座います」

「今後、同様の症状に見舞われることは御座いませんのでご安心ください」

「ありがとうふたりとも。あとは私とヨリで見ておくから、ふたりは休んでちょうだい」

「「いえ、皆様のお世話も御座いますので、そういうわけにもまいりません」」

「俺たちは大丈夫だから。チカもムツミもゆっくりしてくれ。そうじゃないと皆が気疲れしちゃうからさ」

「「……左様で御座いますか。皆様が(おっしゃ)るのであれば、お言葉に甘えさせていただきます」」

「ええ。あとは私が引き継ぎますから。何はともあれ、ひとまずお茶にしましょうね」


 ヨリがお茶の用意をはじめると、珍しくユカリも手伝いをはじめたので、自分も茶櫃(ちゃひつ)から菓子などを引っ張り出した。時刻は二十一時を十分ほど過ぎており、軽く眠気が訪れている。


「今日はこっちで寝るとして。太郎と花子の様子はどうかな」

「二体なら修理が済んで牧場に帰還したそうよ。ヤシロから報告が来てたわ」


 ユカリに言われて確認すると、情報共有リンクに上がっている二体のシステムステータスには、修復が完了して現在の座標と共に、配置へ戻ったことが明示されていた。


「おお、そりゃよかった。ランとサクラもあっちで様子見するようだし。疲れたから今日はもう風呂に入って寝るかな」

「そう。じゃあ私は子供たちを見てるから、皆で入ってくるといいわ」

「「えっ!」」

「「よもや」」


 これは天変地異の前触れか。ユカリが一緒に風呂へ行かないとは……。


「……なによぅ?」

「本当に……ユカリは一緒に入らなくてもいいんですか?」

「まさかどこか壊れたとか? アイに連絡しないと!」

「「一大事で御座います」」

「ちょっとまったぁっ! 何よ皆で失礼ね! たまにはいいでしょう! これは私からの労いの気持ちなのよっ」


 思いがけないユカリの言葉に、自分も含めた皆は本気で心配してしまう。そこで、ユカリのおでこに手を当てて熱などがないか調べてみると、特に変わった様子もないため首を捻る。(おもむろ)にその手を掴んだ彼女は、突如手首付近に噛みついた。


「あいたぁ! なにしやがんでぃ!」


 なぜかまた唐突な江戸っ子。


「晴一絶対馬鹿にしてるでしょ」

「いや、してないしてないしてない。まさかユカリがそんなこと言うなんて、ホント全然思ってなかったからさ」

「もう! どこもおかしくないし、今言った通りよ。皆も変な顔してないで、とっとと行きなさーい」


 本人を除いたこの場の全員が、一時は心配そうにしていた。が、いつものやり取りを見て問題ないと判断したようで、疑ってしまったことを謝っていた。にしても、本当に珍しいこともあるものだ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆


 台所の戸をくぐって左に折れ、突き当りまで行ったところにある曇りガラスの引き戸が、拠点の風呂場入口になっている。横長のすりガラスが三段に()められた、頼りない戸をがらがらと開くと、そこには社の大浴場のような広い脱衣場があり、左手の壁面は全て洗面台になっている。

 風呂場の入口は、脱衣所の入口からまっすぐ進んだ先にあり、目隠しの向こう側にももう一枚引き戸が据えられている。浴槽は一見、五右衛門風呂になっているが、実際にはリアクターなどの余剰熱を利用して給湯する仕組みであるため、かまどのように裸火を用いて湯を沸かすような形態ではない。浴槽は、直径三・五メートルの円形をしており、床や浴槽をつつむモルタルには、タイルが埋め込まれ、レトロな雰囲気を醸し出している。同じくタイル張りの壁面には、鏡やシャワーが複数用意され、近代的な設備もあって使い勝手はよい。

 以前子供たちと入浴した際に、浴槽の内周を皆で回って大渦を作ったときは、いい歳して何をとユカリやランに怒られた。そう言った割には、彼女もチカやムツミと一緒になって、渦の流れに身を任せて楽しんでいた。


「子供たちが起きたらまたあれやりたいな~」

「あれですか? でも、またユカリに怒られてしまいそうですよ?」

「あれはあれで」

「愉快で御座いました」

「だよねえ。チカとムツミが真ん中で回転してたのはシュールだったし。中でもサクラが一番喜んで気がする。結局最後はヨリとユカリとランも真ん中で回ってたし」

「えへへ。実は私も楽しかったので」


 当時、割とはしゃいでしまったことをヨリは照れ臭そうに笑っていた。たまにふざけるのは楽しいし、ユカリも本気で怒っていたわけでもなかったので、皆が笑えているならそれでいいのだ。


「しかし。今回の襲撃が皆の留守中でよかったよ。あの時もし皆でリビングにいたかと思うと。背筋が寒くなるね」

「本当ですね。あちらへ連れて行ったことで倒れてしまう結果にはなりましたけど、命に別状もなく済みましたし。巻き込まれて怪我などしなくて良かったです。なにより皆の不調の原因も完全に解消できましたし」


 ヨリは手拭いでクラゲを作り、ぶくぶくさせている。


「今後もあのようなことが起こるのでしょうか」

「これ以上御免こうむりたいもので御座いますが」


 チカとムツミが浮かない顔で言う。


「それについては考えがあるから。明日辺りにでもキトア支部に出向いて話を詰めてくるよ。やっぱり先に片付けるべきは星光教会の本部だったし。日和見していると、ろくなことにならないぽいし」

「また戦いになるのでしょうか……。私は晴一さんや皆が心配です」


 皆で浴槽の外周に並んで、寄り掛かって話をしていると、隣のヨリが向き直ってこちらを見る。こういう時の彼女は、お湯の中でもきちんと正座をしているのが几帳面で可愛らしい。実によくできた娘さんである。


「俺個人としても戦闘は避けたいけど、向こうさんが仕掛けてくるとなれば応戦しないわけにはいかないからね。願わくは穏便に済ませたいよ。仮に戦闘になったとしても、無関係な誰かを巻き込むようなことだけは絶対に避けないとね」


 星光教の本拠地となっているプロメリアには、相当な数の人々が暮らしているし、住民の殆どは一般市民だ。教会側の人間とでさえ無駄に争いたくはないのに、無関係の一般人に危害が及んだとあれば、後味は相当悪いものになる。


「それでも、こちらの理想を突き通すには、武力による荒事は避けられないかもしれないね。今回投入された変質体は恐ろしく強かったし。戦闘中に軽口は叩いていたけど、実際は相当シビアな戦いだった」

「そうですか……」


 現実的な話をすると、ヨリはますます表情を曇らせる。こういった事実は曲げようがないし、下手にぼかしてしまうのは違うだろうと思う。


「「晴一様。女性にそのような顔をさせてしまうのは、感心いたしかねます」」


 ヨリと同じように、浴槽内で正座をしたチカとムツミから、諫言(かんげん)を投げられてしまった。


「ううん。いいんですよふたりとも。晴一さんの(おっしゃ)ることは分かりますから」

「いや。これは風呂でする話じゃなかったね。ごめんね」

「いえいえそんなことありません! どんなことでもお話をするのは大切なことですから!」


 自分の方へ身を乗り出しながら、また手をグーにしたヨリが目力を発している。まごうことなく可愛いものであります。


「こらあ晴一ぃ! 相変わらずセクハラ三昧のようね!」

「はいはい!ユカリ先生! せくはらってなんですかー?」

「あほだなヤエは~。そんなのハルイチのあだ名かなんかだろ?」


 失礼な罵倒と共に、衝立の向こう側から現れたのは、ユカリと意識を取り戻して元気になった子供たちの姿だった。元気いっぱいのヒロが言ったように、自分にセクハラなんてあだ名がついていたら、人生はもっと辛いものになっていただろう。


「おおおーっ皆起きたのかーっ! よかったなーっ!」


 自分は感激のあまり浴槽の中で立ち上がって、両手の拳を握りしめながら大声を上げてしまった。すると、ヨリも浴槽から上がり、子供たちの元へ小走りに寄って行く。でも、お風呂の床は滑りやすいし、走ると危ないから気を付けてほしい。


「「ほぼ予測値通りで御座いますね」」

「お子様たちは回復も速やかで御座います」

「追加の処置は食事と共に行いましょう」


 子供たちの覚醒は、ふたりの予測したタイミング通りのようで、少し遅くはなったが夕飯も用意するつもりであったそうだ。ふたりにも、たまにはゆっくり休んでほしいと思っていたのだが、こうなるとここは彼女らへ頼らざるをえない。


「結局休めなくなっちゃったね。俺も手伝うから、今回は勘弁して」

「「いえ、晴一様も何卒お気になされませんように。お子様たちをこちらへ収容した時点で、全て織り込み済みで御座いますので」」

「そっかい。まったく、いつもいつもありがとう」


 自分を両側から挟むようにして並ぶ細い肩へ手を置いて、感謝の気持ちを伝えると、ふたりはほのかな笑みを浮かべた。


「ふふふ。湯舟の中においても大胆なことで御座いますね」

「いわゆる裸のお付き合いというもので御座いましょうか」

「ああ。そうだね」


 もう幾度目かもわからなくなったが、今日くらいゆっくり風呂に入れるかもという淡い期待は、またしても打ち砕かれてしまうことになる。

 その後は、次々と浴槽へ飛び込んできた子供たちによって、いつも以上に騒がしい入浴となってしまった。これも毎度のとほほ展開だが、今夜ばかりはこの喧騒も心底嬉しく思える。

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